First Love,Eternal Love


byドミ



(6)親友vs名探偵



「蘭さん、今度、空手の大会あんだろ。頑張れよ、応援してっから」

夕御飯の時、新一がそう言った。
流石に新一は情報を掴んでくるのが早い。

「高校の時も、都大会で連続優勝したろ。今回も楽勝だよな」
「よくそんな事まで知ってるわね」

蘭は少し赤くなりながら言う。

「でも今回は年上の強い人たちが多いし、私受験とか色々で、ブランクあったからね」
「大丈夫だよ、蘭さんなら」
「そうだと良いんだけど・・・」
「んじゃあさ、優勝したらお祝いに、俺が蘭さんをトロピカルランドに連れてくってのは、どう?俺のおごりでさ」

蘭は、えっと驚いて、新一を見る。
新一は、何でもないかのような涼しい顔をしている。

「最近、新しいアトラクションができたらしいんだけどよ、男1人で遊園地って行けねーだろ」
「要するに、新一さんがトロピカルランドに行ってみたい訳?」
「ん、まあ、そういう事・・・かな」
「高校生名探偵が、遊園地が好きだとは、意外だったわ」
「・・・いいだろ、別に」

今度は新一は、照れたように少し赤くなってそっぽを向く。

『ひょっとして・・・私に気を使わせないようにしてる・・・?』

蘭は顔がほころんでしまう。

『ほんと、フェミニストなのよね・・・。でも・・・』

せっかくの約束だから、都大会は精一杯頑張ろうと心に誓う蘭であった。







「らーん、頑張って!」

園子の声援が聞こえる。
帝丹女子高時代、空手都大会2連覇の実績を持つ蘭だったが、新一に話した通り、ブランクもあるし、今回は、蘭より年上で実績を持つものばかりが相手であり、厳しい試合が続く。

蘭は辛うじて勝ち進んでいた。

『優勝したらお祝いに・・・』

我ながら現金だとは思うが、新一との約束が、心の支えになっている。

そしてとうとう、決勝戦までコマを進めた。

決勝の相手は、宝田里美。帝丹大学の3回生で、蘭が高校1年の時に試合で敗れた相手。
3年前の、高校生空手都大会の優勝者である。
3年の間に蘭も強くなったが、宝田里美も更に強くなっている。
蘭は気を鎮めるために、息を吐き遠くに視線を向けた。

2階応援席で、園子が祈るような格好をしている。
園子も、宝田里美が3年前蘭を負かして都大会優勝した相手だと知っているのだ。

ふと、応援席の後ろの方に見覚えのある姿が目に映り、蘭は目を見張る。

高校は、今まだ授業中の筈だから、こんな所に居る筈がない人物。

『まさか、見に来てくれた?』

蘭の心が喜びに震える。



試合は、激戦だった。

それまでとは全く違う蘭の迫力に、宝田里美も苦戦を強いられる。
そしてとうとう大方の予想を覆し、蘭の勝利で試合は終わった。



蘭は表彰式が終わるのを待ちかねて、目当ての人物を探す。

「新一さんっ!」

出入り口から外に出ようとしていた新一は、驚いたように振り返る。
駆け寄った蘭は、息を切らしていた。
新一は、ふっと優しく微笑み、

「優勝おめでとう」

と告げた。

「来て、くれたんだ」
「ん?ああ、丁度こっちの方で事件があって、解決したばかりだったんだけどよ・・・トロピカルランドに行けるかどうか、気になったからな」

少し赤くなってそっぽを向き、頬を掻く。
新一が照れた時の仕草に、蘭は顔がほころんでしまう。

「でも俺が来てたって、よくわかったな」

蘭は、まさか新一だったら遠目でも一目で判るなどとは言えず、慌てた。

「え、えっと、その、ほら、制服よ制服!」

と言って新一の服を指差す。
ブレザーにネクタイ姿の制服は、確かに帝丹高校独自のものだ。

『でも、このネクタイ姿がさまになる高校生って、新一さん位だよね』

こっそり心の中で付け加える。

「何も言わずに帰っちゃうつもりだったの?」

ちょっと拗ねて言った蘭に、新一はバツが悪そうに答えた。

「事件という事で、公式に授業を抜け出してるから、本当は寄り道するのは反則なんだよな。でも、もう授業時間も終わりだし、ま、いっか」
「ね、約束だよ?トロピカルランド、連れてってくれるんでしょ」

新一が口を開きかけたとき、ドスの利いた若い女性の声がした。

「らーん。これって一体どういう事?」

園子が、眉をはねあげ、腕を組み、怒った顔で2人を睨みながら立っていた。


  ☆☆☆


空手都大会があった体育館のすぐ側にある喫茶店で、3人は、しばらく黙って座っていた。
園子が蘭の向かい側に座ってしまったため、新一はしばらく戸惑っていた風だったが、結局蘭の隣に腰掛け、実に奇妙な構図になっていた。
新一1人が高校の制服姿であったため、尚の事である。

新一が蘭の隣に座ったとき、園子の眉がぴくりと跳ね上がり、更に不機嫌そうになった。

3人それぞれに注文した飲み物が運ばれてきた。

園子は、ふうと溜め息をついて口を開いた。

「・・・で?あんたたちって、いつから付き合ってる訳?」

蘭は一瞬ポカンとした後、真っ赤になって答えた。

「べべべべつに、つつつつきあってるわけじゃっ」
「はあ?」

そして暫しの沈黙・・・。



蘭は、園子が怒っているわけは判っている。
出会うこともない片思いに悩んでいた筈の蘭が、いつの間にか新一と親しくなっており、しかもそれを心配してくれていた園子に隠していたのだから、怒るのは当然だろうと思う。
けれど、いかに園子相手とは言え、この間の奇妙な事情は説明しにくく、話せないままにずるずると来てしまった。
今だって、どう説明したら良いのか、皆目見当がつかないのだ。
「付き合っている」というのは園子の誤解だが、そう誤解するのも尤もな事ではある為、ますます何と言って説明したら良いのか、判らない。
有無を言わさず喫茶店に連れ込まれて、新一もさぞ戸惑っている事だろうと、そっと新一の方を伺い見る。
新一は眉根を寄せ、顎に手を当てて何事か考えているふうだった。

新一が口を開く。

「あの、鈴木さん」
「・・・わたしの事、ご存知な訳?高校生名探偵の工藤新一くん」

園子の声は、ドスが利いていつもより数段低い。

「確か船上パーティでお会いしましたよね、鈴木財閥のお嬢さん」
「・・・流石は名探偵、依頼人の家族の顔はちゃんと覚えてるわけだ」

2人の間に緊張が走り、見えない火花が散っているような気がして、蘭は居心地が悪くなる。
新一は、ふっと表情を緩めると、さらりと言ってのけた。

「毛利さんは、俺の家の家政婦さんなんですよ」

園子が一瞬ポカンとした後に言う。

「え?家政婦って・・・。蘭、あんた確か『住み込み』って、言ってなかった?」
「うん、そ、そうだけど」
「ちょっと待って。そして確か、工藤優作夫妻は今ロスにいる筈・・・工藤新一っ!あんた、今1人暮らしでしょっ!?」

園子が真っ赤になって新一を指差して怒鳴った。

「仰る通りですよ」

新一は動じず、しれっと答えた。

園子はしばらく石化したように動かなかった。



事の次第を始めから説明されて、園子はテーブルに突っ伏して脱力していた。
ややあって、口を開く。

「工藤くん、あんたのご両親って、少しぶっ飛び過ぎてない?」
「俺もそう思いますよ」

新一は苦笑して答えた。

「蘭、あんたもよくこんなとんでもない話を受ける気になったわね」

園子は溜め息をつきながら蘭の方を見た。
蘭の泣きそうな目を見て、やれやれと言った風に苦笑する。
新一は改まった口調で言う。

「鈴木さん。世間にこの事が知れたら、俺たち自身がどうであれ、スキャンダルになるのは間違いない。俺は、妙に有名になっちまってるからね。毛利さんが傷つくことになると思う。だから、このことは口外無用に願えますか」

園子はふふん、と笑って言う。

「当たり前じゃないの。わたしが、蘭が困ったり傷ついたりするような事をする訳ないでしょ。ただし!言っとくけど!」

身を乗り出し、顔を近づけ新一を睨みつけるようにして言う。

「今のところあんたは紳士的に振舞ってるようだけど。もし今後、蘭を傷つけたり泣かせたりするような事があれば、絶対、許さないからね。鈴木財閥の総力を挙げてでも、あんたを葬り去ってやるから!」

新一は園子の視線を真直ぐ受け止め、不敵な笑みを浮かべて答えた。

「御忠告、肝に銘じておきましょう」


  ☆☆☆


「ごめんね園子、黙ってて」

園子と並んで歩きながら、蘭が小さな声で言った。
新一は2人から少し離れて歩いている。
園子は、ちらりと新一を見やってから答える。

「まあ、確かにショックだったけどね。事情を聞けば、蘭が話しにくかったのも判るし」
「うん・・・」
「でも、蘭ってば、本当にあやつのことが好きなのねえ。全く、どこが良いんだか」
「そ、園子」
「ふふん、冗談よ。でも、私が見る限りでは、あやつの方も満更でもなさそうじゃない。蘭相手だと態度が全然違うし」
「そ、そんな事ないと思うよ。あの人、フェミニストみたいだし」
「蘭、あんたって、本当に自分の事には鈍いのねえ」

園子が苦笑し、蘭は憮然とする。

「蘭、頑張ってね。蘭はあやつには勿体無過ぎると思うけど、蘭がそんなに好きならしょうがない、応援してるからね」


  ☆☆☆


その日の夕方。

新一は街中で、ある喫茶店に入ると、店内を見回し目当ての人物を見つけ、近付いて行く。
その向かい側に腰掛けると、開口一番、

「何の用だよ?」

と不機嫌そうな声を出す。

「いきなり何の用とは、ご挨拶じゃない。さっきとは随分態度が違うわね。フェミニストが聞いて呆れるわ。私があんたを呼び出す用っていったら、蘭の事に決まってるでしょ」

店内で待っていた人物――鈴木園子も、不機嫌そうな声で言った。

「毛利さんの前では、言えないような事なんだ?」
「あんたも痛いとこ突いてくるわね」

新一は、近寄ってきたウェイトレスに、コーヒーを注文した。

「んで、鈴木園子さん、何が話したい訳?」

園子は直接答えず、別の事を口にする。

「あんたさあ、さっき、適当に誤魔化そうとせずに正直に話したのは、なんでなの?」
「あなたは蘭さんの親友だろ?なら、下手に誤魔化さず、味方につけといた方が良いかと思ってよ」
「親友・・・そんな事まで、蘭から聞いたの?」
「聞かなくても、見てたら判るさ、それ位」
「ほんと、可愛くないわね、あんたって」
「鈴木さん、別に俺に喧嘩売りに来た訳じゃねーんだろ?何だよ、話してえ事って」
「工藤くん。あんたがどういう風に思ってるか知らないけどね、蘭はあんたより年は上だけど、全然世間擦れしてない、本当に純粋無垢な子なんだからね」
「・・・んなこと、あなたに言われるまでもねーよ」

園子は、へえ、と言うように新一を伺い見る。
新一はポーカーフェイスで、本当のところどう思っているかは掴みにくい。

「蘭さんが、自分の事より人の事ばかり心配するお人好しで、泣き虫で、今どき珍しく損得で物事を考えない、ピュアで綺麗な心の持主だって事は、良く判ってるよ」
「・・・それも探偵の観察眼、ってわけ?」
「あの人は、初めて会った時から、ちっとも変わってねえ。あんな人、他にいねえな」
「・・・へぇ?初めて会った時のこと、覚えてたんだ?」
「覚えてるよ。鈴木園子さん、あなたの事もね。蘭さん、空手を習い始めて間もないって言うのに、必死であなたを庇ってたろ?」
「何で空手の習い始めって事まで判るのよ?」
「そりゃあ、動きや技の切れを見れば、大体見当つくだろ」
「小学生だったくせに、とんでもない奴よね」
「で、あれだろ?蘭さんと違って俺の良心なんて物を信頼できないあなたとしては、まかり間違っても蘭さんには手を出すな、と釘を刺しに来たわけだ?」
「・・・・・・」
「男子高校生が煩悩の塊だってのも、純情な蘭さんには全然判ってねーだろうし。ま、蘭さんの前では言えねー話だよな」
「で?日本警察の救世主である工藤くんは、そういった普通の男の子が持ってる煩悩は持ち合わせてない、なんて白々しいこと、まさか言うつもりはないでしょ?」

新一はほんのちょっとだけ顔をしかめて言う。

「そりゃ当たり前だろ?でも相手の意思を無視してどうこうするような事は、絶対しないだけの理性とプライドは持ち合わせているつもりだけど?」
「ふーん、理性とプライドねえ・・・」

園子は内心で溜め息をつく。
かなり世間で有名になっているこの男は、確かにその矜持にかけても、嫌がる相手に無理やり暴力的な事をして、名声を地に落とすようなまねはしないだろうと思う。
けれど、もし相手が嫌がらなかったら?

『問題は蘭よ。貞操観念は強いけど一途な蘭のことだもの、工藤くんから迫られたら、彼の方が遊びであれ気紛れであれ、絶対に受け入れてしまうに決まってるのよね』

「まあ、あなたが信用しないと言えばそれまでだけどね。蘭さんの部屋はちゃんと内側から鍵かかるようになってるし、もし何かあれば、鈴木財閥から報復があると思えば、まあ、歯止めにはなるんじゃねーの?」

園子はニヤリと笑って、爆弾発言をする。

「あら、私は、工藤くんに『蘭に手を出すな』と言うつもりはないわ。手を出したら出したで、構わないのよ」

新一は一瞬虚を突かれ、ポーカーフェイスが一挙に崩れ、飲みかけたコーヒーでむせそうになり、あせった顔をして真っ赤になる。
園子がお腹を抱えて笑い出した。

「頭が切れる名探偵さんも、やっぱり中身は普通の高校生の男の子なのね」

新一は憮然として言う。

「・・・ったりめーだろ。で、『手を出すな』じゃなかったら、結局何が言いたい訳?」
「あんたさあ、蘭のこと、どう思ってんの?」

1度崩されたポーカーフェイスは元に戻らず、新一は何も言わず、赤くなったまま目をそらした。
その目がかすかに揺らいでいる事を園子は見逃さず、満足そうに笑う。
園子が新一と会って確認したかったのは、新一の気持ちだったのだ。
結局のところ、はっきり口に出してそうとは言わなかったが、わざわざ空手の大会を見にきた事など色々と考え合わせれば、新一の気持ちはまず間違いないだろうと思う。

『まあ、鈍い蘭の事だから、そう簡単に気付かないとは思うけどね』

「工藤くん、さっきも言ったけどね、手を出すのは構わないのよ?ただし、乱暴な事はしない事、そしてちゃんと責任をとる事、それを守ってくれるならね」
「・・・普通だったらさ、手を出すなって言うもんなんじゃねーの?」
「蘭は世間擦れしてない分、へたな男にひどい目に遭わされるかも知れないでしょ?なら、あんたのお手付きになる方が余程マシって事よ」

新一は恨みがましい目で園子を見る。

「なんか、けなされてる気しかしねえんだけど、それでも俺に蘭さんと引っ付けって言ってるように聞こえるけど?あなたさあ、ひょっとして人のこと煽ってるわけ?」
「あら、さすが名探偵、良く判ってるじゃない」
「・・・皮肉かよ」
「わたしが考えてるのは、どうしたら蘭が幸せになれるかって事よ。蘭さえ幸せになれるんだったら、わたしはうるさい事は言わないわ。蘭は両親を亡くしたばかりだって知ってるでしょ。誰か蘭を支えてあげられる存在が必要なの」
「で、それが俺なんかでいいわけ?」
「今のところ、残念ながらあんたよりマシな男が蘭の周りにいないのよねえ。今も蘭に目をつけているとんでもない男もいるし」
「・・・榊田の事か?」
「知ってるの?なら話は早いわ。あいつから蘭を守ってあげられるのって、今のところあんたしかいないでしょ。絶対、蘭を守ってよ。それさえ約束してもらえるなら、わたしは全面的に応援するからね」





(7)につづく


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(6)の後書鼎談

「なんか、この世界でも、俺って園子には敵わねーんだな」
「園子って、私のために色々気を配ってくれて・・・すっごく良い役かも」
「どこがよ。真さん、地の文で名前が出てくるだけで、ちっとも登場しないじゃない。蘭たちだけラブラブなんて、あんまりよ!」
「え?俺たちって、まだラブには遠くねーか?」
「そうよ園子、新一の気持ちだってまだはっきりしてないんだし」
「そんな事思ってるのは、あんた達位のもんよ!全く、世界が変わっても、お互い鈍いのは一緒なんだから。おまけに恋人未満の癖にいちゃつくのまで一緒だし!ああ、やってらんないわ」
「次は、新一と私がトロピカルランドに行くのよね。原作とシンクロするって聞いたけど・・・まさか新一、コナンくんに・・・」
「それはねーと思うぞ。・・・多分・・・はは、まさかな」


(5)「新しい生活」に戻る。  (7)「誤解」に続く。