re-start第Ⅰ部　Present time（３）中学校の入学式

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（３）中学校の入学式

「……この前の健診結果は、特別異常はなかったわ」
「ありがとう、志保先生」
「どういたしまして」

わたしの主治医は、まだとても若くて綺麗な、宮野志保先生。
先生は、わたしが目覚めるちょっと前に、わたしの主治医になったんだって。

わたしは、病気だって診断されて、コールドスリープに入る辺りの記憶が、全く残っていない。
小学校に普通に通っていたある日から、突然記憶が中断している。
わたしの最後の記憶は、新一がお金の入った袋を見つけてくれたこと。
なので、当時診察してくれていた筈の先生達のこと、全然知らない。

「蘭さんはコールドスリープに入る前、すでに、意識も朦朧（もうろう）としていたそうだから……」

多分、わたしは、新一がお金を見つけてくれた事件のすぐ後に、倒れて、そのまま意識がなくなって……病院にずっといたんだろうって思う。
手の施しようがなくって。
わたしは意識がないままコールドスリープされて、クラスメート達には「蘭は死んだ」って説明されたんだろう。

「ねえ。先生って、いくつなの？」
「あら。女に歳をきくものじゃないわよ」
「だって……ベテランのお医者様の筈なのに、すごく若いなって思うもん」
「23歳よ」
「えっ？」

わたしは指折り数えてみる。
新一と園子は22歳で、今年大学卒業した。
確か医学部って、普通の学部より2年長い筈だし、それに卒業したら研修受けないといけないんじゃなかったっけ？
どんなに早くても、23歳なら、まだ学生じゃない？
ベテランのお医者様なら、若くても30近い筈。

「日本の医学部に行ったのなら、私はまだ学生よ。私はアメリカの学校に行ったから」
「そ、そうなんだ……」

アメリカの学校にはスキップ制度ってのがあるって聞いた事あるけど、それができるのって、成績が良い人だけだよね。
志保先生って、ものすごく勉強できたんだなー。

「新一達と、１歳しか違わないんだ。だったら……わたしが倒れた頃って、志保先生もまだ子どもだったってこと？」
「……まあ、そういう事になるわね。いかに私が天才少女でも、さすがにその頃、蘭さんの主治医にはなることは無理だったわ」

その時、診察室のドアが開いた。

「蘭」
「あ、お母さん！」

お母さんはとても忙しいけど、こうやって時間を取って病院に迎えに来てくれたりする。

ただ……お母さんが志保先生を見る目が少し険しいのが、気になってる。

「蘭は、どう？」
「今のところ、異常なしです」
「そう……」
「ただ……蘭さんももうすぐ13歳。蘭さんから採取した細胞で、ＩＰＳ細胞を作製する準備を行っています」

お母さんの目がすっと細められた。

「宮野さん。あなたが蘭の命を救ってくれたことには、とても感謝しているわ。でも、親である私達に内緒で勝手に事を進めた件、私は今も許していなくってよ」
「お、お母さん……！」
「許してもらえなくても、無理ないと理解しています」
「今もそう。検査のための採血だった筈なのに、そこから細胞を取って使うなんて……勝手にそんな事しないでくれる？」
「……申し訳ありません。ですが、今の内に骨髄細胞を作ってストックしておく意味はあると思っています。お許しいただけませんか？」
「事前に相談してくれるなら、ダメとは言わないわ。私が腹を立てているのは、昔も今も、秘密裏に勝手に事を進めることに対してよ！」

お母さんはそのまま踵を返して、部屋を出て行く。
わたしが振り返ると、志保先生は頭を下げていた。

「志保先生……」
「蘭！行くわよ！」

お母さんがわたしを引っ張って廊下に連れ出した。

「お母さん！何で、何で、先生にあんな態度なの！？」
「……蘭……」
「だって！わたしが倒れた頃って、志保先生だってまだ子どもだったんだから！先生を責めるの、おかしいでしょ!?」

お母さんはわたしを振り返ると、辛そうに眉を寄せた。
そしてわたしは、お母さんから抱き締められる。

「お母さん？」
「……ごめんなさい……蘭を助ける為に、ああするしかなかったって、仕方がなかったって、わかっているの……私は母親なのに、蘭が病気だって気付いてあげられなかった……なのに、今の主治医のあの人に八つ当たりしてしまって……ごめんね、蘭……」

お母さんの震えが伝わって来て、わたしは黙るしかなかった。
わたしが病気になった事で、みんなに辛い思いをさせたんだって、改めて思う。

お母さんは、意地を張ってお父さんとの別居を続けたことで、わたしの病気に気付かなかったって自分を責めてる。
お母さんだけじゃない、お父さんも新一も園子も、みんなして、わたしの具合が悪いのに気付かなかった、わたしの病気に気付かなかったって、自分を責めてる。

でも、きっと、一番悪いのは、わたし。
具合が悪くても、平気なふりをしてしまう、わたし。
きっとそれで、わたしが病気になっても、すぐには判らなかったんだ。
そこら辺は、覚えてなくても見当がつく。

「お母さん。わたし、今度から……具合が悪い時は、我慢しないでちゃんと言うから……」

わたしはやっと、それだけを言った。
お母さんは少し悲しげに微笑んで頷いた。

　　　☆☆☆

わたしは、杯戸中学の真新しい制服に身を包んだ。
数年前にイメチェンしたという制服は、結構かわいいって評判だ。

「あれ？中学の制服って、セーラー服じゃねえのか？」
「あなた……！蘭、よく似合ってるわよ」

お父さんが戸惑ったように言って、お母さんがお父さんを小突きながら笑顔で言った。

「うん、何年か前に、制服、変わったんだって」
「お、そうなのか」
「最近は、学ランもセーラー服も、減ったわよね」

10年の時の流れは、すごい。
コールドスリープ前のわたしが見ていた中学生たちと、今の中学生たちは、やっぱりどこか、違う。

ただ……何でだろう？
お父さんもお母さんも、わたしを通して、何だか遠くを見ているような気がするのは……。
やっぱり、本当だったらわたしが中学生になる筈だった10年前の事を思い浮かべているのかなあ？
そして、10年前の帝丹中学の制服を着たわたしを、想像しているのかな。
新一や園子と一緒に迎えたはずの、中学の入学式を……。

入学式の日。
新一が家の前で待っていたので、ビックリした。

「おじさん、今日はオレが蘭を中学まで送ってっても良いですか？」
「……探偵坊主、入学式に出席でもする積りか？」
「いや、保護者じゃないし、そこまでは」
「ふん。オレと英理は後で行く。中学の通学位自分の足で行くもんだが、まあ今日くらいは甘えさせてもらえ」

お父さんの許しも出て、わたしは新一の車に乗り込んだ。

「新一、今日、お仕事は？」
「自営業だからな。夜中でも仕事がある代わりに、多少、時間の融通は利く」
「そうなんだ……」

新一のお仕事は、お父さんと同業の私立探偵。
確かに、サラリーマンのような時間で区切られた仕事ではない。
新一は学生時代から探偵として活動していたけど、大学を卒業して、正式に開業したそうだ。

わたしは、そっと新一の横顔を見やる。
精悍な顔をした大人の新一……何度見ても、慣れる事はない。

「……制服、セーラー服じゃねえんだな」
「みんな、同じ事言うのね」
「いや。もし、園子やオレ達と一緒に進学してたら、セーラー服だったなって思ってよ」

不意に、わたしの頭に浮かんだ光景は、学ラン姿の新一やセーラー服姿の園子と一緒に帝丹中学に通う風景。
もしわたしが病気にならなければ、そうなった筈の光景。

「新一たちと一緒に中学に行きたかったな……」
「……ああ。そうだな。でも、これから、蘭の新しい未来を作って行けば良いさ」
「……うん……」
「もし、蘭の未来にオレがいなくても、蘭が幸せなら……」
「……新一？」
「何でもねえ。お前は今から、何でもできるんだから」

新一といい園子といい、時々謎めいた言い方をするのは、何でだろう？

「なあ、蘭」
「ん？何？」
「空手とか、したいと思わねえのか？」
「……何で？」
「いや。蘭は運動神経良いし、何かスポーツとか護身術とか……」
「それで、お父さんと同じ柔道なら分かるけど、何で空手？」
「あ、いや……その昔、杯戸高校に、蹴撃の貴公子と呼ばれた空手選手がいてな……」
「って、園子の恋人の京極さんでしょ！？」
「あ、ああまあ、そういやそうだったか……って、蘭、何か気を悪くしたのか？」
「べっつにー。園子にも言われたんだよね、空手、やんないの？って」
「……冗談抜きで、何か護身術はやってた方が良いぞ。でないと……」
「でないと……？」

新一が車を止めた。
もう、杯戸中学とは目と鼻の距離なのだ。

「蘭。オメーは、可愛い」
「えっ！？」

突然、そんな事を言われて、わたしは頬が染まった。
見ると新一も真っ赤になっている。

「これから、もっとずっと可愛くなる。オレは傍にいてやれない。だから……自分の身を守る術を持った方が良い」

真剣に、真顔で言われて、わたしはドキドキしていた。
子どもの頃は絶対、こんな事、言う人じゃなかったのに。
でも、それが、大人になったという事なのかな？

「もう！子ども相手にお世辞言うなんて、新一もオジサンになっちゃったよね！」
「……オメーなあ。その憎まれ口は相変わらずだよな」

新一が苦笑する。
でも、その目が何だか優しくて、わたしは胸がきゅーっとなって涙が零れそうになって、慌てて目を逸らした。

中学校の門の前で新一は車を止めた。

「蘭。これ、入学祝い」
「え……？」

新一から手渡されたものを見て、わたしは目を見張る。
スワロフスキーのペンダントだった。

「制服の下につけとけよ」
「で、でも……！」
「さして高いもんじゃねえから、気にすんな。ただ、それは仕掛けがあって、いざとなったらオレに連絡ができる」
「え……？」
「蘭からのＳＯＳがあったら、すぐに飛んでいく」
「新一……」
「危なくなったら、必ず、オレを呼べよ」

わたしが頷くと、新一は微笑んで、わたしの首にペンダントを掛けてくれた。
わたしはそっと、制服のブラウスの内側にそれを仕舞う。

そして、新一はわたしを下すと、そのまま仕事に出かけてしまった。
わたしは車を見送る。

早く、大人になりたい。
……でも、わたしが大人になるより先に、新一には新しい恋人ができるかもしれない。
そう考えると、また胸が痛み始める。
わたしは頭を横に振って、中学校に入り、体育館へと向かった。

入学式では、同じ小学校の子とも再会して、楽しかったけど。
新一たちと一緒じゃないのは、やっぱり寂しい。

入学式の間中、わたしは新一の事を思い浮かべて、ドキドキしていた。

（４）に続く

　　