First Love,Eternal Love
byドミ
(10)想いが通じる時
蘭は入院したが、怪我も殆どなく、検査して一晩入院すれば、明日は帰れそうだった。
榊田に注射された薬も、徐々に抜けてきている。
飛び込んだ時の様子から言って、未遂なのは判っていたが、まだ殆ど何もされていなかったらしい事に、新一はほっと安堵の溜め息をついた。
「俺がわりいんだよな、蘭を一人にして」
前々から、蘭は今度休みをとって、仏壇に参りたいと言っていたのに。
蘭の性格からいって、最近蘭を避けている新一に一緒に行ってくれと頼めないのは、判り切っていた事だったのにと思う。
「ほんと、人間出来てないよな、俺って」
蘭からの電話があったとき、蘭がどこに居て、何が起こっているか、すぐさま見当がついた。
だからこそ、間に合ったのだが・・・。
電話が取れる状況になかったら。
新一が遠方に居たら。
色々な可能性に思い当たると、心底ぞっとした。
けれど一方で。
新一とあんな事があった後だというのに、それでも切羽詰った時に、蘭が自分に助けを求めてきたのが、素直に嬉しい。
『期待してもいいんだろうか』
知らず胸が高鳴り、新一はそれどころではない、と思い返す。
「俺って、ほんと馬鹿・・・」
榊田は、今回の事で薬物を使っていた事が明るみに出た。
今までの余罪も、追及されていくだろう。
新一は、事情聴取には立ち会わなかった。
蘭が心配というのが最大の理由だが、はっきり言って、榊田を目の前にして冷静でいられる自信なんかない。
榊田は最初の出会いのときから蘭に執着しており、毛利夫妻の亡くなった後から、着々と蘭を捕らえる準備をしていたらしい。
蘭が両親と住んでいたアパートには、盗聴器など様々な仕掛けがされており、蘭が自宅に帰って来たらすぐに榊田に判るようになっていた。
2階の毛利探偵事務所だった部屋も、榊田がいつの間にか借りていたのだった。
『それだって、俺が一緒に行っていれば、見逃しやしなかったのに!』
新一は、自分自身に腹が立って仕方がなかった。
欲望が暴走しそうになる自分自身を持て余し、その結果、蘭を危険な目に遭わせたのだ。
もう2度と、こんな目には遭わせない。
榊田がどういう生い立ちで、心にゆがみを抱えて行ったのか、蘭にあれ程に歪んだ執着心を持つに至った経緯はどうだったのか、そんな事に興味はなかった。
ただ、蘭を傷つけ汚そうとした相手に、憎しみを覚えずにはいられない。
だから、新一は榊田にもう会おうとはしなかった。
余罪もあるようだし、薬物を使用した傷害罪だから、まず実刑になるだろう。
いずれ再び社会に出て来る時があるだろうが、そのときはその時、絶対に蘭のことは守ってみせる。
新一は、自身の不甲斐無さへの怒りも込めて唇を噛み、そう心に誓っていた。
☆☆☆
息せき切って病院に駆け込んできたのは、蘭の親友、鈴木園子である。
「蘭はどうなの!?」
「今はまだ眠ってる。もう少ししたら面会の許可もおりる筈だ」
答える新一に、園子は怒りに満ちた目を向ける。
「蘭を守ってって言ったじゃない!あんた何やってたのよ!」
新一は反論できずに、うなだれた。
「怪我は?そして、まさか乱暴されたりは?」
「それは大丈夫。間に合ったから、まだ何もされてねーよ」
新一の答えに、園子はほっと安堵の息をつく。
「それならいいわ。今回は、あんたを許してあげる。でも、次は無いからね!」
その時、女性看護師(注:いわゆる看護婦のことです:2002年4月より、名称変更)が病室から出てきて、面会可能な旨を告げた。
「毛利さんのご家族ですか」
そう問われ、新一はしれっと
「そうです」
と答え、病室に入る。
園子はそれを一瞬呆れた目で見た。
蘭が大事を取って入院した部屋は、個室である。
新一と園子が病室にはいると、蘭が体を起こした。
まだ力が入らず、震える体を無理やり起こす姿をみて、新一は慌てて駆け寄る。
「バーロ、無理すんじゃねーよ」
「うん・・・大丈夫だから」
「今夜はゆっくり休んでろ。明日は退院できっから」
「いや!」
蘭がまだ力が入らず震える手ですがりついてこようとする。
蘭の体を抱きとめ、新一は戸惑った声を出した。
「蘭?」
「嫌、帰りたいの。お願い、家に連れて帰って」
蘭は無意識の内に工藤邸の事を『家』と呼んでいた。
「蘭、それはまだ無理だよ。今夜は病院でゆっくり休んだ方がいい」
いやいや、と頭を振る蘭に戸惑いながらも、初めての我儘を言う姿に、新一の口元がほころんでくる。
「だって、こんな所で、一晩中1人で過ごすのは嫌!」
「・・・判った。じゃあ、俺がずっとついててやるよ」
「ホント?」
潤む目で見上げられて、新一の心臓が飛び跳ねる。
それを辛うじて抑え、優しく微笑んで言った。
「ああ、だから、心配せずに、ゆっくり休め」
「ん」
蘭が甘えるように、新一の胸に頭をあずけた。
新一は今更ながら、自分たちの今の体勢が、抱き合っている以外の何物でもないことに気付き、真っ赤になってあせる。
その時、咳払いの声が聞こえた。
新一がたった今までその存在を忘れ果てていた園子が、顔を赤くし、半目で見ながら立っていた。
「園子?」
蘭が不思議そうに言った。
園子は仏頂面で言う。
「蘭、あんたさあ、私が居るのに今まで気付いてなかったでしょ」
「うん・・・」
園子は呆れたように溜め息をついた。
蘭は照れ屋なので、普段は絶対園子の前でこんな事はしないだろうが、今はどこかまだぼんやりしているためか、新一の胸に縋りついたまま、離れようとしない。
そして新一の方も、離そうとはしなかった。
園子は苦笑いしながら言った。
「まあいいわ、蘭の無事な姿を見られたんだから。邪魔者は消えるけど・・・。工藤くん?」
「あんだよ」
「ここは病院なんだからね、暴走しないのよ」
園子は、まだぼんやりしている蘭と、真っ赤になった新一にひらひらと手を振って、病室を出て行った。
☆☆☆
「ありがとう」
新一の腕の中で、蘭が小さく呟く。
「ん?何が?」
「助けに来てくれて、嬉しかった。もう駄目かと思ってた」
「俺こそ、ごめん。蘭が前から、仏壇にお参りするって言ってたのに、ほったらかして」
「・・・覚えててくれたの?」
「・・・ああ」
「新一さんって、本当に優しいのね・・・」
蘭の声に、寂しそうな響きを感じ取り、新一は首を傾げる。
「ねえ、新一さん。あの時ね、新一さんが来てくれる前、お父さんとお母さんの写真が落ちてきて、あの・・・男の頭に当たったの」
「ああ、そのために時間稼ぎが出来たんだよな。おっちゃんたちが、蘭のこと、守ってくれたんだ」
「新一さんも、そう思う?」
「思うよ。蘭は、あの2人の愛する一人娘だろ。ずっと、見守ってくれてんだよ」
「・・・私、何の親孝行も出来ないままだった・・・」
「蘭がこの先、幸せに生きていくこと。それが1番の親孝行だと、俺は思うぜ」
「うん・・・そうだね」
「なあ、蘭」
「なーに?」
「あのさ、蘭が良ければだけど、あの家の荷物全部持って、俺んちに引越さねーか。そしたら、仏壇に毎日お参りも出来るし。俺も、事件で一緒に居られなくても、心配しなくていいし」
「・・・・・・」
「おめーの事は、俺が、何があっても守るからさ・・・その・・・」
ふいに、蘭が新一から体を離し、顔をそむける。
その体が、小刻みに震えている。
その目に光る涙をみて、新一は慌てた。
「そんなに、優しくしないで」
思いがけない蘭の言葉に、新一は固まる。
蘭は、震えて力の入らない手で毛布を被ると、嗚咽を漏らしはじめる。
「優しくされると、辛くなっちゃう。だって、そんなに優しくされたら、私・・・どうしたって、期待してしまうんだもの・・・」
苦しそうな蘭の声。
新一は、胸が高鳴るのを抑えられなかった。
「蘭、こっちを向いて」
「いや!こんな顔、見られたくない!」
新一が毛布の上からそっと撫でると、蘭の体がぴくっと震える。
新一は毛布ごと蘭を抱き締めた。
思わず体を強張らせる蘭の耳元に、熱く囁く。
「蘭、蘭。好きだ、好きだよ」
暫く応えは無かった。
ややあって、蘭は小さな声で言う。
「・・・嘘よ」
「ばっ!嘘や冗談で、こんな事が言えっかよ!」
「だって・・・新一さん、好きな人がいるって、言ってたじゃない・・・」
新一は、蘭の体を覆っていた毛布を取り除くと、蘭の体を起こして抱き締めた。
蘭は、少しびくっと体を震わせたが、大人しくされるがままになっている。
「だから、あれは蘭のことなんだよ」
「2つ年上で・・・」
「実際そうだろ?」
「だって、綺麗で可愛いって・・・」
「なんで自覚ないかなー、蘭は綺麗で可愛いじゃん」
「・・・うそ」
「ホント」
「家事が得意で・・・」
「得意だろ?」
「腕っ節が強くって」
「強いだろ」
「優しい・・・」
「見知らぬ人を自分が流されそうになりながら助けようとするやつが、優しくねえとでも言うつもりかよ」
「他人の事でも自分の事のように思って泣いてしまうお人好し・・・」
「・・・実際そうだろが・・・」
「ホントに、ホントなの?」
「だから、嘘や冗談でこんな事言えねーって。あの時、告白のつもりだったんだよ!俺の言葉が足りねーんで、誤解させちまったみてーだけどよ」
蘭の目に新しい涙が盛り上がる。
「新一さん、その人に会うためだけに、日本に帰って来たって言ったよね・・・」
「ああ、そうだよ。おめーに会う為だけに、父さんたちを必死で説得した。高校は日本の高校に絶対行くって。会えなかった間、気が狂いそうだった。・・・あの川原で初めて会った時から、ずっとおめーの事が好きだった」
新一は、すがり付いてくる蘭を、もう一度、強く抱きしめた。
「私、私も、初めて会ったあの時から、ずっとずっと新一さんのこと、好きだったよ・・・」
新一は蘭のまぶたに口付け、頬を流れる涙を唇で拭い取る。
「ほんと、泣き虫だな」
「だって・・・」
「蘭・・・」
「いつの間にか、蘭って呼んでるのね・・・」
新一は、そう言えばそうだったかと、改めて思い返して焦る。
「ごめん!ヤなら止めるよ」
「ううん、嫌じゃないよ。でも何だか、くすぐったい」
そう言って蘭は微笑む。
「ねえ、新一さん、もっと、名前呼んで」
「新一」
「え?」
「新一って、呼んでくれる?蘭」
「しん・・・いち・・・」
「そう」
「大好きよ、新一」
「蘭、蘭。好きだ、蘭」
新一が蘭の頬に手を当てると、蘭はそっと目を閉じた。
そして2人は、恋人同士となってからは初めての口付けを交わした。
☆☆☆
ベッドの上では、蘭が安らかな寝息をたてている。
新一はといえば、約束どおり一晩付き添うため、簡易ベッドを用意してもらって横になっていたが、無論眠れる筈はなく・・・熱くなる体を持て余して、悶々とした一夜を過ごした。
(11)につづく
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(10)の後書対談
「蘭・・・」
「新一・・・」
2人見詰め合って会話が進まないため、今回はこれにて終了。
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