re-start第Ⅱ部　Bygone days（５）再発

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by　ドミ

第Ⅱ部　Bygone days（５）再発

秋から冬に季節が移り。

クリスマス、お正月、そしてバレンタインデー・ホワイトデーと。
新一が探偵として呼ばれることはあっても、それ以上の何か大きな出来事がある訳ではなく。

わたしは、生涯で最高に幸せな日々を過ごしていた。

もしかしたら、これが最後かもしれないと、心のどこかで怯えながら。

新一は、本当にいつも優しくて。
怖いくらいに優しくて。

夜を一緒に過ごすことがあっても、わたし達が、キス以上の仲になることは、ないままだった。

新一は、大丈夫と言ってもわたしの体を気遣っていたのだと、思う。
でも、たぶん、それだけじゃなくて……新一は、この幸せな日々に終わりが来てしまうのが怖くて、仲を進めることに踏み込めなかったのかもしれない。

そして。
わたしの病気が再発したのは、春だった。

　　　☆☆☆

具合が悪かったわけでもなく。
貧血が進んでいるわけでもなく。

今はまだ、検査の値だけのことで、本当に実感がない。

でも、先生の難しい顔を見て、本当なんだと思った。

目の前が暗くなりそうだった。
わたしの頭に浮かぶのは、新一の面影。

新一。
新一。
新一。

あなたと一緒に、歩いて行きたかった。
未来に向かって、行きたかった……生きたかった……。

でも、ダメかもしれない。

「まだ、諦めるのは早いですよ」

先生の声がする。

「え……？」
「まだ、病状が進まないうちに、体力があるうちに、骨髄移植の手筈を整えましょう」
「……」
「大丈夫。今は多くの人が骨髄バンクに登録しているから、たいてい、見つかりますよ」

骨髄移植。

そういえば。
昔、本堂瑛佑君が、お姉さんから骨髄移植を受けたって聞いた。

兄弟姉妹が一番適合する可能性が高いのだそうだ。
でも、私は一人っ子だ。
兄弟姉妹は、いない。

診察が終わった後、わたしは、携帯電話許可区域で電話を掛けた。

『蘭？』
「新一……」

新一に、心配を掛けるだろうって、分かってる。
でも、でも、新一に電話を掛けずにいられなかった。

『どうした、蘭』
「わたし……今、診察が終わって……」
『迎えに行くから、待ってろ、蘭！』

いつからだろう？
人前で見せないように頑張っていた涙を、新一の前で流すようになったのは。
辛い時に、新一に甘えるようになったのは。

迎えに来た新一の胸で、わたしは涙を流した。
新一は黙ってわたしを抱きしめてくれる。

でも、その新一の体が、かすかに震えていることに、わたしは気付いた。

「蘭。大丈夫。大丈夫だ。ぜってー、大丈夫だから」

新一の言葉は、わたしに言っているというより、新一自身に言い聞かせているかのよう。

『わたし、思うのよ。蘭に何かあったら、新一君は絶対、生きていけないだろうって！』

前に園子が言ったことが、頭の中をこだまする。
さすがにそれはないだろうって思うけど、でも。

わたしは……わたし自身のために、そして、新一のためにも……諦めちゃいけないって、思った。

　　　☆☆☆

桜の花びらが舞う中を、わたしは、新一に付き添われて、家に帰る。

多分、近い内に、入院しなきゃいけない。
そしてまた、あの辛い治療の日々が始まるのだ。

でも、大丈夫。
この前も乗り切ったのだから、きっと大丈夫。

「蘭お姉さん！」

突然、背後から声が掛かった。
わたしは振り返る。
そこにいたのは、コナン君の級友だった、３人。

「歩美ちゃん。元太君、光彦君も。ずいぶん、大きくなって……」
「オレ達、今日から４年生だもんな！」
「ええ。蘭さんは今、大学生ですよね」

コナン君が小学１年生として過ごした日々、３人はコナン君と同じクラスで、少年探偵団を作って一緒に過ごしていた。
コナン君を預かっていたわたしとお父さん、そして阿笠博士は、自然と、この子たちとの交流が始まった。

新一が薬で小さくなって、帝丹小学校に転入した後。
灰原哀という女の子が、帝丹小学校に転校してきた。
それは……コナン君と同じ薬を飲んで小さくなって、組織から逃げ出してきた、志保さんだった。

３人は、コナン君と哀ちゃんの本当の姿を知らない。
親の都合で遠くに行ってしまったと、思っている。

歩美ちゃんたちは、新一の方を見て、ちょっと頭を下げた。
新一とは顔見知りであるけれど、親しく過ごしたことはない。
まさかコナン君の本当の姿とは知らない３人にとって、新一は、ほんのちょっと知り合っただけの相手なのだ。

「ねえねえ。蘭お姉さん。コナン君から連絡ある？」
「……そうねえ。この前、年賀状をもらったかな？」
「ちぇー。オレ達のとこには、何にもねえんだぜ！」
「たまーに、メールが届くくらいですかねえ」
「哀ちゃんからは、時々ラインで連絡があるけど」

新一が苦笑している。
でもまあ、たまにメールでも、上出来な方かもしれない。

小学校１年生の時にたった数か月一緒に過ごしただけの、コナン君と哀ちゃんのことを、３人は、忘れはしないまでも、遠い思い出になっていくだろうと思っていたのに。
今でも、親しみをもってくれているのだ。

「３人とも、ごめん」

突然、横から新一が口をはさむ。
いったい、何を言い出す積りなんだろう？
まさか、コナン君の秘密を！？
と思ったけど、新一が口にしたのは全然別のことだった。

「蘭はちょっと具合が悪くて、今、病院から帰って来てるとこなんだ。だから……早く家に連れ帰ってあげてえんだ……」
「そうなの！？ごめんなさい、蘭お姉さん！」
「新一。そう、無下にしなくても……！」
「歩美ちゃん。それに、元太……君と光彦君も。今日はもう、蘭を連れて帰るけど、時々、蘭のとこに見舞いに来てくれねえか？」

新一の真剣な声。
ああ。
この人は本当に、わたしのこと、大切に思ってくれてるんだ。

新一は、友人たちとの交流を厭う訳ではないけど、１人でも結構平気で過ごせる方だ。
でも、わたしは、１人で過ごすより、みんなと一緒に過ごす方が好き。

この先、わたしが寂しくならないように、考えてくれているんだ……。

　　　☆☆☆

その夜。
わたしは、お父さんの許可を取って、新一の家に泊まった。
まあ、相変わらず、泊まったからって何がある訳でもないけど。

ただ、寄り添って眠るだけで。

「新一。コナン君はあの子たちに、たまに、メール位は出してたんだね」
「まあな。宮野の方は、もうちょっとマメにやり取りしてるみてえだけど」
「子どもって、あっという間に大きくなるわねえ」
「そうだな……」
「ねえ新一。初めて会った時の事、覚えてる？確か、桜の季節だったよね」
「……覚えてるよ。紙のサクラのバッジを、オメーに作ってもらったこともな」
「あの頃は、まさかわたしにとってこんなに大切な人になるとは、思わなかったな……」

途端に、新一の特大の溜息が、空間を満たした。

「あーあー、そうだろうよ。オメーは大っ嫌いだったんだもなー」
「んもう！それは、ちょっとの間だけだよ！そのあと、ちゃんと、だ、大好きに……なったんだもん……」
「でも、きっと、オレと意味が違う」
「え……？」

突然、新一が体を起こし、わたしを上から見下ろした。
わたしはドキドキする。

「少なくとも、中学生の頃までは、オレはオメーにとって特別じゃなかったんじゃねえか？」
「え？だ、だって……子どもの頃って、男の子も女の子も変わらない、みんな友だちだったじゃない……」
「だよなあ。きっとオメーにとっては、そうだったんだろうって思ったよ！」

わたしは、ちょっとムッとして言い返す。

「じゃあ、新一がわたしのこと、好きになったのって、いつなのよ？」
「初めて会った時からだよ！」
「えっ！？」

わたしは、大きく息を呑んだ。
初めて会った時って……初めて会った時って……だってあれは……。

　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇

「ウソっ！だってあれは……まだ４歳にもなってない頃……」

昔の蘭と今のわたしは、１０歳の時までの記憶を共有している。
初めて新一と会った時のことを、今のわたしも、もちろん、覚えてる。

あれはまだ４歳になる前。
わたしの通う保育園に、新一がやって来たのが、最初の出会いだった。

あの時から、あんな小さい頃から、新一はわたしを好きでいてくれたっていうの？

わたしの胸がぎゅううっと締め付けられる。

　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇

ねえ。
未来の蘭。
もちろん、あなたは、覚えているわよね？
新一と初めて出会った時の事。

新一がその時からずっとずっとずっと。
わたしを一途に思い続けてくれていたなんて。

だからこそ、わたしは。
もしわたしの存在が失われたら、新一はどうなってしまうのだろうって、戦慄せずにはいられなかった。

新一が上から覆いかぶさるようにしてわたしを抱きしめる。

「ずっと……ずっと……オメーだけが、好きだった。だからオレは……」

「だからオレは」のあと、新一は言葉をつづけることなく。
ぎゅっとわたしを抱きしめる。
わたしも力いっぱい、新一を抱きしめ返した。

　　　☆☆☆

それから、間もなく。
わたしは入院した。

その時点では、まだ、手はあるって。
きっと元気になれるって、信じてた。

けれど、運命は残酷だ。

まず、わたし自身の細胞を使っての移植が試みられることになった。
自家移植の場合、他の人から骨髄をもらうのと違い、拒絶反応などの心配が殆どないからだ。

そのために、わたしに薬を投与して、わたし自身の幹細胞ってヤツを増殖させ、採取することになったのだけれど。
それが上手くいかなかった。

次に、骨髄バンクでドナーを探したけど、わたしとＨＬＡが一致するドナーは見つからなかった。
わたしの知り合い皆が、一縷の望みをかけて、ＨＬＡの検査をしてくれたけれど、わたしと型が一致する人はいなかった。

結局わたしは、通常の化学療法を行うことになった。
それでまた寛解する人だって多い。

でも、その殆どが、また、そう遠くないうちに、再発することになるのだ。

希望は捨てたくない。
きっと、よくなるって、信じたい。

崩れ落ちそうな心を奮い立たせて、わたしは治療に耐えていた。

「くそおっ！蘭と血液型は同じなのに……何で、肝心のＨＬＡは一致しねえんだよ！」

たまたまトイレに立った時、病院の談話室で、新一が振り絞るような声で言ったのが聞こえてきた。

「残念だけど、工藤君と蘭さんのＨＬＡが一致することは有り得ないだろうって思ってたわ」
「宮野？」
「ＨＬＡが同じ相手とは、家族のような親しみは持てても、男女として惹き合う事はないのだから。種の保存のため、遺伝子が近い者同士が子どもを作らないよう、そうなってるの。自然の摂理よ」
「……種の保存なんて、どうでもいい……それで蘭が救われるのなら、オレの血でも臓器でも何でも、全部、蘭にやるのに！」
「工藤君……」

わたし、このまま、死んでしまうの？
新一に、あんな思いをさせたまま。

わたしは、病室に戻って布団にもぐり、泣いた。

新一。
新一。

新一を残して死にたくない。
ずっと一緒に生きていきたい。

でも、でも。
もしもそれが敵わないのなら。

新一。

新一を心から愛してくれる誰かと、幸せになってよ。

わたしのことは、心の片隅の思い出になってもいいから。

ううん。
本当は嫌だ。
新一が他の女の人と、なんて、絶対嫌だけど、でも。

でも、でも。

新一は今までわたしに、いっぱいいっぱい、愛と幸せをくれたから。

わたしを失っても、どうか、新一。
あなたは、明日に新しい幸せを、見つけて欲しい……。

ああ。
神様……。

わたしは、死にたくない。死にたくない。
この先もずっと、新一と一緒に歩いて行きたい。

でも、それ以上に。

新一には、幸せに生きていって欲しいのです。

神様……！！

第Ⅱ部　bygone days（６）に続く

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サンデー原作ネタをさっそく入れてしまいました。

それはさて置き。

ごめんなさい。
書いてる私も苦しい。
けど、ここは必要なところなんで。

少年探偵団の出番は予定外。
でもまあ、うまくはまってくれたかな。

2015年5月22日脱稿

　　