春先迷路



byドミ



(4)二人の新一



<side Ran>


「・・・そろそろ、ホテルに戻らねえと、やばいぜ」

新一が、無表情に言って。
わたし達は、顔を見合わせる。

「で、でも、店がこんなになったまま・・・って。あれ?」


さっき、喫茶店の窓ガラスが全部割れて、わたし達の上に破片が降り注いだ筈なのに。
今、窓は元のままでどこも割れてないし、わたし達も他のお客さんも、誰も怪我をしてなかった。


「あんなに派手に割れたのに。霊現象で、幻だったって事?」
「霊現象?オメーら、揃って夢でも見たのか?」

新一の冷たい言葉に、わたし達は息を呑む。
そして、顔を見合せた。

お互いの顔に、「今のは夢じゃなかったよね」と、書いてある。
他のお客さん達も、お店のマスターやウェイトレスも、蒼い顔をしているから、今の事を感じ取っていたのは、確かだと思う。
まさか、新一1人だけ、今の出来事を忘れてしまっているの?

でも。
新一の表情を見て、そうじゃない事を確信した。
彼は、今の事を、「なかった事」にしたいんだ。

らしくない。
目の前で起こった事を、「なかった事にしたい」なんて、まったく、新一らしくない。


今、わたしの目の前にいるのは。
紛れもなく、わたしがよく知る、幼馴染みで恋人の、工藤新一。
わたしが・・・心の底から愛する人。


でも。

さっきの霊も、確かに新一だった。
どういう事なのか分からないけど、あの霊が新一本人だった事だけは、間違いない。


以前、卒業写真を撮る時に、新一の背後に現れた影、あれも、もしかしたら、やっぱり新一だったのかもしれないと思う。

そして。
もしかしたら、目の前にいる方の新一には、何らかの心当たりがあるの?



とは言え、新一の言う通り、門限近いのは確かで。
わたし達は、お会計を済ませると、急いでホテルへと戻って行った。



   ☆☆☆



「ねえ、蘭」

ホテルの部屋で、園子が声をかけて来る。
ちなみに、修学旅行だけどホテルなので、女子男子別れた上で、ひと部屋2〜3人の宿泊だ。
園子とわたしは同じ部屋、だけど、点呼をやり過ごした後は、わたし達の部屋に、女子数人で集まって、だべっていた。

「何?」
「蘭。蘭が、あの幽霊に『新一』って呼びかけたって事は、あの時点で、蘭にはあれが新一君だったって、確信があったのよね?」
「う、うん・・・」

わたしは頷いた。
園子が、ニッと笑う。

「お化けが駄目な蘭なのに、今、蘭がこうやって平気な顔をしているって事は、やっぱ、あれ、新一君に間違いないんだよね」

園子の言葉に、皆、納得顔で頷いた。

「なるほどね〜。蘭には、工藤君センサーがついてるって事か」
「でもさ。だったら、今、あたし達と一緒にいる工藤君は、偽者な訳?」
「ううん。そんな事ない、今、修学旅行に一緒に来ている新一も、ちゃんと新一だよ?」
「そっか。わたしにも、ニセモノには見えないけど。蘭が言うんなら、間違いないね」

皆、顔を見合せて考え込む。

「もしかしてさ。あの幽霊みたいな新一君、未来の世界から、何らかのメッセージを持ってやって来たとか?」
「私は、さっきの工藤君は、生き霊だと思うな。蘭とエッチしたくて欲求不満が溜まってたとか」
「おお、それってありそう!」
「いや、あたしは、事故の後遺症で、ドッペルゲンガーが出たんじゃないかと」
「もう!みんな、勝手な事言わないでよ!」
「・・・蘭。あたしらはあたしらで、真面目に考えてんだけどな」
「あ、ご、ごめん・・・」


興味本位風に話している皆だけど、わたしとも新一とも付き合いの長いクラスメイト達だ。
それぞれに、本気で心配してくれているのは、分かる。

ただ、あまりにも、わたし達の想像を超えた事態なので、原因を突き止めようと考えると、とんでもない話になってしまうだけなのだ。


「新一君は、さっきの事、忘れたのかな?」
「いや、さすがの彼も、信じられない事態に、頭がショートして、見なかった事にしたいんじゃないの?」
「ううん、そうじゃなくって。新一は多分、何かを知っていて、隠している気がする」

わたしの言葉に、皆、一斉にわたしの方を見た。

「蘭。マジ?」
「え?う、うん・・・ただの、勘だけど」

新一の事をよく知る私の言葉に、皆が再び顔を見合せた。
心持ち、皆の顔は蒼褪めている。

「蘭。明日、九重高原を通って、由布院宿泊でしょ?」
「う、うん。それが、何か?」
「わたしね、良い神社見つけたんだ。でも、お祓いの為なんて言ったら新一君絶対嫌がるだろうからさあ、グループで観光って事で、強引に連れてったらどうかな?」
「園子。ありがとう・・・本当に調べて置いてくれてたんだ・・・」
「ふふん。この園子様に、任せなさい!」


何のかんの言っても、いつも、わたしの味方をしてくれる園子。
わたしは、心の底から、感謝した。



   ☆☆☆



<side Shin-ichi>


オレは、蘭達の部屋の中で、会話を聞いていた。
今は、蘭にも他の誰にも、オレの存在は分からないようだ。
たぶん、オレの意識がシッカリしているからなんだろう。


蘭が、オレを分かってくれて、オレの名を呼んでくれた。
だから、悪霊となりかけていたオレは、すんでのところで、自分を取り戻す事が出来たんだ。

まあ、前から自覚あったけど。
オレってホントに、蘭がいねえと駄目だよなあ。


オレの心に、「もう1人の蘭」の姿が浮かび、オレの胸は痛んだ。

女は男より基本的に強いから、あの蘭もきっと、オレを失った悲しみをいつか癒して、強く生きて行ってくれるだろうと、思う。
いつかはきっと、別の幸せを見つけてくれる筈だ。

けれど・・・。


おい。
「もう1人の」オレ。
オメーは、「オメーの蘭」をほったらかして、一体、何やってんだよ?



同じ事故で。
こちらは、オレがかすり傷で無事だった世界。
そして、あちらは、オレが死んじまった世界。

どう考えても、「あの事故がきっかけで」、世界がふたつに分かれてしまったとしか、思えない。


そして、そのカギを握るのは、おそらく、あいつ、ヒラサカ姫だ。


ヒラサカ姫。
ふっと、オレの脳裏に浮かんだのは、「黄泉比良坂(よもつひらさか)」という言葉だった。


「まさか・・・とも、言い切れねえよな。そもそも、心霊世界の話は、オレの理解の外だし」



   ☆☆☆



暫く意識がボンヤリしていた所為で、うろ覚えなのだが。
ゴールデンウィーク直前の、帝丹高校修学旅行は、新幹線のぞみ号で博多入りした後、特急かもめ号に乗って長崎まで行き、長崎見学。
その後、ハウステンボスに移動して宿泊、となっていた。
で、今いるところは、ハウステンボスのホテル。

まあ、修学旅行は、結構駆け足旅行が多いものかもしれねえけど、何だかなー。
こういうルートだと、せっかく「ヨーロッパの街風」に作られているハウステンボスも、ろくに堪能する暇もねえだろう。
明日は、朝の結構速い時刻から、移動だしよ。


で、次の日。
今度はバスに乗って、九州自動車道を使って横断する。

今日の宿泊地は由布院。
ダイレクトに行くなら、そこまで遠い訳でもねえけど、阿蘇だの九重高原だのに寄って行くもんだから、やっぱり結構ハードだ。


阿蘇・・・か。
両親に連れられて、アメリカには何度か行った事があるオレも、国内でまだ行った事がねえ場所は意外と多い。
ここに来るのも、初めてだったりする。
「幽霊」になって来る羽目になるとは、思わなかったけどな。

日本は火山列島で、各地に、火山は沢山あるけれど。
この阿蘇山は、「火の国(後に肥国)」という名の興りとなったと言われる、今も噴煙を上げて活動を続ける、大火山。
周りを取り巻く外輪山の広大さは、世界でも指折りだ。


オレの背が、何だかザワザワとしている。
この感覚は・・・いまだもってよく分からねえんだけど、霊的な何かである、らしい。


蘭達のグループは、園子の先導で、阿蘇一の宮からそう遠くない、とある神社へと向かっていた。
あいつ・・・もう1人のオレも、勿論、一緒である。


「ここよ、ここ。すっごい穴場の観光名所だって、書いてあったの!」
「はあ?園子、オメー、ガセネタ掴まされたんじゃねえのか?」

園子に突っ込んでいるのは、あいつだ。
まあ、園子なりの精一杯なのは分かるが、確かに、苦しい言い訳だよなあ。
しかし、それもこれも、蘭と・・・オレの為だ。
そう思うと、オレは、園子に対しても、申し訳ない気持ちになる。


やがて、一行は、古びた神社に着いた。
最近では滅多に訪れる人もいないのだろう、さびれた感ありありだ。

オレの背を、ざわざわとした感じが這い上って来る。
ここに悪霊がいるとか、そういう嫌な感じがある訳ではないのだが、何かを、感じる。


「そ、園子。本当にここが、そうなの?」
「う、うん・・・一応、霊験あらたかな神社を調べたら、ここだったんだけど・・・」
「霊験あらたかな神社?・・・園子、縁結びの神様なら、京極さんがいるから、もう要らねえんじゃねーか?」
「うっさいわねー!もう、人の気も知らないで!」


苔むした鳥居をくぐり抜け、境内に入ると。
そこに、ご祭神が書かれた立札があった。


「四方津彦」
「比良佐嘉姫」


比良佐嘉姫・・・ヒラサカ姫?
まさか、あの悪霊は、ここのご祭神で、元々は女神だったと言うのか!?


元は神として祀られていた存在が、悪霊と化す例は、ないでもないらしい。


「しほうつひこ?」
「よも・・・よもつひこって、読むんじゃないの?」
「何とか姫の方は、何て読むんだろう?」
「そもそも、何の神様な訳?」
「あはは、わたしも、そこまでは・・・」


蘭が、社殿の方を見て言った。

「ここは、空っぽ。誰もいない」

皆が一斉に蘭の方を向いた。

「蘭!?それって、どういう?」
「えっ?わたしも・・・わかんない。何か、口をついて出て来たんだけど・・・」


蘭が、戸惑っていた。
オレは、不意に気付く。
今迄は、何も分からなかったが・・・蘭の背後に、何かがいる?

嫌な存在という感じはしない。
だが。
霊体となり、一時は悪霊と化しかけたオレにさえも、今迄その存在を感じさせなかった何かが、蘭の背後に憑いている!?

今、オレの意識がクリアーになっているのは、蘭がオレの名を呼んでくれた事が一番なのだが。
蘭の背後の存在が、蘭に力を貸しているようだ。

一体、何者だ!?
しかし、その存在は、すぐに気配を閉ざしてしまった。


園子は、ここまで来たものの、何をどうしたら良いのか分からねえ様子で。
結局、一行はお賽銭を上げてお参りをし、そこを後にした。


さて。
あいつは・・・もう1人の「オレ」は、一体、どこまで分かっているのだろうな?
おそらく、もう思い出していると、踏んでいるんだが。


阿蘇を出発した一行は、九重高原を通り、今夜の宿・由布院へと近付いて行く。
宿に到着した頃は、既に日も暮れかけていたが。
そこは高校生、修学旅行で、宿で大人しくなんぞしている筈もない。

それぞれに、町中に散って行く。

「蘭。金鱗湖の方に行ってみない?」
「わたしは良いけど。新一はどうする?」
「オレはパス。夕飯前に湯にでも浸かってくるよ」


修学旅行の一行が泊まる宿は、風呂から由布岳がよく見える。
豊後富士と呼ばれる由布岳は、いわゆる富士山型ではねえけど、秀麗な姿をしている。

まあ、今のオレは幽霊だから、風呂にも長い事縁がねえけどよ。

オレ自身の裸を見ても、面白くも何ともねえので、オレは蘭達の一行の方へと向かった。
あ?
・・・たとえ幽霊になってても、オレが蘭の入浴姿を、勝手に見る訳ねえだろ!
見たいのは山々・・・あ、いや、その・・・。


「金鱗湖って名前だから期待したのに、何よこれ〜!」

ぶーたれているのは、園子だ。
金鱗湖は、脇に温泉が湧いている小さな湖で。
夕日を受けて光る様があまりにも美しいから、金鱗湖と名付けられた・・・と言う割には、正直、しけてるよな。

「蘭?」

蘭が黙って水面を見詰めているので、園子が声をかける。

「え?何?園子。ええっと・・・ここは確か、無料の温泉施設があるんじゃなかったっけ?あ、ほら、あそこ!」
「もう!やっぱり、聞いてないんだから」
「ごめん・・・」
「新一君の事が気になるんだったら、宿に残っておけば良かったのに」
「うん・・・でも・・・」


蘭の瞳が揺れる。

蘭には、あいつが「ホンモノの」工藤新一である事は、重々分かっている筈だ。
そして、幽霊として現れたオレも、「ホンモノの」工藤新一であると認識しているのだ。


だから、あいつとどう対応したら良いのか、分からなくて戸惑っているのだろう。



   ☆☆☆


夜中。

オレは、眠る蘭の元を訪れた。


「蘭。蘭。聞こえるか、蘭」


寝起きが悪い蘭だけれど、うっすらと目を開け、体を起こす。


「届いてるね♪オレだよ、新一だ」
「どうして・・・どうしてなの。新一?」

蘭の瞳が、戸惑いに揺れている。


「オレを、信じてくれ、蘭。力を貸して欲しいんだ」

蘭が、オレを見て、微笑んだ。

「分かった。信じるよ、新一」


蘭の表情と言葉に、オレが歓喜したのは、言うまでもない。

さあ。
決戦だ!



(5)に続く


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<後書き>


オリジナル部分を入れたので、やっぱり、全5話になりました。
一応、次が最終回です。

元ネタでは、主役2人に関わって来る霊が「1人」なんですけど。
蘭ちゃんは普通の人間の女の子である為、そのままではどうしようもなく、もう1人、登場させる必要がありまして、でっちあげました。
その存在は、元は神話から取っていますが、ほぼオリジナルに近いです。

(3)「二つの世界」に戻る。  (5)「迷路の出口」に続く。