re-start第Ⅰ部　Present time（４）初めての口づけ

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（４）初めての口づけ

わたしは、そっと胸元を抑えた。

制服の内側には、新一から贈られたペンダントが、掛かっている。
一見、何の変哲もないペンダントだけど、いざという時にボタンを押すと、新一に連絡ができるようになっているんだとか。

新一が真剣にわたしを案じ、守ろうとしてくれているのは間違いない。
嬉しくて、でも同時に何故か切なくて……泣きそうになる。

入学式の後、わたしは小学校から一緒の初音と、グラウンド脇に立って部活の人達を見ていた。

「ねえ、蘭。部活、どうする？」
「そうねえ……」

初音に言われて、わたしは考え込む。

体を動かす事は好きだし、何かスポーツはやってみたい。

園子がやっていたというテニスとか。
あるいは、バレーボールとか。

バスケットは、杯戸中学に部活がなかったけど、ハンドボール部ならあった筈。

サッカーは……うーん、男子サッカーチームならあるけど、女子サッカーの場合には、どこかのクラブチームか……。
でも、学校の部活以外のクラブチームへの参加までは、正直考えていない。
第一、クラブチームは、幼い頃からやっている子達ばかりだし、中学になって始めようかというわたしが入るのも躊躇われる。

「色々見て回って決めよっか」
「うん」

グラウンドを一回りした後は、体育館や道場の方に足を向けた。

杯戸高校は、レスリング・ボクシング・柔道・合気道・空手といった格闘技の部活も盛んだ。
中でも、空手は、園子の彼氏……ううん、今は婚約者の京極真さんが、超一流の空手家で、この杯戸中学の出身だったから、全国でも指折りの強豪だ。

柔道はお父さんがやっていたから、少し興味があったけど。
空手も、良いかもしれないと思う。

「蘭はやっぱり、空手をやりたいの？」
「え？」
「だって、すごく良い顔で見てるよ」
「そ、そうかな……」
「ごめん。わたしは、格闘技って、ちょっと無理だからさ。蘭が空手部に入るなら、部活は別になっちゃうね」
「初音……」
「でも、応援するから」

初音は、小学生時代からの仲良しだけれど。
わたしにとってはやっぱり、小学校に入学したての頃から仲良くなった園子の方が、馴染みが深い。
もし、園子と一緒に中学に行ったのなら、一緒にテニスをやったりしたのかなってちょっと考えたけど。
何だか、園子とわたしの場合は「何でも一緒」の友達って感じにはならなかったんじゃないかとも、思う。

新一にも園子にも両親にも、空手を勧められて、何となく反発していたけど。
わたしってもしかしたら、空手が好きなような気がする。
でも、不思議だ。
少なくとも、10歳になるまでと、コールドスリープから目覚めた後とは、空手との接点は全くなかった筈なのに。
どうして、組手を見ていると、体がうずうずして来るんだろう。

「はあっ！」
「ら、蘭!?」

わたしは突然、板壁に向かって拳を繰り出していた。
何となく、できそうな気がしてしまったのだ。
でも。

「あいたああっ！」
「もう、蘭！何やってんのよ。素人がいきなりそんな事やったら、怪我するに決まってるでしょ！？」
「そ、そうだね……見た目ほど簡単じゃないのは、当たり前だよね」

わたしは初音に苦笑いして見せた。
自分でもバカな事したって思う。

「あれ？入部希望者？」

突然、組み手をしていた上級生から、声を掛けられた。

「あ、い、いえ……今、考え中です」
「そう。伝説の蹴撃の貴公子京極真さんが指導に来る事があるから、入部して絶対損はしないわよ」
「そうなんですか！」
「でも、すごいラブラブの彼女がいるらしいから、遠くから憧れるだけにしておいてね」
「それは、大丈夫です！」

だってそのラブラブの彼女は、わたしの親友ですものという言葉は、心に飲み込んだ。

そっか。
京極さんがコーチに来るのか。
でもそうすると、別の意味で悩んじゃう。

コーチの相手が全く知らない女の子なら、園子はきっと気にしないだろう。
でも、わたしが京極さんのコーチを受けたら、面白くないんじゃないかな？

……って、わたしはまだ12歳の子どもだもん、そんな心配も要らないか。

　　　☆☆☆

初音と一緒に下校して、途中で別れる。
土手道を歩いていると、声を掛けられた。

「君、１人？俺達と遊ばない？」

見ると、高校生くらいの男の人が、数人いた。
わたしは思わず後退る。

「こいつ、まだガキじゃねえか」
「いやいや、発育は良さそうだし、結構楽しめるもんだぜ」
「なかなかに可愛い顔をしてるしな」
「男を知らない体を仕込むのもオツなもんさ」

わたしは男の人達に背を向けて走り出した。
足には自信がある方だ……けど、男の人の体力には敵いっこない。
わたしは逃げながら、胸のペンダントのスイッチを押していた。

追いつかれ、腕を掴まれ、強引に引き寄せられた。
わたしを拘束する腕と汗臭い体の感触が気持ち悪い。
わたしは顔を背けようとするけど、顎を掴まれて顔が近づき、ぞっとした。

「いやあっ！新一ぃっ！」

必死で助けを呼ぶと、それに呼応するかのように何かがすごい勢いで飛んできて、わたしを拘束していた相手の顔にめり込み、吹っ飛ばしていた。

転がって行くサッカーボール。
わたしは思わず、ボールが飛んできた方角を見た。
そこに、求めている姿があって、わたしの目は涙でかすんでしまった。

わたしを引き寄せた男の人はその場に昏倒し。
他の人は、やばいと思ったか、逃げ出していた。

わたしは、膝ががくがく震え、立っていられなくなったところを、抱き止められた。

「新一ぃ」

縋りつくわたしを、新一は軽く抱き止めると、一旦体を離し、わたしを横抱きに抱え上げる。

「し、新一？」
「あっちに車を置いてっから」

新一がやや切羽詰った声で言って、わたしを抱えて連れて行く。
わたしを軽々と抱き上げる力強さに、やっぱり大人の男の人なんだと改めて思う。

わたしは、新一の家に連れて行かれ、新一がコーヒーを淹れてくれた。
新一は、わたしの向かい側のソファーに腰掛けた。

わたしのために、ミルクと砂糖をたっぷり入れた、温かいコーヒー。
ようやく、人心地つく。

「新一」
「ん？蘭、どうした？」
「わたし……空手、やる事にする」
「そうか」
「自分で自分を守れるようになりたいもん」
「ああ。そうだな。蘭ならきっと、強くなれる。でもな。必要な時は助けを求めるのを、忘れるなよ」
「うん……」

新一が、気遣わしげにわたしを見る。
わたしの中で想いが渦巻き、出口を求めて荒れ狂っている。

「ねえ。新一」
「ん？」
「あのね……隣に、座ってもいい？」

新一の目が一瞬点になった。

「い、いいけど……」

わたしは、向かい側のソファーに移動し、新一の隣に腰掛けた。

「蘭？」

新一がわたしを覗き込む。
新一の気配が傍にいるだけで、安心できる。

わたしは別に、男の人が嫌いとかじゃないと思うけど。
さっき、あの男の人達に抱き寄せられ顔が近づいて来た時は、すごく気持ち悪かった。

男の人に触れられるのは、嫌だ。
でも、きっと、新一だったら大丈夫。
ううん、新一だったら、嬉しい。

わたしは、新一を真っ直ぐに見て、必死に言葉を絞り出した。

「新一……キス……して……」
「……ら、蘭！？」

普段だったらこんなこと、言えなかった。
でも、その時のわたしは、あの気持ち悪さを何とかそそいで欲しくて、必死だった。

「わたし……初めてのキスは、新一がいい……」

わたしが目に涙を溜めて必死で言い募ると。
新一は目を丸くした後、優しく微笑み、わたしの顎に手を掛けて持ち上げた。

新一の顔が近づき、わたしは目を閉じる。
唇にそっと、温もりが触れた。

かすめるようにすぐに離れた温もりに寂しさを覚えていると、わたしの体は力強く拘束され、もう一度、唇に温もりが降りてきた。
甘い衝撃が体を駆け抜ける。
わたしの目から涙が溢れて落ちた。

13歳にもならないわたしには、まだ早いって言われるかもしれないけど。
でも、またあんな男たちに迫られて、助けも来なくて、ファーストキスを奪われてしまうのは、絶対に嫌だ。

よかった。
初めてのキスの相手が新一で。
わたしは新一の事が好きなんだって、改めて自覚する。

新一の胸に頭をもたれさせて、わたしは言った。

「新一……ありがとう……」
「蘭」

新一が、わたしの髪を優しく撫でてくれる。
安心できて、でもドキドキする、新一の腕の中。
でも、本当はこの場所は、わたしのものじゃない。
新一には、今も想っている女性がいるってこと、忘れちゃいけない。

「もし、わたしが新一と一緒に時を重ねてたら、わたし、新一の隣にいられたのかな……」

言ってしまって、後悔した。
きっと、わたしの出る幕なんか、なかっただろうって思う。

「ごめん！今の、聞かなかった事に……」

わたしの言葉は、途中で、新一の口付けで遮られた。
長く甘い口付けに、わたしの頭は真っ白になる。
ようやく解放されると、新一はわたしの目を熱い眼差しで覗き込みながら、間近で囁いた。

「蘭。オメーさえよければ、これから先ずっと、オレはオメーの隣にいたいと思う。それじゃダメか？」

わたしは思わず首を横に振った。

「ううん、嬉しいよ。でも、いいの？その……新一には……」

新一は、亡くなってしまった恋人の事、今も想っているのじゃないの？
新一はわたしを熱い眼差しで見つめているようで……その眼差しはわたしを突き抜けて遠くを見つめている。

「蘭。今のオメーが16歳になったら、全部、話すから」
「新一？」
「オレの……17歳から20歳まで恋人だった女性の事も含めて、何もかも」
「う……うん……」
「蘭がオレの事を好きでいてくれる間は、オレはぜってー、オメーから離れない」
「新一……」
「オメーが16歳になった時、話を全部聞いて、それでもオレの傍にいることを選んでくれるなら、その時は……オレの嫁さんになってくれ」

わたしは息を呑んだ。
色々と条件付きだけれど、これってプロポーズに、なるのかな？

新一が、わたしを想ってくれているなんて、自惚れてはいけない。
新一はきっと、亡くなった人との事を思い出にして未来に向かおうとしているんだ。
だから、わたしの想いに応えようって考えてくれたんだ。

私は大きく頷いた。

「うん。その時は、新一のお嫁さんにして」
「ありがとう、蘭」

新一が優しく微笑み、また顔が近づいてきて、わたしは目を閉じる。
幾度目かの口付けが、わたしの唇に降りてきた。

中学校に入学した日。
わたしは新一と、恋人同士になった。

（５）に続く

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このお話での蘭ちゃんの同級生・初音ちゃんは、Ｃジェネの初音さんとは、全く関係ありません。
たまたま同じ名前になってしまっただけで。

そして、
中学１年でまだ１２歳の蘭ちゃんと、２２歳大人の新一君と、初チュウ＆カップル成立。
ここらへん、悩んだんですけどね。
でも、２人とも、あんまり待たせるのは、可哀想だと思ったんで。

第１部のどこかで、西の探偵とその彼女を出そうと思っています。

　　