First Love,Eternal Love



byドミ



(19)お菓子教室の事件



「せっかく、手作りにしようって思ってたのに〜」
「やれやれ蘭、仕方ないでしょ?そんな事言うんだったら、『仕込む』のを春休みまで待ってれば良かったのよ」
「だって〜」

ここは鈴木邸、園子の部屋。

蘭と園子が通っている女子大では、後期の試験も終わり、春休みに入っていた。
夏休みと違い、休み明けの試験の予定も無いので、本当に丸々伸び伸びと休める日々だ。
蘭も園子も、バイトに明け暮れる必要も無い。
もっとも、蘭は普段の工藤邸での生活自体が仕事と言えば言えるのだが、もう実質的には工藤新一の妻、工藤邸の主婦と化している身では、どこからどこまでが仕事でどこからが私生活なのか、既に判別出来なくなっている。


久し振りに園子の家に遊びに来た蘭が、園子の部屋で何をグタグタ嘆いているかと言えば・・・間近に迫った聖バレンタインデーに、新一に贈るチョコレートについてだった。
料理が得意な蘭は、勿論菓子作りもお手の物。
バレンタインデーには、腕を振るった手作りのチョコレートを贈る心算にしていたのだが、ある理由で、それが困難になってしまったのだ。

蘭の悪阻(つわり)である。
現在妊娠3ヶ月の蘭は、ちょうど悪阻の真っ最中。
と言っても、蘭のそれは軽い方で、気分が悪くなる事はそれほど多くなく、普段はさして支障が無い。
ただ、チョコレート作りをするとなると、チョコが溶けた時の甘ったるい匂いにとても我慢が出来そうになかった。


「仕方ないでしょ、今年は市販のもので我慢しなよ」
「でも〜」
「蘭のご両親が残してくれたお金で支払えば、問題ないでしょ?」
「う〜」
「蘭って、意外と我侭ねえ」
「だからね、園子、焼き上がりまでオーブンを見張ってて、その後取り出して冷めるまで見守ってくれるだけで良いんだって。後の作業は自分で出来るから。ただ、焼く間に漂う香りが我慢出来ないだけだから」

蘭は手作りのチョコレートケーキを作るつもりなのであった。
ケーキの材料を混ぜ合わせてオーブンに入れる前の準備だけなら、何とか大丈夫そうだからである。

「そんな事言われたって、見張りに失敗してケーキが駄目になったらって思ったら、うかうかと引き受けられないもん!私そんな責任重大な役回り、やだわ」
「園子〜、失敗したって文句なんか言わないから〜」
「・・・わかったわ。自分ではどうしても自信ないから引き受けられないけど、ちょうど14日に私の通っているお菓子教室でケーキ作りがあるの。私が先生に口きいて、飛び入り参加させてあげるから、それで何とかなるでしょ?」
「園子、ありがと、愛してる!」
「はいはい。どうせ、工藤くんとお腹の子の次にでしょ?」
「うん!」

園子はやれやれと溜息を吐いたが、その顔はちょっと楽しそうだった。





「ねえ園子、京極さんとどの位会ってないの?」
「もう1ヶ月以上になるわね。年末年始に、ちょっとだけ帰国してたんだけどね」
「そう・・・」
「春休みには帰って来ると思うけど・・・時々待つのが辛くなる事、あるな・・・」
「園子、ごめんね・・・」
「あ、蘭が謝る事無いよ!修行の為に私を放り出して飛び回ってるあの人が悪いのよ!あんまり待たせるようだったら、私にだって考えがあるんだからね!」

園子が強がって言うが、ずっと辛抱強く京極真を待ち続けている園子の事は、蘭が1番良く知っている。
しかし、強くなる為の修行には、果てが無い。
京極真はこのままずっと海外での修行生活を続ける積もりなのであろうか。

『京極さん、女は愛する男性次第で強くも弱くもなるのよ。どうか、お願い。園子にあまり辛い思いをさせないで』

蘭は、友の為に祈るしか出来ない。









バレンタインデー当日。



蘭は園子に連れられて、園子が通っているお菓子教室へ参加した。
講師は優雅なマダムで、働く必要もないのだが、お菓子作りを人に教えるのが楽しいのでやっている、といった風だった。

教室には、大きな邸宅の一室を当ててあり、1回に教える生徒数も少ない。
生徒たちも皆、お嬢様風であった。


「園子、私、こんな場違いな所に来て良かったのかな・・・」

蘭が心細げに言う。

「何言ってんのよ、蘭は私よかずっとお嬢様然として見えるんだから、堂々としときゃいいの!」
「ねえ、バレンタイン当日なのに、今日はチョコレート作りはしないの?」
「だってこの教室、既婚者ばっかでミスは私だけだもん」

ちなみに、園子の恋人・京極真は海外に居る為、今日届くように事前に手作りチョコレートを郵送しているのだった。



「オーブンに入れてスイッチを入れた後は別室で待っていれば、匂いでまいる事もないですからね。冷めてしまってから、こちらの部屋に戻って飾り付ければ良いし」

皆嶋登美恵と言うその講師は優しく微笑んで言ってくれた。ゆったりと微笑む綺麗な人で、少女がそのまま大人になったような、汚れを知らない感じの女性だ。

今日、この教室の生徒達は、それぞれに好みのケーキを焼く。
チョコレートケーキを選んだのは、蘭1人だけだった。

蘭や園子の近くでケーキ作りをしている女性が、蘭に声を掛けて来た。
綺麗な顔立ちだが険があり、美貌の何割方かは損をしていそうだ。
多分まだ若いのだろうが老けて見える人だった。

「そちら初めてね、どちらのお嬢様?」
「え?あ、あの、私、毛利蘭っていいます」
「毛利・・・?まあ、もしかして、あの毛利家の・・・?」
「あ、いえ、あの・・・」

その女性が、蘭の家柄を戦国武将・毛利元就の血を引く縁続きだと勘違いした事に気付いて、蘭は慌てて否定の言葉を口にしようとする。

しかしその女は蘭に口を利く間を与えなかった。

「まあ毛利の家も、歴史は浅いけれど名門ですわよね。皆嶋の家は、室町時代から続く名家なのだけど、あの女はね、本当だったら皆嶋の家に嫁入りはおろか、妾にだってなれる身分じゃなかったんですのよ。それが行彦様をたぶらかして妻の座に収まって・・・」

と、園子が2人の会話に割って入った。

「蘭は私の親友ですわ、鈴木家と張る位の家の出ですのよ、九条様」

その女は鼻白んだような顔をして離れて行った。

「園子、私の家が鈴木家と張るなんて・・・」
「ふふん、鈴木財閥は昭和以降の新興勢力だもん、あの女から見れば『成り上がり』で、毛利家と何ら変わりないわ。あの女、自分が摂関藤原家の血を引く華族の出という事をいつも鼻に掛けた、やな女なのよ。でも実は、旧家・九条家も内情は火の車で、それで最近余計に『成り上がり』に対して風当たりが強いの」
「園子・・・」

蘭は今まで園子からそのような話を聞いた事がなかった。

今日初めて蘭は気付く。
園子は立場上、蘭の知らない所で色々苦労しているのかも知れない。

園子が蘭を真っ直ぐに見て言う。

「蘭、自信持って良いよ。あの女が『しかるべき家柄の女性』と勘違いする位に、蘭はお嬢様然としてるんだから」



「こんにちは、初めまして。私は近江縁(おうみゆかり)っていうの、宜しくね」

別の女性が声を掛けて来る。
美人ではないが柔らかい笑顔を湛えた感じの良い人だ。

「毛利さん、九条さんっていつもああなのよ、気になさらないで。・・・今時家柄なんかに拘るなんてねえ。私の実家も夫の家も、多少裕福なだけで、別に大した家柄ってわけではないんですのよ。だからいつもあの方には無視されるの」

その女性――近江縁が離れて行った後、園子が言う。

「あの人もねー、口で言う程拘ってない訳じゃないのよね。むしろ、妙にコンプレックス持ってるって言うか・・・まあ仕方ないんだけど」

政財界の裏では、その様などろどろした事が日常茶飯事なのかも知れない。
園子はそれに惑わされたり変質させられたりする事なく、普通に健康的な女性であった。

財閥会長の娘であるが、気さくで庶民的で、蘭は「お嬢様」などと意識せずに親友付き合いが出来た。
それは園子の人徳であろう。

けれど今日、ほんの少しだけ上流階級のおどろおどろしい部分を垣間見て、蘭は嫌な気持ちになった。

そして感じた嫌な予感――それが当たってしまうのである。



  ☆☆☆



粉をふるったり、卵を泡立てたり、生地に混ぜるチョコレートを刻んだり・・・様々な工程を経て、混ぜ合わせたケーキの材料を型に流し込む。

あらかじめ温めておいたオーブンに材料を流し込んだケーキ型を入れてセットする。

そこまでの作業が終わったら、後は暫らくオーブンにお任せである。



園子達はオーブンの側でお茶を飲みながら焼き上がりを待つ。
蘭は、園子たちと別れて別室に通され、そこで休んでいた。




  ☆☆☆




「蘭っ、大変!!」

蘭がいつの間にかうたた寝していると、園子が血相を変えて蘭の部屋に駆け込んで来た。

「と、突然、登美恵先生が苦しみ出して倒れちゃって・・・!」
「何ですって?」

蘭は慌てて教室の方に行こうとするが、園子に止められる。

「駄目!蘭は行っちゃ駄目!見ちゃ駄目!!」

園子の必死な声に、蘭は、身重の蘭が目にしたら障りがあるかも知れない程の状況だと悟る。
蘭はゆっくりと振り返った。

「もしかして・・・もう、手遅れ・・・なの?」
「よく判らないけど、多分・・・」
「じゃあ、園子。もう間に合わないかも知れないけど、取り敢えず、救急車を呼んで」

そして蘭は、今学校に行っている新一の携帯に電話を掛けて呼び出す。

『わかった。すぐ行くから、蘭はその部屋で待ってろ。動くなよ』

蘭は電話を終えてホッと息を吐いた。

新一が来てくれる。
そう思うだけで、心の底から安心できる。

そして実は、新一が事件に呼び出されて早退したおかげで、山程のチョコレートが行き先を失ってしまった事実を、蘭は知らなかった。



  ☆☆☆



救急隊が到着し、もう既に講師は見て明らかに亡くなっており、おそらく変死であろうとの判断から、警察が呼び出された。

目暮警部達が駆けつけたのと、新一がやって来たのは、ほぼ同時だった。

「工藤君、どうしてここへ?」
「目暮警部、お疲れ様です。蘭がここに居て事件に遭遇したもんで・・・」

新一が居ない場所で蘭が事件に遭遇するなど、滅多にあるものではない。

『ひょっとして、腹の子に俺の事件体質が遺伝したんじゃねーだろうな』

新一は妙な妄想に囚われてしまい、今はそれ所じゃ無いと頭を振る。







蘭と園子は警察のメンバーとも面識があった為、この状況下でも比較的自由に動きが取れた。

蘭の具合が悪い旨を園子が説明し、蘭は別室で待つ。
園子が時折蘭の所を訪れて状況を説明していた。

「やっぱり殺人だったの?」
「そうみたい。工藤くんがおかしな点を幾つか見つけてね・・・」
「じゃあ、あの中に犯人がいるのね・・・」
「うん・・・」

蘭はそっと息を吐く。

殺人に至るには、それだけの理由があったのかも知れない。
けれど、殺人という形で意趣返しをするのは、やはり許される事ではない。
そして、その罪が暴かれなければ、殺人を犯した者は一生自分の心の闇に追われ続ける事になる。

新一がやっている仕事は、本人がそうと意識しているかは判らないが、闇に光を照らす事。

大丈夫、新一ならすぐに事件を解決する。

蘭はそっとお腹をさすりながら、新一が事件を解決して迎えに来るのを待った。



  ☆☆☆



「蘭、終わったよ」

園子がどこかやりきれない表情で蘭が待つ部屋に入って来た。

「園子・・・」
「やっぱり、殺人だって。そして工藤くんが突き止めた犯人って・・・」

園子から告げられたその名を聞いて、蘭は暗澹たる気分になる。

少しでも知り合った相手が犯人と聞けば、やはりどこかやりきれない気分になるものだ。



「近江縁さんが・・・何故?」
「嫉妬、ですって」
「嫉妬?」
「そう・・・登美恵先生と縁さんは学生時代からの親友だった。登美恵先生は、本当に普通の庶民の出で、でも皆嶋家の行彦様と大恋愛の末結ばれたの。おまけに皆嶋家は、この不況下でも順風満帆、事業がうまく行ってて、経済的にも安定している。尤もそれは、行彦様のお坊ちゃまらしからぬ先見の明と実行力あってのものだけどね。片や、学生時代登美恵先生より格が上だった筈の縁さんは、庶民に毛が生えた程度の近江家に嫁ぎ、その近江家も不況の中事業の失敗続きで今やガタガタ・・・」
「でも、何で?だからって、何で殺さなきゃいけないのよ?私には理解できない!」
「うん、私にだって理解は出来ないわ。友達が自分より幸せそうなのが口惜しい。そんな事で殺したくなるなんて・・・そんなの、友達じゃないよね」

他人が自分より幸福だと嫉妬する――そんな感覚とは全く無縁で生きて来た蘭にとって、今回の事件はあまりにもやり切れないものだった。

蘭は部屋から出て、玄関から警察に連行されようとしている近江縁を見送る。

その柔和そうだった目には、今、憎しみの光が宿っていて、蘭はぞっとする。



「蘭・・・」

新一が蘭に気付いて傍に来る。事件現場なので抱き寄せたりはしないが、蘭を心配し気遣っているのはすごく感じ取れた。

「新一・・・何か後味の悪い事件だね・・・」
「まあ、殺人事件に後味の良いやつなんてねーけどな。でも、動機の点でまだ引っ掛かるとこがあんだよな〜」


突然、玄関のあたりで騒ぎが起きた。

「ゆかり!ゆかり!お前、何でこんな事を!!」

男が入って来て、止めようとする警官達を振り切って近江縁の元に駆けて来た。

「武雄さん!あなた、何故ここに!?」

縁が目を見開いて叫ぶ。

「失礼ですが、あなたは?」

目暮警部の問に、その男はきっぱりと答えた。

「近江武雄。近江縁の夫です」



突然縁が泣き崩れた。

「な、何よ、武雄さん、あなたが悪いのよ!私知ってるんだから!あなた、高校生の頃から登美恵の事が好きだったでしょ!今でも好きなんでしょ!」
「な、何を言うんだ、縁、俺がずっと好きだったのはお前だ!心変わりなんかした事ない!」
「嘘よ!この前、あなたと登美恵が密会してるところ、見たんだから!登美恵も登美恵よ、人妻の癖にあなたと会うなんてっ!!」
「ゆ、ゆかり・・・あれを見たのか・・・」

縁がワーッと泣き伏し、周囲の者は誰も口を挟めずにそのやり取りを見ていた。



「す、すまない、縁!俺がきちんと話しておけば、お前にこんな事をさせずに済んだのに!」

突然近江武雄が玄関の土間に膝間付いて頭を下げた。

「縁・・・実は、俺、リストラで首切りにあって・・・お前に心配掛けたくなくて黙って居たんだ」
「え・・・!?」
「あの日、登美恵さんと会ってたのは、皆嶋さんへ就職の口利きをして欲しくて・・・お前に苦労を掛けたくなかったんだよ。あの日登美恵さんは、夫の皆嶋さんが聞いてくれるかどうかは判らないが、親友である縁の為に出来るだけの事はするって約束してくれた」
「武雄さん・・・」
「黙っていてすまない!こんな事になったのは俺の所為だ・・・!」
「・・・馬鹿よ、あなた達・・・私、知ってたのに・・・あなたが首切りに遭った事、知ってたのに・・・」
「縁!?」
「こんな・・・私なんかの為に・・・そこまでしてくれるなんて・・・!なのに私、そんなあなた達の心遣いもわからないで・・・」
「ゆかり・・・」


近江縁は顔を上げた。
その目はまだ涙で濡れていたが、先程宿っていた憎しみの光は綺麗に拭われている。

「警部さん。ご迷惑をお掛けしました。登美恵にも、皆嶋さんにも、申し訳ない事を致しました。これから生涯かけて謝罪と償いの人生を送りたいと思います」

目暮警部が頷き、近江縁を連行して行く。

その後姿に武雄が叫んだ。

「縁。待ってるからな」

振り返った縁の目には新たな涙が光り、美人ではないのにその笑顔はとても美しく見えた。



  ☆☆☆



蘭と園子と新一は、それぞれに溜息を吐く。

誤解と行き違いが元での悲しい殺人事件。

「登美恵先生、可哀想・・・」

園子がぼそりと呟く。

「友の幸せをただ妬んで」の殺人ではなかった訳だが、お互いの想いが空回りした挙句、人1人が亡くなったのだから、やり切れない事件には違いなかった。

人を愛するという事は、同時に心に闇を内包する事でもあると、蘭にも少しはわかる様になっている。

決して闇に飲み込まれないよう、日々努力を重ねなければ・・・この子の為にも・・・。

そう蘭は思ってそっとお腹を撫でる。



  ☆☆☆



3人は事件が起こったマンションを出て、黙って歩いていた。

暦の上ではとっくに春だが、まだまだ寒さが厳しい。
けれど、確実に木々の芽や蕾は膨らみ、コンクリートのひび割れにはいつの間にか緑の葉が顔を出している。



歩道の向こうに、長身の男の姿が見えた。

園子が息を呑み、次いで駆け出す。



「真さんっ!!」



色黒で精悍な長身の男――それは園子の遠愛の相手、京極真であった。

「真さん、いつ日本に!?」
「ついさっきです。今日の朝、これが届きまして、どうしてもあなたに会いたくなって」

そう言って真が取り出して見せたのは、園子が数日前に期日指定で送った手作りのチョコレートだった。
現在真が修行の為滞在していたのは香港で、そこから急ぎチケットを取って帰国したらしい。

園子は涙を流しながら、真の胸に飛び込んだ。
真は照れながらも、優しく園子を受け止めて抱き締めた。



「良かったね、園子」

見ていた蘭も、涙ぐむ。
新一は微笑み、そっと蘭の肩を抱き寄せ、促して歩き出した。
後はお互い2人だけの恋人の時間を過ごすのだ。







「あっ!!」

突然蘭が声を上げる。

「ん?蘭、どうした?」
「う、ううん、何でもない・・・」

殺人事件が起こってそれどころではなく、蘭の焼いたチョコレートケーキは事件のあったマンションのオーブンに置き去りになってしまった。

『ふう。仕方ないか・・・。でも・・・せっかく作ったのに・・・初めてのバレンタインだったのに・・・』

新一に初めてのバレンタインの手作りチョコを渡せなくなって、蘭はどうしても涙ぐんでしまう。

「そう言えば、蘭。どうして今日は突然お菓子教室なんかに行ってたんだ?」
「え?あ、そ、それは・・・園子に誘われて、何となくね・・・」
「なあ・・・これ、俺んだろ?」
「え!?」

新一が鞄(高校から現場に直行した為持っていた)からごそごそと取り出したものを見て、蘭は息を呑む。

それは、まだ飾り付けがされていない焼かれただけのチョコレートケーキ。

蘭がお菓子教室で焼いたものに間違いなかった。

「新一・・・どうして・・・」

蘭は喜びと驚きで震える声で問う。
新一は頬を少し染め、照れたように視線をそらして答えた。

「ん〜?だってあそこでチョコレートケーキはこれ1個だったしさ、紛れも無くおめーの味だし、今日の日付とかおめーの性格とか色々考えると、これはおめーから俺への贈り物に間違いねーかと・・・」

蘭の目から新たな涙が零れ落ちた。
心がじんわりと温かくなる。

「まったく、泣き虫なんだからよ、おめーは」

新一が呆れたように言う。少なくとも、悲しい涙ではない事はちゃんと伝わっているようだ。

「だ、だって、だって・・・」
「さあ、家に帰ろう。風邪でも引いたら薬も飲めねーし、大変だろ?」
「うん!」







2人寄り添って家路を辿る。

来年のバレンタインデーは、家族3人になっている筈だ。
今年は初めての、そして最後の2人きりのバレンタインデー。

冷え込みの厳しい日だったが、蘭にとっては、心も体も温まる幸せな夜となった。







(20)に続く



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(19)の後書対談



「ねえ新一、この19話って、本当に私達が主役なのかしら?」
「蘭。う〜ん、微妙なとこかな。一応、あのチョコレートケーキの顛末が話のメインらしいんだけど」
「今回いきなり京極さんの登場は、バレンタインデーに園子が1人だと可哀想って事だったらしいわ」
「直接には出て来ねーけど、クリスマスにも一緒に過ごしたって事になってるけどな。そして今回、近江夫妻の話って、いきなり出てきて妙に盛り上がった挙句、中途半端で終わってるよな」
「限りなく広がりそうだったので、ドミさんが無理やり話をぶった切ったんですって」
「未熟者め。プロットをきちんと作ってねーからこんな事になるんだ」
「で、新一、18話の最後に出てた、新一が何を計画してるかって話、結局まだ出て来なかったよね」
「この19話ってさ、18話の2、3日後くらいの設定なんだよ。こっちのシリーズにもバレンタインのお話が欲しいと言って、更に事件を絡めたいとほざいて、無理やりでっち上げたらしい」
「そうだったの。ところで今回殺人事件だったけど、殺した方法とかトリックとかは全然出て来なかったわね」
「ドミはトリック考えるのは無理と公言してるし、殺した方法は実は考えてたけど、話の本筋には関係ねーからって、結局出さなかったみてーだな。何しろドミに取って『名探偵コナン』は恋愛漫画であって推理漫画ではねーんだからよ」
「それはまた(苦笑)・・・で、次のお話では、何があるの?」
「多分、終業式あたりになるんじゃねーかと・・・」
「多分?」
「だから、例によって、ドミって実は無計画なんだよ。大体、蘭、おめーが妊娠するって事も、最初の計画には無かったんだぜ」
「え?・・・そ、そうだったんだ・・・(茫然自失)」
「実は、後もうひと波乱起きそうな、嫌な予感がするんだよな」


(18)「小さな命」に戻る。  (20)「故郷」に続く。