銀盤の恋人たち



byドミ



(9)宴のあと



「園子。良かった・・・」

話を聞いた蘭が、思わず園子を抱き締める。
そして、真に向い頭を下げた。

「京極さん、園子を守って下さって、ありがとうございます!」

試合の時は違うが、今の京極真は眼鏡をかけており、表情はよく分からなかった。

「いや。そのようなチャラチャラした格好でうろつくのは、襲って下さいと言っているようなもの。今後、気をつけるんですね」
「ちゃ、チャラチャラした格好?何であなたにそんな事言われなきゃいけない訳?」

それまで、助けてくれた真に対して、ボーッと見とれている風だった園子が、目を吊り上げた。

「園子!助けて下さった方に、失礼よ!」

蘭がたしなめる。

「だ、だって!」
「事実を言ったまで。日本人の女性は、ただでさえ警戒心がなさ過ぎなんです。ましてやあなたのように、髪を染め、動物の柄の派手なコートやアクセサリーを着けていれば、嫌でも目につく」

真が、まっすぐに園子の方を向いて、ハッキリと言った。
園子は、怒りのあまりか、赤くなっている。

「では、失礼」

真が一礼して去ろうとした。

「ちょい、待ちいな。京極はん」

声をかけたのは、和葉である。

「何か?」

真が振り返って、言った。

「アンタ、日本人選手団と一緒に行動しよう思わへんの?何で、単独行動をしてるん?」
「日本には、私が師と仰ぐような指導者も、共に頑張ろうと思えるようなライバルも、いないからです」

真の答に、そこにいる皆は、息を呑んだ。
新一は、真の気持ちが分からないでもないと思うが、それでは、日本代表選手としてやって行くのは、難しいだろう。

「マコト、それはお前の了見違いじゃないか?」

突然、男声で声が掛かった。

「イーグル!?何故ここに?」
「勿論、マコトに会いに来たに、決まっているだろう?ここが、日本人選手団が泊まる宿だって聞いたからね」

声をかけて来たのは、先ほど新一達一行が偶然道で行きあった、イーグル・フォルセティだったのだ。
そして彼は、どうやら真と顔見知り・・・いや、かなり親しい仲らしい。
それよりも驚くべき事は、イーグルは生粋のスウェーデン人なのに、何故かペラペラの日本語を喋っているという事実である。


「国の代表として送り出されたからには、代表選手としての自覚は必要だよ。マコトが、俺をライバルと見なし、俺と闘う為に、スケートへの道を志してくれた事は、とても嬉しいと思うが。私闘ではなく、国のバックアップを受けて、公式試合に臨むのだから。
君が試合に出る為の費用も、日本スケート連盟や沢山の日本国民が協力してくれているのだ。それを理解しないのなら、俺は、君をライバルと認める事など出来ない」
「イーグル。しかし、かつての君は、私と同じく一匹狼だったように記憶していますが」
「それは、国や国民のバックアップがない、公式な国際大会と認められていない、無差別格闘技大会での話だ」
「・・・分かりました。イーグルがそこまで言うのなら、私は、日本人代表選手として認められるように、精進します」

新一達一行は、目を白黒させながら、2人の会話を聞いていた。

「あの。京極さんと、イーグルさんとは、知り合いなのですか?」
「マコトと僕とは、空手を通じて知り合ったのです。お互い、良きライバルだった。無差別格闘技大会に出た時もね。けれど、僕はフィギュアスケーターを志した為、空手を止めたのですよ」

新一の質問に答えたのは、イーグルだった。

「・・・イーグルが引退してしまうと、もはや、格闘技の世界で、ライバルと呼べる人がいなくなってしまったので。私は再びイーグルと闘う為に、フィギュアスケートの世界に入ったのです」

真の言葉に、新一達は大きく頷いた。

「なるほどね。道理で、今迄スケートでは全く無名だった訳だ」
「でも、スケートって、小さい頃からやらないと、一流選手になるのは無理だって、聞いたけど?」

蘭が、目を丸くしてそう言った。

「女子はね。でも、男子は必ずしもそうじゃない。高校位から始めても、一流になれる選手も少なくない」
「そういうもんなの?」
「ああ。オレがこの年齢でスピードスケートからフィギュアスケートに転向可能だったのも、男子だからだよ」

新一はそれでも、幼い頃からスケートそのものは続けていたし、フィギュアスケートだって少しはやっていたが。
真は、全くの素人から「フィギュアスケートシングル全国代表」にまでいきなり上り詰めたのだ。
その才能の凄さには、皆、感心する。

『だが。だからこそ、国内で学べる事はないと、彼が考えてしまうのも、分かる気はする』

真がライバルと見なしていたイーグルの言葉で、考え直してくれた事は、本当に良かったと、新一は思う。
でなければこの先、火種になった可能性が高いからだ。


「この次の練習には、合流します。が、今はイーグルと旧交を温めたいので、良いですか?」

真が言ったが、暫く誰も返事をしなかった。
ややあって新一は、どうやら自分に向かって言われているようだと気付き、頷いた。

「勿論です。自由行動までは制限されてませんよ」

真は、イーグルと肩を並べて、ホテルから出て行った。
長身の真は、白人であるイーグルと肩を並べても違和感がなかった。


「た、助けてくれて何だけど。いけすかない奴!」

園子は、いまだプンスカ怒っている。
新一は、ふと気持ちが動いて、園子に声をかけた。

「おい、鈴木」
「な、何よ?」
「本当に、いけすかないと思うのか?あれは、オメーの事、真剣に心配してっからの言葉だって思うぞ」
「だって!」
「オレは・・・わりぃけど、たとえ内心で京極さんと同じ事を思ったとしても、オメーには何にも言わねえだろうよ。言ったら今みてえに、オメーの機嫌を損ねるのは分かってっからさ。後の事考えっと面倒くせえし、んな事言おうとも思わねえ」

「うん、園子。わたしもそう思うよ」

横から、蘭が言った。

「キツイ事を言えるのも、相手の事を真剣に考えているからこそ・・・って事は、あるでしょ?」
「蘭・・・うん、そうだね・・・思い出したよ、わたしが蘭と最初に仲良くなった時の事。あの時、蘭は真剣に怒ってくれたもんね」

それまで憮然としていた園子が、笑顔になった。


新一は、真の事を殆ど何も知らないけれど。

『もしかして、あの男、鈴木の事を・・・?』

自身の恋愛事には疎いが、他人の事には妙に敏い新一には、ある予感があったのである。


   ☆☆☆


翌日。

青子は、一晩経って少し落ち着いたのか、昨日よりはずっとまともに滑れるようになっていた。
ジャンプも他の要素も、特に失敗はない。

けれど・・・スノウフェアリーと呼ばれたふわりとした空気は、戻って来ていなかった。


「・・・フィギュアスケートは、スポーツではあるけれど、確かに芸術性が重要なものだって、改めて思うわね・・・」

志保が、ぽつりと呟いた。
志保にしろ和葉にしろ、青子は自分達のライバルでもあり、他人の心配をしている余裕はない筈だが、やはり今回の事は心配であった。

しかしさすがに、それぞれ自分の練習の番になると、吹っ切って素晴らしい演技を見せる。

そして今日は、京極真が練習に合流していた。
格闘技で鍛え上げられた強靭なバネがいかんなく発揮された、迫力ある素晴らしい演技に、皆、目を見張った。

世界のトップレベルでは当たり前になっているクワドラブルも、危なげなく数種類をこなしている。

「す、すごい・・・」
「もはや、化けもんの域だな」

日本では、向かうところ敵なしなのがよく分かるハイレベルだった。

「イーグルさんにはいつまでも、フィギュアスケートの世界で頑張って貰ってた方が良いんじゃねえか?そしたら、日本のスケート界も、貴重な人材を失わずに済むしさ」
「せやねえ、アタシもそないに思うわ」

新一と蘭の傍で真の演技を見ていた和葉が、相槌を打った。

「えっ!?」

蘭が思わず驚いて、和葉をまじまじと見た。

「蘭ちゃん、どないしたん?」
「あ・・・何だか、和葉ちゃんの言葉が、意外で・・・」
「アタシ、そないおかしな事、言うたかなあ?」

蘭も、どこに違和感を覚えたのかよく分からず、口をつぐむ。

「蘭。オレ達の番だ」

新一に肩をたたかれ、蘭はリンクに向かった。


リンクに立ち、新一に向かい合うと。
心配していた青子の事も、他の事も、全て蘭の頭から消え去って行く。
ここは、新一と蘭、2人だけの世界。



「すごい・・・」
「あの2人、大会が大きくなる程、凄みを増してない?」
「アタシも同感や。今回は、間に合わへんやろけど・・・」
「来季オリンピックが、楽しみですね」
「それを間近で見る為にも、この大会で良い成績を残して、来季のオリンピック出場権を獲得したいですわ」

日本選手団一同+アルファは、感動の面持ちで新一と蘭の演技を見ていた。

「素晴らしい。イーグルと闘う為だけにフィギュアスケートを志した私ですが。あの2人の演技を見ると、この世界も素敵なものだと思えるようになりました」

真の言葉に、一同はまた驚かされた。

「京極はんも、ペアやりたい気ぃになったん?」
「いや。あれは、1人では出来ないものですから、私はやりたいとは思いませんね。自分と一体化する程心が通い合う女性が、フィギュアスケートに堪能であるという、僥倖が必要だと思われます」

そういった会話を交わしながら、一同は食い入るように新一と蘭の2人を見ていた。

「青子も。頑張らなきゃ」

青子の頭を、ポンポンと叩く手があった。

「快斗?」
「そのさ。上手く言えねえんだけど・・・オメーにはオメーの良さが、あんだから。他の誰の代わりでも、ねえんだからさ」

照れたように頬を染め、少しそっぽを向いて言う快斗を、呆然と見詰めた後。
青子はパアッと笑顔になった。

「うん!」

青子の笑顔に、快斗もホッとした表情になった。
これだけで、青子が全てを吹っ切れた訳ではないが。
取りあえず、気持ちは落ち着いたようだった。


   ☆☆☆


一同が、練習を終えて、外に出ると。



「新ちゃ〜〜〜〜ん!!」

明るい女性の声が響き渡った。

「ゲッ!」

新一が顔色を変え、回れ右をしようとした。

「んもう、新ちゃんのいけず!何で無視するのよ〜〜!」

新一に飛びついて来たのは、巻き毛の日本人女性で、日本人選手団一行は、目を丸くした。
新一は、額に汗を貼り付かせて焦った顔をしていて。
飛びついた女性の方は、新一にギュッと抱きつき(と言うより抱き締め)スリスリしている。

どう見ても、結構年上の女性から引っ付かれている新一の姿を見て、一行の女性陣は(一部を除き)いきり立った。

「工藤君!アンタこれ、どういう事や!?」
「工藤君の浮気者!」

和葉や青子から、非難の声があがる。

蘭は慌てる様子でもなく、目を丸くしていた。


「蘭!アンタ、何で怒んないの!?」

園子が、いきり立って、蘭に食ってかかる。

「え!?何でわたしが怒るの?」

園子の言葉に、蘭が目を丸くして返した。
新一の恋人でもない蘭だから、怒る事が出来る立場ではないが、今回の蘭の反応は何だか様子が違うと、園子は首を傾げた。

「小母様、お久し振りです」

冷静に挨拶をしたのは、志保で。

「え?志保さんの知り合い?」

一同はまた、目を丸くする。


「そりゃ、新一の家のお隣さんだから、志保さんは知っていても不思議ないわよね」

蘭の言葉に、一同の頭の中のクエスチョンマークは、更に増えた。


「母さん。そろそろ、離して欲しいんだけど」
「いや〜ん、新ちゃんったらあ。久しぶりの再会だってのに、もう、イケズ〜。」
「「「「母さん!?」」」」

新一の言葉に、一同は目を見開いて仰け反った。


「工藤君のお母さん!?この方が!?」
「母さん。あんまり引っ付かれると、暑苦しいんだけど」
「んもう、こんなに寒いじゃないの〜、私の愛で温めてあげるから〜」
「気持ちだけで充分だよ!」

そう言われてよく見れば、新一と少し似ている・・・ような気もする。
新一の母親は、若く美人だが、大層はじけた女性のようだと、一行は思っていた。

「だってだってだって〜!せっかく、カナダで行われる世界選手権に参加するっていうのに〜。全然教えてくれないんですもの〜。新ちゃんってば、冷た過ぎるわっ!」
「・・・悪かったよ。オレも、色々余裕なくてさ」
「実の息子が、国際大会に出るって、マスコミで初めて知った親の身にもなってよ〜〜」
「あ〜、だから、悪かったって!」
「心がこもってな〜い!」

新一と、突然現れた母親とのやり取りに、一同は目を白黒させていた。

「工藤君のご両親は、3年前からロスに住んでいるからね。会えるのはご両親が帰国した時位で、数か月に一度なのよ」

志保の説明に、一同は納得したような、何だかキツネにつままれたような、妙な表情をしていた。

「蘭は、工藤君のお母様に会った事ある訳?」
「ううん、実際にお会いするのは、今日が初めてだよ?」

園子の疑問に蘭はアッサリ返し、一同はまたひっくり返った。

「それで何で、母親だって分かる訳!?」
「え・・・だって、お顔はテレビで何度も拝見してたし・・・」
「へっ?」
「『アブナい婦警物語』なんか、何度もリバイバル放映されたじゃない」

蘭の言葉に、一同は目の前の女性が誰であるかを悟って、仰け反った。

「藤峰有希子!道理で、見た事ある顔だと!」
「工藤君って、そんな有名人の息子だったんだ!」
「で?工藤君、もしかして、フィギュアスケートのペアを始めた事すら、ご両親に報告してなかったんじゃないの?」

志保が冷静に突っ込んだ。

「ええ、ぜ〜んぜん、聞いてなかったわあ。雑誌で見てビックリして、ネット検索して更にビックリ!しかも、英理ちゃんの娘さんだって言うから、3度ビックリ!」
「えっ!?あ、あの・・・小母様、母の事、ご存知なんですか!?」
「ご存知も何も。高校時代の親友ですもん、私達」
「ええええっ!」

今度は蘭が叫ぶ番だった。

「英理より、小五郎さんに似てるみたいだけど、綺麗で可愛い娘さんだわねえ。新ちゃんが惚れるのも、道理だわ」
「な・・・!ほ、惚れ・・・!んなんじゃなくて!オレはただ、蘭とペアスケートをやろうと思っただけで!」

話が色々とんで行って、収集がつきそうになかったけれど。
突然、園子が言った。

「スト〜〜ップ!ねえ、こんな路上で話をしてたら、寒くって寒くってしょうがないわ!どこかあったかいとこに、腰落ち着けましょうよ!」
園子の言葉に異議を唱えるものは誰もなく。
一同は、有希子の案内に従う形で、カフェレストランへと向かったのであった。


   ☆☆☆


有希子達が住んでいるのはアメリカのカリフォルニア州であるが。
カナダに何度も旅行で訪れた事位はあるのだろう。
カルガリーの地理にはかなり詳しいようで、ちゃっかりと店のチェックはしていたものらしい。

有希子が一同を連れて来たのは。
日本人選手団+アルファのメンバーが全員ゆったりと座れてくつろげ、雰囲気も良く味もなかなかのカフェレストランだった。

人数が多いので、別れてテーブルに着く。
新一と蘭は、有希子と同じテーブルに着いた。

「じゃあ、改めて。新一の母、工藤有希子です。蘭ちゃん、新ちゃんの事、宜しくね♪」
「あ・・・毛利蘭です。す、すみません、挨拶の前に、いきなり叫んでしまって・・・」

蘭は、新一の母親相手に無作法な態度を取ってしまったと恐縮していた。

「英理ちゃんとは、同郷だからね。中学も一緒だったんだけど。私が女優になる為に上京して帝丹高校に入った時。英理ちゃんも、勉学の才能を見込んだお兄さんのはからいで、東京に下宿して、帝丹高校に進学したのよね〜。そして、そこで小五郎さんとの運命の出会いがあったのよ〜」

蘭と出会ったのは、有希子の実家で。
蘭も、祖父母宅に来ているのは、聞いていたのに。

母親ルートで母の実家の近隣を調べようともしなかった自分の迂闊さを、改めて呪ってしまった新一であった。

「長野の祖父は、わたしが子供の頃に亡くなって。祖母は今、その伯父さんの家に引き取られているんです」

有希子の両親も今は東京にいて、長野の家には誰もいない。
管理は村の人に頼んであるし、たまに別荘のようにして使う事もあるのだが。新一はもうずっと長い間、そこを訪れる事もなかった。

「懐かしいなあ。あの家のすぐ近くに、冬場には凍って天然のスケートリンクになる小さな湖があってね。新一はそこで、スケートの面白さを知ったらしくて、この道に踏み込んだのよねえ」

有希子が遠くを見るような目で語る。

「じゃあ、わたしの母の実家と、すぐ近くだったんですね!わたし、そこで新一と初めて出会ったんですもん!」

蘭が、頬を染めて言った。

「え?蘭ちゃんが、うちの新ちゃんと初めて会ったのは、小さい頃だったの?」

有希子の言葉に、蘭が頷いた。
有希子は、にやりと笑って新一を見やる。
新一は赤くなった。

「・・・な、何だよ?」
「へえ、ふうん。そうだったの〜。成程ね〜」
「な!何が、成程だよ!?」
「ここで、口にしても良いんなら、言うけど?」

新一は、ぐっと詰まった。
今のやり取りだけで、有希子には、新一が幼い頃に蘭に出会って恋をした事も、そしてずっと思い続けていた事も、見抜かれてしまったのは明白だと思った。

「んふふふ〜。新ちゃん、あなたが18歳になったら、私と優作はいつでも、署名してあげるわよ♪」
「ばっ!オレ達は、んなんじゃねえよ!」

新一は思わず有希子に食ってかかる。

「新一?あの・・・お母様と込み入った話があるのなら、わたし、園子達のテーブルに席代わろうか?」

蘭が、おずおずと、話を振って来た。

「ああ、イイのイイの、蘭ちゃんは遠慮なんかしないで?あなたに無関係な話じゃないんだから」
「母さんっ!」

蘭は、訳が分からないらしく、可愛らしく首をかしげていた。
新一は、この間の蘭との付き合いで、どうも蘭はその方面には鈍いらしいと、思うようになっていた。
有希子の言葉の含みを、蘭が何も気付かないのが、ホッとするやら残念やらで、複雑であった。

「試合は、優作と一緒に見に行くからね〜♪」

有希子は、日本人選手団の泊まるホテルの前で、そう言い残して、去って行った。



   △ ▽ △



「結局・・・フィギュアスケート王国日本の、今季表彰台は。1人と1組、だけだったか・・・」

フィギュアスケートの世界選手権大会が終わった次の日。
新一と蘭は、機上の人になっていた。

公平に見るならば。
日本人選手達はそれぞれに、充分に頑張った。
現時点の実力は、それぞれに出し切ったのだ。

けれど。
世界には、それを上回る強豪がひしめいていた。
そういう事だった。

マスコミも、今回の結果を残念がりながらも、それなりに好意的に報道した。



<成績>

○女子シングル
1位:アン・クラリス・サブリナ(サブリナ公国)
2位:ハツネ・シルバー・フォックス(イギリス)
3位:阿笠志保(日本)
4位:遠山和葉(日本)
    :
8位:中森青子(日本)

○男子シングル
1位:フィリップ・マクシミリアン(イギリス)
2位:イーグル・フォルセティ(スウェーデン)
3位:セルゲイ・オフチンニコフ(ロシア)
4位:京極真(日本)

○ペア
1位:レオン・パラレオーネ キリカ・ティグリス(デンマーク)
2位:アンドレ・キャメル ジョディ・サンテミリオン(アメリカ)
3位:キャスバル・オレーム レナ・メルキュール(フランス)
    :
12位:工藤新一・毛利蘭(日本)

○アイスダンス
1位:タケル・ティグリス マイ・フレイヤ(デンマーク)
2位:白馬探・小泉紅子(日本)
3位:クーガー・ヒューべリオン フェリス・ヒューべリオン(カナダ)



特筆すべきは、史上初めて、アイスダンスで日本人カップルが表彰台に登った事。
そして、日本人ペアが、表彰台は遠いが、結成1年にして国際大会で12位と大健闘した事、だった。

シングルでは残念ながら、男女合わせて表彰台一つだったけれど、今回の成績は決して悪いものではない。


世界選手権に出場した日本人選手団は、帰りはバラバラだった。
青子は、モーグルスキー世界選手権に参加する快斗の応援で、アメリカへ。
和葉は、スピードスケート世界選手権に参加する平次の応援で、同じカナダのに向かっていた。

そして、蘭と新一は、阿笠博士一行や園子と共に、日本への国際便に乗り込んでいた。

有希子は、言葉通り、新一の父親である優作と共に観戦に訪れて。
試合後、2人の健闘を称えてくれ、今度は日本での再会を約して別れた。


「青子ちゃんも、あの後巻き返して、ミスは少なかったんだけどな・・・」
「でも、コンビネーションジャンプが、回転が足りなかったのは痛かったわね・・・」
「ああ。それに、何て言うか・・・あの妖精オーラは、最後まで戻んなかったし」
「うん・・・」

全日本の覇者でありながら、国際大会では日本人選手の中で最下位だった青子に関しては、「さすがの妖精も、国際大会のプレッシャーに負けて人間に戻ったのか」という意味合いの報道がされていた。
けれど概ね「来るオリンピックに向けて頑張って欲しい」と、好意的な雰囲気ではあった。

「無欲と無我の境地・・・か・・・」
「新一?」
「あ、いや。以前横溝コーチと話した時、彼は青子ちゃんの事そう評していてさ。だから彼女は、ハングリー精神がなくても、今迄結果を出せていた」
「え?そうなの!?」
「ああ。オレも、彼女見てたらそう感じた。だけど、今回の事で・・・潰れなければ良いが・・・」
「・・・そうだね・・・」
「まあ、オレ達も、うかうかしてらんねえけどな。来季はオリンピックだし、もっとプレッシャーかかんぜ」

蘭は、新一の横顔を見詰めた。
まっすぐ前を向いている新一の顔を、蘭は少し眩しい想いで見詰める。

蘭はただ、新一と共に居たいだけ。
スケートに対して明確なハングリー精神を持っている新一に、このままひっついていて良いものだろうか?

蘭はまたも、不毛な考えに囚われかけて、頭を横に振った。
蘭は新一のパートナーなのであるから、ハングリー精神は新一に任せて、蘭はただ、着いて行くだけだ。

「それにしても。アメリカのジョディさん、おもしれー人だったな」
「ジョディさんって・・・ペア2位の?」
「ああ。妙にオレ達の事、気に入ってくれたみてえだけど」
「うん・・・」


アメリカのペア、アンドレ・キャメル、ジョディ・サンテミリオン組は、2位に入賞したが。
表彰式が終わると、ジョディは新一と蘭を見つけて、駆け寄って来た。


「オリンピックでは、負けませんよ〜?」

流暢な日本語で言われ、2人は仰天したが。
言葉の内容にも、仰天した。

「負けませんよって・・・今季オレ達は、10位にも入ってないんですけど?」
「うふふふ〜。あなた達、ペアを結成してまだ1年だって事は、調べがついてるんですよ?私達、来季は絶対、キリカさん達に負けはしませ〜ん、来季最大のライバルは、クールガイとエンジェルね、OK?」

何故か妙に気に入られてしまって、目を白黒させた新一と蘭であった。

「色々、面白かったよな。キャスバルさんは、フランス人のクセにホームズファンだし」
「え?フランス人のクセにって・・・」
「やっぱ、フランス人だったらルパン贔屓なんじゃねえか?」
「そ、そうかな〜?それは違うんじゃないの?フランス人でも探偵が好きな人もいるだろうし」
「だったら、ポアロになんじゃねえか?」
「何よ!同じホームズフリークがいて、嬉しいクセに!」

日系人とか、日本贔屓とかで、何故か日本語ぺらぺらの外国人選手達も多かった。
蘭が驚いた事に新一は、英語はネイティブ並み、他の言語も、ある程度話せるようだった。

アイスダンスの1位に輝いた「タケル・ティグリス」は、名前から分かるようにペア第1位のキリカの弟で、母親が日本人である。
タケルは弱冠16歳、ようやく国際大会シニアクラスへの出場が出来るようになったが、マイ・フレイヤとのカップル歴は長い。
マイはタケルの8歳年上の24歳、しかし試合では歳の差を感じさせない演技を見せた。

日本人選手一行は、今回の遠征で、沢山の外国人選手達と仲良くなっていた。
言葉が通じなくても、身ぶり手ぶりでかなり通じるものがあったりする。

氷上ではライバルでも、氷から降りれば、長年の 知己のように親しく接して来る人達は沢山いたのだ。


「また、来季だな」
「うん・・・」


高校最後の年は、冬季オリンピックイヤーでもある。
オリンピックが行われるのは、アン王女の母国・サブリナ公国。

様々な思いを胸に、新一と蘭は、帰国の途に着いた。


(10)に続く


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銀盤の恋人たち(9)後書き


一応、展開は、ほぼ予定通りなんですけど。
思いっきり、試合の場面をすっ飛ばしました。
だから、それ書いてたら終わらないから(苦笑)。
あ、でも来季は、試合描写にかなり費やしますので、シーズン始まってからが長いかと、思います。

でね。
全日本選手権やオリンピックを書くのは無論ですが。
グランプリシリーズとか、他の大会とかを、どういう風に描くかは、未定です。

オリンピックイヤーにも、世界選手権は一応あるんですが、そっちはもう、すっ飛ばしちゃいます。(つーか、オリンピックで強制終了します)
オリンピックと世界選手権とでは、候補が分かれるのが普通らしいし、主要登場人物はオリンピックの方に集中しますから。


書いてる途中で、「あ!有希子さんを出すのスッカリ忘れてた!」と、慌てて後から付け加えたり、なんて事もありました。

青子ちゃんには、今回可哀相な事をしてしまったけど、来季こそは!ですね。
青子ちゃんがオーラを取り戻すエピソードを、どういう風に入れたものかと、思案中です。

次号は、いきなり「来季のグランプリシリーズ」に、なります。
今のとこ、グランプリシリーズにどれだけかかるかは、未定です。
その後、全日本選手権があります。
これだけで、数話は行きそうだな〜。

そして、新蘭ラブコメの決着は、「全日本選手権とオリンピックの間」です。
そこら辺を最終回にしたかったんですけども、オリンピックはきっと1話では終わらないので、まあ、オリンピックの終わりが最終回かな?先は長い・・・。


一応、外国人選手としての登場人物について、元キャラは誰かという解説を。


アン・クラリス・サブリナ
まじ快1巻「警官がいっぱい」に出て来た、王女様。「クラリス」というミドルネームは私が付け加えました。「ルパン絡み」って事で。

ハツネ・シルバー・フォックス
C−Kジェネレーションズオリキャラ、服部初音。

フィリップ・マクシミリアン
まじ快4巻「クリスタル・マザー」に出て来た、王子様。

イーグル・フォルセティ
C−Kジェネレーションズオリキャラ、風見原陽介。

セルゲイ・オフチンニコフ
コナン映画第3弾「世紀末の魔術師」に出て来た、ロシア大使館書記官。

レオン・パラレオーネ
C−Kジェネレーションズオリキャラ、パララケルス王国王太子:レオン・ライア・レムーティス。

キリカ・ティグリス
C−Kジェネレーションズオリキャラ、虎姫桐華。

キャスバル・オレーム
2008年8月現在、原作及びテレビアニメに置いて工藤邸下宿人のあの人。(この話では、中身が実はあの人とかこの人とかいう事はないです)

レナ・メルキュール
名探偵コナンの水無怜奈(本堂瑛海)。

タケル・ティグリス
C−Kジェネレーションズオリキャラ、虎姫武琉。

マイ・フレイヤ
C−Kジェネレーションズオリキャラ、焔野舞。

クーガー・ヒューべリオン&フェリス・ヒューべリオン
C−Kジェネレーションズオリキャラの夫婦(未出)。


元キャラとは、立場も年齢もそれぞれ違います。
性格は、同じ場合と異なる場合があります。
人数合わせの面が大きいので、なにとぞご了承下さい。


(8)「世界の強豪達」に戻る。  (10)「グランプリシリーズ開幕」に続く。