re-start第Ⅲ部　Prospect（５）新しい命

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by　ドミ

第Ⅲ部　Prospect（５）新しい命

志保さんはすぐに、近くの産婦人科にわたしの紹介をしてくれた。

新一が「女医」さんにこだわって、煩いったらなかった。
でも、わたしもやっぱり、できれば女医さんの方が良かったのは確かで。

「あのね！医者ってのは、プロとして仕事してんだから！いい加減にしなさいよ、工藤君！」

と怒りながらも、志保さんは女医の産婦人科医を探してくれた。

そしてわたしは、思い切りよく、入ったばかりの米花女子高校に、退学届を出した。

「蘭。休学でも良かったんじゃねえか？」
「ううん。だって、多分、子どもが１～２歳くらいになった頃に、わたし……」

新一の顔が一瞬暗くなった。
新一もわたしも、周りの人たち皆も、いつか来るわたしの発病の日を恐れている。
今、とても幸せだけれど、それだけがわたしたちに深く突き刺さった棘。

「……蘭が学校をやめると決めたのなら、反対はしねえ。まあ……蘭は一度高校を卒業してるし、もしまた学校に行きたくなったら、次は大学でも良いよな」

ただ、前の記憶がない分、受験勉強は少し大変かもと、新一はちょっと笑って言った。

少しだけ待って、子どもがお腹の中で順調に育っていることを確認してから、双方の親や親しい友人たちに、妊娠の報告をした。
お父さんもお母さんも、色々うるさい事言うこともなく、すごく喜んでくれた。
お母さんは、涙を流していた。

「蘭。大事にね。無理はしないのよ」
「お母さん……」

そうか。
わたしが発病した時は、きっとお父さんとお母さんも、もう孫なんて絶望的だって、思ってたんだろうなあ。

お義父様もお義母様も、すごく喜んでくれた。

園子は、

『えー！夏は蘭と一緒に海に行こうって思ってたのに～。でもま、おめでたい話だから、いっか～』

とか言ってたけど、彼女だって新婚、実はそのすぐ後に、おめでたが判明した。
それと前後して大阪の服部さんたちも。

「おめでた続きだね～」
「ああ……」

新一が、目を細めて、眩しそうにわたしを見る。

新一の子ども。
新一とわたしの子ども。

嬉しい。
嬉しい。

子ども達はきっと、お互い親しくなるだろう。
そして、その中で、次世代のカップルができるかもしれない。

そういったことを夢想していた。

そして……できれば、そこまで見届けたいと、思う。

もし、わたしに何か遭っても、子どもがいたら、新一は生ける屍になることはないだろうと、心のどこかで思ってた。
もし、わたしが発病して、命を落としても、新一とわたしの命を分けた存在がいれば、新一には生きるハリができるだろうって、心のどこかで思ってた。

改めての初夜で新一が「オレと子どもを残して逝ってしまうな」と言ったのは、多分、わたしのそういう思いに気付いていたからかもしれない。

本当だったら望めなかった我が子が、今、わたしの中に育っていて。
この子が無事生まれ、育っていくところを見届けたら、もう、思い残すことはない筈だけれど。

やっぱり、生きたい。
新一と共に、子どもを育てながら、年老いて行きたい。

それは、贅沢な望みなのだろうか？

本来だったらとっくに失っていた筈の命が長らえただけでも、幸せなことなのに。
本当だったら望めなかった我が子を抱けるだけでも、幸せなことなのに。

それ以上を望んでは、いけないのだろうか？

　　　☆☆☆

「工藤さん！あとちょっとですから、頑張って！」
「ん！ん～～！！」
「工藤さん、息を詰めないで！ひっひっふー。ひっひっふー」
「ひっひっふー、ひっひっふー」

助産師さんの指導に合わせて、一所懸命、呼吸を整える。
新一が握ってくれている右手を、ぎゅっと握る。

「蘭……！」

新一は、何と言ったらいいのか分からないのだろう、ただ、わたしの名を呼ぶ。

「いきむの、今はちょっと我慢してね」

「はい、また、頑張って力入れて～！」

「頭が出てきた！もう、力入れなくていいからね～」

わたしのお腹の中で何カ月もかけて育ってきた命が……わたしの中から出て行く。

「おほぎゃー！おほぎゃー！」

大きな産声が聞こえた。

新一とわたしの赤ちゃん。

涙が溢れ落ちる。

「工藤さん。元気な男の子ですよ。頑張ったわね。さ、あとは、後産（※）だけ。もうひと踏ん張りよ」
（※出産後、役目を終えた胎盤などを排出すること）

ほどなく、後産も終えた。

「蘭。頑張ったな」

新一が髪を撫でてくれた。

赤ちゃんは、綺麗にしてもらって、わたしのところに連れてこられた。
裸のままわたしの胸に抱きとられ、その上から掛物がかぶせられる。

「祐ちゃん。初めまして。ママよ」

新一と話し合って、男の子だったら祐樹、女の子だったら祐香と名付けようと決めていたので、祐ちゃんという呼び名は自然と口から出てきた。
新一が、横から覗き込み、祐樹の頬をちょんとつついた。

「ちっちぇーもんだなあ……」
「ふふっ。そうだね」
「蘭。ありがとう……」
「新一……」
「オレは……男だし、何もできねえから……オメーがどんなに大変だったかなんて本当のとこは分かんねえけど、はたで見ているだけでも大変そうだったし……色々、ありがとう……」
「新一。わたしは、大変だったことよりも……すごく嬉しくて幸せなんだよ……」

そういう会話を交わしながらも、祐樹の方を時々見る。
もちろん、助産師さんも見ていてくれるけど。

生まれたての赤ちゃんは不安定なので、元気に生まれたようでも、しばらくはきちんと見ていないといけないのだ。

「こほん。お父さんの方は、そろそろ……」
「あ、はい。すみません。じゃ、蘭。祐樹。またな」

新一はわたしの唇と赤ちゃんの頭に軽く口付けて退室した。

「見ていて微笑ましくなるくらいラブラブね。邪魔したくないのはヤマヤマだけど、今はまだ、私も赤ちゃんの様子を見てなきゃならないし」

助産師さんが苦笑する。

「あ……えっと……すみません」
「立ち会い出産も、良いことばかりじゃなくてねー。血を見てぶっ倒れる男性も少なくないし、出産シーンを見ることで妻を女として見れなくなってしまうなんて例も、あったりするし。もちろん、感動してくれて良い方に働く場合もあるけどね」
「あ、はい……新一は、職業柄、血を見るのに慣れてるというか……」
「それだけじゃなくて。あなた達を見ていると、お互い、愛と信頼に溢れている感じで、本当に微笑ましい……」
「……」
「にしても。工藤さん夫妻って、同い年なのね」
「あ、はい。幼馴染なんです」
「工藤さんって、見た目はまだ20歳にもなってないように見えるけど……まあ、主治医の先生も、工藤さんは実年齢と肉体年齢が乖離しているって仰ってたから……世の中にはそういうこともあるのね」

志保さんが産婦人科医に紹介してくれた時点で、わたしの戸籍上の年齢と肉体年齢が違っている件については医師に説明してくれていた。

たぶん、あと10年20年経ったら、段々、年齢のずれも、小さくなってくるだろうけど。
何となく、ずるしているような感じがして、わたしは首をすくめたのだった。

　　　☆☆☆

孫フィーバーって、聞いたことはあるけど。
わたしの両親も、新一のご両親も、ビックリするくらい相好を崩しまくっていた。

でも、お義母様はいつもわたしに対して細やかに気遣ってくださるし、嫌な気持ちになることは全くない。

退院したわたしはそのまま工藤邸に戻った。
お義父様は1週間くらい、お義母様は結構長く、工藤邸にいらっしゃるけど、赤ちゃんやわたしに構うのは、わたしが疲れない範囲にとどめてくださっているのがよく分かる。

お母さんもしばらく工藤邸に泊まり込んでいたけど、元々お義母様とお母さんは友人同士だったためか、仲良くやっているようだった。
お父さんはしょっちゅう顔を出すけど、仕事の関係もあり、泊まりこんだのは最初の晩だけだった。

「有希子って、サバサバ系で大らかで、悪く言えば無神経な人だって思ってたけど……結構細かな気遣いをする人だったのねー」

祐樹を抱きながら、お母さんがしみじみと述懐した。

「有希子が、蘭のお姑さんっていうのは、本当に幸せなことだったと思うわ……」
「お母さん……」
「母親にとって、一番大事なのは、もちろん、我が子だけど。有希子が一番可愛いのは新一君だってのは当たり前だけど。蘭のことをここまで、我が子同然と言えるくらい大切にしてくれるなんて、本当にありがたいわ……」
「それはきっと……お義母様は、新一の幸せに何が一番必要なのかってちゃんと考えていらっしゃるからだと、思う」
「……蘭？」

わたしは、お母さんから祐樹を受け取り、顔を覗き込みながら言った。

「自惚れでも何でもなく……わたしは新一にとって、命そのものってくらい、大切な存在……だから……」
「そう……」

お母さんは、複雑そうな顔をした。

「蘭。蘭が、すぐに子どもを作ったのは、まさか……」
「違うわ！」

お母さんの言葉を遮って、わたしは言った。

「え？違うって……」
「わたしは……また病気に罹るかもしれない、っていうか、罹ると思う。でも、今度は必ず、病気を乗り越えて生き延びる積り」
「蘭……」
「新一に、忘れ形見を残そうって思ったわけじゃ、ないから」

お母さんが、大きく溜息をついた。

「だったら良いけど……でも、じゃあ子どもを作るの、急がなくてもよかったんじゃ？」
「お母さん。骨髄移植をした場合、病気は治るかもしれないけど、その殆どが不妊になってしまうの」
「……！」
「だから、子ども作るなら、その前にって思って……」
「そう、だったのね……」
「実は、志保さんが既にもう調べてくれていて……骨髄バンクの登録者も昔より増えてきているから、あの時は全くいなかった、わたしとＨＬＡの型が合う人って、ごく少数ながらいることが、分かっているの」

それは、つい数日前に、志保さんから聞かされた話だった。
それを聞いて、新一もわたしも、今まで閉ざされていた未来が開けた思いがした。

多分、あと２～３年の内に、わたしは発病する。
でも、今度はちゃんと……今の蘭のまま、未来に生き延びることができる筈。

時々、失われた記憶に思いを馳せることがある。
色々なことを思い出せないのは、本当に残念だ。

でも、それは仕方がない。
そもそも、あの時死んでしまう筈だったわたしが生き延びて、新一とあらためて結ばれて、可愛い子供に恵まれて……。
本来、有り得なかった筈の幸せを手に入れているのだから。
それ以上を望んではいけないだろうって思うのだ。

戸籍年齢は27歳のわたし。
でも、記憶や経験は17年分しかない。

なので、やっぱり子育ては色々と大変な事ばかりだった。

でも、祐樹は本当に可愛いくて仕方がないし、大変な事すら、幸せで。
新一とわたし両方の親の手助けを得ながら、園子や和葉ちゃんと交流しながら、大変ながら楽しく子育てを頑張って来た。

祐樹が6カ月になったところで、わたしは、保育園に預け始めた。
仕事については、探偵事務所の家族従業員として登録をした。

そして名目だけじゃなく実際に、新一の仕事のお手伝いを始めた。
子どもが熱を出して保育園に迎えに行くのも、自営業だから融通が利きやすい。

祐樹を保育園に預けた訳は、母親とだけ向き合って過ごすよりも大勢の子たちと交流して過ごす方が良いだろうということの他に。

いずれ、わたしが入院しなければならなくなったとき、いくら双方の親の助力があったとしても、新一１人で仕事をしながらの子育ては大変だろうという思いもあったからだ。

　　　☆☆☆

季節はうつる。
祐樹が満２歳の誕生日を迎え、そして新一の29歳の誕生日が来た。

わたしは新一の少し後に、戸籍上は29歳となる。
実年齢は19歳くらいだけれど。

そして……元の蘭が発症したのは、このくらいだ。

ただ、元の蘭と違い、まだ疲れやすいとかむくみが出るとか貧血だとか、そういう症状は起きていない。
けれど。

「蘭さん。……発症したわ」

血液検査結果を見た志保さんの声が。
冷酷な現実を突きつけた。

第Ⅲ部　prospect（６）に続く

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子どもの名前。

基本的に、コナンはやめよう。
と思っています。
また、ジジババや両親から一文字もらう、ってのも、できれば避けたいと思っています。
平ちゃんのように父親から名前をもらうのって、原作でもむしろ例外的存在ですし。

ただ、色々シリーズを書いていると、段々、行き詰ってきまして。
いっそ、他シリーズとお子さんの名前は一緒にしようかと考えてしまったりします。

で、今回の「祐樹」って名前は、「勇気」の文字違いにしようと思ってつけました。
画数とかは、調べたことがありません。

さて。

物語はいよいよ、最後の山を迎えます。
多分、あと２話くらいで終わります。

2,015年8月11日脱稿

　　