First Love,Eternal Love
byドミ
(7)誤解
梅雨入りはしていたが、良く晴れた日曜日。
新一と蘭とは、約束どおりにトロピカルランドへ来ていた。
休日の遊園地は、親子連れの他、カップルも案外多い。
『こうやって私服で並んでいると、私たちって、どういう風に見えるんだろう』
と蘭は少しドキドキしながら思う。
新一はいつものきっちりネクタイを締めた制服姿と違い、ポロシャツにジーンズというラフな格好で、蘭は活動的なショートパンツスタイルである。
『スカートはいてくれば良かったかな・・・やっぱりもうちょっと可愛い服にすればよかった』
遊園地だからこの方が良いかと思って選んだ服だったが、周囲のカップルを見ていて、蘭の心は揺れる。
しかし蘭は判っていない。
自分では可愛くない格好だと思っているが、蘭のショートパンツから見えるすんなりした足が、どれ程男たちの目の毒であるか、全く気付いていなかった。
☆☆☆
蘭は、トロピカルランドに入場する前に、新一に携帯電話を渡された。
「はぐれっといけねーから、これ持ってろよ。短縮の0番に俺の携帯の番号が入ってっから」
「え?」
「ただでさえ、蘭さん方向音痴だろ?こんな人だかりの中ではぐれたら、まず迷子になるよな」
「迷子って、ひっどーい、私より年下の癖に」
「・・・そう年下年下って言うなよ」
新一が不機嫌そうな顔をする。
蘭ははっとして口をつぐむ。
2歳位の年の差は、後数年もすれば、どうという事も無くなるのだが、まだ10代の2人には、かなり重みをもってしまう。
「その携帯、蘭さんにあげるからさ、この先でも、何かあった時には、俺を呼べよな」
蘭は新一が榊田の1件を気にして、携帯をくれた事に気付く。
その優しい気づかいが嬉しい。
蘭は新一と自分とを繋ぐ携帯をそっと愛しげに撫でると、バッグの中にしまいこんだ。
☆☆☆
「きゃあああっ、いやああああっ!」
響き渡る蘭の悲鳴。
「おい・・・」
新一は、呆れたように見ていたが、蘭がお化け役の係員を相手に空手技をかけようとしているのに気付き、慌てて羽交い絞めにする。
「おい!落ち着けっ。素人相手に傷害事件を起こす気かっ!」
そして、呆然となっているお化けに告げる。
「わりぃが、こいつの空手技喰らうと、大怪我すっぞ。他の奴にも、こいつに近寄らねえよう、言っといてくんねーか」
溜め息をつき、涙を流して震えている蘭を抱きしめる。
「・・・ったく、こんな怖がりの癖に、何でホラーハウスに入ろうなんて言い出したんだよ」
「・・・だって、だって、・・・」
「泣くなって。ほんと、しょうがねえやつだな」
釘を刺されたために、もうお化け役は近寄ってこない。
映像や人形は相変わらず周りに満ちているが、新一に抱きしめられているため、殆ど視界に入らない。
蘭はようやく落ち着いてくると、今の自分の状況に気付き、かあっと頭に血が上る。
自分を抱きしめる腕も胸板も、見かけよりずっと逞しく、改めて、男の人なんだと思える。
恐怖心は薄らいだが、別の意味で鼓動が速くなる。
「蘭さん、大丈夫、大丈夫だから・・・」
蘭は新一の優しい声を夢見ごこちで聞いていた。
周囲のおどろおどろしい風景も人も音も、何もかもが消え失せていく・・・。
☆☆☆
展望台で、双眼鏡を覗きながら、蘭はぼんやりしていた。
あの後すぐ、新一に肩を抱かれたまま、ホラーハウスを後にしたのだった。
迷惑をかけた、と思いつつ、動悸がおさまらない。
『でも、新一さんって、なんかあんな時の対応、慣れてる風だったな・・・』
外国暮らしをしていたし、女性の扱いには慣れてるのかも、と思う。
突然、頬に冷たい感触があり、物思いに耽っていた蘭は、飛び上がるほどに驚く。
振り返ると、新一が立っていた。
「ほら、喉乾いたろ」
悪戯っぽく笑いながら、新一は蘭にコーラを差し出した。
さっきの頬の感触の正体は、よく冷えたコーラの缶だったのだ。
そもそも新一がこの場を離れていた事さえ気付いてなかった蘭は、呆然としていた。
「・・・どうした?ボーっとして」
新一が怪訝そうに尋ねてくる。
「ねえ、新一さん」
「ん?」
「私と遊園地に来たりして、良かったの?誰か他に、一緒に行く可愛い人はいないの?」
新一は驚いたように、まじまじと蘭を見る。
「・・・見てりゃ判んだろ。そんなやつ居ねーって。いたら、蘭さんを誘ったりしねーよ」
「意外と真面目なんだ」
「付き合っているやつがいれば、やっぱ他の女と2人で遊びに行かないのは、礼儀だろ」
「新一さんって、もてるんでしょ?告白された事くらい、あるんでしょ。彼女、作らないの?」
「・・・言い寄ってくる中に、そんな気になれるやつはいねえからな」
その微妙な言い回しに、蘭は首を傾げる。
「・・・もしかして、言い寄って来ない中に、好きな人がいるの?」
新一は頬をかすかに赤く染め、目をそらした。
それが、答え。
蘭は、自分の足元が崩れ落ちていきそうな感覚を覚える。
自分が訊いておきながら、その答えにこれ程にショックを受けていた。
いずれ、彼の隣には、彼にふさわしい女性が立つときがきっと来るだろう。
そのとき、自分は果たして耐える事が出来るだろうか。
☆☆☆
「ミステリーコースター?さっき、ホラーハウスであんだけ怖がってたくせに、こんなのに乗るのか?」
「以前、園子が京極さんと来て、とっても良かったって言ってたんだもの・・・」
「京極さん?」
「園子の彼氏。私の空手の試合の時応援していた園子に一目惚れしたんだって。空手の修行で海外に居るから、なかなか会えないんだけどね」
「・・・もしかして、蹴撃の貴公子『京極真』?」
「!ええ、そうよ!そんな事まで知ってるの?まるで魔法みたいね」
「いやまあ、空手やってる男とかはそれなりにチェックしてたから・・・」
「えっ?」
「いや、何でもねーよ。もしかして、さっきから、苦手な筈のホラーハウスに行ったりしてたのは、全部鈴木さんのお勧めな訳?」
「うん、今度新一さんと一緒にトロピカルランドに行くって話をしたら、お勧めポイントを色々教えてくれたの」
新一は、額に手を当てて俯き、肩を落として溜め息をついた。
「新一さん、どうかした?」
「いや、別に・・・鈴木さんに、今日のことまで話してたんだな」
「うん、一番の親友だもの。もうこれ以上、隠し事したくないしね」
新一は苦笑いして小さく呟いた。
「あいつ、人の事煽って、何やってんだか・・・」
ミステリーコースターは、簡単に言えば、お化け屋敷とミニコースターを組み合わせたようなものである。
普通のジェットコースター程のスピードはないが、暗闇を抜けたり、洋風の妖怪達の群れの中を通ったりと、別のスリルを味わう事になる。
それなりに人気があり、行列が出来ていた。
順番を待ちながら、新一はずっとホームズの話をしていた。
蘭にとっては、さんざん聞かされてきた話で、暗唱できるくらいだ。
おかげで最近は蘭もかなりホームズ通になりつつある。
「ホームズのすごい所って言うのはな、ワトソンに初めて会った時、握手しただけで、彼が軍医でアフガンに行ってた事を見抜いてしまったんだ・・・こんな風にね」
そう言って、列に並んでいる見知らぬ女性の手をいきなり握り、
「あなた、体操部に入ってますね」
いきなり言い当てて、その女性と友人たち、そして蘭を唖然とさせる。
その推理の根拠が、風でスカートが翻った時に見えた、足の付け根の痣と聞いて、蘭は更に唖然とする。
その推理力にではなく、いきなり女性の手を握ったり、捲れ上がったスカートを見たりしても、全く動じず、助平心も働かず、探偵の目でしか見ていない、その情緒の無さにである。
『な、なんか、この人って、思っていたよりずっと推理馬鹿?』
いやらしい気持ちの欠片も無かったらしい事に、蘭は呆れると同時になぜか妙に嬉しくなってしまう。
しかし当然、周囲からはそう思われないわけで、その女性の友人らしい男から、
「オレのダチにちょっかい出してんじゃねーぞ!」
と怒鳴られたりしていた。
コースターに乗り込むときも、新一はずっとホームズの話をしている。
「わかるか?コナン・ドイルはきっと、こういいたかったんだ・・・ホームズってやつはな・・・」
蘭は思わずくすくす笑い出す。
「新一さん、この先彼女ができてデートする事になったら、ホームズの話ばかりするのは止めといた方がいいわよ。つまらないと言って、振られちゃうかも」
新一は、目を瞬かせ、そっぽを向き、小さい声でぽつりと言った。
「蘭さん、つまらなかった?」
「ううん、私は良いんだけど。好きな事の話をしている新一さんって、目がきらきらして、何だか可愛いんだもの」
「・・・可愛いなんて言われて、男は喜ばねーよ」
そうこうしている内に、コースターは動き出す。
長いトンネルの中、作り物の化け物たちの中を走ってゆく。
ふいに、蘭達の上に、何か生暖かいドロっとした液体が降り注いだ。
そして、長い暗闇を抜けたコースターの上では、とんでもない悪夢が待ち受けていた。
☆☆☆
新一の後ろに座っていた、先刻新一を怒鳴りつけたばかりの男が、首から上が吹っ飛んだ凄惨な遺体となっていた。
蘭は涙を流しながら、思わず新一に縋りつく。
新一はと言えば、冷静に状況を観察し、
「これは事故じゃない、殺人だ!そして犯人はこの中にいる!」
とキッパリ言い切った。
ざわめく中、警察が到着する。
その中には、蘭の父親・毛利小五郎が警察官だった頃に上司だった、目暮警部の姿もあった。
目暮警部は、新一の姿を認めると、笑顔で近付く。
「おー、工藤君じゃないか!!」
そして、新一に縋りついている蘭に目を移し、訝しげに見る。
「君は、毛利君とこの蘭くんじゃないかね?」
そして、えっと言うように、新一と蘭とを交互に見る。
新一は、蘭の肩を抱き寄せ、にっと笑うと、
「他言無用ですよ、警部」
と言った。
その言葉に、蘭は驚いて固まった。
『そ、そんな事言ったら、目暮警部、しっかり誤解しちゃうよ』
目暮警部は、全く今どきの若い子は、とブツブツ言いながら、事件の検証を始める。
事件は新一の推理で、犯人が挙げられスピード解決した。
新一が手を握り、「あなた、体操部に入ってますね」と当てた女性が、別れた恋人を愛憎の果てに殺し、現在その男と付き合っている女に罪を被せようとしたのだ。
そしてその女性は、自らも死ぬつもりだった。
結局、新一の推理で真犯人を挙げたのみならず、犯人の自殺を未然に防いだと言える。
☆☆☆
夕暮れ、観覧車の中で、蘭は泣いていた。
「おいおい、もう泣くなよ・・・」
蘭は泣きながら、新一の言葉に思わず文句を言ってしまう。
「あなたは良く平気でいられるわね・・・」
「お、俺は現場で見慣れているから、バラバラ死体とか・・・」
「サイテー!」
更に泣きだしてしまう蘭に、新一はおろおろと言う。
「は、早く忘れた方がいいよ、ほら・・・よくある事だから・・・」
「ないわよ、こんな事!!」
どうやら新一は、蘭を慰めようとしている様だが、そのやり方がどこかピントがずれている。
フェミニストだが、女心は判らないらしい。
しかし蘭の方も気付いていなかった。
向かい合わせに座った新一が、蘭を抱き寄せる事も、頭を撫でたりする事もためらわれて、手を中途半端に空中で泳がせている事に。
溜め息をついて黙ってしまった新一に気付き、蘭が俯いていた顔をあげる。
新一は、どこか困ったような、優しい目で蘭を見詰めていた。
その眼差しにドキリとしながら、蘭は口を開く。
「何だか悲しい事件だったね・・・人を殺すなんて勿論良くない事だけど、あの犯人の女の人も、可哀想だったな・・・」
「・・・俺には、殺人者の気持ちなんて判んねーけどよ、あっさり他の女に乗り換える気持ちも、判んねーな」
「ねえ、新一さん。さっき、目暮警部になんであんな事言ったの?絶対、誤解されたよ」
「ん?ああ・・・、下手に本当の事言うより良いかなと思って」
「それはそうかも知れないけど・・・誤解されて困る人がいるんじゃないの?」
「・・・へっ?」
「だって新一さん、好きな人いるんでしょ?」
新一は目を丸くして蘭を見詰めていたが、やがて目をそらし、夕日の方を見る。
その耳たぶまで赤くなっているのは、夕日のためばかりでは無いだろう。
「・・・いるよ。ずっと昔から、気になってるやつ」
蘭は心の痛みを抑えて、訊いてみる。
「どんな人?クラスメイト?」
「・・・年は俺よりふたつ上、だな。綺麗で可愛くて、家事が得意で、腕っ節は強いけど優しくて、泣き虫で、他人の事でも自分の事のように心配して泣いちまうお人好し・・・俺さ・・・その人に会う為に、それだけの為に、日本に戻って来たんだ・・・」
蘭の胸が、切り裂かれるように痛む。
両手をぐっと握り締め、涙を堪え、笑顔を作る。
「そ、そう・・・。新一さんにそんなにまで想われるなんて、幸せな人ね・・・」
新一が振り向く。
戸惑ったように蘭を見ている。
「あ、あの、俺さ・・・」
「いつか、紹介してくれる?」
「あの、蘭さん・・・?」
観覧車が地上に着く。
涙を堪えるのが限界だった蘭は、地上に着くなり、新一から顔を背けて、早足で歩き出した。
後ろから追ってくる新一が、大きな溜め息をついた事に、蘭は気付かなかった。
(8)につづく
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(7)の後書対談
「うっ、ぐすっ、新一ったら、・・・他に好きな子居たのね・・・(涙)」
「おめーって、ほんと鈍いよな・・・結局、俺の言葉が足りねーって事か」
「何よ何よ、人のことを振っておいて、『鈍い』だなんて、新一の馬鹿っ!」
「振るも何も、おめー俺に何か言ってくれたか?」
――不毛な言い争いが続くため、そのまま暫くお待ちください――
「それにしても、原作とシンクロ、と言いながら、大分違うよな」
「一緒なのは、空手の都大会優勝のお祝いにトロピカルランドに行くって事と、ジェットコースター殺人事件が起こった事くらいでしょ」
「俺たちの会話もかなり原作と変わってるし」
「幼馴染じゃないし、年も違うからね」
「それにしても、俺、コナンにならなくてほっとしたぜ」
「ドミさんも思わずそうしたい衝動に駆られたけど、そうしてしまうと話が破綻してハチャメチャになって収拾がつかなくなるからって諦めたらしいわ」
「ドミの空想力不足で助かったな・・・。で、次回は、夏休み突入、プールで水着姿!は嬉しいんだけどよ、なんかますます俺たちの仲はこじれるらしいぜ・・・」
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