銀盤の恋人たち



byドミ



(11)グランプリシリーズ日本



グランプリシリーズ第4戦は、日本で行われる、JHK杯である。


「青子ちゃん、お久し振り!」
「蘭ちゃん!」

蘭と青子は、抱き合って再会を喜び合った。

「蘭ちゃん、凄いね〜!この前のアメリカの試合は、青子もすごく感動したよ!」

今迄日本では、JHK杯以外で、ペアの演技が放送される事は少なかったけれど。
さすがに、日本人ペアが国際大会で活躍を始めた事で、新一と蘭が金メダルを取ったアメリカの大会は、日本でもしっかりと放映されていた。

「工藤君との息が、すっごくピッタリで・・・何か、ペアの本領発揮って感じだよね!」
「ありがとう」

青子は、恋しく思っている幼馴染みの快斗が、スケートを全く滑れないので。
最初から、ペアをやろうという気持ちが全くない。

「青子ちゃん・・・青子ちゃんも、実力発揮出来れば、絶対にかなりイイとこまで行くんだから!頑張って!」

どうしても、本来の調子を戻せてない青子に、蘭は何をどう言ってあげたら良いのか分からない。
青子が、表情を曇らせた。

「・・・青子ね。世界のトップに行きたいとか、いい成績をあげたいとか、そういう気持ちは、なかったの」
「えっ?」
「そこら辺、コーチ達から、散々言われたの。中森さんには、ハングリー精神がないって。それは、分かるんだけど・・・ハングリー精神って、どうやったら出せるものか、青子にはどうしても、分からなくて・・・」
「青子ちゃん・・・」
「何か、色々考えてると、そもそも何で青子は、スケートをやろうとしたのか、分からなくなって来ちゃって・・・ドンドン、どツボにハマっちゃって」

俯く青子に、蘭が、何も言えずに、押し黙る。
青子が、慌てたように、笑顔になって言った。

「あ!ご、ごめんね、こんなウジウジした話、しちゃって・・・」
「ううん・・・」
「蘭ちゃん!青子の事なんかで気を揉まないでね!蘭ちゃんはせっかく、小さい頃からの夢を叶えかけてるんだから!」
「えっ?」
「工藤君と、ずっと一緒に滑るのが、夢だったんでしょ?」
「青子ちゃん・・・覚えていてくれてたんだ・・・」
「うん、そりゃね。工藤君とのペアを着実に育んでる蘭ちゃんは、青子の夢だもん」
「えっ?」
「あ・・・ご、ごめん。勝手に。だって・・・青子は・・・無理だから・・・」
「青子ちゃん・・・黒羽君と、何かあったの?」
「何にも、ないよ。ずっと、何もないまま」

青子の目が、遠くを見る眼差しになった。
快斗と青子は、進展がないまま、幼馴染みのまま、という事なのだろう。

蘭とて、新一と、別に男女としての進展がある訳では、ない。
けれど、ペアスケーターだから、常に近くにいられる。

快斗と青子は、モーグルスキーとスケートという、別ジャンルの選手で。
冬季オリンピックを控えた最近では、お互いに忙しく、会う事すらままならないのかも、しれない。


好きな人といつも一緒にいられて、同じ事が出来る自分は、何て贅沢なんだろうと、蘭は思う。


「こんちは」
「今日は、頑張ってね」

和葉と志保が、声をかけて来た。

「志保さん、和葉ちゃん!応援に来てくれたの!?」
「和葉ちゃんは、大阪からわざわざ?」
「ライバルをきちんと見ておくんも、大事やしな。練習はこっちのリンクを押さえてあるし、大丈夫やて」
「日本人なのに、JHK杯に出られないって、大変よね」
「・・・シード選手としての栄誉が与えられてるんやから、そないな弱音は、はけへんって」

和葉はそう言って笑った。
その表情には、昨シーズン世界選手権4位入賞者の自信が、のぞいている。

「次のロシアでも表彰台に上って、ファイナル出場して見せるで」
「・・・ふう。私の方は、フランスで金を取らないと、ファイナル出場は厳しいけどね」
「何や、志保さんらしくあらへんなあ。フランスでは志保さんより強い選手は、おらへんって!頑張りや!」

珍しく、弱音を吐く志保と、今迄以上に強気の和葉。
それは、先の大会の結果がそのまま反映されたものであろうと、蘭は思う。



「・・・注目の、女子シングルやね」
「うん・・・」


日本人選手では、青子の他、内田麻美など、実績も実力もある選手が、出場する。
日本の女子シングルは、かなり層が厚いのだ。


やはり、地元という強みがあってか、青子も麻美も他の日本人選手も、かなり良い演技をし、点数もまずまずだった。
ショートプログラムの順位としては、麻美が2位、青子が3位につけた。
だが。点数はどんぐりの背比べで、フリーの演技次第で順位の大幅な入れ替えも有り得る為、全く予想がつかない。

青子の演技は、決して悪くはなく、技術力も高いが。
蘭としてはどうしても、あの「妖精の空気」が戻っていない事が、心配でならない。


男子シングルでは、真が危なげなくショートプログラム1位で終わった。


そして。
ペアのショートプログラムが、始まった。


日本地元推薦枠の羽賀・設楽ペアも、まずまずの演技で高得点を出す。


「蘭。行こう」
「うん!」

蘭は新一の手を取り、リンクに立つ。

「今や日本注目の工藤毛利ペア!ショートプログラム曲目は、GARNET CROWの、『君という光』です!例によって、歌詞はないメロディーだけですが。元々は、ラブソングです」
「ゆったりとしたリズムに乗って、今、スタート!」
「2人手を繋いでの、スパイラルシークエンス・・・すごく、雰囲気が良いですねえ」
「2人どれだけ息が合っているか、良い表現が出来ているか、それは芸術点に大きく反映されます」
「昨シーズン、ひとつひとつの要素をこなすのが精一杯だった頃と比べ、技術力も上がりましたが、表現力も格段に上がりましたね」
「リフト!蝶が舞うように上がった毛利選手を、工藤選手が危なげなく片手で支えています。毛利選手も、非常にリラックスした表情で、美しいポーズ」
「その美しさから、バタフライリフトと異名を取った、非常に素晴らしい技ですね!」
「会場からも、溜息が洩れます」

ショートプログラムなので、大きな冒険はせず、ひとつひとつの技をキッチリと決める。
厳しいレッスンを重ねて来た甲斐があり、2人の息はぴったり合って、その演技の美しさに、会場中が酔いしれた。

「ペアスピンで、今、フィニッシュ!決まりました!これは、かなりの高得点が期待できるでしょう!」
「会場からも、若い2人に、惜しみない拍手が注がれます!」

演技が終わった2人は、息を整え、会場に向かってお辞儀をした。
会場から、更に大きな拍手喝采が起こった。
既に多くのファンをゲットしている2人で、しかも、日本の大会。
沢山の花束が投げ込まれる。
2人は、控え席に戻り、発表を待った。

「点数出ました・・・これは!」
「前回のアメリカ大会を上回る得点を出して来ました!」

現時点で、ショートプログラムトップ。
蘭は、呆然としていた。

「よくやったわね、あなた達」

フサエコーチが、笑顔で2人を労う。

「まだ、演技が残っているペアもあるけど、さすがに、これを上回る点数が出せるとは思えない。明日のフリーも、無理せず確実に決めて行けば、必ず勝てるわ!」

フサエの激励に。
蘭は、嬉しい筈なのに、緊張で体がこわばって行く。

「蘭?どうした?」
「な、何でもないわ・・・」

新一の気遣うような声に、蘭は笑顔を返したが、ぎごちない笑顔である事は、自分でも分かっていた。
今迄は、「世界の強豪にとても敵うわけがない」と、自他ともに認め、追う立場だったので、気楽に滑れていた部分があったのだが。

『怖い・・・!』

周りの期待が高まるだろう状況に、蘭は喜ぶより、恐怖心を持ってしまう。


そして。
フサエが言ったように、その後、新一と蘭を上回る点数を出したペアはなく、ショートプログラムは1位で終わったのだった。



   ☆☆☆



「ねえねえ、蘭ちゃん。あれなんか、可愛い」
「そうだね〜。青子ちゃんに似合うかも」
「そう?蘭ちゃんの方に似合いそうだよ〜」
「あ、これなんか、大人っぽいから、志保さんに合いそう」
「和葉ちゃん、たまには髪を下ろしたら?このヘアバンド、和葉ちゃんに似合うと思うよ〜」
「アタシはポニーテールがいっちゃん好きな髪型やねん。けど、たまにはええかもな。園子ちゃんも一辺、ロングヘアやってみたらどないや?」
「あはは〜、わたしは、いっつも伸ばしてる最中で我慢出来なくなるからね〜」
「鬘とか、エクステとか、方法あるじゃない」


日が暮れた街中を、女性の集団が楽しそうにウィンドウショッピングをしながら進む。
グランプリ出場真っ最中の蘭と青子、それに、応援に来ている園子・和葉・志保の5人連れだった。

その少し離れた後ろを、男2人連れが歩いていた。
新一と、快斗である。

「な?工藤、女同士で過ごす方が、気分転換にはなるだろ?」
「成程な・・・確かに」

蘭が煮詰まっている様子だったので心配だった新一だが、今の蘭は気を使っている風でもなく、屈託なく笑っているので、ホッとしていた。

「さすがに、プレイボーイの黒羽だな。女を扱い慣れてる」
「誰が、プレイボーイだっ!遊んだ覚えはねえっ!」
「・・・そうなのか?」
「ったく。オレは、オメーと違って、まともなだけ!」
「オレ、まともじゃねえのか?」
「ああ。ひとりの女しか、女と認識しねえなんて、まともじゃねえよ」
「いろんな女を見る事がまともって言うんなら、オレは別に、まともじゃなくて構わねえよ」
「・・・やれやれ」
「青子ちゃんとは、まだ、キチンとしてねえのか?」
「青子は、別に!ただの幼馴染みだし!」
「・・・おーい・・・黒羽、オメーって・・・他人の心配している場合かよ?自分自身の事には、からっきしなんだな」
「はあ。工藤に言われたかねえが、確かに、そうかもな・・・」

快斗が、目に見えて落ち込んだ様子だったので、新一は驚き、顎に手を当てて考えた。

「あのさ。黒羽、もしかしてオメー、何とか青子ちゃんを元気づけようとあの手この手をやってみてるけど、上手く行かねえとか?」
「・・・青子が妖精パワーを無くしてるのって、どうも、精神的なもんらしいんだよな。オレはあいつがスケートで結果を出そうが出すまいがどうでも良いけど、苦しんでいるらしいのは、どうにか出来ねえかと・・・」
「あのなあ。元はと言えば、お前が青子ちゃんの前でアン王女を褒めたりしたから、だろ?」
「青子は、そんな安い女じゃねえっ!」

突然、快斗が大きな声を出し。
新一は、ヒヤリとして、前方を歩いている青子達を見た。
だが、幸い、お喋りとウィンドウショッピングに夢中になっていた女子達には、聞こえなかったようだった。

「・・・いや、もしかして、あの時の事がきっかけになったのかとは、気になってっけどよ。青子はぜってー、妬みやひがみで、自分を失ってしまうような、そんな女じゃ、ねえんだ」
「ふうん。やっぱ、蘭と似てるのは、顔だけじゃねえんだな」
「おい・・・!いくら似てるからって、青子にちょっかい掛けんじゃねえぞ!」
「それは、こっちのセリフだっての。黒羽、オメーが蘭に、女の子達で町をぶらついて気分転換でもしたら、って勧めたのは、青子ちゃんの為だったんだな」

快斗は、新一をちらりと見たが、何も言わなかった。
新一は内心でこっそりと、快斗に対し「女を扱い慣れてる」と評した事を、訂正する。
どうやら、彼が扱い慣れている女は、「どうでも良い相手」に限られているようで。
顔が似ていると言われる割に、性格は違っていると思っていた快斗だったけれど、そういう意味では、似た者同士なのかもしれないと、新一は思った。



「あ!氷姫の絵本だ!」

本屋の店頭で、青子が突然、絵本の前で立ち止まった。

「氷姫?青子ちゃん、そのお話、好きなの?」
「アタシは、あのお話、氷姫が可哀想過ぎて、ダメやなあ」
「うん、そうだね、可哀相だね。でも、青子は、氷姫になりたかったんだ・・・」

青子が切ない笑みを浮かべて、言った。


「氷姫」とは、ヨーロッパの民話が元になった童話である。
氷の妖精王女「サフィール」は、人間の青年に恋をした。
しかし、妖精は人間の目に見える事がなく、青年から気付いても貰えない。
しかも、妖精の世界では、人間に干渉する事が、許されていないのだった。
そして、青年には恋人がいた。
決して叶う事のない、悲しく苦しい恋。
それでも、サフィールは、青年を見詰めているだけで、充分幸せだったのだ。

ある日、青年は、恋人を魔王にさらわれてしまう。
青年は、愛する女性を取り戻す為に、苦難の果てに魔王の城にたどり着き、果敢に魔王に立ち向かった。
しかし、魔王の圧倒的な魔力の前に、青年は恋人を取り戻せないまま、命を落としそうになる。

サフィールは、禁を犯して、青年を助け、魔王と対峙して打ち破る。
不死の妖精だが、犯した罪によって、サフィールは消滅してしまう事になる。
魔王が倒れた時には気を失っていた青年は、哀れな妖精の事を知らないままに、助け出した恋人と抱き合う。

サフィールが滅した後には、青い大粒の宝石が残っていた。
青年は、不思議に思いながら、その宝石を、恋人の髪に飾った。
サフィールは、生涯、青年の傍で輝き続ける事になったのだった。



「サフィールって、フランス語でサファイアの事よね」

志保が、博識なところを見せる。

「うん。青子は9月生まれだから、サファイアは青子の誕生石なの。青子の名前も、そこから取ったんだって」
「そっかあ。だから青子ちゃん、余計に、氷姫に感情移入したんだね」
「でも、ええお話やけど、可哀想過ぎるで。青子ちゃんはもっと幸せな人生送らなあかんよ?」
「ありがとう。青子が、氷姫になりたいって思ったのは、ちょっと意味が違うんだ。自分の大切な人の為にだったら、自分を捨てても、何でもしてあげられるような、強い女性になりたいなって、思ったし・・・今でも、思ってるの」
「大切な人の為に、自分を捨てても・・・何でも出来る、強い女性・・・素敵だね、青子ちゃん」

青子と蘭の言葉に、園子と志保は、仰け反る。

「無償の愛って、まあ、あんた達らしいけど・・・もうちょっと、自分の幸せを追求しても、バチは当たんないと思うわよ」
「蘭さんと中森さんって、顔だけじゃなくて、色々な意味で似てるのねえ」


青子は、立ち止まって空を仰いだ。
東京の空は、灯りが強い所為で、殆ど星も見えない。
青子の目に、何が映っているのか。妙にスッキリした表情をしている。

「・・・青子が、どうしてスケートを始めたのか。思い出したよ。青子は、快斗の為の、氷姫になりたかったんだ」
「青子ちゃん?」
「快斗のお父さん、黒羽盗一って、大マジシャンだったんだけど。小さい時に、マジックショーの事故で、亡くなったの」
「えっ?」
「黒羽盗一・・・聞いた事ある!華麗で天才的なマジシャンで、超有名じゃん!」
「青子ちゃん?」
「青子ね。氷姫になって、快斗に、お父さんを取り戻してあげたかったんだ・・・でも、現実の青子は、ただの女の子でしかなくって。快斗に何もしてあげられなかったの。青子が、スケートを始めたのって、その頃で。スケートを続けてたら、快斗の為の氷姫になれるような気が、してたんだ。バカみたいだけど」

そう言って、少し寂しげに笑う青子を、蘭は思わず抱きしめていた。

「青子ちゃん!」
「やだ。何で、蘭ちゃんが泣いてるの?もう、お人好しなんだから」
「お人好しは、青子ちゃんの方じゃない!わたしなんか、邪念だらけだもん!わたしは、新一の傍にいたいって理由で、スケートやってたんだもん!」
「えええっ!?」

蘭の新一への想い自体には気付いていたものの、細かい事情までは知らなかった志保が、声を上げた。
手短に事情を聞いた志保は、溜息をついて言った。

「・・・工藤君のどこがそんなに良いんだか・・・」
「志保さん!あなたの好みじゃないかもしれないけど、新一の事、そんな風に言わないで!」

カチンと来た蘭が、志保に食ってかかる。

「あ。ごめんなさい。そうね、まあ確かに、幼馴染みの私に鼻についてしまう部分が多いけど、彼にも良い所は沢山あると思うわ。たで食う虫も好き好きって言うし」

たじたじとなった志保が、思わずそう言って謝った。

「志保さん、全然フォローになってないじゃない」

呆れて突っ込みを入れるのは、園子である。

「アタシの場合、スケート始めたんは、平次がスケート始めたからやってんけど。スピードスケートは、性に合わへん思うて、フィギュアの世界に入ったんや」
「へえええ。じゃあ、もしかして、この中で、スケートを始めた動機が好きな男性じゃないのって、志保さんだけ?」

園子が、面白そうな顔になって言った。

「あ。そう言えば、そうね」

志保が苦笑する。

「実は、志保さんにも、スケート始めるきっかけになったナイトが、って事は?」
「ないわよ!私の場合は、母がスケート選手だったから、だから」
「フサエ・キャンベルと、ビリー・キャンベルの、姉弟ペアは、素晴らしかったものねえ」
「そうね。見せて貰ったビデオは、私も感動したわ。ただ残念ながら私は、シングルの方が好きで性にあってるし、ペアをやりたい相手もいないしだったけど」
「志保さん、色恋でスケート始めたなんて、不純な動機だって呆れない?」
「別に。動機なんて、何だって良いと思うわ。それぞれが、自分の思いで、続けたければやって行けば良いんじゃない?」



少し離れて歩く新一と快斗には、女子達の会話までは聞こえていない。
だが、蘭と青子の雰囲気が、随分変わり、リラックスして来たのを感じていた。

「・・・蘭の表情が柔らかくなった。明日は、落ち着いて試合に臨めそうだな。黒羽。動機は青子ちゃんの為だったとしても、感謝してるぜ」
「って言うかあ。オレが蘭ちゃんの為に何かしたとしたら、工藤から殺されそうなんですけど」
「もし、そうだったら、容赦はしねえ。キッド」
「・・・何の事かなあ?」
「ま、オレは今現在、スケート活動が主で、探偵活動は滅多にやらねえし。それに、元々、1課専門だしな」
「けっ!探偵風情が、1課だの2課だの・・・」
「でも、時と場合によっては、容赦しねえぜ」
「だから、何の事だか、分からねえっつってんだろ?」
「まあ、そういう事にして置こうか」


新一と快斗との間に、一瞬、火花が散ったようだが。
2人の間に、奇妙な友情めいたものも、芽生えていたようである。



   ☆☆☆



「昨年、全日本で成功させた、トリプルアクセルトリプルループ!綺麗に決まりました!」
「文句ないですね。回転不足と見られる事も、まずないでしょう!」
「何よりも、あのふんわりとした妖精オーラが、戻って来ています!」
「中森青子選手、スノウフェアリーの完全復活!」

この日の青子は、昨年の全日本選手権の時に勝るとも劣らぬ演技で、会場を沸かせ、高得点をマークした。
そして、昨日の上位選手を抑え、1位に躍り出た。

内田麻美も、頑張って2位につけ。
女子シングルは、日本人選手で1位2位を独占するという快挙が成った。


「すごいすごい!青子ちゃん、すごい!」

蘭は、我が事のように興奮してはしゃいでいた。

「内田先輩も、さすがだったし!本当に、すごい!」
「ああ。良かったな。蘭、オレ達も頑張ろうぜ」
「うん!」

蘭が、昨日と違い、かなりリラックスした様子だったので、新一はホッと息をついた。


男子シングルでは、京極真が、ジャンプで転倒するという初めてのミスをおかした。

「真さん!頑張って〜!」

園子の声援が、真を立ち直らせたような気がするのは、気の所為だろうか?
善戦したが、残念ながら、ロシアのセルゲイ・オフチンニコフに逆転を喫し、2位に甘んじる事となった。



そして、新一と蘭の出番になる。


「日本が誇るペアの登場です!」
「昨日、素晴らしい演技でしたからねえ。いやが上にも、期待が高まります」


その日の2人は、大きなミスもなく、持てる力を発揮して、まずまずの出来だった。
幸か不幸か、今の2人を脅かすほどの実力を持つペアは参加しておらず、2人は順当に金メダルを受賞した。

今回上ったのは、表彰台の真ん中である。
蘭は夢見心地だった。



   ☆☆☆


志保は、フランスの大会で見事金メダルに輝き。
探と紅子は、フランスでは惜しくも銀メダルだった。


そして。


グランプリシリーズファイナルの出場選手が、決まった。

日本勢では、男子シングルで京極真、女子シングルで中森青子、遠山和葉、宮野志保、ペアで工藤新一・毛利蘭、アイスダンスで白馬探・小泉紅子が、それぞれ出場する事となり。
日本中が、大きく湧いた。


蘭には、「メダルへの期待」のプレッシャーが、またも圧し掛かる事になってしまったのである。




(12)に続く


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銀盤の恋人たち(11)後書き


今回出て来た「氷姫」は、オリジナルです。
実は、この「氷姫」、快青の設定で、前々から、考えていたものなんですけど、やっと出せました。

原作ベースでは、新一と快斗の「慣れ合い」は殆ど書かない私ですけど。
何となく、この話では、ちょっとそうなってるかなあ?ま、新ちゃんが、探偵は休業中ですからね。


今回、少しはしょってしまい、すみません。
特に、まこちんの場面はかなりはしょってしまい、すみません。

いや、この先まだ何度も試合があるんで、ちょっとね。
次の、グランプリファイナルでは、もう少し細かく描きたいなあと思いますけど。


全日本が終わって、オリンピックの前に、「ラブコメ決戦・決着」を予定しておりまして。
試合そのものよりも、その場面を早く書きたくて、うずうずしているのです。


(10)「グランプリシリーズ開幕」に戻る。  (12)「いくつもの壁」に続く。