First Love,Eternal Love
byドミ
(4)再会
そして土曜日。
工藤邸での面接の約束の日。
米花町2丁目21番地のその屋敷は、蘭の家から歩いても5分位の所にあった。
「こんな近くに・・・」
工藤新一が住んでいたのかと思うと、自然に動悸が速くなってくる。
方向音痴の蘭は、迷うんじゃないかと心配だったが、人目を引かずにいられない馬鹿でかい洋館だったので、すぐにみつかった。
汗ばんだ手で、門の外の呼び鈴を押す。
玄関のドアが開いて、顔を覗かせたのは、栗色の長い髪をロールにし、可愛らしい雰囲気を持った、美しくスタイル抜群の女性。
女優を引退してから既に十数年の歳月が流れているが、20代前半でも通用する若々しさ、少しも衰えを感じさせない美貌。
とても高校生になる息子がいるとは信じられない。
世界中の男性を魅了し、賞という賞を総ナメにしながら、20歳という若さで、駆け出しの若手推理小説家・工藤優作と結婚してあっさり引退した、伝説の大女優・藤峰有希子(現・工藤有希子)その人であった。
有希子は、満面の笑みを浮かべながら、門の所まで出てきて、蘭を招き入れてくれた。
弾むような声で言う。
「蘭ちゃん、いらっしゃーい、お待ちしてたのよ―vvv」
蘭の緊張が自然と解けていく。
まるで、昔から知っているかのような親しみを感じさせる。
『これだけお美しくて、誰もが知っている有名な方なのに、気取ったところが微塵もない。素敵な女性だなー』
思わず、ボーっとなって見惚れてしまう。
有希子に案内されて、工藤邸に足を踏み入れる。
屋敷の中心部とおぼしき所は、大きな円筒形の吹き抜けの部屋になっている。
思わず息を呑む。
壁一面、2階まで続く、本の山。
まるで、ちょっとした図書館だ。
「あ、ここの本、蘭ちゃんも好きに使っていいからね。あ、でも、推理小説に、犯罪心理学、医学、法学・・・うーん、あんまり蘭ちゃんの役に立つ本はないかも」
書庫の螺旋階段を上り、2階の廊下からドアを開けて入ると、そこも本が山のようにある、書斎になっていた。
パソコンが4、5台並んでいるのが見て取れる。
机の上にもノート型パソコン。
そして、ノート型パソコンのキーボードを叩いているのが、この邸の主、工藤優作であった。
有希子が咎める様な口調で言う。
「もう、優作ったら、蘭ちゃん来るのわかってるのに、仕事なんかして」
「ははは、悪いね。アイディアが浮かんだものでつい、メモしていたんだよ」
優作は蘭の方に向き直り、穏やかな微笑を浮かべる。
手でデスク脇の応接セットを示し、蘭に座るよう促した。
有希子が紅茶を運んで来た。
良い香が漂う。
勧められて一口含み、蘭は驚嘆する。
高級な茶葉を使っているだろうが、淹れ方が余程上手でなければ、こんなにおいしい紅茶にはならない。
「おいしい。あの、すごくお茶の淹れ方がお上手なんですね」
思わず言った蘭に、有希子がキャラキャラと笑い、手を上下に振りながら言葉を返す。
「ま、やだあ、蘭ちゃんたら、お世辞でもとっても嬉しいわ」
蘭は改めて、本当に可愛くて素敵な女性だなと思う。
優作がニコリと笑って言った。
「いや、本当に、有希子の淹れる紅茶は最高だよ。コーヒー党の私でさえ、時々は紅茶を飲みたいと思わせる程にね」
そして、ウィンクしてみせる。
「んー、でも、新ちゃんは、紅茶飲んでくれないのよねえ」
「新一くんは、まだお茶の味も判らない子供なんだから、有希子が気に病む事はないよ」
話がどんどんそれて行っている。
蘭はといえば、新一の名前が出た途端にドキドキして、赤くなった顔を見られないように俯いてしまっていた。
☆☆☆
「さて・・・」
優作は蘭の持参した履歴書に目を通しながら、話を切り出した。
「私達が、忙しい有希子を手伝ってくれる家政婦を雇うつもりだ、という話は、聞かれたことと思うが」
「はい。あの・・・父と母の事をご存知で、残された私のことを気づかって下さっている、という事も、伺いました」
「そうか・・・」
やや間を置いて、優作は言葉を続けた。
「実はね、蘭くん、私たちは、大学に話を持っていく際、故意に隠し事をしていたのだよ」
「えっ?」
「私も、有希子も、君の事をいたく気に入っている。だから是非君にこの話を受けて欲しいと思っているけれども・・・、今から話すことを全部聞いた上で、君に決めて欲しいのだ」
蘭が固唾を呑む。
「私と有希子は、来週、ロスに発つ。たまに帰って来ることもあるが、殆どはあちら暮らしだ。この家に残るのは、息子の新一1人。今、高校2年生で、17歳になったばかりの息子なんだがね」
蘭は身じろぎもせずに聞いていたが、動悸がどんどん速くなっていくのが自分でもわかった。
「日本の高校に行きたい、というあれの強い願いでね。まあ、一通り身の回りの事は自分でできるのだが、1人暮らしとなるのは初めてだ。家事をやってくれる人を雇うことで、学業と、新一くんがやりたがっている探偵活動に専念して欲しいと思っている。あれはほっておくと、寝食も忘れて好きなことに専念しかねないところがあるからね。
あと、あいつはどうも同年代の相手を見下して交わろうとしない面があってなあ。アメリカではまあそれでも良かったんだが。年配の家政婦さんではなく、妙齢のお嬢さんを頼もうと思ったのは、同年代の人との付き合いを学んで欲しいと言う気持ちもあるのだよ。ちなみに、男相手だと、家事能力の問題以前に、新一に半端じゃなくひどい目に遭わせられかねない。その点、女性相手だとね、あいつは一応フェミニストだから、トラブルになりにくかろうと思ったのだよ」
有希子が口を挟む。
「ただね・・・。何と言っても、男子高校生の1人暮らしに、若くて綺麗な娘さんでしょう?新ちゃんは、嫌がる女性相手にどうこうする様な子じゃ絶対ない、と信じているけれど、正直にお話したら、大学側では蘭ちゃんに話を通してくれないと思ったのよ。だから、故意に内緒にしてたの」
「・・・と言ったところで、蘭くんが、信用できない、あるいは嫌だ、と言うのなら、仕方ないがね」
優作に、新一に良く似た面差しで穏やかに微笑まれると、蘭の顔は知らず赤くなってしまう。
赤くなった意味を別の意味に解釈したのか、有希子が慌てたように言う。
「あ、蘭ちゃん、もし心配なら、ちゃんと内側から鍵のかかるバストイレ付きのお部屋を用意してあるんだからね。それに、ほら、蘭ちゃんは空手もやってるし、大丈夫かなーと思って」
蘭は顔を上げた。
蘭の心は決まっていた。
どんなに好条件であっても、他の人相手なら絶対に断っていたと思う。
しかし、どういう形であっても、新一に会いたかった。
傍に居たかった。
真直ぐに優作を見て言う。
「私で良ければ、お話、受けさせて頂きます」
優作も有希子も、ほっとした表情で頷いた。
「有希子、新一を呼んでおいで。この先御世話になるお嬢さんに、挨拶ぐらいさせないとね」
☆☆☆
ドアの向こうで、声が聞こえる。
「ったく、何だよ母さん、今日はどこにも行くなと言ったり、今度は俺にお客さんって、一体何なんだよ」
蘭の心臓が飛び跳ねる。
間違えようのない、深みのあるテノール――新一の声。
ドアが開き、その新一が入ってくる。
見るからに不機嫌そうな半目の仏頂面だったが、蘭の姿を認めると、ポカンと口を開け、動きが止まる。
蘭は立ち上がり、努めて平静を装いながら、頭を下げた。
新一の戸惑ったような声が聞こえた。
「毛利蘭・・・さん?」
新一の言葉に驚いたのは、蘭だけではなかった。
「おや、新一くん、蘭さんのことを知っていたのかね」
蘭の心臓は、さっきから早鐘を打っている。
『まさか、あの時の事を覚えていてくれてるの?』
新一は、ちょっと赤くなり、視線をそらして答えた。
「毛利探偵と妃弁護士の・・・1人娘、だから・・・話には聞いている」
「おや、そうか。君は毛利さんとは仕事で一緒になる機会が多かった筈だね。それなら話が早い。今度から毛利蘭さんに、この家の家政婦として来ていただく事になったから」
「って!おい、冗談じゃねーよ!そんな話、聞いてねーぞ!」
新一は慌てたように優作に突っかかっている。
蘭は、少し悲しくなって言った。
「あの・・・私じゃ、お気に召しませんか」
新一は、えっ、と戸惑ったように蘭を見た。
有希子が口を挟む。
「そうよ新ちゃん、こんなに綺麗で可愛らしい娘さんの、どこが不満なの?」
新一は真っ赤になって怒鳴った。
「そういった問題じゃねーだろっ!男子高校生の1人暮らしに、若い女性を家政婦で雇うなんて、一体なに考えてんだよ!」
「あら、私たちは新ちゃんを信じているわよ。それともなーに、新ちゃんってば、若くて綺麗な娘さんだからって、我を忘れて狼さんになっちゃうような、そんな情けない子だったの?母さん、そういう子に育てた覚えはないわっ!」
「んな訳ねーだろっ!ただ俺は・・・」
新一は蘭の方を見て、はっとしたように口をつぐむ。
蘭の方に寄ってきて、困ったように、おろおろと声を掛ける。
「おい、泣くなよ!別にその、なんていうか・・・、あんたに不満とか、そんな事じゃねーんだからよ」
そう、蘭はいつの間にか涙を流していたのである。
『もう、何で泣いてんのよ、私の馬鹿!工藤さんを困らせるだけなのに!』
優作のからかうような声が聞こえる。
「はっはっは、女性を泣かせるとは、君も修行が足りないねえ」
「だーっ、だからっ、そういう意味じゃなくてっ!世間からどう見られるか、判ってんのかっ!噂にでもなったら、困るのは蘭さんなんだぞっ!」
有希子がさらりと爆弾を落とす。
「あら、その時は、新ちゃんが責任を取ればいいわ。蘭ちゃんがうちの娘になってくれるのなら、私は大歓迎だし」
蘭も新一も、一瞬の内に真っ赤になって固まる。
「おや、それはいい考えだね、有希子。蘭さんになら、安心して新一くんを任せられるよ」
新一が肩を震わせ、優作を睨みつけて低い声で言う。
「おめーら、いい加減にしろよ!息子を肴に遊ぶんじゃねえ!」
☆☆☆
そして蘭と新一は、何故か2人で工藤邸の中庭にいた。
新一は脱力したように、庭石に腰掛けている。
「・・・ったくあいつらは、一体何考えてんだ。見合いじゃねーっての」
では後は、若い2人でごゆっくり、と書斎を追い出されてしまったのである。
蘭がおずおずと声を掛ける。
「あの、やっぱりご迷惑だったんじゃ」
新一はきょとんとしたように蘭を見上げると、ふっと目を細めた。
その優しい表情に、蘭の胸が高鳴る。
「んな事はねーよ。ごめんな、うちの親はちょっとなんて言うか、ぶっ飛んだとこあるから。それをかわせない俺も俺なんだけどさ。迷惑かけたな」
蘭ははにかみながら、いいえ、そんな事、と答える。
「でも、蘭さん、よくこんな話をのむ気になったよな。仮にも、若い男の1人暮らしだっていうのによ」
蘭の顔に血が上る。
まさか、新一の近くに居たかったなどとは、口が裂けても言える訳がない。
代りに、別の言葉を口にする。
「信じているから」
えっと戸惑ったように新一が蘭を見る。
「信じていますから。名探偵の工藤新一さんをね」
新一はゆっくり目をそらすと、ポツリと呟く。
「信じて、ね。・・・人を信じるのはあなたの美点だけど、そんなにお人好しだと、また何時かいてえ目に遭うかも知れねーよ」
その言葉に、蘭はちょっと引っ掛かる。
「もしかして、・・・昔、その、私と、・・・会った事があるの、覚えているのですか?」
新一は立ち上がって、蘭をみつめ、ふっと微笑む。
昔は蘭より低かった目線が、今は上の方にある。
「忘れた事なんてねーよ。日本を離れてからも、あなたの事はずっと気になってた。あんなにお人好しで、大丈夫か、傷ついてねーかって」
風が吹いて、2人の髪をなびかせる。
前髪の影で、新一の瞳が微かに揺らいでいたのは、気のせいだろうか。
再び新一が何か言いたそうに口を開きかけた時―――、
「新ちゃーん、蘭ちゃーん、お茶にしましょう」
有希子の呼び声が聞こえた。
(5)につづく
+++++++++++++++++++++
(4)の後書き(?)座談会
「蘭、待たせたな、4話目にしてやっと登場できたぜ」
「新一、私たち、やっと出会えたのねvvv」
「それにしても蘭、この話ではおめーが俺より年上なんだな」
「何よ、2歳位。10歳の年の差に比べれば、なんて事ないでしょ」
「・・・それは言わねー約束だろ」
「姉さん女房もなかなか良いものだよ、新一くん」
「うっふっふ、新ちゃん、蘭ちゃんを早くものにしちゃってね」
「わーっ、父さんと母さんまで、何でここに居るんだよ!」
「私たちはこの後しばらく出番がないからね」
「そうよ新ちゃん、蘭ちゃんと早く2人っきりになりたいのは判るけど、もうちょっと我慢しなさいね」
「はあ・・・、世界が変わっても、俺、こいつらには遊ばれてしまうんだな(溜め息)」
「新一、元気出して。ほら、新一の好物のハンバーグ作ったから」
「ありがとな蘭。うん、うめー。世界が変わっても、おめーの手料理食べられるのは嬉しいよな。・・・で、今までならここは、ドミがくだらねえ言い訳をグチグチ言う場所じゃなかったのかよ。いつの間に俺らの座談会になっちまったんだ?」
「新一、私が聞いたところでは、ドミさんが、田中芳樹さんの『創竜伝』のファンだからだそうよ」
「いやいや、新一くん、ドミが石を投げられるのを恐れて、ただ単に姿をくらました、と言う噂もあるようだよ」
「父さん、・・・いくら極道な展開になってるからって、またそんな身も蓋もねー事を」
「新ちゃん、次回からは蘭ちゃんとひとつ屋根の下で過ごすのね。頑張ってねvvv」
「・・・多分、ドミの事だから、そう簡単においしい展開にはならねーと思うぞ」
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