銀板の恋人たち



byドミ



(15)決戦



選手村に入ると、外国の選手たちとも、顔を合わせる機会が多くなる。
眼鏡をかけた金髪美女が、新一達に声をかけて来た。

「ハーイ。クールガイ、今回は強力なライバルになりそうね」
「ジョディさん?お久しぶりです」

2人に声をかけて来たのは、アメリカの女子選手で、アンドレ・キャメルと組んでペアをやっているジョディ・サンテミリオンだった。
初対面の時から、新一と蘭の2人に対しては、親しみを示してくれている。

「グランプリファイナルでは調子を崩してたみたいだけど、年明け位から復活したって聞いたわ。正直、ライバルが強力じゃないと面白くないのでね。少しは、楽しませて欲しいものだわ」

ジョディが不敵に笑う。

「胸を借りる積りで、精一杯、力を尽くすだけです」

新一が言うと、ジョディはプハハっと笑った。

「日本には謙遜の美徳、というものがあるけど。クールガイの辞書には、謙遜のふた文字は、ないでしょ?エンジェルの辞書にはあるだろうけどね」
「・・・何が言いたいんですか?」
「柄じゃないって事。でも、今の言い方と表情から見て、今回は、相当の自信がありそうね。楽しみだわ」

笑って去っていくジョディを、新一は苦虫を噛み潰したような表情で見送った。

「今回は、完全に、ライバルと見なされてる」
「えっ?」
「ああ。ジョディさんの目、真剣だった」
「そうね・・・でも、新一。それだけ、わたし達も、上達したって事だわ」

蘭の言葉に、新一は目を見張る。
どんなに努力しても、いつもどこか、自信なさげだった蘭だったのに。
今は、自信が窺えるようになった。

「ああ、そうだな。メダル有力候補からライバルと目されてるんだ、昨年までのオレ達とは違うって事だよな」

そこへ、別の金髪美女から声をかけられる。
ジョディとは対照的に色黒でキツネ目だ。

「お、来たんやな、蘭々に新一。ま、日本はペアの層が薄いよって、代表になるんは簡単やろけどな」
「あなたは確か、ハツネさん・・・」
「ウチはシングルやさかい、蘭々達と直接のライバルになれへんのが、残念や」
「え?ハツネさん、オレ達のライバルに、なりたかったんですか?」
「そら、アンタらは、おもろそうやもん。けど、ウチと組める男子選手はおらへんしなあ」
「そっか。イーグルさんは、国籍が違うし」
「国籍の問題やあらへん。アイツは、ウチの僕(しもべ)や。ペアでは男子がリード役。そんなん、アイツに務まるかいな」

真が格闘技からスケートへと転向してまで、ライバルと目して追って来たイーグルの事を、事もなげに「僕(しもべ)」と呼ぶハツネに、正直、「直接のライバルじゃなくて良かった」と思った新一であった。

「ウチの出番はまだ先や。アンタらの応援に行くよって、頑張りや」

ハツネは、そう言って去って行った。

「青子ちゃんと和葉ちゃんと志保は、大変そうだな。ライバルがあれで」
「そうでもないわよ。ハツネさんって、男性には厳しいけど、女性には優しいもん」
「へ?そうなのか?って、何で蘭がそんな事、詳しく知ってんだ?」
「だって、わたし達も、お食事会に誘われたりしてるし」
「な・・・何だって!?」
「自分の国でも、女性だけを招待しての晩餐会とか、気軽に開いてるみたいだよ」
「そ、そうなのか・・・そういった情報は、どこから?」
「園子からよ。ハツネさんの恋人のイーグルさんは、元々、京極さんのライバルで親友なんだもの」

園子が、現在、京極真と良い仲になっている事は、新一も気付いていた。
そこから、色々な情報が流れて来ているらしい。

「ハツネさんは、少し、レズっ気もあるって話だけど・・・」

今まさに氷上に踏み出そうとしていた新一は、思いっきり、ステーンと引っくり返る。

「新一、大丈夫!?」
「あたたた・・・大丈夫だ・・・ってか、蘭!食事会に参加して大丈夫なのか!?」

新一が思わず蘭に迫る。
蘭は苦笑して言った。

「大丈夫よ。基本はノーマルだし、相手の同意がないのにちょっかい掛けたりは、ないそうだから」
「け、けどよ・・・」
「ホントに、大丈夫。だって、園子も他のみんなも、一緒だもん」

そう言って、蘭は笑った。

「新一。相手が男性でも女性でも、わたし、浮気はしないから。信じてね?」

そこまで言われると、新一もそれ以上、何も言えない。

「その代わり。新一も、浮気はしないでね?」
「・・・すっかよ、バーロ!」


愛されている自信に満ちて、大輪の花のようにあでやかになった蘭を眩しそうに見つめながら、新一は、その手を取った。



   ☆☆☆



2月13日。

冬季オリンピック開会式が行われた。


既に現地入りしている新一達は、当然、開会式に参加している。
サブリナ公国の人々が、開会式会場となったアリーナで、様々なアトラクションを行った。

フィギュアスケートのペアは、開会式翌日の14日に、ショートプログラムが行われるので、新一と蘭はさすがに、それを楽しむ心の余裕はあまりなかった。
昨年、ペア結成1年にして、世界選手権12位に入った新一と蘭は、世界中からかなり注目されているのである。


「蘭。まあ、胸を借りる積りで、楽しんで行こう」
「う、うん・・・」

気持ちが通じ合った。
自信もついた。

とは言え、さすがに、4年に1度のオリンピック代表選手となると、大きなプレッシャーが圧し掛かってくる。


そして、気の所為などではなく。

昨年の世界選手権の覇者である、デンマークのペア、レオン・パラレオーネとキリカ・ティグリスが。
銀メダルだった、アメリカのペア、アンドレ・キャメルとジョディ・サンテミリオンが。
銅メダルだった、フランスのペア、キャスバル・オレームとレナ・メルキュールが。

新一と蘭の方を、真剣に見ていた。

「やべえ。オレ達、どうやら彼らにとって、一番の脅威らしいぜ」
「新一。やばいって言いながら、顔が笑ってるよ?」
「だってよ、ライバルと目されてるなんて、すげえじゃんか。今回のオレ達は、マジで、それだけの力があんだよ」
「わー。気楽に楽しんで滑るなんて、出来そうにないなあ」
「蘭のお母さんがエキシビジョン用にって作ってくれてる衣装が、もしかしたら、無駄にならずに済むかもなー」
「だから!そうやってプレッシャーかけるの、やめてよー」
「・・・ま、勝負は時の運。オリンピックの魔物に魅入られちまうのが誰なのか、それは、蓋を開けるまで分からねえから。マジで、気楽に行こうぜ」
「もう・・・気楽になんて、出来る筈、ないでしょ?」

実際のところ、気楽に行ける筈ないし、新一とて、緊張せざるを得ないのだが。
ここまで来たら、開き直る以外ないのだ。


開会式の後。
2人は、練習場でひとわたり滑った後、宿舎に戻る事にした。

オリンピック村の食堂で、食事をする。
ここでは、各国から様々な企業の提供で、色々な料理が24時間楽しめるのだ。

「へえ。地中海の新鮮な魚介類を使った寿司か〜」
「焼きそばなんてのも、あるわ。ここら辺の料理は、鈴木財閥がスポンサーになってるみたいよ」
「寿司を食べてみてえ気もするが、明日が試合だからな・・・」
「うん。有り得ないとは思うけど、万一にも食あたりしそうなものは、避けた方が無難かも」

そういう会話をしながら、周りを見ると、今まさしく、その寿司を食べている人達がいた。

「あれは・・・デンマークのペアじゃないか?」
「え?ホントだ。レオンさんとキリカさんだ」

そこにいたのは、レオン・パラレオーネと、キリカ・ティグリスだった。
二人の方も、新一と蘭に気付いて、手をあげる。
(以後の会話は英語ですが、作者の都合により日本語表記します)

「日本のお寿司、最近ブームですよね?一度食べてみたかったんですよ」
「デンマークは漁業が盛んですから、お魚は食べつけてますけど、普通、生のお魚は食べないんですの。でも、美味しいですわね」
「・・・もし、お寿司を召し上がるんでしたら、ガリも一緒に召しあがった方が良いですよ」
「ガリ?ジンジャーのピクルスですわよね」
「生姜には、毒消しの作用がありますから」
「毒っ!?そのようなものがお寿司には入っているのですか!?」
「いや、生魚は食中毒を起こし易いので。だから、殺菌作用のある酢を使ったり、ガリをつけ合せたり、笹の葉で巻いたりして、食中毒を起こさないようにしていたんですよ」
「なるほどなるほど。勉強になります」


「新一って・・・何でも知ってるのね・・・」
「は?いやその、いずれ役に立つかと思って、雑学的知識も何でも積め込んで来たからな」
「そっか。スケートをやりながらも、探偵になるって将来の夢の為に、ちゃんと頑張ってるんだ」
「あ?ああ、まあな。さて、オレ達は、今無理に寿司を食べなくても良いよな?」
「うん。まあ、日本に帰ったらいくらでも食べられるんだし。ここで食べるにしても、試合が終わってからで・・・」

蘭の言葉が途切れたのは、とんでもない光景を見たからである。

デンマークの女子シングル選手で、先程出会ったレオンの姉でもある、ハツネが、食堂にいたのだが。
ハツネも、寿司をガツガツと食べていて。
その手に、日本酒の熱燗と思われる徳利を握っていたのであった。


「ま、まあその・・・女子シングルの試合は、まだ先だし・・・」
「そ、そうね・・・」

2人は目を点にして、その光景を見ていた。
それから、気を取り直し、無難に、地中海の海の幸を煮込んでサフランで風味をつけたブイヤベースを選んだ。

「サフランは、風邪にも効果があっから・・・」
「うん、今のところは大丈夫そうだけど、試合前に風邪をひいたら、目も当てられないものね」


蘭が、屈託ない笑顔を見せているので、新一はホッとする。
先程までは、どこかぎごちなく、固い表情だったけれど、かなり気持ちがほぐれたようだ。

オリンピック村の食堂で酔っぱらっているハツネには呆れたけれど、蘭の為には感謝すべきかもしれないと、新一は思った。


食事を終えると、2人は、オリンピック村内の移動バスを使って、宿舎へと向かった。
女子と男子の宿舎は別だが、すぐ近くにあるので、同じ所でバスを降りる。
新一は、蘭の宿舎の前まで送って行った。


新一は蘭を抱き締め、深く口付ける。
そして、蘭の耳の傍で、言った。


「はあ。マジで、今夜は離したくねえな・・・」
「ば、バカッ!試合前に、何考えてんのよ!」

蘭が真っ赤になる。

「ん〜。だってオレには、試合よりも、オメーとの関係の方が、大事だもんな」
「新一・・・」

蘭は、困った顔をしたが。
実は、困るよりも、嬉しい気持ちの方が強かったりするのだった。


「だって、オメーと一緒に寝た方が、ぜってー眠れると思うんだよな」
「・・・でも、新一が眠らせてくれないような気がする」
「ちぇ」

ついつい、憎まれ口を叩きながらも。
蘭は、新一の腕の中では安心して眠れる事を知っている。

試合はプレッシャーだけれど、試合が終われば、また、新一との蜜月を過ごせると、考えて。
蘭は、赤くなって俯いてしまった。


『わたしの、スケベ・・・』

新一がもう一度、蘭を抱き締め、今度は軽いキスを送った。

「じゃあ。お休み、蘭」
「お・・・お休みなさい・・・」

去っていく新一の後姿を、蘭は胸がキュンとなるのを感じながら見送っていた。

ちょっとだけ、寂しいけれど、辛くはない。
心が通じ合っている事を実感しているから。


明日は、バレンタインデーであるが、2人にとってはそれどころでない、試合の初日、だった。



   ☆☆☆



「全国の皆さん、こんにちは。いよいよ、冬季オリンピックが始まりましたね〜」
「今回も、JHKが衛星放送で、日本人の活躍をお届けしてまいります。現地入りして中継するのは、高木と・・・」
「佐藤です。どうぞ宜しくお願いします」
「今回も、新出智明さんに、解説をお願いしています。お忙しい中、現地に駆け付けて貰いました」
「私のクリニックでも、患者さんがオリンピックをそれは楽しみにしていまして。先生、是非行って来いと、ハッパかけて送り出してもらいましたよ」

「さあ!注目の、フィギュアスケートペアです!」
「今回は、入賞の期待を背負って、我らが日本の、工藤新一・毛利蘭ペアが、登場します!」
「ですが、オリンピックですから、強豪揃い。実力は伯仲しています!」
「そうですねえ。過去のオリンピックを見ても、実力の差がそのままとは限らず、誰がオリンピックの魔物を手懐けるかにかかっているようにも思えますし」

「工藤君と毛利さんのペアは、メキメキ力をつけていますし、私としては、メダルも充分期待できると、楽しみにしているんです」
「新出さん、そこまで言い切りましたか!」
「実は、私、彼らの秘密練習を覗きに行きまして。全日本の時とは雲泥の差ですよ、すごいです。後は、オリンピックの魔物を手懐ける事に成功すれば・・・」
「そこですよね。過去、幾多の選手が、片方は涙を呑み、片方は歓喜する結果になった訳です」

さすがに、オリンピックともなると、参加数の規模が全く違う。
ペアは、シングルに比べて少なめだが、それでも、かなりの数が参加している。

元々、ペアが得意だったロシア、昨今ペア王国になっている中国、伝統のある北欧や北米・カナダ。
それぞれが、素晴らしい演技を見せた。
しかし、中には、実力を発揮出来ず、転倒や失敗を繰り返して、点数を出せないペアもあった。


「さあ、いよいよ・・・金メダル候補筆頭にあげられている、デンマークのペア、レオン・パラレオーネと、キリカ・ティグリスです!」
「前年の世界選手権チャンピオンで、グランプリファイナルのゴールドメダリスト。向かう所敵なしという感じでしょうか」
「いやあ、美男美女だから、目の保養にもなりますねー」

優美にドラマチックに力強く。
2人の演技は、見る者を魅了する。


「拍手が鳴りやみません!素晴らしい演技でした!」
「得点、出ます!やはり、高得点が出ましたねー」
「さすが、王者の貫録です!」

「次は、アメリカのペア、アンドレ・キャメルと、ジョディ・サンテミリオン!こちらは、デンマークの美男美女ペアと違い、まるで美女と野獣」
「佐藤アナウンサー、それはまた失礼な・・・ですが、大男で筋肉質のキャメル選手と、美人のサンテミリオン選手との組み合わせは、それはそれで、美女にかしずく騎士といった風情で、面白いですよね」
「この2人は、それぞれ、私的には別のパートナーがいて、友人同士のペアという事ですが・・・なかなか、味のある演技をします」
「ロマンチックな雰囲気ではなく、お互い、挑み合っているかのような、そんな感じですよね」
「ツイスト!さすがに力持ちのキャメル、高い!」
「サンテミリオン選手のバランスもすごい。危なげなく降りて来ます!」
「優美さでは、パラレオーネ・ティグリスペアに劣りますが、力技は、はるかに上回りますねえ」
「殆どミスがなく演技が終わりました!このペアにも、惜しみない拍手が送られます!」
「得点、出ました!現時点で2位!ですが、1位のデンマークペアとの差は僅かです!」
「これは本当に、楽しみですねえ」


「さて。いよいよ、我らが日本の期待のペア、工藤新一と毛利蘭!」
「場内、沸きます!この2人、先シーズンにデビューしたばかりですけど、外国でも既にファンがついているようですよ」
「それぞれの衣装は、毛利選手は赤で、工藤選手は黒。よく似合ってますねー」
「ショートプログラムの曲は、『君という光』・・・静かな前奏に乗って、スタート!」

「まずは、ソロスピンから・・・」
「レイバックスピンですが・・・素晴らしい・・・2人の角度からタイミングまで、ぴったり息が合っています!」
「先シーズン、ソロスピンとソロジャンプのタイミングが揃わず苦労したのが、嘘のように、息がピッタリですねー」
「そして、2人が得意とするデススパイラルへと、流れるように移って行きます。毛利選手、氷につかんばかりの位置をキープして、回っています」
「綺麗ですねえ・・・ペアならではの技の中で、個人的には、これが一番美しく感じて、大好きなんですよ」
「やはり息がぴったりのステップシークエンス・・・そして、ソロジャンプ!」
「トリプルルッツ!おお、これも、踏切から回るタイミングまで、綺麗に揃っていますねー」
「すごいです・・・2人がペアを組んで2年、よくまあここまで、一体感のあるペアに成長したものです!」

2人の演技を見ている皆が、感じ取っていた。
昨シーズンとは勿論、グランプリシリーズの時とも、全日本の時とも違う2人が、そこにいる。

「ツイストは・・・おおっ!トリプルツイストで来ましたね!」
「ツイストの後、間髪いれずリフトに移る技も、2人の十八番。毛利選手、高く抱えられて、まるで鳥が空を飛んでいるかのようです」
「締めくくりは、コンビネーションスピン。今、フィニッシュ!」
「場内、割れんばかりの拍手!」
「ほぼ、ノーミスで、素晴らしい演技でした!」
「ええ。本当に!」


新一と蘭は、お辞儀をすると、控えの席へと移った。
今日の演技が素晴らしかったという自負と自信は、2人共にある。

「得点、出ました!高得点!今迄点数が低めだった、芸術点も、軒並み良い点数を叩きだしています!が、僅かに、キャメル・サンテミリオンペアに及ばず!暫定3位!」
「大きな拍手が湧きます!素晴らしい演技でした!ですが、惜しい」
「いや・・・フリーを得意とする2人ですから・・・これは、明日の出来次第では、ひょっとしますよ!」


ショートプログラム終了時点で、カナダの、キャスバル・オレームとレナ・メルキュールペアが3位に滑り込み、工藤毛利ペアの順位は、4位となった。
しかし、昨年の世界選手権で、ショートプログラム終了時点では20位、フリーで巻き返しても12位だった事を思えば、夢のようである。
しかも今年、トップのデンマークペアとの点数差は僅か。


フィギュアスケートのペアで、メダルが見えたという事で、サブリナ公国から遠く離れた祖国日本では、国中が沸きかえっていた。



「蘭!すごい・・・すごい!見てるわたしも、体が震えたわ!」
「正直、ペアの演技を見てこれだけ感動したのは、母の昔の映像を見て以来だわね」

応援していた園子と志保が、2人の所に駆けよって来た。
ちなみに、青子と和葉はそれぞれに、自分の恋人が試合本番だったので、そちらへ応援に行っている。

「うん。今日はね。自分でも、素晴らしかったなって思うの」

蘭が、頬を紅潮させて言った。

「おお。今迄、妙に謙遜癖があった蘭が、そこまで言うとは、そりゃ凄いわ」

園子が言って、皆で大笑いする。
新一も園子も、メダルが見えた事で蘭にプレッシャーがかかり、潰れてしまわないかと気を揉んでいたが。
ここまで来ると、蘭はむしろ、開き直ったようである。

「なるほど・・・蘭の弱気は、新一君との仲が微妙だったからで・・・それさえ解決すれば、大丈夫だった訳ねー」

園子が顎に手を当て、ニヤリと笑って言った。

「なっ!そ、園子!」
「はあ。愛の力って、偉大ねえ」

園子が手を広げて言って、新一と蘭は真っ赤になったが、一同、笑いに包まれる。


そこへ、報道陣が詰めかけて来た。

新一も蘭も、当たり障りなく、「明日は精一杯頑張るだけです」と、報道陣に応える。
日本人は良くも悪くも、謙譲の美徳が好まれるのだ。
新一も、普段の強気は綺麗に隠してインタビューに応じていた。

インタビューが終わった時点では、2人ともグッタリ疲れていた。



「さて。ここまで来たら、あんまりジタバタして練習しても、疲れるだけでしょ?ご飯食べに行かない?」

園子の言葉に、新一が首を横に振って蘭を抱き寄せた。

「せっかくだけど、今日は2人きりで、信頼関係を深めたいんでね」
「・・・新一君。蘭を寝不足にしたら、明日の演技に差し障るわよ」
「ば、バーロ!夜はちゃんと宿舎に帰す!」
「まあ、良いけど〜。じゃあ、志保さん、他の女子を誘って・・・」
「園子さん、本気で言ってるの?今日はセントバレンタインデー。みんな、それぞれの事情があるに決まってるじゃない。園子さんだって、事情があるでしょ?」
「・・・真さんとは、今夜一緒だから、その前はみんなで食事で良いかなって思ったんだけど・・・」

園子と志保が、そういう会話をしながら去っていく。
新一は心持ち頬を染めながらも、呆れた眼差しで見送っていた。


「さて。蘭、行くか」
「え?ど、どこへ?」
「本当だったら、明日に備えて、選手村に戻るべきだろうけど・・・」
「うん?」
「今日は頑張ったご褒美も兼ねて、町で食事でもして、気持ちを落ち着けてから、帰らねえか?サブリナ公国は、フランス文化圏だから、うまいフレンチのレストランも多いようだし」


という事で、2人は、サブリナ市街に出かけて行ったのだった。


取りあえず、その晩も、新一は大人しく蘭を宿舎に帰し。
夜は別々に過ごしたようである。



   ☆☆☆



翌2月15日、ペアのフリー競技当日。

競技場では、試合に先立ち、練習が行われる。
各選手とも、短時間で、軽く慣らす程度しか出来ない。

そして、そこではお互い、手の内をあまり見せる事もない。

新一と蘭も、軽く流しの練習をした。
調子は悪くないようだ。


「さてさてさて。今回の冬季オリンピックは、日本中が、序盤から異様な盛り上がりを見せているようです!」
「昨日は、モーグルスキーで黒羽快斗選手が金メダルを、そして、服部平次選手がスピードスケートで金メダルを、それぞれ取得しましたからね」
「服部選手に関しては、スピードスケート個人4種目とリレー競技に出場予定で、それぞれに、メダルの期待が掛かっています」
「そしてそして、フィギュアスケートでは、工藤毛利選手が、日本人としては初の、ペアのメダルへの期待が掛かっています!」


フリー競技は、ショートプログラム順位が下の方から、いくつかのグループ分けがされた順番に滑って行く。
新一と蘭はショートプログラムで4位に入っている為、滑走は最後のグループとなる。

いくら順位が下のグループから始まると言っても、それぞれが、時刻の代表権を勝ち取って来たペアであり、それなりの実力はある。
フリー競技が思いの外上手く行って順位を上げる者もあれば、思いがけない失敗をして順位を下げてしまう者もある。
それは、シングルでもペアでも一緒である。


最終グループの中でも、新一と蘭の滑走順は、一番最後になった。


「まあ、後がいないから、ある意味逆に気楽かもな」
「うん、そうだね」


プレッシャーがない訳ではない。
けれど、今の2人には、プレッシャーがあっても、それをばねに出来るだけの強さがあった。



「トリプルツイスト、高い!スロウジャンプも、飛距離と高さのあるトリプルアクセル!リフトも、大空を舞う鳥さながらに、高さがある。さすがに大男のキャメル、サンテミリオン選手を軽々と飛ばし、持ちあげます!」
「デンマークのパラレオーネ・ティグリスペアは、大人の雰囲気で、恋人同士らしいロマンチックさが魅力。ひとつひとつの技がとてもきれいで丁寧です。息もぴったり合っていますし」
「オレームとメルキュールのペアは、謎に満ちた、男女の駆け引きという雰囲気ですねー!見ていてハラハラドキドキです」


ショートプログラム上位3組のペアは、フリーでも遺憾なく本領を発揮し、僅かなミスはあっても、それを上回る大技と演技の円熟味があって。
それぞれに、スタンディングオベーションを受け、高得点を叩き出した。

「アメリカのキャメル・サンテミリオンペアが、ペア史上最高得点をマークし、トップに躍り出ました!続いて、デンマークのパラレオーネ・ティグリスペア、フランスのオレーム・メルキュールペアです」
「我らが日本の工藤毛利ペアは、ショートプログラムでの点数差はトップとでも僅かですが。ほぼノーミスで高得点だったこの3組に食い込むのは至難の業!」
「メダルはかなり困難という状況ですが・・・」
「けれど、ペアが不毛と言われていた日本のペアが、ここまで来ただけでも、奇跡的ですよ。実力を遺憾なく発揮して、少しでも高得点を挙げ、入賞して欲しいですね」


昨日はメダルへの期待に沸き返っていた日本も、今は、テレビの画面を前に、固唾を呑んでいる。
上位陣に殆どミスがなく、高得点が続き、新一と蘭のペアは、メダルどころか、順位を落とすかもしれない状況だった。



「蘭」
「なあに、新一」
「守りの姿勢に入ったら、まず、メダルは無理だ」
「う、うん・・・」
「勝ちに行こうぜ」

蘭は、息を呑んで新一を見詰めた。
そして、大きく頷く。

失敗を恐れず、持てる力の全てを尽くす。
2人の気持ちは、ひとつだった。





(16)に続く


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銀盤の恋人たち(15)後書き


新蘭の試合は、いよいよ、次回で決着です。



(14)「サブリナ公国へ」に戻る。  (16)「果たされた、遠い約束」に続く。