Happy Halloween 久遠の一族番外編


byドミ



第1話 「お菓子はあげない」 <新一と蘭>



「Trick or treat!」

 古いたたずまいを残す通りを、子供達が勢い良く駆けて行く。新一と蘭が逗留する屋敷のドアをバタンと開いて、仮装した数人の子供が飛び込んで来た。

「はい」

蘭が、袋に詰めたパンプキンクッキーを渡す。

「お姉ちゃん、ありがとう」

子供達は口々にお礼を言ってお菓子を受け取り、次の家に向かって駆け出して行った。

「……そうか、今日は、ハロウィンだったな」
「そうよ。新一、わたしが朝からクッキーを焼いたりしていたのは、何の為だと思ってたの?」
「いや、青子達にあげる為なのかって思ってた」
「そうね。あの子は、血に目覚めた今でも、甘いものが好きだから。でも、あの子達を置いて町に出る事を決めたのは、新一でしょ?」
「……あいつらも新婚、邪魔しちゃ悪いからな」
「ふふっ。無理、しちゃって」

蘭は、新一の眉間のしわを、指で伸ばしながら笑った。

「愛娘に、目の前で男とイチャイチャされてみろ。その位なら、まだ、目の前にいない方が良い」
「新一……」
「今になって、あの頃の毛利子爵の気持ちが、よく分かるようになったぜ」

蘭も、目を細め、とっくの昔に年老いて死んでしまった両親の事を想った。

「でも、新一。面白くなくても、何でも、幸せであって欲しいという気持ちが、一番でしょ」
「当たり前だ。でなきゃ、快斗の野郎に、簡単に青子を渡したりするものかよ」
「そう、簡単にでも、なかったみたいだけど?」
「うっせーな。あの程度の試練、超えてくれなきゃ、オレ達の大切な娘を任せる筈もねえだろう?」
「……揃える物は殆ど揃ったし。明日は、米花の家に戻れそうね」
「ああ。……まあ、取りあえず、今日は。便乗かもしれないが、オレ達も祭りを楽しもうぜ」

二人が今いるのは、一族の持ち家である。
一族の者は一つ所に長くは逗留出来ない。二〜三年位で、交代して使っている。

今回街に出て来た目的は、ある準備の為だった。
なので、今回の逗留はほんの短期間の予定だ。
色々と買い揃えたものが、部屋の中に、山のように積んである。

街に出て来た時、ちょうどハロウィン一色に染まっていたのは、ただの偶然だった。

元は英国で発祥し米国で盛んになった行事・ハロウィン。
ここ帝丹国では、最近になって、ようやく流行るようになった。

「ハロウィンか……。オレの子供の頃には、こんな行事、なかったもんなあ」
「ふふっ。わたしが子供の頃にも、なかったわよ」
「魔よけの行事を、オレ達が楽しむってのも、皮肉なもんだが」
「そうね。でも、良いじゃない、そういうのも」

蘭は笑顔で言った後、子供達が駆けて行った後を見ながら、遠くを見るような眼差しをした。

「あの子達の頃の青子ちゃんを、この手に抱き締めて育てたかったなあ」
『……そうか。蘭は、青子を産んでから、最近の子供の行事に敏感になったんだな』

青子が生まれた時、ヴァンパイアの因子がその遺伝子に潜んでいる事を知っていたら。そしたら。
けれどそれは、今更言っても、詮無い事だ。

青子は、一族で初めての子供。
新一と蘭が200年以上連れ添って、ようやく恵まれた子供だった。この先いつ、同じ奇跡が起こるのか、分からない。

最近、一族の中でも医学や科学に長けた者達が研究を重ねて、ようやく色々な事が分かって来た。

一族はヴァンパイアウィルスのキャリアであり、ウィルスは遺伝子と深く結び付いている事。
女性は月経が全くないが、数年〜10年に1度位のペースで、排卵はある事。
男性は射精がないと思われていたが、ごく僅かに精液が分泌され、その中には少ないながらも精子が含まれている事。

などが、解明されてきた。


人間よりはるかに寿命が長い分、そういう風になるのであろうと考えられている。

「まあ、この先いつか、青子の妹か弟が出来るかもしれねえし」
「そうね。もしかしたらそれより先に、孫が生まれれるって事も、あるかも」

蘭の笑いを含んだ声に、新一は渋面を作った。

「まあ、有り得るけど……年を取らねえオレ達でも、孫が出来たとなったら、気持ちは老けそうだなあ」
「新一。不満?」
「まさか。とっくに諦めていた幸せが与えられた事、オレは、人智を超えた何者かに、感謝してるぜ」

ヴァンパイアという、神の加護を外れた存在になった時に、神への信仰は捨ててしまった筈の新一だったが。
蘭という、かけがえのない存在と出会えた時から、大いなる何者かへの感謝の気持ちを、持つようになっていた。

「ねえ、新一」
「ん?」
「わたし達が子供の頃、出来なかった事、しましょ」
「は?」

蘭に悪戯っぽい目付で言われて、新一は困惑した。

「な、何をするんだ?」
「ハロウィンよ。新一、ドアを開けて入って来て、お決まりのセリフを言ってちょうだい」
「……はいはい」

新一は渋々、一旦玄関のドアを開けて外に出た。

新一は、自分より100歳以上も年下の蘭に、しばしば振り回されている。
惚れた女に頭が上がらないのは、人間でもヴァンパイアでも同じなのであろう。


『オレ達に、人間の食べ物は不要だし。そうじゃなくても、お菓子が欲しい歳でもねえのにな』

内心ではそう思いながらも、新一は、蘭が望む通りの行動をする。

「Trick or treat!」

扉を開けて、お決まりの文句を叫ぶと。蘭は、笑って答えた。

「新一に、お菓子は、あげない」
「はあ?」

別に、お菓子が欲しい訳ではないが、蘭が望む通りの行動をした挙句の反応に、新一は苛立つ。

けれど。
続いた言葉に、新一は我が耳を疑う。

「お菓子はあげない。だから、イタズラ、して?」
「蘭……?」
「新一にだったら、何されても嬉しいから。だから、いっぱい、イタズラ、して?青子ちゃんの妹か弟が出来るような事、沢山、して?」

その途端。
新一のなけなしの理性はブッツリと切れ。蘭を抱きあげて、一直線に寝台に向かった。

「では、姫君のお望みのままに」

その夜。
新一がいつもの夜にも増して、蘭にたっぷりとイタズラをしたのは、言うまでもない。



第1話・了




前書き・設定に戻る。  第2話に続く。