re-start第Ⅲ部　Prospect（４）ジュノーの加護

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by　ドミ

第Ⅲ部　Prospect（４）ジュノーの加護

わたし達の結婚式。
参加者の殆どが米花町周辺在住だから、東京で執り行われた。

そこは、ホテルの屋上ガーデンで、強化ガラスで周りを覆われている、遠目には温室のように見えるところ。
気候が良い時は屋根を開き風を通すこともできる。

「天候に左右されずガーデニングパーティが出来るところ」として、人気があるのだそうだ。

わたし達の結婚式が行われたのは、梅雨入り前の晴れた日で、屋根が開かれ、気持ちのいい風が通り抜けていた。

もともと、ジューン・ブライドって、ヨーロッパが発祥で。
ギリシャ神話で主神ゼウスの正妻であるヘラ、ローマ神話ではジュノーという、結婚を司る女神の月が、６月で。
そこから、６月に結婚した花嫁は、ジュノーの加護を受けて幸せになれると言われているんだけど。

６月は気候が良いヨーロッパと違い、日本の６月は梅雨で蒸し暑い時期だ。

今年は、梅雨入りがやや遅めで、その点では助かったけど。
一応会場は、梅雨入りしてても大丈夫なところを選んだのだった。

そこは、キリスト教式祭壇があり、別室に神棚もあり、牧師さんや神主さんも呼べるようになっているけれど、わたし達が選んだのは披露宴を兼ねた「人前結婚式」、神様ではなく、列席する人たちの前で誓いの言葉を述べるという形にした。
媒酌人は目暮警部夫妻にお願いした。

皆の前で誓いの口づけを行い、指輪を交換する。
前回の時は、急なことで指輪が間に合わなかったので、６年越しのマリッジリングだった。

結婚式はすぐに終わり、そのままパーティに移り変わった。

招待客の人選については、全て新一にお任せした。
お互いの両親と園子が、それに協力してくれた。

今のわたしは直接知らない人・あまりよく知らない人が多い。
でも、かつてのわたしと親しく、かつてのわたしなら絶対に招待しただろう人たちだということだった。

逆に、今のわたしになってから知り合った人たちは、まだ高校生位の年齢ということもあり、結婚式には呼んでいない。

それについては、全く異存がなかった。
今回の結婚式は、慌ただしく行われた6年前の結婚式のやり直し、だから。
本来、あの時に呼ぶはずだった人たちを呼ぶのが正解なのだ。

とはいえ。
その人数が予想外に多かったのには、驚いた。

「ねえ新一。こんなに沢山の人たちに、わたしの秘密を知られちゃってて、良いの？」
「最初から知ってた人はそんな多くねえけど、最近教えた人たちもいるから。中高の同級生で今日来てるヤツには、園子の結婚式の時に伝えたんだよ」

そっか。
園子の結婚式で、まだ中学生のわたしを新一がエスコートしたんだから。
昔の蘭を知っている元クラスメートたちは、事情を知らせてもらえなかったら、絶対、怪しむよね。
そりゃ、教えないわけには行かないだろう。

阿笠博士はわたしが子どもの頃から知っているし。
志保先生は、今のわたしには主治医だけど、かつてのわたしにとっては、友人だった。

「……まあ、結局、私なんかが工藤君に何を言っても響かないけど、蘭さん本人の言葉なら響いたってことね」
「宮野。すまなかったな。オメーの好意は……蘭とオレに向けてくれる好意は、本当にありがたいって思ってる。あの時は、ごめん」
「別に、謝って欲しい訳じゃないし、皮肉を言ってるわけでもないの。私は２人に幸せになって欲しいって、心から願っているのよ。で、つい、突っ走っちゃったけど……工藤君を動かせるのは、蘭さんしかいないってことを、改めて確認させてもらったわ。２人とも、おめでとう。心の底から祝福するわ」
「志保先生……ううん、志保さん、ありがとう……」

志保先生は柔らかな微笑みを浮かべてて、本当に綺麗で。
変な言い方だけど、この美しさに全く心動かされない新一って、どうかしてるんじゃないかって思うほどだ。

新一はそこまで一途にわたしを愛してくれているんだって思うと、くすぐったくて嬉しくて幸せ。

志保さんは、６年前、わたしが小さくなった後、日本政府の支援を受けて再生医療を専門にしている研究所に入所し、正式に医師免許も取得したそうだ。

「私としては、少なくない収入を得て、思う存分、以前の研究を続けられて、就職先としては最高の環境だったのよ」

志保さんは、そう言うけれど。
多分、いずれわたしのリンパ腫の治療を行う日が来るのに備えて、研究所への入所と医師免許の取得を考えてくれたのだと思う。
他に特別やりたいことがあった訳ではないのも確かなことのようだけど、わたしの為にその道を選んでくれた志保さんに、深く感謝している。

昔、わたしが最初に診察してもらったという新出先生と、その奥さんであるひかるさんも、招待客の中に入っていた。
新出先生は、眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の先生だったし、ひかるさんは優しそうで綺麗な方だった。

「蘭さんはあの後、病院に再入院しなかったし、その後姿を見ることがなかったから……そのまま亡くなってしまったのかと思っていたよ」
「……お世話になったのに、何の連絡もせず、申し訳ありません」
「いやいや。このような事情を説明するのも難しいから、仕方がないよ。でも、蘭さんが生きてて……まあ、驚いたけど、嬉しかったよ」

そして、新出先生は、新一に顔を寄せて、小声でたずねてきた。

「蘭さんがこう……薬で若返るんだったら……もしかして、あの頃蘭さんといつも一緒にいたコナン君って……君だったんじゃない？」
「……はい。その通りです……」

新一があっさり白状した。

「コナン君って、時々、僕のことをすごく睨んでてさ。ま、蘭さんを狙う不逞の輩って目で見てたんだろうとは思ったけど」
「！！！す、すみません！いやその……」
「僕は、蘭さんのことをそういう目で見たことはなかったからね。良い子だとは思ってたけど、僕にはひかるがいたし」
「じゃあ、あの頃から、もう？」
「いやいやいや。あの頃は、お互い、にくからず思っていたけど、まだそういう関係にはなってなかった。あの頃の君たちと同じだよ。だから、何か勘違いされてるなとは思ってたけど、コナン君に言い訳することもできなくてね」

そう言って新出先生は笑い、ひかるさんはほのかに頬を染め、新一は恐縮しまくっていた。

「ねえ新一。まさか、周りにいる男の人がみんな、わたしの事そういう目で見てるなんて、思ってたわけじゃないよね？」
「……え！？何で！？そう思ってたけど！？」
「えーっ！？な、何で！？そんな訳、ないじゃない！」
「蘭は誰よりも可愛くて誰よりも綺麗で、男だったら誰でも蘭に惚れるに違いないって、思ってるよ！」
「バカじゃないの！？わたしより綺麗な人とか、わたしより可愛い人とか、世の中には、いーっぱいいるじゃない！」
「蘭は世界一可愛くて世界一綺麗だ！」

言い合っている内に、段々、声が大きくなってしまったみたいで。
周りにいた人たちがみんな、お腹を抱えて大笑いしていた。

わたしは恥ずかしくていたたまれなくなる。

「蘭さん。それが、惚れた欲目ってものだよ」

新出先生が苦笑して言った。

そっかあ。
わたし、新一に本当に愛されているんだなあ。

いつの間にか近くに来ていた園子が笑いながら、わたしの肩に手を掛けて言った。

「蘭。蘭だって、そうじゃない？」
「えっ？」
「新一君のこと、世界で１番カッコよくて１番ハンサムで、周りにいる女性はみんな、新一君に惚れるに違いないって思ってるでしょ？」
「うん。思ってるけど？」

その途端。
周り中でまたもや大爆笑になった。

新一をちらりと見ると、新一は赤くなって恥ずかしそうにこっちを見ている。

「蘭。それが惚れた欲目じゃなくて何なのよ？」

えー。
新一、カッコいいと思うんだけどなあ。
探偵やってるくらいだから頭が良いし、気障なセリフも新一ならサマになるし、スポーツマンだし、程よく筋肉がついたスラリとした立ち姿で、綺麗な顔立ちしてるし。
女の人はみんな惚れそうだって思うんだけどなあ。

結局。
似た者夫婦ってことなのかな、わたし達？

　　　☆☆☆

警視庁関係の人も多かった。
目暮警部と、退官された松本元警視正は、昔、お父さんの上司だったから、知っているけど。
高木渉・美和子刑事夫妻、千葉一伸・苗子刑事夫妻、白鳥警視正、などなど、「今のわたし」は直接知らないけど、「以前のわたし」がずいぶん親しくさせてもらったのだとかで。

「わたし」の中学時代の教師だったという高杉小百合さんは、松本元警視正の娘さんで、かつてのわたしが２度目の入院をする直前に、結婚式に出席させてもらったのだそうだ。

「ふふふ。私もね、27歳の時と30歳の時、2回結婚式をやっちゃってね。蘭ちゃんには、そのどっちにも、参加してもらったわ……」
「えええっ？あのあのあの……」

あっけらかんと言う小百合さんに、わたしは目を白黒させた。

「あ。どっちも、相手はこいつだから！」
「……その節は、どうも」

小百合さんに腕を引っ張られて苦笑しているのは、旦那さんの高杉俊彦さん。

「私たちも、やり直しだったのよ。理由は蘭ちゃんたちと全然違うけどね！」

屈託なく笑う小百合さんだけど、きっと色々なことがあったんだろうって想像がついた。

園子の結婚式で出会った「かつてのクラスメート」も何人か、来てくれていた。

知らない人達の筈だけど、懐かしくて、全然、違和感はなかった。
新一への愛がわたしの中に残っていたように、その人たちと出会っていた時の親しみも、わたしの中に残っていたのだろう。

「前の時は、急なことで間に合いませんで……改めて出席させていただき、嬉しいです」

京極さんがそう言った。

そういえば、蘭の手記にも、出席者の名前に京極さんはなかった。
でも、そうよね。
あの時は、服部さんと和葉ちゃんを一緒に呼んだのだし、本当だったら園子のパートナーとして京極さんを呼んでいた筈だったのよね。
多分、外国にでも修行の旅に出ていたんじゃないかな？

ちなみに、京極さんは鈴木家に婿入りしたので、今、本当は鈴木真さんだけど。
空手がらみの仕事や試合の時は「京極」で通しているし、わたしもそのままずっと「京極さん」と呼んでいる。

服部さんと和葉ちゃんも、大阪から駆けつけてくれた。
そういえば、以前の時も、急な話にもかかわらず、取るものも取りあえず、大阪から駆けつけてくれたんだよね。

「蘭ちゃん。綺麗や……」

そう言って和葉ちゃんは涙ぐむ。

「今度こそ、幸せになるんやで」

和葉ちゃんの言葉に、思わず涙をこぼしかけると。

「蘭ちゃん！ダメ！お化粧崩れちゃう！」

わたしに化粧をしてくれたお義母様から怒鳴られてしまった。

「やあ。体がまだ10代だと成長早いね。この前会った時より、ずいぶん大人っぽくなったじゃないか」
「せ、世良さん……」
「ちがーう。世良ちゃん」
「あなたも、わたしのクラスメイトだったんですよね」
「ああもう！敬語なんか使うなよ！調子狂うじゃないか」
「だ、だって……」
「園子ちゃんと蘭ちゃんと僕と、いつも一緒に遊んでたんだよ！」
「そ、そうだったの？」
「まあ、たいてい、眼鏡のがきんちょも一緒だったけどね」

園子が、話に割り込んでくる。

「眼鏡のがきんちょって……コナン君？」
「あら。蘭、知ってるの？」
「っていうか、コナン君と映ってる写真が見つかって、それで前倒しで話を聞くことになったって説明したじゃない」
「そうだったっけ？あのがきんちょも、今は高校生くらいだよねえ。どうしてるんかねえ？あんなに蘭に世話になったのに、新一君の親戚だってのに、今回呼んでないの？」
「えーっと……なんかアメリカに留学してるらしくって……それに、コナン君には、わたしが縮んだって話、してないらしいのよ」
「ふうん。そうなんだあ」

園子は納得したように相槌打ってたけど、世良ちゃんがその横で笑いを堪えている？
（あとで新一から、世良ちゃんもワケあってコナン君の正体を知っていたと聞かされた。）

「蘭さん！」

ちょっと女顔の小柄な男性が手を振ってかけて来た。

「あれ？瑛佑君、アンタも呼ばれたの？」
「ええ。工藤さんから連絡もらって……」
「この人は？」
「世良ちゃんが転校してくるちょっと前に、転校してきてまた転校して行ったクラスメートよ。で、この人、アナウンサーの……何とかいう人……」
「あ。水無玲奈でしょ？よく、似てるって言われましたから」
「水無玲奈？知らないなあ……」
「引退してもう何年にもなるもんねえ」

「ねえねえ。エイスケさんって、もしかして、本堂瑛佑さん？」

わたしの言葉に、皆が振り返る。

「そうだけど。何で知ってるんですか？」
「えっと……新一から聞いて……」

わたしの手記に書いてあったとは言えない。

「ふふっ。実は僕……うわわわわっ！」

突然、瑛佑さんの首根っこが後ろから掴みあげられた。
それをやってるのは新一だ。

「お前。何を花嫁を口説いてる!?」
「く、口説くなんて！ただ僕は……」

新一の目がマジで怒っていて、わたしは迂闊に庇うこともできずにオロオロしていた。

「出た！新一君の虫除け！」
「……園子？新一の虫除けって、何？」
「蘭に近付こうとする男どもにあの手この手で牽制してたってのは、帝丹中学高校で知らない者は殆どいなかったのよ！肝心の蘭はそれに気づかないっていうか、新一君も巧妙に、言い訳はいくらでもできる方法でやってたからねえ」

わたしは驚いたけど、皆、さもありなんという顔をしていた。

「でも、こんな風にストレートに『蘭に寄るな！』ってやるのは、なかったかも」
「そうそう、蘭に気付かれないようにやってよね～」
「っていうか、２人の夫婦っぷりを思い切り見せつけるって手法が多かったような……」
「ええっ!?わたし、記憶にないから分からないけど、新一、そんな風だったの？」

わたしが言うと、皆大爆笑した。

「いやいやいや。記憶にあるとかないとかじゃなくってえ」
「前の蘭も、全く気付いてなかったよね～」
「そうそう、工藤君の虫除けも、工藤君の気持ちにも」
「もう、周りで見ている方からしたら、バレバレだったのに」

なななんか……気恥ずかしいけど……。
でも、何となく。
元クラスメートたちは皆、新一とわたしとを応援し見守ってくれていたんだなって……だからこそ、今日も呼んだんだなって、分かって来た。

「工藤さん。僕、お２人の結婚式に招待してもらって、嬉しかったんですから、変な勘ぐりはよしてくださいよう」

瑛佑君の訴えに、新一はようやく手を離した。

新一ってば、わたしに対して、あんなに自信がなかったクセに、独占欲は強かったのね……。
あ、逆か。
自信がないからこそ、蘭が他の男の人のアプローチになびくんじゃないかって、心配だったのかも。

でも、今は、わたしの気持ちが分かってるんだから、もうちょっと寛容でもいいのに。

「新一」
「……言うなよ、蘭。オレが大人げないってことは、オレが一番よく分かってんだから」

新一のちょっと不貞腐れたような顔。
今はわたしより１０歳も年上のクセに、子どもみたい。

「新一。大好きよ」

不貞腐れて横を向いていた新一が、わたしに向き直って真っ赤になった。

「昔も今も、わたしは新一だけのものだから」
「ああ……」

新一は優しく微笑むと、周りに人がいるにも関わらず、わたしを抱き寄せて唇をふさいだ。
周りでどよめきが起こる。

「こらーっ！新一～～～！」

お義母様の怒鳴り声が聞こえる。

「な、何だよ母さん。良いじゃねえか、オレ達夫婦なんだから、キスくれえ」
「良くない！蘭ちゃんのお化粧が、崩れちゃうでしょ！」

見ると、新一の唇に口紅がついていて、わたし達は赤面する。

有希子お義母様は、新一に紙ナプキンを渡し、化粧直しのためにわたしを連れて行った。

控室で簡単に化粧直しが行われる。

「これでよし！蘭ちゃん、すごく綺麗よ……」
「お、お義母様……」
「今は蘭ちゃんより10歳も年上のクセに、いつまでも子どもで本当にしょうもない息子だけど……」
「い、いえ、そんなことは……！」
「蘭ちゃん。新一のこと、お願いね……」

有希子お義母さまの目に、涙が浮かぶ。

そうよね。
新一のお母様だもの。
当たり前だけど、本当に新一のことを大切に思ってらっしゃるんだ。

「新一は、もう、ずっと昔から……保育園で蘭ちゃんと初めて会った時から、蘭ちゃんのものなのよ。親として、それはもう早い内から覚悟してたわ。蘭ちゃんが生きててくれて、もう一度新一を選んでくれて、本当に良かっ……」

お義母様が泣き崩れる。
つられてわたしも涙が溢れ、２人して暫く泣いて。

結局、わたしはもう一度お化粧直しをすることとなり、心配した新一が控室にわたしを探しに来るという一幕もあった。

お父さんは、ずっとビールを飲んで、わたし達の方を見なかった。
お母さんは、ずっと席についてあまり動かず、挨拶に来る人たちにはにこやかに対応していた。

だけど、最後、お父さんとお母さんに花束を渡した時は、２人とも盛大に涙を流し、わたしを抱き締め……そして、新一の方に押しやってくれた。

「お父さん……お母さん……ありがとう……」

わたしは、２人の娘として生まれてきて、本当に幸せだったと、改めて思った。

　　　☆☆☆

７月。
雨が続く鬱陶しい時期だけど、梅雨が終われば夏休みだ。

わたしは、部活で、組手を行っていた。
不意に。
めまいがして、わたしは崩れ落ちた。

「工藤さん！大丈夫!?」
「なに？誤って技をかけちゃったの？」

わたしは、気が遠くなりかけたけど、相手の技はわたしに届いてない、ちゃんと寸止めしてくれたって、言いたくて、言えなかった。

「ちょっと！養護の先生呼んできて！」
「それより、救急車！」

周りが騒然となる。
わたしは、必死に起き上がった。

「工藤さん！大丈夫？」
「だ、大丈夫です……ちょっと貧血起こしただけで……」
「ごめんね、工藤さん……」
「山田先輩、大丈夫です、技はちゃんと寸止めで、当たってませんから」

わたしは、そろそろと立ち上がろうとしたけど、眩暈とふらつきで、まともに歩けそうにない。
申し訳ないけど、部長に付き添ってもらって、保健室へ行った。

養護教諭の先生は、わたしの目の下を引っ張った。

「本当に貧血になってるみたいね。ちゃんとご飯食べてる？スポーツやる子は余計にしっかり食べないと……」
「は、はい……ダイエットとかはしてません。でも、最近、食欲なくて……」

養護の先生は、何だか奇妙な顔をした。

「どうする？今から病院に行く？」
「あ。大丈夫です。家族に迎えに来てもらうんで……」
「ちゃんと、病院で診てもらいなさいよ」
「はい」

わたしは、養護教諭の先生に許可をもらって、新一に電話を掛けた。
色々面倒なので、学校では新一のことを「兄」ということにしてる。

新一は、慌てて飛んできた。
電話をかけてから１０分後には学校に到着していた。

「新一……お兄ちゃん。ごめんね」
「蘭！大丈夫なのか？」
「うん。ちょっと眩暈がしただけ」

新一の顔色が変わった。

「工藤さんのお兄さん？」
「はい」
「貧血になってるみたいだから、病院に連れてった方が良いわ」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
「えっと……言いにくいことだけど、工藤さん、彼氏いる？」
「えっ？あ、その……はい、まあ……」

養護の先生に思いがけない話を振られて、わたしはしどろもどろに答えた。

「彼氏さんと、体の関係、ある？」
「そ、それって……何か関係、あるんですか？」

わたしは、先生の問いかけの意味が分からず、思わず逆質問していた。

「お兄さんの前で、あれだけど。家族なら、ちゃんと知ってた方が良いと思うし」
「えっ？」
「工藤さんが、彼氏さんと体の関係があるんなら、もしかしたら……」
「……わかりました。蘭を産婦人科に連れて行ってみます」

新一はすぐさま反応した。
わたしは新一の言葉を聞いてやっと、あ、そういう意味だったのかと理解した。
そういえば月のものが遅れていたなと、今更のように考える。

最初、すごく心配そうな顔色だった新一だったけど、今度は赤くなっていた。
それを、養護の先生は別の意味に解釈したらしい。

「あ、あのね。他の病気の可能性もあるし、もしそうだったとしても、怒らないであげてね。一番傷付くのは女の子なんだから……ご家族で一番いい道を、話し合ってちょうだい」
「分かりました。蘭、行くぞ」
「う、うん……」

新一がわたしを横抱きに抱き上げる。
養護の先生は、新一が年の離れた過保護な兄と判断したみたい。

「妹さんを、守ってあげてね」
「はい。大丈夫です」

着替えやカバンは、養護の先生が車まで運んでくれた。
そしてわたしは助手席に乗る。

「貧血っていうから、こっちの心臓が止まるかと思った……」
「ごめんね。でも、発病にはまだ早いと思うの」
「ああ。そうだな……」

全く同じ道をたどる訳ではないとしても、わたしがリンパ腫を発症するのは、多分、もう少し先のことだ。
一応、毎月、検診は受けているけれど、今のところその兆候はない。

わたしの誕生日から２カ月足らず。
ほぼ毎晩、新一に抱かれているのだから、そっちの可能性の方が高い。

で、わたしはそのまま産婦人科の病院に連れて行かれるのかと思ったけれど。

「もう、今からじゃ外来やってない病院の方が多いし。先に、蘭の主治医である宮野に診てもらおう」
「うん……」

途中、薬局で、妊娠検査薬を買って帰った。
そして、家で検査をしてみる。

はたして、陽性の結果となった。
市販薬でも、その精度は高いと言われている。

新一の子どもが、わたしの中に宿っている……！

わたしは、歓びに震えていた。

第Ⅲ部　prospect（５）に続く

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千葉刑事、原作とアニメで、まだフルネームが出たことはないですが、多分、千葉一伸さんだろうと思います。

ここのところ、サブタイトルが妙にもってまわったものになってますね。
いや、未読の方にもサブタイトル一覧が目に入るもので、あんまり中身が分かるようなサブタイトルにしたくないと思いまして。

そして。
新蘭は次のステージへ。

2015年7月12日脱稿

　　