銀盤の恋人たち



byドミ



(6)カルガリーへの道



新一と蘭が、リンクに出ると。
大きな拍手に包まれた。

二人はすでに、東京大会・東日本大会に出場してその演技を見せ、報道もされているので、フィギュアスケートファンの間では、大きな期待を寄せられているのである。


「ら〜〜〜ん!!頑張って〜〜!」

応援に飛んで来た園子の声援が、響き渡る。
蘭は笑顔でそれに応えた。


そして。
蘭を熱心に応援する園子の姿を、熱い眼差しで見つめる者があったのだが。

園子も蘭も、それには気付いていなかった。


「さて次は、ペア二組目。工藤毛利ペアの演技です!」
「工藤選手毛利選手共に、ジュニア大会も含め、シングルでの実績はありません。今季ペアのみに絞って登場して来ました」
「女子の毛利選手は、現在まで大会出場自体が殆どありませんが、バッジテストも7級まで持ってますし、フィギュアスケート歴は長いようです。
一方男子の工藤選手は、昨年までスピードスケートで活躍していた事は記憶に新しいところです。
同じスケートと言っても、両者は全く違います。工藤選手のフィギュアでの滑りが如何程のものなのか、注目ですね」
「曲は、『胸がドキドキ』。元々は歌ですが、フィギュアスケートの音楽では歌が認められていない為、メロディのみです」

音楽が始まり、新一と蘭は、滑り始める。

「テンポの良い前奏に乗って、まずはソロジャンプ(ペアの2人がそれぞれにジャンプをする事)!トリプルルッツで無難にまとめました」
「ジャンプ自体は成功ですが、やや2人のリズムが合いませんか?」
「どうしても、女子の方が高さがない分、ペアのソロジャンプはタイミングが難しいですねえ」

並行して滑っていた二人だが、ソロジャンプの後、新一が蘭の手を取り静止する。
蘭は、滑りながら体を仰向けに倒して行き、新一の体を軸に、大きく弧を描き始める。

「次は、男子が軸となって女子の手を支え、女子が仰向けで体をほぼ水平に倒し、大きな円を描いて男子選手の周りを回る、ペアならではの大技、デススパイラル」
「毛利選手が、氷につかんばかりに体を倒しています。会場から、大きな溜め息が漏れます」
「まだ、ペア歴が浅い2人の演技とは思えない、美しく完璧なポーズ。技術的には特に問題なし、基準をクリアーといったところですかね?」
「そうですね、今後如何に付加価値をつけて行くかが、課題でしょう」

デススパイラルを終えた2人は、再び平行に滑り出し、体を後ろに反らした姿勢のスピンを始めた。

「レイバックのソロスピン・・・ん〜、ここで、ペアの経験の乏しさが出ましたねえ。工藤選手の方が回り方が速いか?」
「角度も異なってますね。そうですね、個々で見ている分には問題ないですが、ペアのソロスピンは、回るタイミング・ポーズ・全てに於いて、調和が要求されます。工藤毛利ペア、タイミングが合いません」
「演技と演技の繋がりが、まだギクシャクしていますね」
「ペアを組んで日が浅いですから、その辺りも今後の課題と言えそうです」

まだ結成して短期間、課題は多いペアであるが、ここからが本領発揮である。
スピンが終わったところで、新一が蘭の手と腰を取り、抱え上げた。

「次はリフト・・・おおっこれは!」
「これは、文句なく素晴らしい!ワンハンドリフトを、難なく決めました。高さもあり、非常にダイナミックです!」
「2回転スロウジャンプ、2回転ツイスト・・・ペアならではの大技を、次々と決めて行きます」
「いやあ、国際大会ではよく目にする光景ですが、国内の大会で見られるとは、嬉しい限りですね〜」
「羽賀・設楽ペアも、頑張っていますが。正直、リフトやスロウジャンプやツイストは、工藤・毛利ペアの方が、レベルが高いと思います」
「そうですね。ただ、ソロジャンプやソロスピンの調和は、ペアとしての歴史がある羽賀・設楽ペアに、軍配が上がりますよ」
「二組それぞれに、得意な部分が異なるという事ですね。これは本当に、楽しみです」
「フィニッシュは、ペアスピン。・・・綺麗ですねえ・・・」
「お互いの眼差しが絡み合って、ちょっと、見ていて照れるような感じですが・・・」
「そうですね、フィギュアスケートは、そういった演技の面も要求されますから、ペアだと雰囲気作りも大切ですよね」
「必ずしも、ペアの選手が私生活でもペアとは限りませんが。何となく、そういった意味でも先行き楽しみな二人ではあります」


演技が終わった新生ペアの二人に、惜しみない拍手が注ぎ。
二人は、荒い息をしながら、引き上げる。

「まずまずと言ったところね。少なくとも、練習の成果は、充分出せていたと思うわ」

阿笠フサエコーチが、笑顔で二人を迎えた。

二人並んで腰かけながら、得点が表示されるのを待つ。


「得点、出ます!ん〜、まずまずと言ったところですか。東日本大会での得点を上回っていますが、羽賀・設楽ペアには及ばず。けれど、差はごく僅かです」
「そうですね、この位の差であれば、明日のフリー次第です。明日が本当に楽しみになって来ましたね」


二人にとって、まずまず目標を下回らない点数である。
明日のフリーでは、練習の成果をきちんと出せさえすれば、勝つ事は十分可能。

但し、勝負は魔物なので、絶対とは言い切れない。


フサエコーチにとっては娘である志保も、表彰台と世界選手権出場が明日の演技にかかっている。


   ☆☆☆


夕食は、いつの間にか女子選手達が意気投合したたため、阿笠スケートクラブと、青子が所属するクラブ、和葉が所属する大阪難波オーロラクラブの面々プラスアルファで、合同しての食事会となった。
誰が手配したものか、いつの間にかホテルの小会合室が、貸し切りになっていた。

「明日も試合があるし、体調を整えるのが最優先ですから、ご馳走という訳には参りませんからね」

そう言ったのは、阿笠スケートクラブのオーナー夫人兼コーチの、阿笠フサエである。
一同の前に用意されたのは、簡素で栄養のバランスが整えられた食事であった。

知り合いでない者達は、お互いを紹介しあう。
そして、その部屋には、それぞれのスケートクラブ関係者以外の顔もあった。
蘭の応援に来ていた園子も、他のメンバーに引き合わされる。
そして。

「よ、工藤。久しぶりやなあ!」

新一は、色黒な同年代の青年に声をかけられて、のけ反った。

「げ、オメーは服部!?何で、んなとこに現れんだよ!?」
「スピードスケートから尻尾巻いて逃げ出した男が、フィギュアでどんだけやれるんか、見たろ思うてやな・・・」

その場に現れたのは、スピードスケート時代、新一のライバルと目されていた、服部平次だったのだ。

「平次!スピードスケートの全日本はまだ先やからって、油断しとってええのん?こんなところで油売っとって、今期代表になれんでも知らんで!」
「和葉が心配せんかて、今日もみっちり練習はしたで。今年こそ、全日本代表のライバルになるやろ思うとった男が脱落した言うても、練習に手抜きはせえへん」

平次と和葉が喧嘩とみまごう言い合いを始めたので、新一は2人が非常に親しい間柄だという事を知る。

「ああ、服部は遠山さんの知り合いだったのか。いっそ、オメーもフィギュアに転向して、遠山さんとペアを組んだらどうだ?」
「アホ。オレはくるくる回ったり踊ったり、ようせえへんわ!第一、ペア言うたら、女子選手を抱えあげたり抱き合ったり・・・そないな恥ずかしいマネ、真顔で出来へんし。工藤のような気障男やったら、話は別やろうけどな」
「ま、いいさ。国内にライバルは少ないに越した事はねーし。それに、メダルが確実な遠山さんを、わざわざペアに転向させて潰す事はねえ」

新一の言葉に、蘭は自分の胸がかすかに痛むのを覚えた。
新一が、蘭に実力があると言ってくれた言葉は、嘘ではないだろう。
しかし、もし蘭が、志保や青子のように、シングルですでに実績を上げた存在であったのなら、ペアの相棒に誘わなかったのでないか?

『新一が、志保さんをパートナーにと考えなかったのは、それでかも知れない・・・』

蘭の胸にかすかに差した陰は、その先長く留まる事になる。

「工藤、お前、大口叩いとるけど、もう一組のペアに負けとるやないか」
「・・・実力を出し切って失敗しなければ、明日は勝てる。ただ、勝負は水物だから、ぜってーとは言えねえけどよ」
「ほ、さよけ。今年、国際大会に出られるのは一組だけや。せいぜい気張りぃや」
「・・・今年は、もし負けても、仕方ねえ。けど、来年オリンピックには、必ず出る」

新一の言葉に、蘭のみならず、周り皆が息を呑んだ。

「ま、出るだけなら、可能かもね。日本のペアは、絶対数が少ないから。でも、国際大会ではきっと、箸にも棒にもかからないわよ、工藤君?」

志保が冷静に言った。

「まあ、そうだろうな。でもな、志保。今でこそ日本のシングルは国際大会で結果を出しているが、そこに至るまでは茨の道だったんだ。ペアは、そもそも絶対数が少ねえんだしよ」
「あら。パイオニアになる積り?」
「ああ」

新一は力強く頷いた。
蘭は胸がドキドキして来る。

『パイオニア・・・どうしよう・・・わたしが足を引っ張ってしまったら・・・』

蘭の肩が、ぽんと叩かれ、振り返ると。
フサエがほんのりと微笑み、蘭にだけ聞こえる声でささやいた。

「蘭ちゃん、大丈夫。工藤君に任せて置きなさい。彼があれだけ強気で我が強いのだから、蘭ちゃんがついて行く形で丁度良いのよ。ペアは、花になるのは女子選手だけど、リードするのは男子選手。それで良いの」
「はい・・・」

フサエは、娘の志保の事で手いっぱいだろうに、蘭達の事にまで気遣ってくれているのが、嬉しくも申し訳ないと、蘭は思う。

『そうね。後戻りは利かないんだから、わたしはわたしに出来る精一杯をやるしか、ないんだ』


「日本ではアイスダンスの方が、ペアより実績を上げてんで?気障な工藤やったら、そっちのが向いとんちゃうか?」
「服部、オメー、絡むなあ」
「工藤君、平次は工藤君と戦うのを楽しみにしとったんで、ガッカリしとるだけや。相手にせんでええで」
「工藤君はパイオニアになりたいんだったら、やっぱりペアの方だって思うよ。だってアイスダンスは、世界でもいい成績残せるんじゃないかって、期待されてるペアがいるもん」

青子が横から口を挟んだ。

「ああ、白馬小泉ダンスカップルね」
「あの2人はオレ達と同い年だけど、ヨーロッパ留学もして来て、年季が違うもんなあ」
「日本人離れした長身の美男美女で、ダンスには向いてるわよね、実際滑っている姿は凄く綺麗だし」
「確か、中森さんと同じ江古田高校じゃなかったっけ?」
「うん!しかも白馬君は、探偵もやっててね、怪盗キッドを追ってるんだよ」
「・・・知ってる」
「え!?工藤君って、そんな事まで知ってるの?」
「そう言えば工藤君って、キッドから我が家の家宝・ブラックスターを守った実績を持ってたんだったわよね、すっかり忘れてたわ」
「へえ、そうなんだ」
「新一は、いずれスケート選手を引退したら、探偵になりたいって思ってるんだよね?」
「・・・何や、平次と一緒やなあ。平次も、スケート選手として限界に来たら、探偵に専念する積りやもんなあ」
「アホ、和葉、余計な事言わんでええ!」
「なるほど。だから、服部君、余計に新一君をライバル視する訳ね」

「ところで、男子シングルショートプログラムでトップに立った、京極真選手、今迄、全く無名の選手じゃなかったか?」
「アタシは、西日本大会で見たで。けど、今迄、野辺山でもジュニアでも、全く顔を合わせた事はあらへん。今迄全く無名、突然の登場でシニアの西日本トップをかっさらった、話題の選手や」
「工藤、シングルに転向するには強力過ぎるライバルやな」
「だからオレは、シングルやる気はねーって!」


初対面の者、初めて言葉を交わす者も多いメンバーだが、妙に話は弾んでいた。
コーチ達も、それぞれに情報交換をし合っている。

試合では、ライバル関係になる事もあるが。
それはそれ、お互いの友情を育んだようだ。


「明日は、お互い全力で頑張りましょうね」
「せやな。誰が勝っても恨みっこなしや」
「まず、明日に備えて、今夜はゆっくり休む事ね」
「それじゃ、また明日」


そうして、それぞれの宿に引き揚げていく。


蘭は、フサエ・志保と。
新一は、阿笠博士と。
それぞれ、部屋を取ってあった。

女性陣の部屋の前で、新一達は手を振って別れを告げる。
蘭は思わず、呼び止めていた。

「新一!」
「ん?何だ、蘭?」
「・・・ううん、何でも」

蘭も、何故新一を呼び止めたのか、自分でも分からず、下を向く。
新一は、ふっと笑った。

「蘭。明日は、オレ達に出来る精一杯をやろうぜ。それで失敗しても、その時はその時だ」
「・・・うん・・・」
「それじゃ、蘭、お休み」
「お休みなさい、新一」


蘭は新一の背中を見送る。
遠ざかる背中に、決して縮まらない2人の距離があるような錯覚に陥っていた。


   ☆☆☆


そして、全日本選手権2日目。

ここ数年、日本のフィギュアスケートのレベルは、目を見張るものがあるが、今年はとりわけ、空前の高レベルに、客席は早くも興奮の渦に包まれていた。


「・・・男子シングルを制したのは、彗星のごとく現れた、京極真選手!」
「武道の試合を見るかのような、スピード感と力強さに溢れた技の数々。文句なしの1位です。しかし彼は今迄、全くその存在を知られていませんでした!」
「場内の興奮が冷めやらぬ中、これも楽しみな、女子シングルの試合が始まります」


「ショートプログラム第4位の、内田麻美選手です」
「曲は、瀕死の白鳥です」
「流れるような美しいポーズのスパイラル、まさしく白鳥!」
「ダブルアクセルトリプルトゥループ。綺麗に決まりました」
「女王の威信をかけて、渾身の力を込めた内田選手の演技、いやはや、素晴らしいです」


リンクサイドで麻美の演技をじっと見守るのは、次の滑走者、遠山和葉である。


「内田選手の得点、出ます!自己最高得点をマーク、この時点で1位です!」
「いや、素晴らしかったですねえ」
「ただ、この後ショートプログラム3位までの選手が続きますから、どうなるのか、予断は許せません」
「ショートプログラム3位の、遠山和葉選手の登場です。内田選手との点差は、僅かです」

和葉は、大きく息をして、リンクへと出て行った。

「曲は、ホルストの組曲・惑星から、木星です」
「最近、日本では、『ジュピター』という歌で知られている、あれの原曲ですね。曲の勇壮な出だしは、遠山選手の元気な滑りにピッタリです」
「スピードに乗って、まずは、コンビネーションジャンプ!トリプルサルコウ・トリプルトウループを、綺麗・・・というより、豪快に、決めました」
「非常にスピードに乗っており、リンクが狭く感じます。このパワーは、男子顔負け!」
「別に演技が荒削りな訳ではありません、とても綺麗なポーズを取るのですが、パワフルですね〜」
「迫力溢れるのが、遠山選手の魅力ですが。決して荒削りではないのに、荒削りに見えてしまうところが惜しいですねえ」
「皆がよく知る、ジュピターのゆったりした壮大なテーマ部分に乗って、スパイラルシークエンス!」
「今のところ、大きなミスは見当たりません。これは、期待出来そうです」
「さあ、フィニッシュです!スピンで終わるのは王道だが、これは遠山選手が最も得意とする、非常に回るスピードが速い、コンビネーションスピン!」


和葉の素晴らしい演技に、場内から大きな喝采が起こる。


「得点、出ます!・・・内田選手を上回って来ました!現在、第1位!遠山選手、表彰台と世界選手権への切符を、確実にしました!」


既に、控室に引き上げている内田麻美が、唇を噛んで項垂れる。

「内田先輩・・・」

蘭は、思わず声を出してしまった。
麻美はハッとしたように蘭の方を見て、弱々しく微笑む。

「毛利さん・・・ごめんなさいね、みっともないとこ見せて」
「い、いえ・・・」
「中森さんと阿笠さんが、よほどミスでもしない限りは、私はもう、今年は無理だわね」
「内田先輩!」
「まだ若いって、これからだって、皆から言われるけど。自分で分かるのよ。私には、あれが精一杯。もう、限界なのかも知れない・・・」

蘭は、何を言ったら良いのか分からず、口籠った。

内田麻美は、元々、優しく面倒見が良く、スケートクラブの面々からは男女問わず慕われていた。
和葉達が評した、麻美の周囲と打ち解けようとしない一面は、おそらく「試合」という緊張感が生み出したものだろうと、蘭は思っている。

「ああ。ごめんなさいね、毛利さん、試合前のあなたに、こんな事。あなたは今迄花開かなかっただけで、きっとこれからの人。頑張ってね」
「あ、ありがとうございます・・・」

蘭は、尊敬し慕っている先輩からそういう風に言われて、内心複雑であった。
昨日の食事会で、青子・和葉・志保の3人とは、より親しみを増している。
正直なところ、その3人に表彰台に上って欲しい、世界選手権に行って欲しいという気持ちが、今の蘭には強い。

『内田先輩・・・ごめんなさい・・・』

蘭は、麻美を一番に応援できない自分が、後ろめたくて仕方がなかった。


「次は、ショートプログラム2位、阿笠志保選手です!」
「あくまで完ぺきで崩れる事の無い姿勢と演技が、持ち味。優雅にして、冷静な彼女の演技は、まさしくクールビューティの異名の通りです!」
「曲は、ドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』から、第2楽章。日本では『家路』として親しまれている曲ですね」
「勇壮な出だしに乗って、まずは・・・トリプルサルコウトリプルループの、コンビネーションジャンプ!」
「いつもながら、高さはさほどでもないのに、きっちりと安定したジャンプです」
「彼女のスケーティングは優雅ですが、スピードはありますよ。ジャンプ前後も、流れるような動きは、変わりません。そして、優しいメロディーに乗せて、スパイラルシークエンス・・・内田選手に勝るとも劣らない、美しいポーズです。会場から溜息が洩れます」
「全体に、バランスの取れた阿笠選手ですが、スパイラルシークエンスの美しさは、他の追随を許しませんね。柔らかい体を生かした、ピールマンスピン。殆どミスもなく、計算通りといった滑りですね・・・」
「阿笠選手の演技、終わりました。会場から惜しみない拍手が注ぎます。これは高得点が期待出来そうですよ!」
「得点・・・今、出ました!遠山選手を上回った!この時点で阿笠選手がトップに躍り出ました!」


蘭は大きく息を吐いた。
他の人達の事なのに、胸がドキドキする。


「さて。女子シングルラストを飾るのは、中森青子選手」
「今日は、名前の通り青い、ふわりとした衣装を身にまとっています。曲は、ショパン。バレエのレ・シルフィードで使われている7つの小作品群を編集したものです。シルフィードとは、風の妖精ですね」
「そうですそうです、スノウフェアリーの異名を持つ中森選手には、ピッタリですね」
「曲のイメージもそうですが、妖精のような重力を感じさせないふわりとした演技が、中森選手の魅力です」
「まずは、コンビネーションジャンプが予定されていますが・・・トリプルアクセル・・・トリプルトウループ!何と何と、3回転半3回転のコンビネーションを持って来ました!」
「女子でこれは、世界でも殆ど例がありません!観客総立ち!」
「・・・驚きましたねえ、彼女のジャンプには定評がありましたが、まさかここまでとは」
「これだけの大技なのに、軽く跳んでいる様にしか見えない所が、中森マジックですね!」
「続いては・・・キャメルスピンからドーナッツスピン、これもまたふわりと妖精が舞うような動きです」
「妖精の愛らしさ・・・けれどそれは、素晴らしいパワーと技術力に裏打ちされていますよ」
「この先、伝説的な選手になる可能性が高いです。プレッシャーに押し潰されなければ良いのですが」

青子の完ぺきな演技に、会場から惜しみない拍手が注がれる。
そして。

「出ました!中森選手、パーソナルでも最高得点ですが、新採点システムになってから、女子シングルでは史上最高得点!」
「これは、文句無しに、決まりましたね〜」
「上位陣では、ショートプログラムの順位が、そのまま最終結果となりました」
「何が起こるか分からないのが、公式の試合なのに、ショートプログラム通りの順位で終わるとは、それもある意味、番狂わせとも言えます」
「3人の内、世界選手権経験者は、阿笠選手のみ。中森選手と遠山選手は、シニアに転向でいきなり世界選手権への切符を手にしました!」
「いやあ、実力者ぞろいですから、期待出来ますね。日本人選手で表彰台独占すら、夢ではありませんよ」




得点が出る前に、蘭はリンクサイドまで出て来ていたのだが。
会場内のどよめきを聞き、得点掲示板を見て、青子が偉業を成し遂げた事を知った。


『おめでとう、青子ちゃん』

麻美が一角に入れなかったのを、惜しむ気持ちはあるけれど。
青子・志保・和葉の3人が、世界選手権の切符を手にした事は、嬉しいと思う。


いつの間にか、新一が傍に居て。
蘭の手をぐっと握った。


「え・・・?新一・・・?」
「蘭。彼女達と一緒に、カルガリーに行こうぜ」
「!」


カナダのカルガリーは、今季世界選手権が行われる場所である。
今の蘭には、全く実感の伴わない、夢のような話であった。



(7)に続く


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銀盤の恋人たち(6)後書き


男子シングル選手に、当初、全く予定していなかった、ある人を使う事にしました。
彼こそ、スケートのイメージはないですが。
格闘技で舞踏のような技を見せてくれる彼なら、美しいスケーティング姿が、可能な気がします。


それにしても、最終回はオリンピックと決めていて、オリンピックが行われるのは「来季」なのに。
最初のシーズンで、何話を膨らませてんだ、ワシ?

カルガリーという都市は実在しますが、オリンピックは「架空の国の架空の都市」に設定する予定です。

そして、世界にひしめく強豪たちを、あんまり細かく描写してたら、何回かかっても話が終わらないと思うので、ほどほどに切り上げようかと思っています。

アイスダンスは、無視する筈だったのに。
勝手にカップル決めちゃって、そっちも描かない訳にはいかないし。
あわわわわわわ。


もうこの話、10話以上は行くのが、確実ですね。


話は変わりますが、3月に東京で行われたフィギュアスケート世界選手権大会、素晴らしかったですねえ。
フィギュア王国日本。
夢のようでした。

でも、シングルに限られていますね。
アイスダンスは、世界大会に出てはいますが、まだ上位に食い込んだ事はないですし。
ペアになると、そもそも出場する事自体が少ないですし。

でも、私は、現実世界で、「ペアよ興れ」と言う気は、ありません。
シングルで、あれだけ表彰台に上るのも、一昔前を考えれば夢のような話なんですから。それだけでも充分じゃないですか。

でも、恋愛モノの王道としては、フィギュアスケートやるなら、ペアですもんね。
って事で、このお話は色々な意味で現実離れしていますが、新蘭に頑張って貰いましょう。


(5)「全日本選手権開幕」に戻る。  (7)「Partner」に続く。