re-start第Ⅰ部　Present time（６）夏の花嫁

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（６）夏の花嫁

中学３年の夏休み。
外部の高校を受けるなら、受験生の夏なんだけど。
わたしは私立杯戸中学からそのまま杯戸高校に進学するので、受験とは無縁の日々だった。

新一も園子も、わたしのために時間を作ってくれるけど、２人とも社会人だから、わたしのように暇な訳じゃない。
わたしは、クラスメート達と海や山やほかの所に行って過ごすこともあった。
それなりに楽しい日々を過ごしたけれど、やっぱり、新一たちと一緒じゃないと、寂しくて物足りない。

海へ遊びに行った帰り、わたしは新一の家まで飛んで行った。

もらった合鍵を使って玄関のドアを開け、勢いよくリビングに飛び込むと、見知らぬ人が２人、ソファに座っていた。
見たところ、新一たちと同じ年頃みたい。
京極さんとどっこいな浅黒い肌で精悍な顔立ちをした男の人と、ちょっとつり目がちの綺麗な女の人。

女の人が立ち上がって、わたしの方に近付いてくる。

「蘭ちゃん！会いたかったで！」
「え……？あ、あの……あなたは……？」

わたしが思わず問うと、女の人はにっこり笑って言った。

「あ、せやな。自己紹介がまだやったな。アタシは、遠山和葉……で、こっちのが」
「はあ？おい、和葉！自己紹介で、自分の名前間違って伝えるヤツがあるかい！」
「平次！？自分の名前間違ってるて……」
「アホ！お前は、服部和葉やろうが！」
「せやかて、式はまだなんやから、世間的には遠山和葉でええんちゃう？」
「あ、あの～」

突然始まった痴話げんかに、わたしは戸惑っていた。
奥から飲み物を持って出てきた新一が、笑いを含んだ声で言った。

「服部、和葉ちゃん。蘭が目を白黒させてるぞ。蘭。こっちの男は、服部平次。大阪の探偵だ。そして、こっちは……和葉ちゃん。ちょっと前まで遠山姓だったが、今は服部になってるな」
「え？じゃあ、お二人は新婚さんなんですか！？おめでとうございます！」
「姉ちゃん、相変わらず……あたーっ！和葉、何すんねん！」
「平次のアホォ！ら、蘭ちゃんは、アタシらとは初対面！なんやで！」
「あ、ああ。せやったな、つい……」
「でな、蘭ちゃん。アタシらは今度結婚式挙げるんやけど、蘭ちゃんにも是非、出席してほしい思うて」
「え！？わ、わたしにですか！？でも……」
「工藤君は、平次の大親友なんや。で、結婚式には当然招待してんのやけど……工藤君の恋人である蘭ちゃんには、絶対来て欲しい思うてるんや……」

なんでだろう？
和葉さんの目が少し潤んでいる。

はたと、思い当たった。
もしかして、和葉さんも、新一の恋人だった女性の事、知っているのかな、って。

「あの。えっと……和葉さん？」
「なんや、蘭ちゃんに和葉さんなんて呼ばれるとこそばゆいな。和葉ちゃんでええって」
「え！？で、でも……」

年上の人に……という言葉を、わたしは飲み込む。
多分、和葉さんは、元々のわたしと同年代なんだ。

「あの……和葉さ……和葉ちゃん？」
「なんやねん、蘭ちゃん？」
「いつごろから、新一のお友達に？」
「せやなあ。高校の……２年の時やったっけ？平次？」
「ああ、確かに、高校の時やったな。お互いに高校生探偵で、『西の服部・東の工藤』て呼ばれてたんや」
「じゃあ……！」

新一の、前の恋人のこと知ってる？
と聞きそうになって。
その場に新一もいるのが視界に入って、言葉を押しとどめた。

「結構長い付き合いやな、工藤とも」
「ああ……そうだな……」

新一が苦笑しながら、少し目を伏せる。
こんな時、きっと新一の胸の内を、かつての恋人の面影が占めているんだ……。
やっぱり、この２人は、新一の前の恋人のことを知っている。

でも。
だからこそ本心から、今度こそ新一に幸せになってほしいって、願ってくれているんだと思う。

わたしと一緒にいることで、新一が少しでも安らげたら。
少しでも、幸せを感じてくれたら。

でも、今のわたしはまだ中学生で、何もしてあげられない。

「あんな、蘭ちゃん？」
「はい？」
「アタシ、東京で買いたいもんがあるんや。ちょっと買い物に付き合うてくれへん？」
「和葉ちゃん、荷物持ちが必要だったらオレ達も……」
「はあ？工藤、今から甘やかしたらあかんで」
「甘やかすって……オレはただ！」
「工藤君、ありがと。けどアタシ、女同士での買い物をしたいんや。ちょっと蘭ちゃん借りるで？」
「あ……ああ、わかった」
「じゃあ……行ってくるね、新一」

そして、わたし達は連れだって工藤邸を出て、近くの米花駅から電車に乗った。

「和葉さん……和葉ちゃん。どこか、行きたい店があるんですか？」
「一応な。何年も前に行ったとこやから、まだあるかどうか、わかれへんけど……それより蘭ちゃん。アタシに何か聞きたいことがあってんやろ？」
「えっ！？」
「せやけど、工藤君の前では聞けへん。やから、女同士の買い物っちゅうことにして、蘭ちゃん連れ出したんや」
「あ……ありがとうございます！じゃあ、もしかして、服部さんも、それ分かってて？」
「さあ。平次は乙女心には鈍感やから、気付いてへんかもしれんし、案外、探偵の勘で気付いとるんかもしれんし。けど、それはどっちでもええことや」
「……そうなんですか。でもなんだか、良いですね。すごく……信頼関係があるって感じで」
「まあ、幼馴染で25年一緒にいてんのやから、気心は知れてるなあ」
「幼馴染……」

わたしは、目を伏せた。
もしも、わたしが病気にかからなかったら、ずっと新一と共に歩めたかもしれなかったのに。
10年間の空白はとても大きくて、今のわたしに埋めるすべはないって、感じていた。

そこまで考えて、わたしは首を横に振る。
たとえわたしがコールドスリープをしなくても、新一とずっと一緒にいられたのかは、わからない。
わたしの知らない新一の亡くなった恋人は、わたしがいようがいまいが、新一の心を掴んだかもしれないのだ。

「蘭ちゃん？どないした？」
「あ、あの……和葉……ちゃん。高校生の頃、新一と会ったのなら……きっと、知ってますよね。もう亡くなってしまった、新一の恋人のこと……」
「へ？亡くなった恋人って……蘭ちゃん、誰からそないなことを！？」

和葉ちゃんが、慌てた風に目を泳がしながら言った。
ああ、やっぱり、知ってるんだな。

「ずっと前……わたしがまだ新一とお付き合いを始めるよりずっと前に、新一に恋人いないのかって聞いたら、新一は、いると言えばいるし、いないと言えばいないって、言ったの。で、その後、園子に……あ、園子って……その……年上だけど昔からの友達っていうか……」
「園子ちゃんのことはアタシも知ってるから大丈夫や。で？」
「園子に新一の恋人のこと聞いたら、『今、この世にいない』って言ってたから……だから、新一には相思相愛の恋人がいたけど、亡くなったんだろうって……」
「……せやな。その解釈で、間違いっちゅーワケやあらへんな……」
「和葉ちゃん？」
「けど、そこまで聞いてるんやったら、改めてアタシに聞かなあかんことは、ないんちゃう？」
「どんな人だったのか……知りたくて。でも、新一には聞けないし、園子も何だか話したくなさそうで……」
「……可愛くて綺麗で……見た目もやけど、見た目だけやない。ホンマに、工藤君のこと好きなんやなって……工藤君が一時おらんようになっとった間も、ずっと誰にもなびかんと待っとったんや」
「え？新一が一時、いなくなった……？」
「……厄介な事件に巻き込まれて……半年くらいやったかなあ？滅多に会いに来れへんようになって。電話やメールはマメにしてたみたいやけど」
「あ……そうなんだ、全く連絡も取れなかったんじゃないのね、ビックリした」
「会えへんようになる前は、工藤君と、ら……その恋人の人ね。まだただの幼……ちゃう、ただの友だちやってん」
「えっ！？」
「告白は、偶然、ロンドンで会うた時やったて！」

すごく不思議な話のように感じた。
親しいけど、まだ、お付き合いをしていない状態で、しばらく会えなくなって。
それでも一途い思い続けて……そんなある日、偶然会ったロンドンで、告白？

「……何だかまるで、お伽噺みたい……」
「で、恋人同士になって幸せの筈の２人やったけど。彼女が、病気になってもうてな」
「えっ？」
「アタシにはよくわからんけど、白血病と似たような病気やて。で、骨髄移植しか助かる方法はなかってんけど、彼女、一人っ子やったし、骨髄の型が合う相手が、見つからんかったんや……」
「そ、そんな……」
「そん頃の工藤君は……彼女の前では気丈にしとったけど、やつれてホンマ見られたもんやなかった……」
「でな……えっと……その彼女……死んでいく自分のことより、残される工藤君のことばっかり心配してたんや……」

わたしは胸が詰まった。
新一の気持ちを思って。
亡くなった新一の恋人の気持ちを思って。
涙が溢れて流れて落ちる。

和葉ちゃんがハンカチを出してくれ、それをわたしはありがたく受け取った。

「工藤君もその人も、自殺は一つの命を奪う事で罪やって考え方やった。けど、その人が先立ったら、工藤君はきっと、生ける屍のようになってまう。その人の心配は、それやった……」
「……本当に、新一のことを愛していたんですね……」
「で。工藤君が生ける屍になってまう筈のところを救ったんは、まぎれもなく、蘭ちゃん、アンタや」
「えっ！？」
「工藤君が、幼い頃からにくからず思うとった蘭ちゃんが、復活した。工藤君は、それで救われたんや。蘭ちゃん、工藤君の憔悴しきった顔、見たことあれへんやろ？蘭ちゃんの存在が、工藤君を救ったんや」
「えっ？」
「蘭ちゃんは、工藤君の恋人が自分でホンマにええんやろか、役者不足やないやろか、もっと他にええ人がいてるんやないか、そないなこと考えてるんちゃう？」
「……！」

初対面の和葉ちゃんから見透かされていたことに驚いて、わたしは声も出なかった。

「蘭ちゃん。アンタ、ホンマにええ子やなあ……」
「そ、そんなこと、ないです！た、ただ、わたしがワガママなだけで……し、新一の一番じゃないと嫌だって、ワガママ言ってるだけで……！」
「蘭ちゃん。アタシは今度こそ、工藤君に幸せになって欲しい。平次の大事なダチの工藤君に、もう、あないな顔、してほしくないんや」
「わたし……わたしなんかに、そんな力、あるんでしょうか？」
「蘭ちゃんしか、でけへん」
「でも……」
「あんな、蘭ちゃん。２年前、工藤君が平次んとこ来てな、『蘭ちゃんと付き合うことになった』いうた時の顔が、そらもう……写真撮っとけばよかったいうような顔でな。工藤君を救えるんは、この世の中で蘭ちゃんだけなんや、もっと自信持ち！」

微笑む和葉ちゃんの瞳の奥に、本気の色が感じ取れて。
わたしは思わず頷いていた。

　　　☆☆☆

驚いたことに、園子と和葉ちゃんって、それなりに親しい仲だったみたいで。
服部さんと和葉ちゃんの結婚式には、園子と京極さんも招待されていたのだった。

２人の結婚式は、八月に行われた。
わたしは新一・園子と一緒に、大阪に行って、披露宴に参列した。
真夏の太陽が照りつける暑い日だったけれど、屋上庭園風にしつらえられた式場は、強化ガラスで覆われ空調が効いていて快適だった。

わたしは、普段やることがないメイクをプロの方にやっていただいて、新一の隣に並んで出席した。

「うん、大丈夫。誰も蘭のこと、中学生とは思わないって」

わたしを見た園子が、にかっと笑って言った。

そうなんだよね。
わたしが新一と釣り合いが取れているか心配になるのは、見た目の問題もあって。
「工藤探偵があんな子どもと」って、新一が後ろ指差されてしまうのは、やっぱり避けたいって思う。

和葉ちゃんは、白無垢打掛も、うぇでんぐ姿も、それは綺麗だった。
服部さんの袴姿やスーツも、決まってた。

「服部君、やっぱりイイ男よねえ……」
「そ、園子さん！」
「でも、一番は真さんよ」

園子と京極さんのやり取りに苦笑しながら、

「そういえば、園子のイイ男基準は、色黒の人が殆どだね」

と、口に出すと。

「いや、昔はそうでもなかったぜ。園子が色黒男ばかりをイイ男と言うようになったのは、京極さんと出会ってからだな」

新一から、意外な言葉が返ってきた。

「へー、そうなんだー。恋人が好みの基準になるっての、何だか良いわねー」
「そうか？」
「うん！そう思うよ！」
「オレには、分かるようで分からない」
「えっ？」

わたしは、隣にいる新一の横顔を見上げた。

「もしオレが蘭に似た顔の子を見たら、さすがに一瞬ドキッとするかもしれない。けど……それだけだ。蘭、オメーじゃないと、意味がない」

新一が、わたしの方を見ずに、前を向いたまま、そう言い切った。
わたしは動悸が激しくなるのを感じていた。
突然、新一がわたしの手を取って、ぎゅっと握る。
わたしはそっと握り返した。

「うん、新一。わたしもきっと、そう。新一に似てる人を見たら、ちょっとドキッとするかもしれない。でも、新一じゃないと……」

新一の顔が、わたしの方を向く。
滅多に見ない、柔らかい微笑み。
でも、どこか哀しげで、わたしは胸をつかれる。

新一の眼差しは、いつもわたしを突き抜けて、遠くを見ているって感じて、その度に辛かったけれど。
でも。

『工藤君が生ける屍になってまう筈のところを救ったんは、蘭ちゃんや』

くよくよ思い悩むのは、やめよう。
わたしの精一杯で、新一が幸せに生きていけるお手伝いが、少しでもできたらいいと思う。

和葉ちゃんが投げたブーケは、園子が受け取った。
園子と京極さんは、秋に結婚式を控えている。

「蘭は、わたしからのブーケを受け取ってね」
「園子……」

以前、新一と約束をした「今のわたしの１６歳の誕生日」まで、もうあと１年に迫っていた。

（７）に続く

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あっという間に、第６話まで来ましたが。
話は進展しているのかいないのか。

次のお話は、園子ちゃんの結婚式ですね。順当にいけば。

2014年6月29日脱稿

　　