re-start第Ⅲ部　Prospect（３）練習試合

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by　ドミ

第Ⅲ部　Prospect（３）練習試合

本当だったら６年前にある筈だった蜜月を、今、わたし達は堪能している……。

毎晩、新一の腕の中で過ごして。
毎朝、目覚めのキス。

愛する人とのスキンシップがこんなに心地よいものだったなんて。
今まで知らなかった気持ち良さに、わたし達は溺れてる。

ううん。
新一には過去わたしを抱いた記憶があるだろうから、全く「知らなかった」わけではなかった筈だけど。

「あの時は、自分の気持ち良さを考える余裕なんてなかったしなあ」

そう言って新一は笑った。

「新一のところに帰って来るために愛を刻んで」

と、かつてのわたしが頼んだことを、新一はどう解釈していたのか。
それは、聞きたいけど、聞けそうにない。

ただ。
新一はあの時、わたしが近い内に死ぬと思ってはいなかったそうだ。

ギリギリまで諦めない。
何度か寛解を繰り返す中で、いつかＨＬＡが合う相手が見つかるかもしれない。
もし日本国内で見つからないなら、外国で探す方法もある。

そんな風に、思っていたそうだ。

だとすると。
新一は、わたしの発言を、「治療が終わって寛解するまで耐える力をちょうだい」という意味に捉えていたのかも。

「目が覚めたのは、次の日の昼近くで。頭が重かったけど、隣にいる筈のお前がいないのに気付いて、一気に目が覚めた」

新一は「わたし」に睡眠薬で眠らされていた。
普段、睡眠薬なんて使ったことがない新一には、よく効いたのだろう。

机の上には、置手紙のほかに、「阿笠博士の家にいます」というメモもあったのだそうで。

新一は、すぐに阿笠博士邸に飛んで行って、小さくなったばかりの眠っているわたしと対面したそうだ。

「え？でも、新一。前は、志保先生が工藤邸にやって来て、わたしは阿笠邸にいるって、新一に教えてくれたって言ってなかったっけ？」

とわたしが言うと。
新一は、バツが悪そうに、目をそらした。

「そ、そう言ったかもしれねえ。でもま、それはどっちでもいいだろ？」

今更何の隠し事があるんだろうと思っていたけど、後に志保先生の話で、新一が何故誤魔化したのかが、アキラカとなった。

志保先生の話によると。

「彼が飛んでくるのは、まったく想定内だったけどね。さすがに、あの恰好は……まあ、状況を考えれば、想定すべきことだったんだろうけど……」

新一は何と、阿笠邸に乗り込んできたとき、布一枚身に着けていない素っ裸だったそうだ。

「幸い、工藤邸と阿笠邸が隣同士で、彼が外を走ったのは短距離だったけど。もし誰かに見られて通報されていたら、工藤君は公然わいせつ罪で逮捕という、ありがたくない状況になった筈よ」

想像しただけで赤面ものの話だけど、その原因を作ったのが、かつてのわたしだと思うと、何と言ったらいいのか……。

「彼はわたしが何を言おうと耳を貸さず、ひたすら、眠るあなたの顔を見ていたわ。博士が自分のパンツを彼に貸そうとしてたけど、まあサイズが合わないだろうし。仕方がないから博士が彼の家に行って彼の着替えを取って来たという、笑えない話もあったわね」

新一は元々、わたしを失う覚悟をしていたわけではなかった。
けれど、別の形で、わたしは、新一の手の届かない場所に行ってしまったのだった。

「でもね。彼は、認めたくなかっただけで。そのままだったらあなたが死んでしまう可能性が高いことは、本当は分かっていたから。あなたが生き延びたこと自体は、喜んでいたのよ」

かつてのわたしは、新一が「蘭」を失うことがないようにと、薬を飲む決心をしたのだけれど。
新一は結局、数年間、蘭を失っていた状態だったのだと思う。

「蘭さん。彼は結局、あなたを再び手に入れた。数年間の苦しみがあったとしても、今は幸せなんだから、それでいいんじゃない？」

志保先生はそう言うけれど……。

「ただ、蘭さん。今のあなたには分かっているでしょうけど。あなたは、治癒したんじゃない。時間を戻しただけ。だから……いずれ間違いなく、リンパ腫を発症する。なるべく早くそれに気付いて対処することが必要だから」
「ええ。分かってるわ」

まだ自覚がない間に、発病を早期発見するために。
わたしは毎月、志保先生の検査を受けることにしていた。

　　　☆☆☆

空手部の練習試合が、行われることになった。
相手は、帝丹高校。

かつてのわたしの、母校だったところ。
記憶には、ないけれど……。

朝、出がけに、新一が心配そうに言った。

「大丈夫かな？」
「何が？」
「いや。帝丹には、オメーを知ってた先生たちも、いるからよ……」
「苗字も違うし……他人の空似で押し通せるんじゃない？」
「……だな。まさか、人間が縮むなんて誰も思わねえだろうしなあ」

新一が昔、コナン君になってしまった時。
正体を隠すには都合が良かったけれど、色々不都合もあったとか。

うん、まあ予想がつく。

わたしが高校生になった今だからわかるけど。
世間的には、高校生でも、子どもの範疇に入り、よほどでなければ一人前にみてもらえない。

まして、小学１年生なら、まともに相手にしてもらえなくて当たり前だろう。
その代り、子どもの無邪気さを装って、隠れ蓑にできた部分は沢山あったらしい。

新一とわたしが小学１年生だった頃を思い返してみる。
あの頃の新一って……今考えると、全然、「子どもらしくない」。
まあ、世間が思う「子供らしい子ども」って、表面的なものだと思うけど。

「新一。コナン君だった時、相当、子どもの演技してたんじゃない？」
「そりゃまあ。あの頃は、必死だったしよ」
「その秘密を知ってたのは？」
「薬の開発者の宮野。オレが最初に助けを求めた阿笠博士。阿笠博士から話を聞いたオレの両親。ＦＢＩとＣＩＡの一部。黒の組織にとって獅子身中の虫だったベルモット。服部と……怪盗キッド、かな？」
「へえ？大阪の服部さんも、知ってたの？」
「ヤツの場合は、推理で突き止めたんだよ。まあ、オレと同じ探偵だからなあ」
「怪盗キッドは？」
「コナンだった時にヤツを追い詰めたもんだから、ヤツなりに調べて真実に辿り着いたらしい」
「ふうん」
「あ。もう１人いた。本堂瑛佑」
「えっ？その人って……」

わたしは危うく、元の蘭の手記について言及しそうになって、慌てて口をつぐんだ。
新一に、あの手記の話をするつもりはないから。
あの中で確か、本堂瑛佑君って、「骨髄移植をした」人として、書かれていなかったっけ？

新一は単純にわたしが疑問に思っただけと解釈したらしい。

「一時、オメーとクラスメートだった……オレはその時、コナンだったんだけどよ。ドジッ子のクセに妙に推理力があるヤツで……」
「ばれちゃったの？」
「ああ、まあな……」
「ふふふっ。コナン君の正体を知ってた人たちって、身内か、事件がらみか、どっちかみたいだから。今回、わたしの正体がバレてしまうってことはなさそうね」
「だよなあ」

　　　☆☆☆

多少ドキドキしながら帝丹高校に行ったけど。
教師の人達も、わたしを見て何か感じた人はほとんどいなかったみたいだ。

今日、顔を合わせるのは、教師たちのほんの一部だし、昔からいた方もそんなに多くないのだろうと思う。
もし、昔のわたしを知っていた先生がいたとしても、「他人の空似」位に思っただろう。

が、突然。

「蘭お姉さん！」

背後から声を掛けられた。

「え……？」

振り返ると、セミロングの髪をカチューシャで留めた、帝丹高校の制服を着た可愛い女の子が、そこに立っていた。

「あ、あの、あなたは……？」
「あ……ご、ごめんなさいっ！あなたがあんまり知り合いに似てたから！」

その子は目を潤ませて言った。
確か、この子、わたしのこと、「蘭お姉さん」って呼んだよね？
もしかしたら、昔のわたしが何度も出会った子なのかもしれない。

「工藤さん！行くわよ」
「は、はい！ごめんね。もうすぐ試合だから」

先輩に声を掛けられて、もの問いたげな目をしたその子から離れた。

練習試合でわたしは、個人戦で１年生の相手に勝ち、２年生の相手に負けた。
団体戦は、出る対象じゃなかった。

今は個人的にわたしの指導にあたってくれている京極さんに言わせると、わたしは順調に腕を上げているけど、かつてのわたしよりスタートが遅かった分、まだレベルが劣るということだった。

『大丈夫。あなたなら、もっと強くなれますよ』

新一も園子も、わたしと京極さんのことで勘ぐったり嫉妬したりすることはない。
それは、京極さんが、わたしの応援に来ていた園子に一目惚れして以来脇目も振らず、今も一途に園子を想っているという実績によるものだ。

ともあれ、わたしは今の実力に相応の結果となった。
この先も、できる限り精進していく積りだけれど。

『でも、もし、赤ちゃんができたら、その時は暫く休まなきゃね』

子どもは、授かりもの。
できなくても良いと言いたいところだけれど。

わたしは、少しでも早く、子どもが欲しかった。
発症する前に、子どもを産んで育てたい。

帝丹高校はさすがに文武両道で有名な学校だけあって、練習試合は帝丹側の圧勝だった。
試合後、お互いの健闘をたたえ合って帰途に就く。

その時、声を掛けられた。

「あ、あの……っ！」
「あなたは？」

試合前に「蘭お姉さん」と声をかけて来た女の子だった。
その後ろに、帝丹高校の制服を着た男子生徒が２人。

１人はそばかすの知的な雰囲気の子で。
もう１人は、ややおにぎり顔で体格の良い頼もしい雰囲気の子。

「本当だ。蘭お姉さんにそっくりですね」
「でもよ。蘭姉ちゃんは、オレ達より10歳も年上だぜ」

心臓が大きく音を立てる。
もしかして。もしかして、この子たちは……。

「さっきはごめんね。わたしは……吉田歩美っていうの」
「僕は円谷光彦です」
「オレは小嶋元太」

ああ！
やっぱり！
蘭の手記にあった、コナン君と同級生だった３人だ。

この子たちは、蘭のことも忘れないでいてくれたんだ！

わたしは、ためらいつつ、挨拶を返す。

「初めまして。わたしは……工藤蘭っていいます」
「えっ!?あなたも、蘭さんなの!?」
「そうね。偶然だけど」
「もしかして、親戚に、毛利さんっていない!?」
「ううん。残念ながら……」

３人が目に見えて落胆したのは分かった。
わたしの胸が罪悪感でいっぱいになる。

でも、本当のことは言えない。
この子たちは、コナン君のクラスメートだったのだから。
人間が縮む実例を目にした時に、この子たちが何を思うか……。

かといって、「毛利蘭は死んだ」と伝えて３人を落胆させるのも躊躇われた。

わたしは、他人の空似で、名前まで同じ蘭。
それで、良いのだと思う。

歩美ちゃんが、涙をこぼす。

「歩美ちゃん!?」
「歩美!?」

その様子を見てオロオロし出す男の子たち。

歩美ちゃんには頼もしいナイトがいるみたい。
どちらが本命なのか、分からないけど。

「ごめんなさい……昔、お世話になった蘭お姉さんとあなたが、あんまりよく似てたから……」
「あゆ……吉田さん？」
「最後に会ったのは、病院でだったの。その後、おうちの方に行っても、誰もいなかったから……病気が治ってどこかに行ったのか、それともまさかって……すごく気になって……」

わたしは、歩美ちゃんの肩に手を掛けて、言った。

「その蘭お姉さんは、きっと、どこかで元気にやってると思うわ」
「うん。そう、信じたいんだけど……でも……」
「あなた達が、それだけ、蘭お姉さんを慕ってくれて……きっと、蘭お姉さんは幸せだと思う」

わたしは、心の底からそう言った。

　　　☆☆☆

「試合、どうだった？」
「１年生相手に勝って、２年生相手に負けた」
「そ、そっか……まあ、前の蘭が無茶苦茶強かったから、多分蘭もその内……」
「少年探偵団の３人に会ったわ」
「は……？」
「吉田歩美ちゃんと円谷光彦君・小嶋元太君」

新一の顔色が変わる。

「あっちゃー。そうか、もうそんな年、だよな。あいつらがどこの高校に行ってるかなんて、チェックしてなかったぜ」
「……新一は抜け目なさそうでいて、意外とそういうウッカリなとこ、あるよねえ」

それは、仕方がないことだと、わたしも分かってる。
新一はその類稀な集中力の高さと引き換えに、どうしても注意力が向かない部分がでてくるのだ。

「面目ない。……で？」

新一がおそるおそるという体でわたしを窺う。

「歩美ちゃんはわたしに『蘭お姉さん！』って声をかけて来たわ。でもさすがに、他人の空似と思っているみたいだけど……」
「あいつらも、最後に蘭に会ったのは病院でだったからなあ。その後どうなったのか、気になってしまうんだろう」
「でも。本当のことを言う訳には、いかないよね？」
「ああ。そうだな……」

新一がちょっと苦悩の表情で言った。

新一なりに、少年探偵団の３人は大切な存在だったのだろうと思う。
けれど、秘密は秘密のままに。
コナン君の正体を隠すのなら、蘭が今どうなっているのかを伝えるわけには行かない。

「大丈夫、あの子たちなら」
「ん？」
「色々なことを忘れるわけじゃないけど、思い出に変えて、きっと、未来に向かっていける」
「ああ。そうだな……」

一時、クラスメートだったコナン君と哀ちゃんのことも。
面倒を見てくれていた、蘭お姉さんのことも。

思い出として消化して、彼らは未来に向かっていく。
わたしはそう確信しながら、そっと新一の胸にほほを寄せた。

　　　☆☆☆

ほぼ毎晩のように、新一に抱かれて。
もう痛みはすっかりなくなり、たぶんこれが「快感」だとか「女の歓び」というものだろう感覚に、満たされるようになった。
お互いの体がしっくりと馴染み、ひとつに混じり合う。

たぶん、過去の蘭は知ることのなかった、感覚。

いつも、愛の言葉が耳元で囁かれ。
これ以上にないほどの幸せな日々を過ごす。

新一は、探偵のお仕事で家を空け、帰りはいつも不規則だし泊りがけのこともあるけれど、必ず家に帰って来る。

夫婦であることの幸せを、しみじみと噛みしめる。

そして、６月上旬。

ジューンブライド発祥のヨーロッパと違い、日本は梅雨の季節。

梅雨入り直前の日曜日に、わたし達の改めての結婚式が、執り行われた。

第Ⅲ部　prospect（４）に続く

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少年探偵団の３人は、このお話では残念ながら、これが最後の登場です。
ちょっとね、さすがに、蘭ちゃんの秘密を伝えるわけには行かないので……。

このお話では、光志・光哀はありません。
そして、光歩か元歩かは、読者の皆様のご想像にお任せします。

2015年7月2日脱稿

　　