re-start第Ⅲ部　Prospect（６）射してきた光

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by　ドミ

第Ⅲ部　Prospect（６）射してきた光

ずっと、覚悟はしていた。
いずれは、発症する時が来るって、分かっていた。

それでも。
いざ、その事実を突きつけられると、足元が崩れそうな感覚に襲われた。

「蘭さん。今回は、私の研究所と繋がりの深い病院にお願いしたいと思っているんだけど」
「志保さんに、全て、お任せします」

わたしは、頭を下げて言った。
もうずいぶん昔から、志保さんを信頼して全てを託すって決めていたのだから。

志保さんは、ふうと息をついた。

「ねえ、蘭さん。あなたの記憶にはなくても、手記に書いてあったから、知っているわよね。私が……工藤君のことを、かつて好きだって錯覚していたこと」
「え……！」

突然の志保さんの言葉に、わたしは何と答えたら良いのか、迷った。

「工藤君は、私の知る限り、蘭さん以外の女性に目を向けたことはない。本当に、残酷なくらい、他の女性からの想いを受け取る事すらしない」
「……志保さん……？」
「彼は、人としての優しさを持ち合わせているから、自分に好意を寄せる相手を見下したり冷たく扱ったりすることはしない。でも、絶対にその好意に応えることもない。告白されたらハッキリ断るし……告白されない場合は、何と言うか……気付こうとしない気がする」
「……」

わたしは、何と答えたら良いのか、分からなかった。
新一がずっとわたしを……わたしだけを愛してくれていたことを、わたしは知っている。
ただ正直、わたしは自分が新一に片思いをしたことがないから、新一に片思いをしている女性への態度がどうだったのかなんて、分からない。
失われた10年間の記憶の中で、それを目の当たりにしたこともあるのかも、分からない。

「まあ、私の場合、その気持ちは錯覚だったって、自分で気付いたから、結果的に傷つくこともなく良かったけれど……」
「志保さん？」
「私はね。最初の内、あなたのこと、嫌いだって思ってたの」

ハッキリ「嫌いだった」と言われてしまうと、やっぱりちょっとばかり落ち込んだ。

「彼に愛されながらそれに気付いていないあなたを、苦労知らずで天真爛漫に誰にでも優しいあなたを、憎いとすら、思った」
「し、志保さん……」

わたしは、志保さんが何でそんな事を話し始めたのか分からなくて、戸惑うばかり。

「私が……組織の人に、命を狙われて。私ももう、逃げるのが辛くて怖くて、向き合うくらいなら、いっそ何もかも終わらせようと思って。そして、私が銃口の前に身をさらした時。私の事情も何も知らないあなたが、ただただ、私を守ろうとして、何のためらいもなく銃口の前に飛び出して、身を持って庇ってくれた」
「え……？」

さらりと告げられた言葉に、わたしは驚愕する。
組織の話とかは少し聞いていたけど、本当に色々あったんだ……。

「その時、私は、気付いたの。あなたは、私の姉に……組織に殺された姉に、似てる」
「志保さん……？」
「工藤君の愛を一身に受けるあなたを……姉に似ていて、でも姉じゃないあなたを、私は忌避し、憎んだ……けれど、本当は……私はあなたに惹かれていて、どうしてもそれを認めたくなくて……嫌いだと思い込み憎もうとしていただけ」

初めて聞く志保さんの心情に、わたしは言葉も出せない。

「恋と錯覚するくらい、工藤君に惹かれていたのも、事実。工藤君の真っ直ぐさは、私には眩しくて。でも、彼は、蘭さんと共にあるから光り輝いていることに気付いたの。私は、工藤君とあなたの絆に憧れ惹かれた。ううん、今も惹かれている。２人とも、私にとって大切な存在なの」
「……」
「あなたが失われたら、工藤君は光を失って、生ける屍になる。たぶん、長く生きていられない。自殺するわけじゃないけど、生きる力が失われるだろうから……」

わたしは息を呑んだ。
そう。かつて、わたしは……新一が生ける屍になってしまわないように、生き延びる道を選んだのだ。

「わたしは……工藤君も、蘭さん、あなたも……失いたくないの。失いたくないのよ。工藤君と蘭さん、その奇跡のような恋人たちを、その存在を、失いたくないって思った……」
「志保さん……？」
「死なないで。今度こそ……助ける……絶対に、助かるから！」

志保さんは、もしかしたら、亡くなったお姉様の面影をわたしに見ているのかもしれない。
今度こそ助けたいのは、わたし自身というより、お姉様の代わりとしてなのかもしれない。
でも、それが嫌だとは全然思わないし、「わたしの命を救いたい」という志保さんの想いがホンモノだってことは、痛いほど伝わった。

「あの薬は、若返りの薬は、体に何の副作用も残さないけれど。ただ、２度は効かないの。だからもう、同じ手は使えない」
「……？だから。今度こそ、治すための治療を行うのでしょう？」
「あと少し……少しだけ時間が欲しい……」

志保さんが少し焦ったような表情で言った。

志保さんが勤務している研究所と繋がりがあるという病院。
研究を兼ねて最新の治療が行えるのだとか。

「言葉を変えて言えば、患者相手に実験をするところでもあるのよ」

実験といえば聞こえは悪いけど、患者の最新治療を行うための試行錯誤をするのだ。
患者もそれを承知の上で入院する。

そしてわたしは……。
多分、志保さんは、わたしを助けるために、新しい治療方法を試す積りなのだろうって思っていた。
それでも良いってわたしは思う。
少しでも、可能性があることに賭けたいもの。

ただ、志保さんがわたしの為に開発中の治療方法は、おそらくまだ未完成なのだろう。

でも、わたしは、志保さんを信頼しお任せする、その決意は揺らがない。

新一も、お父さんとお母さんも、いずれこの日が来ると覚悟はしていた筈だけど、わたしの発症を聞くと、やっぱり顔色を変えた。
ただ、志保さんを全面的に信頼して任せるというわたしの判断に対しては、誰も異を唱えなかった。

「新一。わたしが留守の間、祐樹を、お願い」
「ああ。任せてくれ」

新一に、勝るとも劣らぬほど大切な存在である、子ども。
新一とわたしの……。
まだ２歳の我が子を残して逝くことはできないって思う。

新一のためにも、祐樹のためにも、生きたい。生き延びたい。

そしてわたしは、入院した。

　　　☆☆☆

覚悟していた筈だけど、化学療法の副作用は本当にきつい。

以前の蘭も、この状態に耐えたのだ。
１回目の入院の時は、きつい先にまだ希望があったけれど、２回目の入院の時は、その先に望みが殆どなかった。

今のわたしは……。
以前と違い、造血幹細胞移植ができる可能性があり、希望がある。
ただ、移植の際にも化学療法が必要であるという話なので、この副作用のきつさからは逃れられない。

以前、再発していることから、いずれは移植が必要だろうという判断はされていたけれど、それでも最初の入院では化学療法だけを行うこととなった。
移植での様々なリスクが想定されるからだという話だった。

前の時に比べて、希望はある筈。
なのに、やっぱり不安になってしまう事がある。

「蘭……」

マスクとキャップを身につけた新一が、面会に来た。
多分、部屋の外で、厳重に手の消毒をして来た筈だ。
小さな祐樹は、まだ面会ができない。

わたしは、身動きする気力もなかった。
必死で笑顔を作ったけど、ちゃんと笑えただろうか？

「祐樹は……？」
「蘭がいなくて、寂しがってる。でも、元気だよ」

祐樹には、お母さんが病気で治療するために入院していること、元気になったら退院することなどを繰り返し話しているそうだ。
たった２歳なので、どの程度理解しているかは分からない。
でも、子どもだからと侮って誤魔化したりするより、向き合って話をすることを選んだという。

短時間の面会の終わりには、マスク越しのキス。
辛い日々だったけど、新一の面会を楽しみに、わたしは乗り切った。

抗がん剤治療で好中球（白血球の一種で細菌感染を予防する働きがある）が減少しているときは面会制限が厳しくなるけど、合間の時期には大部屋に移され、面会制限も緩められる。
祐樹も、お父さんお母さんお義父さんお義母さんも、園子をはじめとした友人たちも、何度も面会に来てくれた。

そして、１回目の治療が終わり、寛解し、わたしは退院した。

髪の毛がすっかり抜け落ちた私は、自分の髪で作ったカツラをかぶり、ちらちらと雪が舞う中を、家に帰った。

入院している間に季節がすっかり移り変わり、クリスマスと新年を自宅で過ごすことはできなかったけれど、祐樹の３歳の誕生日には間に合った。

春が来たら、新一もわたしも、３０歳の誕生日を迎える。
６月には、４周年の結婚式記念日。
（結婚記念日は、わたしの誕生日だけど、それとは別に改めての結婚式を挙げた日を「結婚式記念日」と呼んでお祝いしている）

このまま、日々を重ねていけたらと思うけれど。
いつ再発して、次の入院になるかは、分からない。

　　　☆☆☆

わたし達の願い虚しく、再発は早かった。
結婚式記念日を前にして、再発という残酷な現実が突きつけられた。

「今度は、移植を行う方向で治療方針を考えます」

医師から、そう告げられた。
わたし達だって、もとより、その積りだ。

移植に伴うリスクも、沢山あることは、わかっていた。
この数年間、自分でも色々調べたから。
100％完治できるとは限らず、適合せずに失敗に終わることもあるし。
拒絶反応を抑える薬を使うことで、感染症のリスクが高まったりもする。

でも、完全に病気を乗り越えられる可能性は高いし、挑戦する価値はある。

骨髄バンクに登録していて、わたしとＨＬＡの型が一致している方に、連絡が行く。
けれど、登録しているからといって、必ずしも良い返事をするとは限らず、なかなかドナーになってくれる方は現れなかった。

人から提供を受けるだけでは不公平だというので、新一は数年前に骨髄バンクに登録しているという。
新一は、献血はできない。
新一は以前、コナン君だった時に、わたしの血を輸血したことがあるからだそうだ。

わたしはいつ発症するかもしれない身だったため、骨髄バンクの登録も献血も止められていた。

骨髄移植のドナーとなる場合、仕事をしばらく休まなければならないが、それに対して何の保証もされないのが実情だ。
痛い思いをする上に、様々なリスクもある。
必要経費は、移植を受ける側が出すけれど、善意の提供者側の犠牲が大き過ぎる。

なので、骨髄バンクに登録していても、いざ、移植の打診が来ると、しり込みしてしまうのも理解できる。

ただ、わたしと同じ型の登録者は、いるにはいるけど少ないらしいので、何人かに断られた経過を聞くと、さすがに焦りを感じるようになった。
新一も、他の皆も、わたしの前では笑顔を絶やさないけど、やっぱり焦りを感じているだろうことが感じ取れる。

ドナーを待ちながら、２か月も過ぎただろうか。
再発後の1回目の化学療法が終わり、一息ついたころ。

病室のドアをすごい勢いで開けて、志保さんが入って来た。

「蘭さん！間に合った！間に合ったわ！」

ちょうど見舞いに来ていた新一とわたしは、戸惑って顔を見合わせた。

「蘭さんのiPS細胞から、造血幹細胞を作り出すことに、成功したのよ！」

第Ⅲ部　prospect（７）に続く

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えー。
化学療法と書いたり抗がん剤治療と書いたりで混乱されるかと思いますが、抗がん剤治療は化学療法の一種なのです。
書き方が混在して申し訳ありません。

次回が最終回となります。
最終回が結構長くなりそうな気がするけど、最終回の手前はここまでと、決めていたので。

2015年9月21日脱稿

　　