re-start第Ⅰ部　Present time（１０）過去への扉

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（１０）過去への扉

新一に送られて家に帰りついた時、お父さんとお母さんは、まだ家に帰っていなかった。

「新一。よかったら、あがってお茶でも飲んで行って？」
「ああ。今日は、おじさんおばさんと一緒に話をしないといけないと思うから、待たせてもらうよ」

わたしは、コーヒーを淹れにキッチンに立った。
こらえていた涙が零れ落ちる。

わたしの胸に、何かがつかえている。
でも、その正体がよくわからない。

わたしが、あの写真を見つけなければ良かったのかな。
でも、だとしても、わたしが16歳になったら、全てを話すつもりだったみたいだし。

わたしは……わたしの過去を知って良かったと思うけど、でも、新一との関係を終わらせようなんて、考えもしなかった。

今になって、知る。
新一が何故、わたしに、キス以上のことをしなかったのか。
それは、いつか２人の関係が終わるかもしれないって、新一が思っていたからだ。

わたしは、コーヒーを新一の所に運ぶ。
そして、向かい側に腰かけた。

「ねえ、新一」
「ん？」
「もしかして、わたしのこと……憎んでる？」
「はあ！？」

新一が、口をつけようとしていたコーヒーを慌てて置いて、立ち上がり、わたしを見た。

「な、何で！？」
「だって……だってわたしは……あなたの蘭を奪った存在だから……」

自分でも、理屈に合わないことを言っていることは、分かってる。
元の蘭が薬を飲まなかったら、遠からず、命を落としていた。
だから、わたしが今ここにいようがいまいが、どのみち、新一の恋人だった蘭の存在は、失われてしまっていた。

でも、失われた蘭の代わりに今ここにいるわたしに対して、新一は一体、どういう思いを抱いていたのだろう？
新一はいつも、わたしを突き抜けて、誰かを見ていた。
その誰かは、失われた蘭……。

新一が真っ直ぐにわたしを見据える。
強い眼差し。
でも、そこにある意味は読み取れない。

「たとえ体が縮んでも、記憶が失われていても。お前は、毛利蘭だ。別の存在なんかじゃない。20歳の誕生日を迎えた蘭も、今のお前も、オレは等しく愛している！」

新一がわたしを見つめる眼差しは真剣そのもので、そこに何の誤魔化しもないことは、分かった。

「オレは……蘭が生きていてくれて、良かった……たとえどんな姿でも……」
「ごめんなさい。ありがとう」

わたしは、そう言うしかなかった。

わたしの新一への気持ちを、信じて欲しいと言う前に。
わたしが、新一からの深い愛情を、きちんと受け取っていなかった。
ずっと、新一にとってわたしは、亡くなった恋人の代わりだって、思い込んでいた。

新一はずっとずっと、変わらない愛情を「わたし」に注ぎ続けていてくれたのに。

でも、だったら、何故？
今になって、わたしの気持ちを疑うの？

……薄々は、分かっていた。
わたしにとって新一はずっと、幼馴染の親しい男の子で、恋する相手ではなかった。
前のわたしが新一に「恋をした」のは、失われた時間・失われた記憶の間での事。

もしかしたら、新一にはそれが分かっていて。
その頃の記憶がないわたしが、本気で新一を好きになる筈がないって、考えているのかもしれない。

「ねえ。写真に写ってたコナン君？って、誰？新一に似てるけど。弟ってことは、ないよね。もしそうだったら、わたしが縮んだ後も会ってる筈だし」
「ああ。そういや、コナンの事は説明してなかったか。あれは、オレだよ」
「えっ！？えええっ！？」
「何で驚く？」
「だ、だって、あれって……７歳くらいの子ども……」
「だから！宮野が開発した薬を飲んで、小さくなったんだよ！」
「えええっ！？」

わたし自身が、小さくなったという話を聞かされた時より、新一が一時期小さくなってたという話を聞いた今の方が、ずっと信じられなくて驚いてしまっていた。

そのあと、新一の長い長い説明があった。
薬の開発者である志保先生と新一とは、その頃からの関わりだったということも、分かった。

「じゃあ、新一は、体は縮んでも記憶があったのね？」
「ああ。オレが飲まされたのは、神経系統だけはそのまま、ってヤツだったからな」
「わたしに、それと同じ薬は、使えなかったの？」
「いくつかの理由で無理だった。作用機序が全く違う。薬を飲んだ時の生存率が低い。第一、体の中の腫瘍細胞がなくなってしまう訳じゃないから意味がない。宮野の説明によると、蘭が飲んだ薬は、タイムマシンで巻き戻すごとく、体の状態を数年前に戻すものだそうで。究極の不老不死薬研究の途中でできた、いくつかの試作品のひとつだそうだ。オレが飲まされたのも、試作品の一つだったけど」
「そ、そうなんだ……」

わたしの場合、記憶が残ったまま、子どもに戻ることは、できなかったんだ。

それでも。
蘭は、わたしは……生き延びる道を選んだ。
それは正直、不思議な事だった。

死にたくない、生きていたい。
その気持ちは、重々分かるような気がするけれど。
それでも、わたしが、「記憶がなくなることを承知の上で、子どもに戻る道を選んだ」ことは、どうしても違和感が拭えなかった。

　　　☆☆☆

お父さんとお母さんが帰って来て。
志保先生も呼ばれて。

色々と話をした。

その時の「わたし」は、志保先生から「巻き戻しの薬」の話を聞かされて。
新一にも両親にも相談することなく、その薬を使ったのだということだった。

「そりゃ、驚いたけど。勝手に話を進めた宮野先生を恨みもしたけど。でもね、蘭の存在が失われることを覚悟していた私達は……どんな姿でも記憶が失われても、蘭が生きててくれて、本当に良かったと思っているのよ……」

お母さんが涙を流して言ったことに、お父さんも、そして新一も、大きく頷いていた。

「わたし……わたしの記憶にない、１０年間のことを、知りたい……」

わたしが思わず発してしまった言葉に、お父さんとお母さん、そして新一も、お互いの顔を見合わせた。

「わたしが、何を見て何を感じて、何を思って過ごしていたのか……知りたい……」

自分でも、無理なことを言っているのは分かってる。
それを知っているのは、過去のわたしだけだ。

すると、お母さんが言った。

「蘭の部屋は、そのままにしてあるのよ」
「えっ！？」
「蘭が20歳になるまで過ごしていた部屋。蘭の子どもの頃の物だけは持ち出して新しい家に持って行ったけど、他はそのままに置いているわ。あそこは、誰にも貸していない。時々、私や新一君があの家に行って空気の入れ替えをしたり掃除したりしてるの。行ってみる？」

わたしは、大きく頷いた。

　　　☆☆☆

新一が元の毛利探偵事務所を使っているのは、元の毛利邸を管理する意味もあったのだろう。
杯戸町への引っ越しは、近所の人に詮索されることを恐れる以上に、わたし自身が理解できるようになるまで、白紙の状態でわたしに過ごしてもらう配慮だったんだ。

先ほど新一に送ってもらった道を引き返す。
そして、数年ぶりに、わたしは毛利邸の玄関を開けた。

10歳のわたしの記憶とは、家具の配置とか置物とか、細かな部分が色々と違っている。

「わたしの部屋」に、入った。
お父さんとお母さんは一緒に入らず、新一だけがついてきた。

見知らぬ「わたしの部屋」。

この部屋にあるほとんどが、知らない筈なのに、違和感がない。
懐かしいというのとも、ちょっと違う。
何だか……馴染んでる？

机の上には、ツーショットの写真が飾られていた。
今のわたしが知らない、帝丹高校の制服を着た、新一とわたしの写真。

「それは、帝丹高校の卒業式の日に撮った写真だよ」
「新一……」
「進路は別になるけど、ずっと一緒にいようって誓った……」

わたしはもう一度写真を見る。
新一もわたしも、屈託なく笑ってる。
その頃は２人とも、どんな未来が待っているかなんて、予想もしてなかったんだろう。
わたしの胸の奥がきゅーっと締め付けられるように痛む。

「新一」
「うん？」
「新一にとっても、お父さんお母さんにとっても、わたしはわたし、同じ、毛利蘭だって、言ったよね？」
「……ああ……。」
「わたしは……わたしが、同じ存在だって言い切るのに。どうして新一は、わたしの気持ちを信じてくれないの？」
「……蘭がオレのことを、異性として意識するようになったのは、高校に入ってからだって、言ってた」
「！」

わたしは、目を見開いて新一を見詰めた。

新一は、知っていたのだ。
子どもの頃のわたしは、新一にまだ恋をしていなかったことを。

「でも……わたしは……」
「蘭。急いで答を出そうとしなくて、いいから……」

わたしはまだ、元のわたしが新一に恋をした年齢に達していない。
でも、今のわたしは、新一のこと……。
ハッキリと自分で自覚があるのに、それを新一に伝えられないのが、もどかしい。

新一が出て行って、わたしは１人、「わたしの部屋」を見回していた。
クローゼットには色々な服が入っているけど、やっぱり同一人物、今のわたしの好みにも合っている。
ただ、流行遅れになってしまっているのは否めない。

本棚には、10歳以降のわたしが読んだであろう本。
今のわたしが持っているのと同じものも、少しある。

ふと、本棚の手の届きやすい場所に、ノートらしい薄い冊子が挟まっているのに気付いた。
取り出してみると、やっぱりノートで。

表紙には
「未来のわたしへ」
と、書いてある。

わたしは、震える指で、ノートをめくった。

re-start　第Ⅰ部　Present time　了
第Ⅱ部　Bygone days　に続く

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予告していた通り、第Ⅰ部は終了です。
話自体は、全く終わっていませんが。

第Ⅱ部は、過去の話になります。

2014年12月13日脱稿

　　