First Love,Eternal Love



byドミ



(13)難波の連続・・・? (後編)



「待ちいや、エセ看護師」

平次に呼び止められた桜木看護師は、歩みを止めずにそのまま行こうとしたが、出入り口に立ちはだかった新一がそれを許さなかった。

「あの、通してください。私、次の患者さんの所に行かないといけないので」

新一はニッコリと笑って(だがその目は笑っていない事に、蘭は気付いた)、告げる。

「次の患者さんなんか居ねーだろ?おめーは看護師なんかじゃねーんだからよ」

桜木看護師は、激昂したように言う。

「失礼な事を言わないで下さい!何を証拠に・・・!」
「あんたの脈のとり方や」

平次が、やはり微笑んだまま言う。

「脈のとり方・・・?」
「看護師だったら、絶対あんな脈のとり方はしねーんだよ。それを見て、俺達はあんたがニセ看護師だって確信したんだ」

新一が補足するように言う。
桜木看護師は青くなって立ち尽くしていた。
隈塚も、蘭と和葉も、目を丸くして事の成り行きを見守っている。

「わ、私はまだ新人だから、それで・・・」

桜木にせ看護師は、しどろもどろになりながら、反撃を試みる。
平次が微笑を消して言った。

「いいや、脈のとり方は、医師や看護師が学生時代から叩き込まれる、基本中の基本。どんなど新人でも、まず間違えるなんて事はあらへん。・・・看護師を装って隈塚はんに近付いたんは、何が目的なんや」

桜木にせ看護師は、平次の質問には答えず、すばやく体の向きを変えて和葉に踊りかかろうとした。
和葉の隣に居た蘭が桜木に空手技を掛けようとしたが、それより早く、桜木がその場でくるりと引っ繰り返され、床にもんどりうって背中から倒れこんだ。

「和葉ちゃん・・・!」

和葉が咄嗟に合気道の技を掛けたのだった。

「あたしを非力と見て盾にするつもりやったんやろうけど、相手が悪かったなぁ」

和葉が涼しい顔をして言ってのけた。



引っ繰り返った桜木のポケットから、注射器が転がり落ちる。
新一がすばやくそれを拾い上げた。

「ふん。中に入っているのは、牛乳か何かか?なるほどな、俺達がこの部屋に居なかったら、隈塚さんの点滴からこれを注入するつもりだったんだな」

平次が頷いて言う。

「そういう事かいな。口から摂れば何の問題もあらへん食物も、血管に直接注入したら命かて奪える。経管栄養として鼻や口から胃の中に入れた管に注入すべきもんを、間違うて点滴の管から注入して患者を死なせた事故は、今迄にも何回か起こっとる。ここであんたがすばやく姿をくらませば、看護師が起こした医療ミスに仕立て上げられる、そういう腹積もりやってんな」
「まあこれで、隈塚さんが狙われてたのは本当だったとはっきりした訳だ」
「後は背後関係と、狙われた原因やな。隈塚はん、あんた、狙われる原因に心当たりは無いんか?こんな手の込んだ暗殺を仕組まれるやなんて、尋常やないで」

取り合えず、桜木ニセ看護師は縛り上げた。
新一と平次が色々と訊いても、流石に簡単に口は割らない。
今の一連の出来事を見て、すっかり4人を信用する気になったのだろう、隈塚高志の方はすっかり態度が改まり、協力姿勢になって、思い出せる限りのことを話し始めた。

平次と新一は、時々口を挟みながら、本人さえ忘れていた事まで、話を引き出していく。



平次が警察に連絡するため病室を出て行った。
その間に、蘭は気になっていた事を新一に訊いてみる。

「ねえ新一、脈の測り方ってどういう風に違ってたの?私には全然判んなかったんだけど」
「あ、あたしもそれ気になったで。平次と工藤くんにはすぐに判ったんやろ?」

和葉も疑問に思っていたらしく、尋ねてくる。

「じゃあ蘭、手ぇ出して」

新一が言い、蘭は素直に手を出した。
新一は蘭の手首に指を当てる。

「どう違うか、判るか?」
「どうって・・・あっ!もしかして、指?」
「親指は使わへんの?」

新一は、人差し指、中指、薬指の3本の指先をピッタリ合わせ一直線にして、蘭の手首に当てていた。

「そう。第2、3、4指の3本で脈を測るのは、医学を行うものにとっては、常識中の常識。まず、第1指を・・親指を使う事はねーのに、あの女、親指で脈を測ってたろ?」
「親指を使わないのは、何か理由があるの?」
「指先にも、細いが動脈は通っている。特に親指の動脈は、他の指のより太い。おまけに、親指は他の指に比べて触覚は鈍い。俺達や隈塚さんの様に若くて元気な相手ならともかく、重態で脈が弱い相手だと、自分自身の親指の脈の方をより強く感知しちまう事があるんだ」
「そういった知識を、平次や工藤くんは持ってるんやな」

和葉がちょっと寂しそうに言う。

「探偵を志す以上、医学知識の収得は不可欠やさかいな」

病室に戻って来た平次が言った。



蘭は考え込む。
父親が探偵をしていたものの、蘭はその仕事内容に付いてはほとんど何も知ってはいなかった。
新一と平次は、僅か17歳にして膨大な知識があり、体術の心得もある。
さっきニセ看護師が見せた失態にすばやく気付いた2人は、目配せだけでお互いの意思を通じ合ったようである。
また、必要な時は、相手を圧倒する威圧感を発する事も出来る。
お互いに似た者同士で、同じ道を志す2人が、出会ってすぐに親友と呼べる仲になったのも頷ける。


自分は空手は出来るものの(それだって榊田には完敗だった)、それ以外に新一の探偵活動に何の役に立つ取り得も無い。
自分の存在は、新一にとってどんな意味があるのだろうか。
蘭はそういった埒もない事を考えていた。



  ☆☆☆



その夜、新一と蘭は、大阪のホテルに一泊した。

新一を平次の家に、蘭を和葉の家にそれぞれ泊めるという申し出も受けたが、新一はそれを断り、ホテルのツインの部屋を取った。
蘭としては、2人の関係を平次や和葉にあからさまにするように思えて恥ずかしくて堪らなかったが、新一は譲る気は無いようだった。
旅先で、新一の腕に抱きしめられながら過ごす夜。
蘭は、恥ずかしさだけでなく、何となく胸騒ぎがしてなかなか眠りに着く事が出来なかった。







「ふわあぁぁ」
「さっきから欠伸ばっかりしてんね。夕べ眠れんかってん?」

今日何度も欠伸をしている蘭に、和葉が声をかける。

「え、う、うん・・・枕が替わった所為かな、寝付けなくて」

蘭が頬を染めて答える。

「あ、ご、ごめんな、変な事訊いてしもうて」

和葉も顔を赤くして、慌てた様に言った。
蘭は、和葉がどんな風に気を廻したか判り、ますます顔が赤くなってしまう。


今日は、平次と新一は、隈塚氏が殺害されかけた事件の捜査のために大阪府警に行っている。
大きな組織が背後に控えているらしい。
結構厳しい事件になりそうだった。
尤も、平次などは、

「工藤が居るとやっぱり事件が起こるで〜」

と嬉々として出かけて行ったが。


流石に蘭と和葉は、今日は連れて行ってもらえなかった。
そこで今日、蘭は和葉に連れられて、大阪見物をしていた。
観光名所、食事どころ、和葉は自分のお気に入りのところを次々と案内してくれる。
その好意は嬉しかったし、また、蘭の好みとのズレも殆どなかった。
一緒にいると楽しく、会話は途切れる事無く、あっと言う間に時間が過ぎる。
年が同じという事もあり、2人はいつの間にか、かなり打ち解けてきていた。


しかしそこは恋する乙女、楽しく過ごしながらも蘭の気持ちはいつも新一の元へと飛んでしまう。

蘭は時々携帯電話を取り出して見つめる。
新一から贈られた専用の携帯。
榊田に襲われた時に壊れてしまったが、幸い修理可能だった。
あの時この携帯が新一と蘭とを繋ぎ、蘭を助けてくれたのだ。
今や蘭にとって、大切なお守りとなっている。

蘭はふと、和葉も時々何かを取り出しては見つめている事に気付いた。
携帯よりもずっと小さなモノ。
よく見るとお守り袋のようである。

「和葉ちゃん、それ、お守り?」
「これは、平次とあたしとの大事な鎖の欠片が入ってるんや」

そして和葉は、幼い頃の思い出を語り始める。




それは、和葉がまだ小学校に上がる前のこと。

いつも後を付いて来る、幼馴染で年下の男の子が、文字通り「弟」だった頃。

服部家の屋根裏部屋で、2人で古い手錠を見つけて遊んでいたら、うっかりと繋がれてしまった。
しかも鍵が見つからなかったため、手錠が取れるまで1週間もの間、いつも一緒に居なければならなかった。
それこそ、トイレもお風呂も。

「平次の方はまだ4歳にもならん頃で、よう覚えてへんやろけどな。泣きべそかいてあたしにまとわり付いて、そらもう可愛かったんや。あたしはあん時、『この子を一生守ったらなあかん!』思うて・・・今から考えると笑えるわ。何や生意気になって、もう可愛げの欠片もあらへん。・・・いつの間にか、あたしが守る必要ものうなってもうて・・・」

そう言ってお守りを見つめる和葉の瞳が寂しそうに揺れる。

「和葉ちゃん・・・」
「このお守り、平次は嫌がるけどな、必ずいつも持たせてる。このお守りのおかげで、平次は何度も危ないとこ救われたんや。あのアホ、いっつも偶然や言いよるけどな」

蘭は、どう声を掛けたものかと戸惑う。

と、和葉の携帯が鳴った。

「もしもし。あ、大滝はん?は?何やて!?平次が!?」

和葉の顔から血の気が引き、携帯が手から滑り落ちる。

「和葉ちゃん!?」
「そんなアホな・・・嘘や・・・平次が・・・胸撃たれて・・・心臓が止まったやなんて・・・」



  ☆☆☆



迎えに来たパトカーに乗って和葉と蘭は平次が運び込まれた病院へと向かっていた。

平次と新一は、殺されかけた隈塚が、自分では気付かない内に麻薬の取引現場を目撃していた事を突き止め、警官たちと共に麻薬密輸の元締めのアジトへと向かった。
その連中は、予想よりもはるかに大掛かりな組織で、密輸拳銃までも所持しており、平次が撃たれてしまったという事だった。


目の焦点が合わず、今にも崩れ落ちそうでうつろな顔の和葉を、蘭が支える。

『服部くん・・・嘘よね・・・和葉ちゃん残してそんな事、絶対にないよね・・・!』

蘭は祈るような気持ちで、和葉の体を支えていた。



平次の病室に入った和葉と蘭は、息を呑む。

平次の顔には、白い布が掛けられていた。
和葉が震える手で顔の布を取り除くと、まるで眠ったような安らかな平次の顔が現れる。

「平次・・・嘘やろ?平次・・・へいじィーーーーーーーっ!!!!」

和葉が悲痛な声を上げて平次に取りすがった。



すると・・・





「じゃかあしわい!耳元で叫ばれたら寝られへんやんか、どアホっ!!」





平次が起き上がり、青筋を立てて叫んだ・・・。













「大体すぐ気付けよ、おめーら。ここ整形病棟だろ?」

新一が呆れたように言った。(2人は、動転のあまり室内に居た新一の存在にさえ気付かなかったのだ)
蘭と和葉は、赤くなって椅子に座っている。

平次は確かに撃たれたものの、肋骨骨折だけの軽症で、入院しなくても良い位だったが、念の為に病院に収容されたのだった。

「せやけど、顔に白い布が掛かっとったやん・・・」

和葉が恥ずかしそうに言う。

「眩しゅうして寝られへんから、ハンカチ掛けとったんや。よう見てみい」

確かに平次の顔に掛かっていた布は、よく見ると、白くはあるが、模様や刺繍もある普通のハンカチだった。

「元はと言えば、平次が紛らわしい事するからやん!」

和葉が、照れもあるのだろう、真っ赤になって怒鳴る。

「ぼけ!勝手に勘違いしてからに・・・あたたたっ!」

平次が左胸を抑える。
新一が呆れた顔のままで言う。

「おめーさ、胸撃たれて肋骨折ってんだから、大声出すと響くぞ」
「え?ほんとに胸撃たれたの?」

蘭が驚いて言った。
新一が答える。

「ああ、本当だったら、即死間違いなしだったんだ。服部を助けたのは、胸ポケットに入っていたお守りだよ」
「「お守り!?」」

蘭と和葉が同時に声を上げた。

「ああ、正確にはお守りの中に入っていた鎖の欠片だな。弾丸がちょうどそれに当たって止まったんだ、もう奇跡としか言いようがねーぜ」

平次は僅かに顔を赤くしてそっぽを向いている。
和葉が震える声で言った。

「大滝はんが・・・平次の心臓が止まったって言ってた・・・」
「ああ、本当に止まってたぜ。数秒間だけどな。弾丸は表面で止まっても、受ける衝撃はおんなじなんだ。心臓が止まっても無理はねえ。俺が胸を叩いたら(注)、すぐにまた動き出したけどよ」
(注:胸部殴打法といって、心停止した時の救急蘇生法)

和葉の顔が再び真っ白になる。
蘭も思わず身震いした。
幸いにして笑い話で済む結果となったが、本当にどうなるか判らなかったのだ。








  ☆☆☆




「平次のアホ!蘭ちゃんたちに持たせるはずやったお土産忘れるやなんて!」
「和葉が早よ出え言うてせかすからやないかい!」
「あれは日持ちがせえへんのや!この次いう訳にはいかへんで、どないしてくれるねん!」
「ぼけ!日持ちのせんもの土産に持たそう言うのが土台間違いなんや!」

事件は解決し、夏休みももう終わる。
新一と蘭が帰る日になった。
見送りに来た新大阪駅にて、相も変わらず派手に喧嘩をしている平次と和葉を、新一と蘭は目を点にして見ていた。

「あいつらも相変わらずだな」
「そうね・・・」
「でもあれがあいつらのコミュニケーションだな」
「うん」
「あの分だと、うまく行くのは何時になる事やら」
「でも、楽しそうだよ」
「確かにな・・・」



新幹線に乗り込んだ2人を、和葉がずっと手を振って見送る。
蘭は、知り合ったばかりだというのに、ずっと昔からの友達のように親しくなった和葉との別れが寂しくてたまらなかった。


やがて、発車のベルが鳴り、列車が動き出した。

「服部くん、やっぱりお守りの効果は偶然だって言い張るのかな・・・」
「そうなんじゃねえ?」

蘭の独り言に、思いがけず新一の答えが返ってきたので、蘭は驚く。

「新一、お守りの話聞いたの?」
「ああ。あいつも素直じゃねーからな。肌身離さずあのお守り持ってるくせに、『和葉が無理に持たせてるんや』なんて言ってたぜ」
「・・・服部くん、あのお守りの謂れ、判ってるのかな」
「判ってる・・・というより、覚えているよ、あいつはちゃんとね」
「まだ小さかったのに?」
「そりゃあ・・・ただそんなガキの頃から一緒にいると、なかなか素直にはなれねーもんらしい」
「そっか・・・幼馴染って言うのも、大変だね」



無口になってしまった蘭を、新一は黙って見守っていた。
おそらく新一は、蘭が平次と和葉の仲を心配して物思いに沈んでいると思っているのだろう。

けれど蘭が考えていたのは別の事。
今回平次は、奇跡的に軽症で済んだ。
しかし、探偵をやると言う事は、常に危険と背中合わせであるという事実に変わりはない。
そういえば、父・小五郎も、何回も危ない目に遭ったと聞いている。
蘭は、高校生にして探偵をやっている新一の事を誇りに思っているけれど、もしかしたらその為に、大怪我をしたり、或いは命を落とす事にもなりかねないと思うと、心臓を鷲掴みにされるような恐怖を覚える。




大阪訪問は、波乱に満ちたものだったが、新しい友人も出来て楽しい思い出となった。
しかし、それだけではなく、蘭の心に小さくない不安の陰を落としたのだった。





(14)に続く



+++++++++++++++++++



(13)後編の後書き座談会



「なあ服部、ハンカチは演出過剰じゃねーか?」
「ホンマや!平次のアホ、あたしはあれでえらいショック受けたんやで」
「俺が知るか。あたたたた、胸が痛いわ。俺かて痛い目には遭いとう無かったで。ドミのボケが、人の肋骨や思うて簡単に骨折させよって・・・」
「いいじゃんか、それ位で済んで。肋骨は最初の1週間位は無茶苦茶いてーけど、ほっときゃその内直るし」
「無責任な事言わんといてや、息するのかて痛いねんで!」
「原作に比べりゃ軽症だし、うるさい事言うなよ。俺なんかなあ」
「新一、何だかナーバスになってない?この先、何があるの?」
「蘭、実はな・・・はっきり教えて貰ってねーんだけどよ、次回からかなりシリアスな俺の受難の話が続くらしい。それも、蘭、おめーとの絆が揺るがされたり・・・」
「ええっ!?やだっ、そんなの!」
「平次、あんたはまだ良い方なんやで。あたしは今後の展開を聞いて、ホンマにドミはんは工藤くんの事が好きなんやろか、信じられへん思うたで」
「何やて和葉、そりゃどういう意味や?工藤がどないな目に遭うんや!?」
「和葉ちゃん、何であなただけそんな大切な事教えてもらってるの!?」
「2人とも、興奮せんといてや!そないな事、あたしにも判らへんわ!工藤くん、この2人、何とかしてえな」
「おい、服部、蘭、落ち着けよ。ドミが和葉ちゃんにだけ話したのは、この件に関しては1番冷静に聞けるからだろ」



―― 各キャラが興奮状態のため、音声中断しております。そのまま暫らくお待ち下さい ――



「ところで平次、難波の連続・・・?って結局何なんや」
「結局殺人未遂で殺人は起きてへんさかいな。微妙に、連続事件とも言えへんし。ま、ドミが考える事件ゆうたら、この程度やろ」
「けど何だか、変なとこで妙に詳しい部分もあるわね」
「ドミの仕事柄詳しい事を、今回の犯人当てに使ってるからな。推理はぜんぜん駄目なくせに、コナンパロを書くなっつーの。って事で、次回に続くんだとよ」
「おい、ちょお待て!俺と和葉の仲はこの先結局どないなるんや!」
「それこそ、ドミさんの気紛れ次第らしいわね」
「ほんなら、期待はでけへんやろな」



(13)「難波の連続・・・? (前編)」に戻る。  (14)「揺らぐ絆」に続く。