夏の陽射し


byドミ


(2)


平次と新一は、辛うじて夕食の時間に間に合った。
皆で、ホテルのレストランで食事をする。

園子は、

「真さんの実家の旅館の方が、ずっと御飯はおいしいのに」

と、ブツブツ言っている。

「悪かったよ、早く帰れなくってよ」

新一が憮然としたように言うと、真がとりなすように口を挟んだ。

「まあまあ、園子さん、皆さんと一緒の方が楽しいじゃないですか。瓦屋旅館の方は、また明日にでも御飯を食べに行きましょう」

園子は途端に機嫌を直す。

「うん、ごめんね、真さん。我儘言って」

和葉は内心、

『結局こっちもラブラブカップルやな』

と、少し寂しく思っていた。

平次は、すごい食欲で御飯を平らげながら、解決した事件のことを、ベラベラ喋っていた。

「けどほんま、工藤がおると、なんやいつも事件に巻き込まれるで。ほんまに自分、お祓いでもせなあかんのとちゃうか」

平次は口ではうんざりしたようなことを言いながらも、顔は嬉しそうだった。
事件が起こり、それが難解であればある程、燃える事を和葉は知っている。

「悪かったな、事件を呼ぶ体質でよ・・・」

新一は仏頂面で答える。

「工藤くん、そうやのん?あたしはそんなに工藤くんと会うた事ないからわからへんけど。けど、そういえば初めて会うたときも、殺人事件があったなあ」

と和葉が言えば、園子が相槌を打つ。

「あー、帝丹の文化祭の時でしょ。わたしのせっかくの傑作『シャッフルロマンス』を台無しにしてくれた、あの殺人事件、新一くんが呼び寄せたのか」
「一時期は、結構お父さんが事件を呼んでたのにね。最近、あんまり事件と出会わなくなったみたいよ」

蘭の言葉に、突然平次が大声で笑い出す。

「そりゃ姉ちゃん、あれはおっちゃんが呼んでたんやのうて、眼鏡のチビが・・・いてっ」

何故か平次は顔をしかめ、足を抑えてうずくまる。
テーブルの下で、新一に思いっきり蹴られた様子だった。

「自分、ちっとは手加減せんかい、アホ!」
「バーロ。手加減してなきゃ、今ごろおめー、骨折してるぜ」

新一がじろりと平次を睨む。
サッカーが超高校級だった新一のキックには、かなりの威力があるのだ。

和葉たちは、突然平次が笑い出した訳も、新一の突然の不機嫌の訳も、なにも判らず、キョトンとしている。

突然、京極真が、ボソリと言った。

「そう言えば、眼鏡の男の子・・・コナンくん、でしたか。あの子は、どうしたんです?」

真の視線は、何故だか真直ぐ新一に向けられている。

「何や知らんのか。あのチビ、外国の親のとこに帰りよったで」

平次が横から答える。
真は、新一を見据えたまま、言葉を続ける。

「工藤くん、あの子、あなたに似てましたよね」

新一は戸惑ったように答える。

「遠い親戚の子で・・・、俺の子供のころによく似てるって、母さん達にも言われたけど・・・」
「せやな、確かによう似とったで。俺もついつい、あのチビのこと、『工藤』呼んでたくらいや」

再び平次が横から口を出し、白々しく、ハハ、と笑う。

「親戚の子、ね。私が似てると言うのは、姿形もですが、そう、何と言うか・・・」

真はそこまで真直ぐ新一を見ながら言っていたが、突然、ふっと目元を緩める。

「いえ、気にしないで下さい。馬鹿馬鹿しい私の思い込みですから」
「もう、一体なんやのん?男たちばっかりで、何や訳の判らん話、いい加減にし!」

和葉の一喝で、男たち3人は、目が覚めたような顔になる。

「もう、ほんまにやらしいわ。女たちにはわからへん思うて話してんのやろうけど、どうせ、中身は大したことあれへんのやろ?」

和葉はブツブツ言う。
本当は、男たちだけで通じる話をしている事が、何だか悔しいのだ。

「あ、そうや、和葉」

平次が言う。

「さっき横溝さんから聞いてんねんけどな、ここらへん、夜になると、タチの悪い連中がうろついてるんやて。自分も一応女に見えへん事はないよって、気をつけたらなあかんで」
「一応は余計やねん!」

和葉は怒鳴り返す。
いつもの事、いつもの軽口だ。
平次が心配してくれて、でも素直にそれを口にできないことは判っている。
でも何だか、今夜は心乱れてしまう。

新一がボソリと言ったのが聞こえた。

「素直じゃねー奴・・・」
「ああ?自分にそんな事言われとうないで」
「俺もそうだったから、忠告してんだよ!」

2人の言い争いが始まりそうな気配に、蘭が一喝する。

「もう、止めなさいよ、2人とも!」

和葉は、涙を堪えるのが精一杯で、口を挟むこともできなかった。


  ☆☆☆


夕御飯を食べて、中庭でちょっとだべって、その後、男女に別れて部屋に引き上げる。
部屋に入った後、和葉と園子は、蘭がいないことに気付いた。

ドアを開けて廊下の方を見――、
和葉と園子は、今度こそ、見てはいけないものを見て、真っ赤になる。

新一と蘭の濃厚なキスシーン。

長いキスを終えた後、新一は、蘭を抱きしめ、その髪に口付ける。
ふと、新一が目を上げ、ドアのところで動けなくなっている2人に気付き、にっと笑った。

和葉と園子は、文字通り、石のように固まってしまった。

「じゃあ蘭、お休み。また明日な」
「うん、新一、お休みなさい」

幸い、蘭からはこちらが死角になっていたので、気付かれなかったようだ。
蘭がこちらを向く前に、2人は慌ててドアを閉め、荒く息を吐いた。
程なくドアがノックされる。
オートロックなので、外からは開かないのだ。
園子がドアを開け、白々しく言った。

「蘭、何してたのよ」
「ごめんなさい、新一にお休みなさいって言ってたの・・・。どうしたの、2人とも赤くなって」
「・・・今夜は、熱帯夜だからね」
「?クーラー、効いてるじゃない」
「もう!深く追及しないの!寝よ、寝よ」

園子はさっさとベッドにもぐりこんだ。

「えっ?でもまだ10時前・・・」
「あたしもなんや疲れたから寝るわ」

和葉も布団にもぐりこむ。
蘭は何事かわからず、1人きょとんとしていた。


  ☆☆☆


「工藤、ええ加減にせーや。ホテルの廊下は、道路と同じで、公の場所やで」

憮然として平次が言った。

ここは男性3人の部屋。
いくら見目麗しい3人であっても、やはり男同士、こうして一緒に狭い部屋の中にいると、むさくるしい雰囲気が漂っていた。

真は何も言わず、黙ってベッドに腰掛けている。
色黒なので判りにくいが、どうやら赤くなっているようだ。
女性たちを部屋まで送った直後のことだったので、平次と真も、心ならずもあのキスシーンを見てしまったのである。

「しゃーねーだろ、今回は蘭と2人っきりになれる機会がねーんだし」
「まるでけだものやな」
「うらやましいなら、おめーもさっさと和葉ちゃんに告白すれば良いだろ」

平次はガバッと起き上がり、真っ赤に(赤黒く?)なって怒鳴る。

「何でそこで和葉が出てくんねん!あいつはただの幼馴染で、うるそーてしょうもない、凶暴な女やんけ!」
「服部。照れるのもいい加減にしねーと、後悔するぞ。和葉ちゃん可愛いから、誰かに取られることになったって知らねーからな」
「和葉が可愛いやて?自分、まさか和葉に気があるんとちゃうやろな」
「和葉ちゃん相手にそんな気になる訳ねーだろ」
「何やて?聞き捨てならんで、和葉のどこが不満やっちゅうねん!」
「おい!おめー、言ってる事が矛盾してねーか?第一おめー、何怒ってんだ?」
「・・・何も怒ってへんで」
「嘘つけ。旅行の最初から、ずっと俺に何か怒ってんだろ」

平次は不機嫌に黙り込む。

確かに新一の言う事は当たっていた。
ただ、平次自身が、何故新一に怒っているのか、不機嫌になっているのか、良く判っていないのだった。

旅行に来る時の、和葉と2人の新幹線の中での会話を思い出す。

和葉が、夢見るような瞳で、頬を染めながら話していた言葉の数々・・・。

『蘭ちゃん、工藤くんにあないに思われてて、ほんまにうらやましいわ』
『七夕の日、工藤くん、7時前に帰ると予告して、ほんまに事件を早うに解決して、7時前に帰って来たんやて。さっすが工藤くんや』
『工藤くんの黒衣の騎士姿、むっちゃ格好良かったなあ。蘭ちゃんと並んだ姿は、ほんま、よう似合うとったで』

和葉の言葉を思い出すと、平次は再びムカムカ、イライラしてきた。
けれど平次には、それが何故なのか、自分でも判らないのである。

いきなり立ち上がり、

「ちょー、頭冷やしてくるで」

とだけ言って、部屋から出て行った。

新一があっけにとられていると、今度は真が声を掛けてきた。

「工藤くん、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」

顔をぐいと近づけ、真剣な目で言う。

「あなたは、園子さんとは呼び捨てにするような仲なのですか」

新一は、引きつった笑いを浮かべながらしどろもどろに答える。

「いや、子供の頃からの馴染みだから、何となくそう呼んでるだけで、別にそれ以上の事は・・・」

新一の背中を冷たい汗が流れ落ちた。


  ☆☆☆


平次は1人、ホテルの中庭にたたずんでいた。

蒸し暑い風。
空には月がかかっているが、空気が湿気をはらんでいるためか、うすぼんやりとしている。
まだ、昼間の強烈な太陽の方が、例え熱くてもよほどマシだと平次は思う。

自分の心のモヤモヤの正体がわからない。
平次は、新一の事を親友と思っているし、何時だって、会えるのは嬉しい筈だった。
しかし、今回に限っては、新一の存在にイライラさせられる。
事件に取り組んでいる時だけは、そのイライラも忘れ、無敵のコンビネーションを取り戻すのだが・・・。

月を見上げる。
月の中に、和葉の顔が浮かぶ。

「なんであいつが・・・」

平次は首を傾げる。

『大体、和葉は月の光のような女違うで。あいつを例えるなら、そやなあ。もっと別な何か・・・』

そこまで考えて、苦笑する。

『なに柄にもないこと考えてんねん』

いつも嫌と言う程見慣れている筈の和葉の顔が、何故だか脳裏に浮かんで離れてくれない。
ふいに、昼間自分を覗き込んだ和葉の姿を思い出す。

慌てて目をそらしたが、しっかり見えた、白い豊かな胸の谷間・・・。

突然に、平次は自分の中に強烈な熱を感じ、愕然とする。

和葉に触れたい、抱きしめたい。
眩暈がするほどの、強い衝動。
けれど、それを表に出してしまったら、自分たちの関係は、どうなってしまうのか。

『さっさと和葉ちゃんに告白すれば良いだろ』

さっきの新一の言葉が頭に浮かぶ。

『けど、あいつは俺のこと、男とは思ってへん。あいつは・・・』

和葉が新一のことを話す時の、きらきらした瞳を思い出す。

『あいつ、まさかな。第一、工藤は姉ちゃんの男やし』

頭を冷やしてくる、と言って出てきたのに、1人で考えていると、余計に頭に血が上ってきてしまう。





次の日の朝。

ホテルのレストランでバイキングの朝食をとる6人。

そう早い時刻でもないのに、平次は目の下に隈が出来、不機嫌極まりない顔で、眠れなかったのが明らかな様子だった。

和葉が声を掛ける。

「どうしたん平次、不景気な顔して」

平次は、恨めしげな目付きで和葉を一瞥しただけで、返事をしなかった。

「何やのん、人が心配して声掛けとんのに、返事もせんと」
「何でもあらへん。寝不足で頭が痛いだけや」
「平次が寝不足やなんて、珍しいなあ。何かあったん?」
「別になにもあらへん。枕が換わって眠れんかっただけや」

和葉が疑わしそうな目で見る。

事件とあらばどこまででもすっ飛んでいく平次が、枕が換わった位で、眠れない筈がないのを、よく知っているのだ。

平次にしても、まさか和葉が原因で眠れなかったなどと、口が裂けても言える筈がない。

向こうでは、園子と蘭が、2人掛りで新一になにやら文句を言っていた。

「新一くん、今更『園子さん』なんて、何考えてるのよ。ああ、気持ち悪い」
「新一、一体どうしたの、何か悪い物でも食べたんじゃないの」

新一は引きつった笑いで、背後に真の視線を感じながら、

「別にどうもしねーって。ただ、けじめつけようと思ってだな・・・」

しどろもどろになって言葉を出していた。

「「はあ!?なにそれ!?」」

蘭と園子の2重唱。
新一の全身に冷や汗が流れる。


  ☆☆☆


「和葉ちゃーん、服部くーん、出かけるよー」

蘭が向こうから手を振って呼んでいる。
新一、蘭、園子、真は、既に支度を整えて、ロビーに集まっていた。
今日は、水族館と遊園地に行った後、瓦屋旅館で昼御飯を食べる事になっている。

「水族館はともかく、何で伊豆に来てまで遊園地なんだ?」

新一が蘭に尋ねる。

「いいじゃない、景色も違うし、楽しいんだもん」

『女って、ほんま、何でか知らんけど、遊園地が好きやねん』

平次は、楽しそうな女3人を見て思う。
睡眠不足の身としては、勘弁して欲しいところなのだが、そうもいかない。

6人は、ホテルのバスに乗って水族館に出かけた。


  ☆☆☆


「うわあ・・・」

水槽の中にトンネルのように通路があり、そこを歩いていると、まるで海の中を歩いているような錯覚をおぼえる。

女たち3人(和葉、蘭、園子)と真は、幻想的な雰囲気に溜め息をつきながら、歩いていた。

ここに、平次と新一は居ない。
水族館に着いた途端に、そこで起こった殺人事件に、2人は駆り出されてしまっていた。

「それにしても、工藤くんって、ほんまに事件を呼ぶ体質なんやね」

和葉がボソッと言う。

事件とあれば平次がじっとしておれる筈がない。
せっかく、警察にも断りを入れて旅行に来たと言うのに・・・。

「和葉ちゃん、ごめんね」

蘭が俯き、小さな声で言った。

「なっ?蘭ちゃん、あんたが謝ることないで。あたしこそ、ごめんな。つい、ぐちをこぼしてもうて」

蘭が、ちょっと微笑みながら言う。

「ううん、新一が事件を呼ぶ体質なのは本当だから。新一の代わりに、私が謝るの」

園子が、蘭の脇腹を突付き、半目で言う。

「しっかり夫婦してんじゃん」

蘭は、真っ赤になりながらも、幸福そうにしている。
その笑顔は、女の目から見ても、どきりとする位、綺麗だった。
愛されている自信に満ちた、女の顔。
和葉は、その眩しさに、思わず目をそらしてしまう。

『今のあたし、きっと、ぶっ細工な顔しとんやろうな。蘭ちゃんや園子ちゃんがうらやましいてしょうがない、今のあたしは』

今日も、平次は喜んで事件にすっ飛んで行ったように見えた。

事件には飛んで行くものの、切なげに蘭を見詰め、声を掛けて行く新一とは、対照的に思えた。



(3)につづく

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ちょっと中途半端なところで切っちゃいました。
まずは言い訳。
作者は伊豆に行った事もないし、旅行ガイドも持ってません。(なら書くなって(爆))
従って、今回出てくる水族館とか遊園地とかは、全て、架空のでっち上げですので、その点は宜しく。

今回、初めて男の子サイドの視点も交えてみたんですが、平次くんがこんなに早く自覚しちゃうとは、ちょっと予想外の出来事でした。
ラストに向かって、どうやってうまく纏めようかと、思案中です。
でもきっと、勝手に動いてくれちゃって、作者の思惑通りにはいかないんです(涙)

今回は、結構新一くんが受難の巻、かな?
その分、オイシイ思いもしていますけどね。

平次くんが見当違いのジェラをしてますが、真さんまでがあんな事を(笑)
いや、なかなかこういうのも書いてて楽しいです。

多分、後2回で終わるハズ。

次回は、和葉ちゃんと平次くんにはちょっと辛い思いをさせるかも。



(1)に戻る。  (3)に続く。