re-start第Ⅱ部　Bygone days（２）男と女の生命力

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by　ドミ

第Ⅱ部　Bygone days（２）男と女の生命力

連休明けて、わたしは新出医院に行った。

最初から大きな病院に行った方が良いのかどうか、迷ったけれど。
新一が、言ったの。

「最初は蘭のことをよく知ってくれている医者に診てもらった方が良い。新出先生なら腕は確かだし、必要な時は大きな病院に紹介してくれるはずだ」

で、１人で行くつもりだったけど、なぜか、新一も着いてくることになった。

「新一。大丈夫なの？講義をサボったりしたら……探偵活動で抜けられる余裕を残しておいた方が良いんじゃない？」
「……大丈夫だ。単位を落とすような真似はしねえよ。オメーも、相手のことばかり変に気を回すんじゃねえよ」

大学に入学してようやく１カ月のその頃は、高校とはあまりにも違う講義のあり方に、わたしはまだまだ戸惑っていた。
でも、膨大な知識を蓄えている新一にとっては、講義を理解するのは苦じゃないらしい。

ただ、出席率が悪いと試験を受ける資格もなくなってしまうので、その点が心配だった。

新一は自分にとってつまらない授業でも、決してサボったりはしない。
でも、探偵として求められると、そちらを優先してしまうことは多々あった。
それでも高校の頃は、「高校生探偵」「日本警察の救世主」という名声が新一を助けて、部活動などと同等に「公休」として扱われていた。
でも、仮にも国立・旧帝大の東都大学、さすがにそう簡単には行かないだろう。

２人で現れたわたし達を見て、新出先生は目を見張った。

「僕は研修で一通りやったことはありますが、産婦人科は専門外ですよ」

いきなりの先生の言葉に、わたし達は一瞬きょとんとして、それから真っ赤になった。

「あのっ！その可能性は全くありません！わたし達まだ……その……身に覚えがありませんので！」
「ああ。これは失礼。いや、医学界には、『女性を見たら妊娠を疑え』という格言がありますのでね」

先生は、にこっと笑って言った。
もしかして、冗談だったのかしらと思う。

「先生。からかわないでください」
「いや。その何と言うか……君たちが２人で現れたこともあるけど、蘭さん、君、貧血気味で浮腫（ふしゅ）……むくみもあるみたいだから、ひょっとして妊娠かと思ったんだよ」
「！」

一目でそれが分かるって、さすが新出先生。
先生は、新一がしたみたいに、わたしの目の下をちょっと引っ張る。

「やっぱり、白くなってる。結構貧血が進んでいるみたいだよ。妊娠じゃないなら……もしかして、ダイエットしてる？あるいは、空手の練習が過激過ぎたりしないかい？」
「空手の練習は、高校の頃に比べて激しくなった感じはありませんし……ダイエットは……ちょっとだけ。でも、そんなに極端なことはやってません」
「そうですか。とりあえず、採血して検査をしてみよう」

採血の検査結果が出るのを、待合室で待った。
そして、再び呼ばれた時、先生は眉間に少ししわを寄せてデータ表を見ていた。

「蘭さん。最近、足がつったりしませんか？」
「え……っ!?」
「ちょっと足を見せて」

先生が屈んで私の足を見る。
足首近くのところを、グッと押した。

「ほら。こうして押した跡が、くぼんだまま残っているだろう？これは、足がむくんでいるんだ。お年寄りはともかく、君のような若い女性で運動もしている子が、こんなにむくむのは……貧血の所為もあるが、電解質バランスが崩れているんだよ」

新一もわたしも息を呑む。

「ヘモグロビン値は10を切ってる。元々貧血気味で徐々にこの値になったのなら、結構平気で動いている人も多いけど、蘭さんはおそらくここ最近で急速に貧血が進行しているだろうから、動くとき、かなりふらつくんじゃないかい？」

わたしはこっくりと頷いた。
最近、体の調子が悪いのは疲れがたまっていた所為だとばかり思っていたのに。
何だか、思いがけない体の不調がありそうで、怖い。

「まあ、とにかく、ダイエットとか考えずに、栄養も水分もきちんと摂るようにね」
「はい」
「迅速検査では、限られたデータしか分からない。細かな検査結果が出るのは1週間後だから……来週の土曜日午後にでもおいで」
「は、はい……」

新出医院は、隔週で土曜の午後も診療しているけれど。
多分、新出先生は、私が講義を休まなくていいように配慮してくれたんだ。

「貧血には鉄剤を処方しておくけど……もし何かあったら、遠慮せずに夜でも来て構わないからね」
「ありがとうございます」
「じゃ、お大事に」

受付で受け取った処方箋を持ち、すぐ近くの調剤薬局に行った。
薬剤師から薬の飲み方の説明を受ける。

薬局を出て新一の方を見ると、何だか深刻そうな表情をしていた。

「新一？どうかしたの？」
「あ、い、いや……」

新一が笑顔を見せるが、何となく、なにか誤魔化しているような気がする。

「ま、新出先生が言った通り、ダイエットはやめておくんだな」
「もー！だから、ちょっとだけって言ってるでしょ？」
「まあ、その何と言うか……男としては正直言って、腹がちょっと出てるのは構わないけど、胸が引っ込むのは勘弁して欲しい」

わたしは、ちょっときょとんとして、意味が分かると真っ赤になった。

「セクハラ男！」

思わず新一の鳩尾に肘をぶち込んでしまう。
新一がお腹を押さえて蹲る。

「……ってえ！」
「何よ！大げさね！手加減したんだから、そんなに痛いはずないでしょ！」
「……手加減、したんだよな？」

一転して、新一が深刻な表情でわたしを見やる。

「えっ……？」

わたしは、意味が分からず立ち止まった。

確かに、手加減は、した。
でも、それ以上に。
技のスピードと力と切れが、以前ほどに、ない。

「貧血の所為で、かな？」
「あ。やっぱり、本当は加減してくれてなかった？」
「もう！だから、手加減はしたって言ったでしょ！？大体、新一だったら避けられる筈じゃない！」
「わりぃわりぃ。ほら、蘭が言ってたカフェのパフェおごるからさ、機嫌直せよな？」

後から考えると。
新一には、膨大な医学知識があって。
わたしに何が起こっているのか、薄々分かっていたんだろうと思う。

でも、わたしに辛い思いをさせたくなくて、笑顔でふざけていた新一。
ありがとう。そして、ごめんなさい。

　　　☆☆☆

「ら～ん！どうだった？」
「うん……ちょっと貧血だって」
「ええっ？いつも蘭は栄養のバランス考えて料理作ってるでしょ？」
「ん～、いろいろあって疲れてたから、最近はちょ～っと、手抜きだったかも～」

新出医院に行った次の日。
園子がとんできた。

「ったくもう！蘭ってば、体力ありそうで意外とないんだから、無理しちゃダメよ」
「はいはい……園子、ありがとね」
「んもう！何よ、改まって」

園子がわたしの背中をバンと叩く。
それが……意外と痛かったのだけれど、わたしは堪えた。

午前中の講義が終わった後、園子や他の学友と一緒に、学食に行く。
大学の学食は、お弁当持参の人も一緒に食べられるのがありがたい。

「蘭。サラダはコンビニ？」
「うん。作る気力がなくって……」

今日のお弁当は、昨日のおかずの残りを詰めたもので、コンビニで買った、ヒジキや豆が入った鉄分の多いサラダを加えた。

「家政科学部の方の学食には、栄養バランスを考えた食事が置いてあるって聞いたよ」
「そうなの？じゃ、今度、そこにも行ってみよう」
「ちょっと遠いけどね」

ご飯を食べながら、新一が一緒に行ったこと、新出先生に妊娠と思われたことなんかを話した。
話の流れで、わたしが新一と一線を越えていないことまで話す羽目に。

「えっ！？蘭、新一君とはまだだったの？」
「えええっ！？付き合って２年近く経つのに、それってあり得なくない！？」
「蘭の彼氏って、いわゆる草食系？」
「草食って、そういう意味だっけ？」
「エッチってご褒美もくれない蘭のこと、そんなに大切にしてくれるなんて……蘭の彼氏って気が弱いの？マゾ？」
「えー？新一君は、マゾでも気が弱いわけでもないと思うなあ。変人なのは確かだと思うけど」
「ちょ！園子、変人だなんて……そりゃ、ちょっと変わってるかもしれないけど、酷いじゃない！」
「ごめんごめん、蘭。ただ、確かなのは、ヤツが蘭のことをものすごく愛してくれて、ものすごく大事にしてくれてることだよね！」

園子の言葉に、みな、一瞬、黙った。

「ヤツが小さい頃から蘭を大事にしてくれてたってエピソードは、たくさん、あるんだよねー」

園子は、得々と、過去のエピソードを色々語る。
今考えると、本当に、新一はずっとずっと、わたしを大切にしてくれていた。
園子が知らないことも、たくさんある。
中には……ずっと後になって、新一がわたしの為に陰で動いてくれていたことを知ったエピソードもあった。

今になって、思う。
どうしてわたしは、新一が与えてくれたたくさんの愛に、気付こうとしなかったのだろう……って。

ねえ、未来の、わたし。
あなたは、お母さんが出て行ったあとの七夕の時のこと、覚えているわよね？

クラスの七夕飾りの短冊に、お母さんに帰って来て欲しい願い事を書いて吊り下げたこと。
クラスメートの男の子に、お母さんがいないことでからかわれて、辛い思いをしたこと。
そして、七夕の日に、お母さんが帰って来てくれたこと。
お母さんはすぐにまたお父さんと喧嘩して出てっちゃったけど。

あの時、クラスメートからからかわれても知らん顔をしていた新一だったけど。
実は、クラスの七夕飾りをこっそり持ち出して、お母さんのマンションまで持って行って、お母さんにわたしの短冊を見せてくれて。
そして、お母さんは、帰って来たの。

わたしは、中学生の時にその話をお母さんから聞いたけど、今のあなたは、それを聞いたかしら？

　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇

ここまで読んでわたしは、涙が溢れ落ちそうになって慌てて日記から目を背けた。

七夕の時のことは、覚えている。
でも、新一が陰でしてくれたことは、知らなかった。

「蘭？」

新一が部屋の入り口からわたしを呼ぶ。
いつまでも部屋から出てこないわたしを心配したのだろう。

わたしは、かつてのわたしの日記を閉じ、バッグの中に入れた。
そして、涙を拭って、部屋から出た。

お父さんとお母さんが、茶の間でわたしを待っていた。

「蘭？もう、いいの？」
「うん。また時々、ここに来ても良い？」
「もちろんよ。ここは、蘭の家で蘭の部屋なんだから。好きな時に、来なさい」

そしてわたしは、家に帰った。
部屋で落ち着いてからまた、日記の続きに目を通す。

　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇

「でもまあ、蘭。アンタ、自分１人の体じゃないんだから、自分の健康に気を付けないと！」
「な、何よ、園子。自分１人の体じゃないって！」
「だってねえ。わたし、思うのよ。蘭に何かあったら、新一君は絶対、生きていけないだろうって！」
「まさかあ」

わたしは、笑った。
自分の身に何が起こっているのか、まだ、実感がなかったのもあるけれど。

わたしの身に何かあったら、新一はきっと、悲しむと思う。
でも、新一は強いもの。
きっと、立ち止まったりしない。
前を向いて歩いていくだろうって。

そう、思っていた。

「あー、でもさあ。聞いたことあるんだよね。連れ合いを亡くした男の人の平均余命って、３年くらいだって。女の方は、１０年以上あるらしいけど」
「えっ！？」
「っていうか、それ、昨日蘭が休んだ文化人類学の講義で出てきた話じゃない？」
「ばれたか。ってか、案外みんな、真面目に講義聞いてた？」
「いやあ、本編の話は退屈であれだったけど、脱線した話の方が面白かったよねー」
「女の方が強くて、男の方が弱いって話でしょ？」
「夫婦の力関係って色々だけどさ、実はたいていの夫婦は、男の方が精神的に女に寄りかかっているってことなんだよね」
「奥さんに先立たれたお爺さんで、長生きしている人って、偏屈な変わり者が多いらしいよ～」
「まあ、新一君は偏屈な変わり者のような気がしないでもないけど」
「だから園子！新一をそういう風に言わないでってば！」

そうやって笑い合っていたわたし達。
自分自身を含め、友人や恋人の死なんて、遠い出来事としか考えていなかった、わたし。

新一が、幼い頃からわたしにずっと愛を注いでくれていたことは、何となくわかるようになっていたけれど。
それでも、もしわたしを失ったら新一がどうなるかなんて、考えたこともなかった。

第Ⅱ部　bygone days（３）に続く

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作中にある七夕のエピソードは、「コナン・マジックファイル～新一と蘭・麻雀牌と七夕の思い出～」にあるものです。
映画「漆黒の追跡者」のスピンオフですね。
あれは、アニメオリジナルの中では、好きなエピソードであると同時に心痛むものでもあり、あんまり繰り返し見てはいません。

ここから先は少し、辛い展開になるかと思います。
病魔が蘭ちゃんを襲い始めるので。

　　