re-start第Ⅰ部　Present time（７）振袖とブーケ

re-start

by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（７）振袖とブーケ

夏休み。
そのまま杯戸高校に進学する予定のわたしの場合、受験生の夏でもない。
なので、暇なのかと思っていた。

でも、部活と、受験生じゃなくても一応夏期講習があったりだとかで、意外と忙しい日々だった。

ただ、新一や園子を見ていると、社会人に比べて学生・生徒って暇なんだなって、思う。

園子は、秋に結婚式を控えているため、更に忙しそうだった。
京極さんは長男らしいけど、鈴木家に婿入りすることが決まっている。

京極さんのご実家の方は、婿入りに難色を示すかと思ったけれど、「鈴木家ほどの家から望まれて婿入りするなんて、ありがたいお話を断ったらバチが当たる」と、あっさり受け入れることになったそうだ。

わたしも遊びに行ったことは何度もあるけど、鈴木邸は豪邸なんてレベルじゃなくて、もはや宮殿。
園子って本当にお嬢様だって思う。

園子にはお姉さんがいて、本当だったらそのお姉さんが婿取りをして家を継ぐはずだった。
でも、お姉さんの婚約者だった（現在は夫）富沢雄三さんは、三男なのに、諸事情から富沢財閥を継がなければならなくなったんだって。

その諸事情については、園子が口ごもってハッキリ言ってくれなかった位だから、よほどの事なんだろうと思う。

新一は忙しい合間を縫って、わたしを遊びに連れ出してくれた。
海に山に……園子やクラスメートや他の人たちと一緒のこともあったし、新一と二人だけのお出かけも、あった。

一度だけ、二人きりで泊りがけの旅行をしたこともある。
旅館で、同じ布団に寝ながら、キス以上のことはやっぱりなくて。
それでも、一晩中抱きしめてくれた新一からの愛情は十分に感じられたから、不安に思うことなんて何もなかった。

ただ、お父さんとお母さんが、新一と二人の泊りがけ旅行を許してくれたのが、とても意外だったけど。

８月の終わり。まだまだ暑い日々が続いているけれど。
夕暮れは大分早くなってて、新一の車の中で夕陽に染まる山々を見ながら、何だか寂しく感じていた。

「夏も、終わりね……」
「ああ。そうだな」
「夏が終わると、何で寂しく感じるんだろう」
「……たぶん、日が短くなるからだよ」
「……新一って、本当に何でも知ってるんだね」

わたしが言うと、新一はちょっと眉をあげて苦笑した。

「今のは知識なんかじゃなくて、ただの根拠のない思いつき」
「え……？」
「オレだって知らないこと位は、沢山あるさ」
「ええ？そりゃ、そうかもしれないけどお」

そうだね。
新一って、知らないことなんてこの世にないんじゃないかってくらい、無駄に知識豊富だし。
それよりもっとすごいのは、その知識がバラバラに頭の中に存在しているのではなくて、すぐに回路を繋げて考えることができる。
だからこそ、探偵なんてやってられるんだろうけど。

そりゃ、新一だって人間なんだから、知らないこと・できないことは、きっとあるんだろうって思う。
っていうか、膨大な知識も、知識を組み合わせて推理を組み立てる力も、新一の並々ならぬ努力のたまものだってことは、分かってる。
優雅に泳いで見える白鳥が、水面下では必死にバタ足させてるように、新一は、知識を蓄え体力をつけるためにずっと努力してきていたことは、知ってる。

って……え？あれ？
そういえば、わたし、10歳から20歳までの新一を知らないはずなのに、何で自信持ってそんな事言えるんだろ？

「もしオレが本当に何でも知っていたら。何でもできたら……」

新一の声に、痛恨の響きを感じとって、わたしは気付いた。
新一は、きっと、恋人が死ぬのに何もできなかったことを、悔やんでいるんだ。
仕方がないことだけど、それでも、悔やんでしまってるんだ。

とってもとっても、大切に思っていたんだよね。
その人がもし生きていれば、きっと今頃は、新一はその人と結婚していて。
わたしなんか、入る隙間もなかったんだろうなあ。

ふっと。
昨夜、新一が何もしなかったことを思い出し。

とんでもない疑問が、わたしの口を突いて出た。

「ねえ。新一ってさ。女の人と、エッチしたこと、ある？」

一瞬、新一は固まり。
真っ赤になってこちらを見る。

「し、新一！前！」

運転中だった新一は慌てて前を向いて、車を左に寄せて停車させた。

「オメーな。運転中に、妙な質問してんじゃねえ！」
「ご、ごめんなさい……」
「何で、んなこと、訊くんだよ！？」
「だ、だって……もしかしたら新一って、で、できないのかなって……」

新一は、ハンドルに突っ伏して大きな溜息をついた。

「どこからそんな疑問が出てくんだよ！？」
「え、えっと……新一と深い仲になってないって言ったら、わたしのこと大事にしてくれてるんだと言う子と、もしかしたら女がダメなんじゃないのって言う子と、いて……」
「オメーな。人がどんだけ我慢してると……！」
「ご、ごめんなさい！」
「あるよ」
「え……？」
「あるよ。たった一度だけ……」

新一が、こちらを見ずに答えた。
わたしは、胸がツキンと痛む。

胸が痛んだのは、新一が他の女性を抱いたことがあるから、ではなくて。
それがおそらくは「二人にとって最後のひと時」だったのだろうと、分かったから。

「新一。ごめんなさい……」

新一が意外そうにこちらを見た。
そして、微笑む。

「別に、オメーが謝るようなことじゃねえよ」

新一が手を伸ばし、わたしの頭をポンポンと軽く叩く。
その優しい微笑みに、わたしはまた、胸が痛むのを感じていた。

わたし、新一の心の傷を埋めることができるのだろうか？
わたしは、新一を癒す存在になれるのだろうか？
そんな大それたことが、わたしにできるのだろうか？

園子も和葉ちゃんも、「蘭しかいない」って言ってくれるけど。

「蘭。オレは……オメーが大人になるまで待つ位のことは、別に苦でも何でもない。だから……手を出されなかったからって、変に気を回すな」
「しんい……」

新一の顔が近づいてきて、優しく口付けられる。
わたしは確かに愛されているって、感じられる。

「蘭……蘭……」

新一がわたしを呼ぶ声が、切なく響く。
わたしは、新一の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめ返した。

　　　☆☆☆

鈴木財閥跡取りの立場にある園子の結婚式は、盛大なもので。
わたしの両親も、参加することになっていた。

わたしは園子から、振袖を着たらどうかと勧められたが、お母さんが強硬に反対した。

「園子さんも、いったい、何を考えているのか……」
「イイじゃねえか、かてえこと言わなくてもよ」
「あなたはいい加減過ぎます！蘭が振袖着るわけには行かないでしょ！？」
「お母さん。振袖着ると、何かまずいことがあるの？」
「……あなたが16歳になったら、教えてあげます」
「え……？」

「16歳になったら」というキーワードは、確か、新一も使っていた。
でも、まさかよね。
お母さんと新一とが、示し合わせてるなんてことは……。

「あ、そうそう。蘭、ブーケも受け取っちゃだめよ」
「え！？何で！？園子、わたしにブーケくれるって言ったよ！？」
「……本当にあのお嬢さんは何を考えているのか……」

お母さんは、何度目かの溜息をついた。

「ま、まあ、あれだな。ブーケの件については……蘭はまだ中学生なんだし、他の妙齢のお嬢様方に譲るのが筋ってもんだろう」
「だ、だって！」
「ふう。じゃあ、新一君に相談したら？」
「え……？な、何で？」
「何でって……蘭の花婿さんだから」
「……お母さん？」
「おい待て！何で新一の野郎に……！」
「あなた。蘭が、何故今、中学生としてここにいるのか……わかってないわけじゃ、ないでしょう？」
「そ、それは……けどな……」

わたしがコールドスリープしていたことと、園子の結婚式で振袖着たりブーケを受け取ったりしちゃいけないことと、何か関係があるのだろうか？
色々と頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだったけど、取りあえず新一に相談することにした。

「……英理おばさんが、オレに訊けって言ったのか？」
「うん。そうだけど？」
「ん～。まあ個人的に……ぶっちゃけ言うとだな。蘭に振袖は着てほしくないかも」
「ええっ！？な、何で！？」

新一に、わたしの振り袖姿を見て欲しいと思ってもらえないのかと、わたしはショックを受けた。

「あっと……そ、その……蘭、ミスの正装が何で振袖なのか、知ってっか？」
「知らない、そんなこと！」
「えっとだな……元々、袖を振るってのは、若い娘さんが、男の人を誘う合図だったんだよ」
「え……？」
「そ、そのさ。結婚したら、男を誘う必要がなくなるから、袖を留める。だから、留袖」
「へえ……」
「だ、だから！蘭にはその……他の男に袖を振って欲しくないっていうか……」
「……」
「で、でも！きっと似合うだろうし、蘭が着たいって言うなら、オレは……」
「わかった。振袖は、着ない」
「蘭？」
「まあ、動きにくいしね」

新一が、どうやら妬いてくれたらしいという事で、振袖が嫌だという新一の言葉に納得できたので。
園子の結婚式に、わたしはドレスで出席することにした。

「で？新一、ブーケのことはどう思う？」
「へ？ああ、まあ……結婚適齢期の女性に譲った方がよくないか？」
「うーん。そうかなあ、やっぱり」
「オメーは、園子から幸せのお裾分けしてもらわなくても、大丈夫だろ？」
「新一……」
「まあ、受け取ってもイイと思うけど……ブーケをゲットしたい女性から恨まれねえか？」
「そうねえ。偶然わたしのところに飛んでこない限りは、受け取らないことにするわ」

新一は、「わたしの気が変わらない限り」わたしをお嫁にもらってくれるって言っているし。
わたしは、自分の気が変わるなんて想像もできない。

わたしはブーケを受け取らなくても、きっと新一のお嫁さんになれる。
そう信じて、ブーケは自分から積極的に取りに行かないことにした。

園子の結婚式当日。
わたしは花嫁の控室に行った。

結婚式前の園子は、白無垢綿帽子姿で、本当に綺麗だった。

「蘭！」
「園子……すごく綺麗……」
「蘭も、そのドレス、よく似合ってるけど……振袖はやめたんだね」
「う、うん……新一が……他の男に袖を振って欲しくないって……」
「あーまあ、あいつらしい言い草よねー。固いこと言わなくてもイイのに……で、蘭。そのドレス、よく似合ってるけど……色は、新一君の好みだよねえ」
「あ……う、うん、まあ……」

青いドレスは、新一が好きそうな色だと思って買ったのは事実。
個人的に好きなのは赤だけれど、新一と一緒に過ごすときは、何となく青い色を選んでしまっている。

「でね、園子。ブーケも……わたしより、結婚が近い年代の人にあげた方が良いと思うの」
「そっか。蘭がそう言うなら、そうするわ」
「ごめんね、園子」
「謝る必要はないわよ。わたしは、蘭に幸せになって欲しいんであって、困らせるつもりじゃないんだから」
「園子……」
「で？蘭の王子様は、まだ来てないの？」
「うん、だって、披露宴はまだ先でしょ？」

園子はこれから結婚式があり、そのあと、披露宴となる。
わたしも園子の身内ではないから、出席するのは披露宴だけだ。

「あー、蘭」
「ん？何、園子？」
「実は……帝丹中学・帝丹高校時代のクラスメートを何人か、招待してるんだけど……」
「……うん……」
「一応、蘭のこと、説明しておいたんで。声を掛けてくる人がいるかもしれない」
「う……うん……」

うーん。
見知らぬ「園子の同級生」に声を掛けられるのって、なんか、やだな。
でも、園子にしてみれば、大切な同級生なわけで……。

と、ちょっと不安だった。

「蘭ちゃん！」

披露宴会場の受付で、突然声を掛けられて振り返ると、そこに立っていたのは、ボーイッシュな感じの女性。
パンツスーツなのにかろうじて女性と分かったのは、服の打ち合わせが右上だったから。

「あ、あの……あなたは？」

園子が言った「高校時代の同級生」の１人だってのは、分かった。
初対面の筈なのに、そんな感じがしない。

「ボクは、世良真純。世良ちゃんと呼んでくれ」
「せ……世良ちゃん？」
「ああ」
「でも」
「んん？なに？」
「苗字って、変わるかもしれないでしょ？」
「君、痛いとこつくねえ。でも、当分予定はないから、大丈夫だよ。って、自分で言うのも悲しいけどね」

世良ちゃんって、ボーイッシュなのは見た目だけじゃなく、性格的にもサバサバしてそうだ。

「それにしても、蘭ちゃんさあ」
「えっ？」
「今、中３だろ？」
「え、ええ……」
「はあ。中３でもう、その胸かあ……」
「えっ！？」
「ボクも、２０歳になるころには、ボーンと出てくる予定だったのになあ」

そういって、世良さん……世良ちゃんは、溜息をついた。
前言撤回。
やっぱり彼女も、女の子……ううん、女の人だ。

「あ、あの。園子の高校時代のクラスメートですか？」
「ん？ああ、そうだよ。高校生探偵として活躍したもんさ！」
「えっ？」
「残念ながら、工藤君には敵わなかったけどね」
「そ、そうなの……？」
「おや。工藤君には誰も敵うはずないって顔してるね？」
「そんなことは！」
「いいっていいって。事実だからしょうがない。工藤新一に敵う探偵は、この世の中にいないんじゃないかって思うよ。兄貴も探偵として大したもんだって思うけど、工藤君には敵わないと、ボクは思うね！」
「ず、ずいぶん、新一のこと、買ってらっしゃるんですね……」
「あははは！まあね！振られちゃったけどね」
「え？ええっ！？」
「ま、でも仕方がない。ボクじゃダメなんだから。蘭ちゃん、工藤君と幸せにね」

笑いながら手を振って去っていく世良ちゃん。
やっぱり、最初に想像した通り、性格もサバサバしててボーイッシュなようだ。

ただ……想像したこともなかった。
亡くなった恋人以外で、新一に思いを寄せる女性の存在について。

でも……。
気障でカッコつけで、でもそれが似合うカッコよさで。
探偵として高名で。
そんな新一が、女性に、もてない筈がないんだ。

それをグダグダ考え込んでも、何もならないけど。
新一は、今はわたしを選んでくれているんだから、しっかりしなきゃ。

そのあと、園子の中学時代の同級生だっていう七川絢さんとも会った。
彼女も、なんだか懐かしい感じがして、初対面という気はしなかった。
何だか複雑そうな表情で、わたしを見ていたけど。
きっと、「元々同い年だったけど、コールドスリープして１０歳年下になった」って話が、何だか嘘くさく感じたんだろうって思う。

披露宴が始まろうというとき、新一は息せき切って登場した。

「新一ぃ。遅いよ！」
「わりぃわりぃ。仕事のけりがつかなくてよ！」

こういう日でも仕事をやって、しかも間に合わせるのだから、新一ってすごいって素直に思う。

園子は、「お願いだから、わたしの結婚式の日くらい、事件を起こさないでよね」と言ってた。
そう言われても仕方がないくらい、事件の遭遇率が高い新一だ。

でもまあ、園子も、何のかんの言って、事件が起こったら起こったで開き直って対応できる、肝の座った女性なのだ。

園子は最初、色打掛姿で、袴の京極さんと並んで登場した。
お色直しでウェディングドレス、そしてカクテルドレス。
色が白くてスタイルが良い園子は、どれもとてもよく似合っている。

何しろ鈴木財閥跡取りの結婚披露宴だから、そうそうたるメンバーが大勢参加しているのだが、園子も京極さん……いや、今日からは鈴木真さんだ……も、堂々としていて、とても立派に見えた。

「新一ぃ！園子、すごい綺麗だよね！」
「そおかあ？」
「もう！失礼よ、新一！」
「おいおい。オレに、そんなデリカシー求めないでくれよ！」
「蘭ちゃん、無理無理ぃ。工藤君が綺麗と称賛する相手は、限られてるのさ！」

世良ちゃんが横からひょいと顔を出して言った。

「世良……」
「工藤君が美人と称賛するのは、母上クラスの年増女性！」
「いっ！？」

新一が真っ赤になっている。
案外、図星だったのかも。
新一は「何で分かった！？」という顔をしていたから。

「ま、恋愛対象外の年齢層だよね。年増女性を除いて彼が美人と思うのは、たった１人だけさ！」
「世良……もうお前、黙れ」
「何でさ？恋人しか眼中にないって、ばらされて困る話じゃないだろ？」

新一が溜息をついている。

「うん、わかるよ。新一が美人と思っているのは、亡くなった新一の恋人だけなんでしょ？」
「へっ！？」

新一が点目になってわたしの方を見る。
世良ちゃんが、意味ありげな視線を新一に向けた。

「へええ。そっか。蘭ちゃんには、そう説明してるのか……」
「えっ！？ち、違うの！？」
「いや。うん、まあ、そうと言えなくもないかな？」

世良ちゃんの言葉に、わたしの頭の中はクエスチョンでいっぱいになり。
新一は頭を抱え込んでいた。

そして、ブーケトス。
山のような参加者の中で、特に２０代の女性たちは、ブーケを取ろうと殺気立っている。
わたしは、ブーケをもらうのをやめにして良かったと、心底、思った。

ブーケを受け取ろうと張り切っている世良ちゃんの隣で、控えめにしていた絢ちゃんの腕の中に、ブーケはおさまった。

（８）に続く

＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋

前回のお話で、園子ちゃんのブーケを蘭ちゃんに……ってのを書いちゃったのですが。
ちょっとまずったなあと思いまして、修正しました。

タイトルは苦し紛れにつけたもので、まあ……この先、第１部の終わりか第２部はじめで、その理由が出てきます。

あと１～２話で、第１部を終わらせたいなあ。

2014年9月14日脱稿

　　