re-start第Ⅱ部　Bygone days（３）闘いの始まり

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by　ドミ

第Ⅱ部　Bygone days（３）闘いの始まり

そして、土曜日。
わたしは、新一と一緒に新出医院に行った。

気のせいか、新出先生は硬い表情をしているように見えた。

「蘭さん。どうやら、少し詳しい検査をした方が良さそうだ。ただここでは、これ以上細かい検査ができない。だから……これを持って、大学病院に行ってください」

先生はそう言ってわたしに封筒を渡した。

「先生……これは？」
「紹介状です。血液内科がある大きな病院はどこでも掛かれますが、私がお世話になり尊敬もしている先生のところに行ってもらうのが、一番だと思う」

東都大の高名な先生を紹介してもらい、わたしは新一と共に新出医院を出た。

何ともいえない不安の塊が、胸の底から押し寄せる。
わたしは……もしかして、大変な病気なんだろうか？

「蘭。できるだけ早く、予約を取って、東都大病院に行こう」
「新一……」

わたしは顔をあげ、新一を見て、驚いた。
新一の顔色がすごく悪い。
まるで、新一自身が病気であるかのように。

「だって……講義もあるし……簡単にサボれないし……」
「蘭！講義なんかよりもっと大事な事だろう！？」

叱責するような新一の言葉に、わたしは涙がこみ上げてくる。

「わ、わたし……大変な病気なの？」
「ら、蘭！」

新一が慌てたようにおろおろしているのを感じながら、わたしは涙を止められないでいた。

その時のわたしは……自分でも説明つかないのだけど。
どこかで、わたしはもしかして、深刻な状態なのかもしれないと分かっていながら、でもそれを認めたくなかった、信じたくなかったのだと、思う。

「蘭。そんな大したことじゃないかもしれねえけど。でも、調べないと分からないだろう？だから……」

新一がわたしを宥めるように、言葉を選びながら言った。
でも、わたしは……正直、新一の心遣いに配慮する余裕もなかった。

もしかして、わたし、死んじゃうの？
心のどこかで、思いながら。
でも、そうと認めたくなくって。

大学病院に行って検査なんかしたら、本当に死んでしまうような気が、して。

自分でも、バカだったなと思うけど。
向き合う事が怖くて、その時のわたしは、すぐに大学病院に行くという選択ができなかった。
新一がどれだけ言葉を尽くしても、わたしはうんと頷くことをしなかった。

　　　☆☆☆

でも。
その状態も、いつまでも続かなかった。

空手部で、技の切れが悪い、思うように体が動かないということは、薄々気付いていたけれど。
そのたびに、疲れがたまっていてとか、最近貧血気味でとか、ごまかしていた。

けれど。
試合が近づいたある日、わたしは部長から呼び出されて告げられた。
わたしは、試合に出せないって。

「高校時代の毛利さんの活躍は、聞いているわ。でも、今の状況だと、上級生を押しのけて試合に出すなんて、できない」

わたしは、黙って俯いていた。
今のわたしの状態では、試合に出してもらえる筈がない。
それは、自分でもよく分かっていた事だった。

部長はため息をついた。

「伝説の選手・毛利蘭がどんなものか。皆、恐れながらも楽しみにしていたのよ。なのに……どうかすると、万年補欠の選手以下の動きしかできない。手を抜いてるの？それとも、わたし達をバカにしているの？」
「ば、バカにしているなんて、そんな！わたしは……」

わたしは、思わず顔をあげて言った。

胸をえぐる先輩の言葉。
手を抜いたことも、他の選手たちをバカにしたことも、一度もない。
でも、そうとしか見えない程度の動きしかできないのだ。今のわたしは。

「毛利さん。私も、あなたがそんな人だとは思ってない。まだ短い付き合いだけど、あなたが本当に真面目で真摯な人だって、よく分かってる積り。でもね……そう見られても仕方がない状況なのよ」
「はい……」
「体調が悪いっていうの、一時的なものじゃ、ないんじゃない？顔色も何だか悪いような気がするし。病院に行った方が良いんじゃない？」
「……ありがとうございます。ちゃんと、お医者様に診てもらいます」
「体を治したら、選手として大活躍してもらうからね！」

涙が止まらなかった。
わたしは、みんなに迷惑と心配を掛けてるんだ。

わたしの体は、普通の状態じゃない。
お医者様の所に行って、ちゃんと治そう。
わたしは、そう決心した。

そして、わたしは、「休部届」を出した。
病気を治して、必ず帰って来ると、その時は信じていたのだった。

　　　☆☆☆

新出先生と連絡を取り、大学病院の予約を取った。
新一は、一緒に行くと言ったけど、わたしは断った。

「蘭。だから、変な遠慮すんなって！」
「え、遠慮じゃないの……そうじゃなくて……」

わたしは、手を握り合わせながら、言葉を選ぶ。

「多分……多分ね。この先、新一に傍にいて欲しい時や、来てもらわなきゃいけない時が、あると思うの。だから……その時のために、取っておいて……」

わたしには、予感があった。
１日検査をするだけで全て終わりじゃないかもしれない。
長く入院することになったり、手術とか大きな治療とか、必要になるかもしれない。

新一はきっと、留年してでも、できる限りわたしの傍にいることを選んでくれるだろう。
でも……本当に新一に傍にいて欲しい時に、心置きなく「来て」と言えるように。
今は、新一に付き添ってもらわないことを選んだ。

「けど、蘭……１人だと……」
「１人じゃないから、心配しないで。お母さんが来てくれるの」

新一は、虚を突かれたような顔になった。
本来なら、恋人である新一より、家族であるお父さんかお母さんの方が、わたしに付き添うべき立場なのだけれど。
新一もわたしも、何となく、新一が付き添う事しか、考えていなかったのだった。

新出先生は、お父さんに連絡を取っていた。
そして、お父さんは、

「俺は忙しいから英理に行ってもらえ」

と言ったのだった。

その話を聞いて、新一はちょっと眉を寄せる。

「新一？」
「あ、いや……おっちゃんよりおばさんの方が忙しいんじゃねえかと思うけど……」
「うん、まあそうね。でも多分、お父さんは……そういう口実で、お母さんを呼んだんだと思うの……」
「そっか……」

お父さんは、いい加減なところが沢山あるように見えるけど。
でも、新出先生からわざわざ連絡があったことで、何か感じるところがあったのだろうと思う。

大学病院はとても混んでいたけど、あらかじめ紹介状を持って予約していたわたしは、優先的に診察と検査を受けさせてもらった。
それでも、検査は１日がかりで……胸に針を刺して組織を取るという結構大変な検査もあったりして、終わったのはかなり遅い時間だった。
お母さんは、最初は色々ブツブツ言っていたけれど、しまいにはかなり優しい言葉を掛けてくれた。
多分、わたしが検査でグッタリしているのを見て、心配したのだろうと思う。

そして、２週間後。
検査結果を聞きに行く時も、お母さんが付き添ってくれた。

その時から、わたしと病気との闘いが、始まったのだ。

第Ⅱ部　bygone days（４）に続く

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2015年3月6日脱稿

　　