re-start第Ⅰ部　Present time（５）一生の友だち

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（５）一生の友だち

「毛利さん、好きだ。付き合って欲しい」

校舎の裏で告げられた言葉。
わたしは、一瞬息を呑んだ後、深々と頭を下げる。

「ごめんなさい。わたし、付き合っている人がいるから」

時々訪れる告白の時。
わたしはいつも、わたしに恋人がいることを告げてお断りしていた。

もしわたしが新一と付き合ってなかったとしても、わたしは断っていただろう。
何があろうと、わたしの新一への想いは揺るがない、その確信があるから。

でも、今のわたしは……もしかしたら気持ち的には片思いのままなのかもしれないけれど、それでも、新一とお付き合いしているのは事実だから。
堂々と、「お付き合いしている人がいる」と告げて、断っている。

新一と「恋人同士」になってから、早２年。
わたしは、中学３年になっていた。

新一は、元々優しかったけど、恋人同士となってからは、もっと優しくなった。
忙しい合間を縫って、できる限り、わたしと過ごす時間を作ってくれる。
トロピカルランドは年に数回必ず行く場所になったし。
水族館・動物園・テーマパーク・映画、何度もデートを繰り返した。

新一の家に行って過ごすことも、多くなった。
新一のご飯を作ったり、一緒にご飯を作ったり、掃除したり洗濯したり……別に、新一に頼まれている訳じゃないけど、新一は無理してしなくて良いって言ってくれるんだけど、わたしが見るに見かねてやっちゃってる。

「独り暮らしの男としては、まだマシな方だと思うんだけどな」
って、新一は言っているし、多分、その通りなのかもしれないと思うけど。
わたしが、そうしたいって思ってしまうの。

「それって、いわゆる便利な女ってヤツなんじゃないの？」
と、初音からは言われてしまった。

あとは。
新一が調べものをしている傍で、学校の勉強をしたり。
時々……ううん、かなりの頻度で、新一に勉強を教えてもらったり。
新一の家の大きなテレビで、レンタルビデオの映画を見たり。

同じ空間で一緒に過ごすだけで、満ち足りて幸せ。
そういうことを、繰り返していた。

　　　☆☆☆

杯戸中学は、私立の小中高一貫校で、学校給食がない。
わたしはいつも、自作の手弁当。
新一にも同じ弁当を作って、朝、届けてあげる事が多い。

昼休み、椅子を持ち寄って初音達と昼食を摂る。
初音はいつも、わたしの弁当を感心しながら覗き込んでいた。

「わたしには無理だなあ」
「うちは、お母さんが、他の事は何でもできるのに、料理だけはヘタだから……」
「だとしても、そこで自分で作れるってのがすごいよお」

わたしが７歳の時に、お母さんは家を出て行ってしまったけれど。
コールドスリープから目覚めた時には、もう家に戻っていたし、コールドスリープに入る前の７歳から９歳までのわたしは、新一の家でご飯をいただく事が多かった。
わたしが料理を作るようになったのは、小学校卒業の後。

わたしが初めて新一にご飯を作ってあげた時、新一はお礼を言いながら、何故だか、すごく切なそうな顔をしていた。
……もしかして、ううん、間違いなく、亡くなった新一の恋人は、新一にご飯を作ってくれていたんだろう。
わたしは、その人に張り合う積りもないけど、少しでも新一の慰めになれればって、思う。
力不足かも、しれないけれど。

ひとしきり、わたしの弁当を感心して眺めていた初音が、顔を近付けて、声を潜めた。

「でさ、蘭。工藤さんと恋人同士になって、もう２年、経つんだよね」
「うん」
「工藤さんって、大人の男の人だよね」
「……うん……」
「じゃあ、蘭ってもう……エッチ経験済み？」
「えっ！？」

わたしは、ブンブンと首を横に振る。
新一からは時々優しく抱きしめられ、たまに軽くキスされる事はある。
でも、それ以上のことは何もない。
一緒の部屋でずっと過ごしても、新一は優しく穏やかで、全然、そんな雰囲気にもならない。

わたしだって、夫婦や大人の恋人同士が、どういう事をするのかは、知っている。
でも、そんな事は、新一とわたしとの間には無縁だった。

「キスは、したけど……それだけだよ」
「えっ！？キスだけ？うっそお！」

その場にいたクラスメート達が、きゃあきゃあ騒ぐ。
女の子同士にとって、コイバナは最大の関心事。
そして……中には、彼氏と経験済みって子も、いる。

「でもさー。蘭。そんなんで彼氏に浮気されない？」
「そうそう。大人の彼氏が、いつまで我慢してられるかねー」

「新一は、浮気なんかしない」

わたしはキッパリと言って、周りの子達が鼻白む。

「だって。まだ子どものわたしと付き合う時点で、新一は分かってた筈だもん。我慢できなくなる位なら、最初から、わたしと付き合ったりしないよ」
「……あー。蘭、あんたって、あまりにも、世間も男も知らな過ぎだよー」

わたし達は、まだ中学３年生。
わたしを「世間知らず」と呆れている周りの子達だって、ただ耳年増なだけで、決して、世間の事も男性の事も知ってなんかいなかったのだが。
そんなことが理解できるようになるのは、まだずっと後の事になる。

ただ、わたしは不思議と、周りの子に何て言われても、動揺することはなかった。

大人の男の人の欲望がどんなものかなんて、わたしには解らない。
でも、新一が信頼を裏切るような人ではないこと位、わたしにはちゃんと分かっている。

それに。
これは、クラスメートの誰にも言う気はなかったけれど。
新一には、心の大半を占めている大切な女性がいて。
でももう、その人はこの世にいなくて。

そんな彼が、自分の欲望を果たすためだけに、適当に恋人を作ったりする筈、ないんだ。

わたしは……彼が未来を向いて生きて行けるように、少しでも癒しになれればと、思っていた。

　　　☆☆☆

「蘭！」
「園子！」

わたしは、久しぶりに、園子と会った。
彼女も今は、鈴木カンパニーの跡継ぎになる覚悟を決めて、社会勉強中で、忙しい身なのだけれど。
時々、ショッピングとかに付き合う事がある。

「ねえねえ、これとか、蘭もわたしも、おかしくないし、良いんじゃない？」
「あ、ホント、可愛い！」

園子はお金持ちのお嬢様なのに、昔から、サバサバしてて親しみ深くて、付き合い易かった。
今、園子が選んでいる服は、わたしにも手が届く値段のものだけれど、無理してわたしレベルの金銭感覚にお付き合いしている訳ではない。

園子は、公の場所とかの服や小物には、惜しみなくお金を使う。
でも、全くのプライベートでは、「自分のお小遣い」の範囲でまかなう堅実さを持っている。

「これ着てったら、きっと、新一君はイチコロよ！」
「……新一、こんなの好みじゃないと思うな……」
「バカね！ヤツには女の服の好みなんてないわよ！蘭が着たものが、ヤツの好みになるんだから！」
「まさかあ」

わたしは２年前、新一と付き合い始めた時、それを真っ先に園子に報告した。
園子は、驚きながらも、喜んでくれた。
ただ、その時園子は、謎の言葉を呟いていた。

『やっぱ、昔とは違うんだね』

あとになって、園子に、その言葉の真意を問いただしてみたけれど、園子は
「そんな事言ったっけ？」
と、空っとぼけていた。

お父さんとお母さんは、複雑な顔をしていた。
嫌なのかって聞くと、そうじゃないって答えてたけど。

そして、主治医の志保先生は、微笑んで祝福してくれた。
でも、その微笑みは、どことなく哀しげだった。

新一のお母様は、帰国した際、わたしを抱き締めて泣いた。

『今度こそ、蘭ちゃんの花嫁姿を見せてちょうだいね』

今度こそって……新一の恋人が、恋人のままで亡くなったから、だろうか？
でも、小さい頃から大好きだった新一のお母さんに、すごく喜んでもらえて、それは単純に嬉しかった。

買い物の後は、喫茶店でお喋りをする。

「そういえば、真さんがね、蘭の上達が早いって、褒めてたよ」
「京極さんの教え方が上手だもの。何だか、わたしの能力をとてもよく知ってくれているみたいで」
「……まあ、それはあるかもだけど。でも、蘭が努力家なのも、事実だからね」

２年前に始めた空手は、結構上達してきたと、自分でも思う。
ただ、園子の彼氏なのに、親身に教えてくれて、申し訳ないって気持ちもあるけれど。

「気にしなさんな。わたしが真さんから空手習ったりしたら、冷静に指導をしたり受けたりできなくて、絶対モノにならないよ。相手が恋人じゃないからこそ、冷静に指導できるってもんよー」

園子は笑って言った。
……園子は、テニスなら園子好みのイケメンから教わるのも好きなんだけど。格闘技とテニスとでは、やっぱり少し勝手が違うのかな？

わたしはふと、クラスメートとの会話を思い出し、気になった事を口にしてみた。

「ねえ、園子」
「うん？」
「わたし、新一に我慢させてるかな」
「は？」

わたしの質問の意図が分からなかったらしく、園子がファニーフェイスで聞き返した。

「クラスの子達は、言うの。良い大人の新一が、２年も、キスだけで我慢できるはずないって」
「……ああ……まあ、その手の事が気になる年頃だよねえ……で？蘭はどう思うの？」
「わたしは……新一が子どものわたしと付き合いを決めた時点で、その位、覚悟できてるって思ってるけど……」
「まあ、新一君だって木石じゃないし、その手の欲望がないとは思わないよ。でもね。多分、彼にとっては、自分の一時の欲望より、蘭のことがずっと大事なんだって、わたしは思ってる」

真面目な顔で言った次の瞬間、園子の表情がころっと変わった。

「まあねー。まだ本当に男ってもんを知らない厨房なんだから、仕方ないって思うけどさ。男の人の欲望が一番強い時期って、高校生の頃だよ！そんな時代をアヤツはずっと辛抱して、童貞のまま高校卒業したんだからさ！２０代後半になった今、蘭に手を出さず我慢する位、大した事じゃないって！」

そう言って高笑いした園子に、わたしは目を白黒させた。

「蘭。新一君にとって何より辛いのは、そんな事より……蘭がいなくなってしまう事よ。いつまでも元気でいてくれる事。これが……新一君とわたしの共通の願い」
「園子？」
「……蘭……幸せになって……今度こそ……」

園子の表情が再び変わり、その眦から涙が溢れ落ちるのを、わたしは呆然として見ていた。

「蘭。蘭に何があっても……わたしは一生、友だちだからね……」

そっか。
園子や新一にとっては、わたしは、「１度死んだ人間」だったんだものね。
きっと、その時、２人とも本当に心を痛めてくれたんだと……思う。
だから今、１０歳も年下になっているわたしに、真剣に向き合ってくれる。

こんな風に思ってもらえて、わたし、本当に幸せ者だ。

「……あ、来たわね」
「えっ？」
「彼。写メ、送っといたの」

ドアチャイムが鳴って喫茶店の入り口が開き、そこに、新一が立っていた。
園子が立ち上がる。

「じゃあ、後はごゆっくり」
「そ、園子！？」
「新一君。狼にならないようにねー」

園子は手をヒラヒラと振って去って行った。

「あ、あいつ！ちゃっかり伝票を置いて行きやがって！」
「し、新一……」
「あ……ご、ごめん。蘭に言った訳じゃ……」

新一は、わたしを真っ直ぐ見ようとせず、目が泳いでいる。
新一の頬が、心なしか赤く染まっている。

どうしたんだろう。
何かあったのかしら。

ま、まさか、考えたくないけど……。

『ごめん、蘭。オレ……子どものお前とはもう付き合いきれない』
『わりぃ。つい魔がさして……子どもが出来たから責任取る』

隣に立つ綺麗な大人の女性の腰に手を回して、わたしに謝る新一の姿が、次々に頭に浮かんで、止まらない。

「参ったな……」

新一がふうとため息をついて、わたしは我に返った。
参ったって、何が？
や、やっぱり、子どものわたしとはこれ以上付き合えないとか？

「そんな可愛いカッコされると、我慢できなくなる」
「え……？」
「あ！や、が、我慢するけどよ！オメーが１６歳になるまでは、手を出さねえって決めてんだから！」
「……新一……？」
「……やべえ位、似合ってるよ」

新一の言葉の意味が分かってわたしが赤面したのは、それから２時間後。
新一の部屋で、いつもより濃厚なキスをされた時だった。

（６）に続く

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中１の頃はまだ子どもですが、中学３年ともなれば、ずいぶんと大人びてきている事と思います。
原作の蘭ちゃんと違い、中学生なのに恋する乙女。
なので、新一君にとっては別の意味で試練の時（苦笑）。
この話の蘭ちゃんは、中学生であっても、もしも新一君に求められれば応じるでしょうが、新一君の方が絶対にそれをヨシとはしません。

ちょっと園子ちゃんのセリフは、映画「瞳の中～」をパクっちゃいました。
それを言うならサブタイトルもですが。

次あたり、西の探偵とその彼女を出したいと思っています。

　　