Hand in hand



byドミ



(3)秋



帝丹高校では、秋に、学園祭が行われる。

最終学年の三年生は、受験で学園祭どころではない者も多いが。エスカレーター式に帝丹大学に進学する者もいて、そういうメンバーはそれなりに、学園祭を盛り上げたりしているのである。

そして、今日は何故か、放課後の三年B組の教室に、昨年の二年B組のメンバー有志が集まり、突如、学園祭についての会議が行われていた。

「はあ?去年の劇を、またやる?マジかよ?」

そう発言したのは、園子に有無を言わさず引っ張って来られた、新一である。

「だってあれ、結局最後までやれなかったじゃん。せっかく、大道具小道具保存してあるんだしさ。もう一回、ちゃんとやろうよ!受験組を除いた元二年B組メンバーに、他のクラスからも有志を募ってさ」
「あの〜。オレは一応、受験組なんだけど」
「新一君は、受験位、朝飯前でしょ!それに蘭が、帝丹大学に進学する意志をほぼ固めたから、受験ないし、ハート姫、引き受けるってさ」
「で?一応は受験組のオレに、スペイド王子をやれと?」
「嫌なら良いのよ、新一君?他の誰かに、スペイド王子をやって貰うだけだから」

園子がそう言って、後ろを見やったが。その場にいた男子生徒達は皆、ブルブルと首を横に振って後ずさりした。
誰も、敢えて、工藤新一の怒りを買いたくなどない。

「仕方ないわねえ。また、新出先生に頼むか」
「そそそ園子!オメーがやるって選択肢はねえのか!?去年は、最初、オメーがやる筈だったんだろうが!」
「わたしと蘭とではやっぱり、身長差がね。蘭もヒールのある靴履くし。ラブシーンの時、見映えがしないじゃない」

新一と園子の押し問答は、延々と続いていた。
そこへ。

「新一。何でそんなに、嫌がるの?わたしと一緒に劇をやるのが、そんなに嫌?」

明らかに怒りのオーラを立ち昇らせた蘭が、腰に手を当て、新一を睨みつけるようにして立っていた。蘭は先程までその場におらず……部活が終わって駆けつけて来たものらしい。

「あ……ら、蘭……や、べ、別に……んなんじゃなくて……」
「もうイイよ。新一、受験勉強があるんでしょ?園子、こんな分からず屋はほっといて、新出先生に頼みましょ!」
「あ……ら……蘭……っ!待てよ!」

蘭は新一にくるりと背を向けた。その背中は拒絶に満ちており、新一は言葉を失う。

「じゃあね、新一。今日は一人で帰って」

取りつく島も、なかった。



   ☆☆☆



新一がシオシオと去って行く後姿を見ながら、園子が蘭に声をかけた。

「ったく!新一君も、どうしようもないわね!ねえ、蘭?って、あれ?」

園子が蘭の方を見ると。蘭は先程の怒りに満ちた顔ではなく、泣きそうな顔をしていた。

「園子。新一の事、悪く言わないで……」
「何よお、蘭!さっきとは言ってる事が、全然違うじゃん!」
「だって……新一が受験組なのは、確かな事だし。そ、それに……」
「蘭!?」
「だ、だって!新一に、スペイド王子をやって欲しいって……わたしのワガママなんだもん……新一は昔から、こういうのすごく嫌がってたし」
「あー。そう言えば確かにねえ……学芸会の時、いっつも王子役とか押しつけられて、クラスメートにからかわれたりして、ヤツは嫌がってたよねえ。でもさあ、蘭、だったらあんた、何で、新一君にあんなに怒ったのよ?」
「だってっ……!」
「ほーんと、蘭。あんた、新一君に対してはワガママなんだから」
「えっ?」
「気付いてなかった?あんたさ、友だちに対してとか、物腰柔らかいし、ワガママ言わないんだけど。新一君には結構ズケズケ物を言うし、ワガママだよ」
「……!園子〜。新一に呆れられて嫌われたら、どうしよ〜」
「そんな心配、ヤツに限って、ないと思うよ。アンタ達夫婦は昔から、新一君が尻に敷かれてる関係だし」

ふと、園子は、他の元二年B組のメンバーが、二人を取り囲んでワクワクした顔で、熱心に話を聞いているのに気付いた。

「アンタ達、どうしたの?」
「いやいや、鈴木、さすがだな〜」
「工藤君と蘭の事、よく理解してるじゃん」
「あれだよな、工藤って、結構いつも気障でカッコつけなんだけど、ありゃ無意識で」
「こういった劇で王子様役やるってのは、嫌がるかもな」
「工藤君、去年はやっぱり、新出先生に蘭の相手役をさせたくなくて、割り込んで来たんだよね〜」
「そうそう、いきなりやって来て、オレにスペイド役をやらせろって……まともにセリフも覚えてないクセに」
「……そう。だから今年も、その線で新一君を説得しようって思ったんだけど」

園子が言って、溜息をついた。

「新出先生も今年は婚約者がいるから、新一君に危機感がないのかもね〜」
「えーっ!?うそーっ!!」

園子の言葉に、今度はギャラリーから別の悲鳴が上がる。

「あーん、新出センセ〜!」
「狙ってたのに〜」
「……あら、悪い事言っちゃったかしら。ねえ蘭……ってあんた、まだ落ち込んでんの?」
「だ、だって……」
「蘭。新一君にあんたが可愛く『お願い』って言ってみなよ。そしたら新一君、絶対、四の五の言わず、引き受けてくれるからさ」
「そ、そうかなあ……」
「何のかんの言って、新一君がアンタのお願いを却下した事なんて、ないでしょ?」

蘭はしばし考え込む。そして小さく頷いた。

「うん。確かに、そうだね。新一、昔から……わたし……気付いてなかったよ……」

周囲の皆がぷぷぷと笑う。

「な、何がおかしいのよ!?」
「いやいやいや、案外、本人が、一番分かってないんだねって思って」
「オレら、クラスの役割とか委員会関係とか、工藤に引き受けさせる為には毛利を使うのが一番だって、とっくに分かってたし」
「同じ事を他のヤツが言ってもムゲに却下されるのに、毛利だと違うんだよな〜」
「……!」

蘭は、真っ赤になった。

「でまあ。シャッフルロマンスは、基本的に去年と同じキャストで……新一君以外の外部受験の人には、代わりを頼んでさ。学園祭で上演するって事で、良いわよね」

園子が、周りを見回し、皆が頷く。

「じゃあ、今日は取りあえずこれで。さあ、忙しくなるわよ〜」

そして、一同は解散となった。



   ☆☆☆



蘭が下駄箱に向かうと。
人気のない下駄箱に、ポツンと一人立つ人影があった。

「新一!?」
「ら……蘭……オレ……」
「……待っててくれたの?」

先程、新一を突き放したのに、ここで蘭を待っていてくれた事が嬉しい。
新一が、必死な様子で蘭に告げる。

「あのさ……新出先生に頼むのは止めろよ。先生もその、色々忙しいだろうし……」
「……新一、何考えてるの?ただのお芝居でしょ?それに新出先生には、ひかるさんが……」
「たとえお芝居でも、蘭が他の男に抱き締められるのは嫌だ!」

新一が真っ赤になって叫ぶように告げた言葉に、蘭は息を飲んだ。そして、ぷぷっと噴き出す。

「……何がおかしいんだよ!」
「だって、新一。元々、シャッフルロマンスには、去年新一がやったみたいな、あんなにしっかり抱きしめるシーンなんか、ないんだもん」
「へっ?」

蘭の言葉に、新一の目は点になる。

「ちょっと肩を抱き寄せて、それらしい雰囲気を漂わすだけで……だって、高校生が学園祭でやる劇だよ?そこまで本格的には、やらないって!」

蘭が少し笑いながら言うと、新一の眉がピクピクと動いた。

「園子のヤロー……」
「ん?何?園子がどうかしたの?」
「あ……いや……その……去年……」
「去年?まあ、仕方ないんじゃない?園子がどういう説明したか知らないけど、ろくにセリフ覚えてない新一が、いきなり舞台に上がる為には、演出変える必要があったんだろうし」

新一が、はあっと大きな溜息をついて、ガックリとなった。

「新一。ごめんね……」
「ん?何で、蘭が謝るんだ?」

新一が顔をあげ、気が抜けたような表情で訪ねて来た。

「新一が、ああいった王子様役とか、すっごく嫌がってるって、わたし知ってたのに。あんな風に言って、ごめんなさい……」
「あ、や、そ、その……」
「わたしが……たとえお芝居でも、ハート姫のお相手のスペイドは、新一であって欲しいなって願ってるだけで……でも新一は、受験があるし、王子様役なんて本当は嫌なんだろうし、無理、しなくて、良いから……」
「……なあ。今回、本当に園子はやんねえのか?去年は捻挫するまで、園子が練習してたんだろ?」
「ねえ。何で新一、園子園子って言うの?」

蘭が言うと、新一は蘭の両肩に手をかけ、真剣な眼差しで言った。

「他の男と……たとえ、肩を抱き寄せられる程度でも……嫌だ」

蘭は大きく目を見開いた。

「それって新一……まさか……」
「ああ!オレは、心が狭くて焼き餅妬きなんだよ!わりぃか!?」

新一の自棄になったような叫びが、蘭には嬉しい。

「ううん……新一……嬉しい……」

蘭が、そう告げると。新一の顔が近付いて来た。蘭も、自然と目を閉じる。
と……。

カタリ。

かすかな音がして、新一はハッとして蘭を離し、振り返った。


「こら、押すなよ」
「しいっ!」
「今、イイとこなんだから!」

声をひそめているらしいが、バレバレである。
いつの間にか、下駄箱の陰に、昨年のクラスメート達が潜んでいたのだった。
蘭は思わず口元を抑え、新一が呆れ顔で言った。

「オメーら、何デバガメってんだよ!?」
「たははは、ばれたか」
「つーかここ、学校の下駄箱だぜ?」
「人に見られても仕方ないだろ?」
「ああ、決定的瞬間を撮り損なった!」

何人かは、携帯電話を構えていた。
新一は大きく溜息をつく。
園子が、新一の前にズズイと進み出て、仁王立ちになって言った。

「って事で、新一君!スペイド役、引き受けてくれるわよね!?」
「……オレはまだ、やるとは言ってねーぞ、園子!」
「ふふーん。舞台監督の園子様に、逆らおうって訳ね。じゃあやっぱり、スペイド役は、新出先生に頼むって事で」
「「園子!」」

園子の言葉に、蘭と新一は同時に叫ぶ。

「新一君。アンタね、気付いてないようだけど、去年の二年B組メンバーには、大きな貸しがあるのよ!」

園子の言葉に、蘭も新一も目を見開く。

「蘭はね。女のわたしの目から見ても、顔も性格も可愛くて綺麗で、スタイル抜群で、男からモテモテだろう事は、分かるでしょ!?」
「ああ。まあ、そりゃな」

新一が渋々といった体で答える。

「それでも、アンタがいる間は、誰も蘭に手を出そうなんて、不埒な考えを起こす者は、いなかった。でも、新一君、あんた去年、半年ばかり、いなかったわよね。その間、他の男達が手をこまねいていた筈ないと、思わない!?」

蘭は目を見開いた。新一も、呆然としている。

「新一君がいない隙に、蘭に近付こうとしていた虫達を追い払ってたのが、何を隠そう、二年B組の同志たちなワケよ!分かる!?」
「えええっ!?ウソっ!」

叫んだのは、蘭であった。

「蘭は鈍いから、ぜんっぜん!気付いてなかったみたいなんだけどさ。そりゃ、蘭は何のかんの言って、一途だから、他の人から言い寄られても、ごめんなさいしてたとは思うわよ?それに強いから、力尽くでって事もないだろうし。でも、わたし達二のBメンバーも、人知れず、虫を追っ払って蘭を守って来たってワケ」
「いやまあ、そんなに大袈裟なもんでもないけどな」
「結構、面白がってたよな、みんな」
「ふふふ、蘭へのラブレターを下駄箱に入れてた男のとこに、みんなで押し掛けたりしてね」
「ええっ!?あんた達、わたしの下駄箱をチェックするなんて、そんな勝手な事まで!?」
「いやいや、さすがにそこまでは。あの男の場合は、隣のわたしの下駄箱に間違えて入れたのが、敗因だったのよ」
「教室の入り口で蘭を呼び出そうとした男がいた場合は、まずわたし達で話を聞く事にしてたしね」
「結局、ビビって諦めたヤツが、殆どだったよな」
「……まあ、そんな風に、アンタ達二人の事を人知れず守って来た、わたし達二年B組のメンバーに、少しは恩返ししてくれても、イイと思うんだけどね、わたしは?」

締めくくりの園子の言葉に。蘭も新一も、暫く口をパクパクさせていた。

「ああ。わーったよ。やりゃ良いんだろ、スペイド役!」

観念した新一の一言に、歓声が湧きあがる。蘭も、ホッとして新一を見た。せっかくだから、高校時代の思い出に、新一の王子様と蘭のお姫様役を、やりたかったのだ。

「その代り。劇がどうなっても知らねーからな。オレは大根だし」
「ふっふっふ、任せて。新一君でも大丈夫なように、セリフ少なくして、台本書き換えるから!」

気障でカッコつけで人並み外れた演技力はあるクセに、と、蘭は……(そしておそらく皆も)、内心で突っ込みを入れる。ただ、新一の場合、それが上手く発揮出来るのは、無意識領域であって。演劇や芝居を自分でやる事には興味がないので、なかなか上手く行かないだろう事は、想像がついた。



   ☆☆☆



そして。
稽古が始まった。

台本を見ながら、読み合わせをしている間は、特に問題はなかったのだが、動きに入ってから、新一のブーイングが飛び始めた。

「園子テメー!一体どういう事だよ!?」
「だから、言ったでしょ。新一君が大丈夫なように、台本書き換えるって。ほら、照れずにしっかり姫を抱き締める!」
「が、学園祭の劇で、んな本格的なラブシーン、やって良いのかよ!?」
「だいじょーぶだって!ほら、そこでキス!」
「き、キスぅ?」
「ちょ、ちょっと園子!それはっ!」
「あ、振りで良いのよ、振りで。でも、何なら、本気でやっちゃっても、ぜ〜んぜん、構わないわよ!」
「「園子!」」
「何しろ、かのロミ・ジュリをしのぐ超ラブロマンスなんだから!もう、地でラブラブで行っちゃって、いいわよ〜ん」

周囲を見回しても、皆、スケベ目になって、ワクワクしながら二人を見守っている。助け舟なんぞ、期待出来そうにない。

「良いわよ、新一君。真面目にやらないんなら、台本はこのままで、新出先生に頼むからね!」
「ゲッ!」

園子の脅しは、てきめんで。新一は大根ながら、何とか頑張って役をこなそうと、努力する。しかし、どうしても照れが出て、なかなか上手くは行かなかった。

「しっかしホント、新一君って、演技力あるクセに、大根だよね」
「まあ、仕方ないんじゃない?工藤君は探偵なんだもの」
「女優であるお母さんの爪の垢でも煎じて飲めば良いのに」

ギャラリーから酷評されながら、芝居の稽古は続いた。黒衣の騎士の登場シーンや、戦いのシーンも、皆のスケジュールを合わせて行われる。

「ふう。新一君、立ち回りなんかは、かなりイケてるのよね」
「工藤君、身のこなし軽いし」
「これで、騎士の格好をしたら、マントとか翻って、結構カッコイイよね」
「セリフも、一応、覚えたようだし。本番で開き直ってくれたら、もう少しマシになると思うのよね」
「ふふふ、彼、緊張とは無縁みたいだしねえ」
「そして、後は!新一君が事件を呼びこまない事を、祈るだけよ!」
「もしかして、一番問題なのは、それかもねー」
「まあ、去年の事があったから、空調は直して、飲み物食べ物販売は禁止になってるけど……」
「こればっかりは、もう天に祈るしか、ないわよね」

女子達がそういう会話をしていると。

「おーい、鈴木!これ以上立ち回りの稽古続けんのか?」
「こちとら、体力の限界!」
「勘弁してくれー!」
「工藤が本気で、斬りかかって来るから!」
「避けるの、大変なんだよー」

黒衣の騎士と戦闘を行う兵士役の男子達から、悲鳴が上がり始めた。



そんなこんなで、日々が過ぎ。
学園祭の当日を、迎えた。



   ☆☆☆



舞台裏で待機する蘭の元へ、懐かしい人物が現れた。

「蘭ちゃん、綺麗やわあ」
「和葉ちゃん!服部君。今年も、来てくれたの!?」
「せや、去年の劇、途中までやったから。また見たかってん」
「毛利のおっさんは、どないしたんや?」
「……悪いけど、今年はお父さんに学園祭の劇の事、話してないの」
「去年より濃厚な工藤君とのラブシーンが、あるんやね♪楽しみやわ」
「ののの、濃厚って……振りだけよ、振り!」

「服部。暇だなオメーも。受験勉強は良いのか?」
「工藤!」
「工藤君!カッコええなあ♪」
「和葉、何がカッコええ♪や、このチャラチャラミーハー娘が」
「何やてえ?平次のアホに、そないな事、言われとうない!」
「服部君と和葉ちゃんも、相変わらずね。ねえ、新一」
「蘭。オレの出番はまだずっと先だけど、オメーはしょっぱなから出ずっぱりだろ?そろそろ準備しねえと……」

新一がそう言って、蘭を促そうとすると。
蘭が新一のマントを掴んだ。

「蘭?」
「新一も、一緒に来て……」
「ってオメー、まさか、上がってんのか!?」
「だ、だって!」

客席のざわめきが、ここまで届く。
今年は、故障していた空調も直っており、去年の中断や色々な評判もあいまって、帝丹高校性以外の客も、かなり来ており、体育館は去年にも増して、お客さんで満杯なのであった。

「ちっ。しょーがねえなあ……」

新一は、蘭と共に、舞台まで行った。蘭は、最初の立ち位置・お城の窓の前にスタンバイする。まだ、幕が開くまで間があるし、新一が今立っている位置は、大道具に隠れて客席からは見えないので、急いで引っ込まなくても、差し障りはない。

蘭は、新一のマントを掴んだまま、話しかけて来た。

「ねえ、新一」
「ん?」
「わたし、結構、ハート姫に感情移入してんだ」
「は?」
「だって……どこにいるか分からない、初恋の人をずっと想って待ち続けているハート姫って、去年のわたしそのままなんだもん」
「蘭……」

新一は、目を見開く。

「そしてね。姫が危ない時に、現れて守ってくれる黒衣の騎士は、いっつも、大事な時にわたしを守ってくれてた、どこかの誰かさんに、そっくりだし」
「そ、そっか……」

新一は、赤くなって蘭から目を逸らす。その耳まで赤い事に、蘭は気付く。新一は、目を逸らしたままで、言った。

「……ここまで来たんだ、最後まで、頑張ろうな」
「……うん」
「それじゃ。また、後で」
「うん!」

新一が去って行くが。先程までの心細さが嘘のように、消えていた。
幕開けのベルが鳴る。蘭は、新一を見送ると、前へ向き直って、大きく息を吸った。





「一度ならず二度までも、私をお助けになる貴方は、いったい誰なのです!?」
「ハート姫。我が名は、スペイド」
「……えっ!?」
「私は、あなたの騎士にして、トランプ王国の王子です」

黒衣の騎士が兜を脱ぐと、額に傷跡のある目元涼しげな若者の姿が、現れた。

「キャー、工藤く〜〜ん!」
「カッコイイ!」
「待ってました!」

客席から黄色い声が上がるが、ハート姫とスペイド王子は、ただただお互いを見詰めている。

「幼い頃から、ずっと、あなただけを想っていました。こたびの縁談は、私が望んだもの。どうかハート姫。我が妃に、なって下さい」
「スペイド王子……」


「よしよし、新一君、やるじゃない」
「本番では、その気になってくれて、良かったわね」
「もうホント、成り切っちゃって」


舞台上の二人は、愛の誓いを交わし合い、しっかりと抱き合った。
そして。

「ずっと……子供の頃から……想ってた……」

スペイド王子……いや、新一は、蘭の耳に囁く。

「しんいち……?」

新一は、蘭の顎に手を当て、唇を重ねた。激しく情熱的な口付け。客席からも、「二人は本当にキスしている」とハッキリ分かった。
体育館が割れんばかりの、悲鳴まじりの歓声が上がった。

「きゃは♪やるやん、素敵なラブシーンやね。なあ平次?」
「探偵としてはまあまあや思うけど、工藤のあないなとこは、オレ、着いて行けへんねん」

目を輝かせる和葉に対し、顔をしかめている平次であった。

舞台袖の旧二年B組の面々も、芝居の進行も忘れて、二人のラブシーンに見入っていた。



劇は更に進行する。
愛し合うスペイド王子とハート姫の前に、帝国の妨害が入ったり、紆余曲折があるのだが、最後はハッピーエンド、二人の結婚式で幕は下りた。
奇跡的に、事件が起こる事もなく、無事、劇は最後まで終了したのであった。


「やった!やったよお、大成功!」
「蘭!新一君!……って、おーい!」

幕が閉まった舞台で、新一と蘭は、スペイド王子とハート姫の結婚衣装のまま、お互いの手を取って、見詰め合っていた。

「あーコホン。新一君、邪魔したくないのは山々だけど。次の舞台があるから、わたし達は引き上げなきゃ」
「あ、ご、ごめん」

新一と蘭は、我に返ったような表情で、赤くなった。

「それにしても、本当にやっちゃうとはねえ」
「まあ、劇よりそっちの方が、場数踏んでるんだろうしねえ」
「え……?ば、場数踏んでるって……?」
「キスの事よ、キス!」
「いっつも、やっちゃってんでしょお?」
「ば、場数なんか踏んでないわよっ!」
「今更、照れるな照れるな」

実際に、二人の口付けは、これでやっと三回目だったりするのだが。
そんな事、言っても誰も信じはしないだろう。


「さあ!引き上げの前に、写真撮るわよ!」
「蘭と工藤君、二人主役なんだから、早く!」
「お、おう……!」

新一が顔を赤くして微妙に顔を背けながら、蘭に手を差し出す。蘭はふっと微笑み、その手を取った。


この日、小五郎を呼ばなかった蘭の配慮は、正しかったと言えるだろうが。この劇はしっかり録画されていて、その映像は結構あちこちに出回り、結果的に小五郎に知れる事となり、かなり時期が経った時点で、新一は小五郎からの雷を食らう事になるのである。




<オマケ>


「え?黒衣の騎士役?頼まれても、僕には無理ですよ。演劇経験なんかありませんし」

後日、新一が新出医師と学園祭の劇の話をした時、新出医師は穏やかに笑いながら、そう言った。

(そう言えば。去年の新出先生は、ベルモットだったよな……ベルモットは女優だから、演技がお手のもんなのは、当たり前か……)

園子達は、その事実を知らないが。「新一君がやらないなら、新出先生に頼む」という園子の脅しにしっかり振り回されてしまった新一は、内心でこっそり、溜息をついたのであった。



(4)冬に続く



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同人誌版初出:2009年11月1日
サイト再録用脱稿:2018年7月1日

(2)夏に戻る。  (4)冬に続く。