夏の陽射し


byドミ


(3)


水族館の売店で、イルカのキーホルダーを見つけ、和葉は立ち止まる。
キーホルダーだから、値段も手ごろ。
手を伸ばすと、蘭が先にそれを手に取った。

「和葉ちゃん、新一の事件体質のお詫びに、私がこれをプレゼントするから」
「そんな、悪いで、蘭ちゃん」
「いいから、いいから」

蘭はそのキーホルダーに何かシールを貼り付けて、和葉に手渡す。

「?このシール、何やのん?」
「ん?お守り」
「お守りって?」
「これがあったらね、どこに居ても新一が飛んで来てくれる事になってるの。今回の新一は、服部くんが付いてるから、どこに居ても服部くんが飛んで来てくれるよ」
「平次は工藤くんのおまけなん?」
「元々は私用のお守りだから、そこは我慢してね」

和葉は不得要領な顔をしていたが、蘭のせっかくの気遣いをありがたく受け取る事にして、バッグの中にそのキーホルダーを仕舞い込んだ。


  ☆☆☆


「野郎二人で昼ごはんてのも、虚しいもんがあるな」

新一がボソリと言った。

「ああ?アホ、誰の所為や思うとんねん」

平次が答える。
2人は、今朝方遊びに行った水族館で、またぞろ殺人事件に出くわしてしまい、やっと事件を解決してホテルに戻り、今、遅い昼食を摂っているのだった。

「どーせ、俺が事件を呼んだって言いてーんだろ?」
「自分、わかっとんやないか」
「飯食い終わったら、俺たちも遊園地に向かおうぜ。まだ時間はあっからな」
「アホ。広い遊園地で、どうやって和葉らを見つけるつもりや」
「ちゃんと新兵器持ってきてっから、心配すんな」
「新兵器やて?」
「『新』と言っても、コナンの時にさんざん使ったやつだけどな。けどまあ、今回の旅行では、京極さんと園子を入れて6人居るってことが救いか。蘭たちが退屈したり、寂しい思いしたりせずに済むからな」
「自分、姉ちゃんには散々寂しい思いをさせたさかいな」
「ああ。俺はコナンとしてあいつの傍に居るから良いけどさ、あいつにとっては、『工藤新一』は居なかった訳だから」
「けど姉ちゃん、気づいてたんとちゃうか」
「・・・そうだな。文化祭のとき、コナンに変装した灰原と、工藤新一である俺自身が同時に現れたことで、蘭の疑惑は解消した筈だと思ってたんだけどさ、やっぱりずっとコナンが新一だと疑ってたみてーだな。ついこの間も、『いつか話してくれるよね』なんて言われちまったからな」
「まあ、組織はもうつぶれてしもうたんや、もうしゃべっても危険はあれへんのやろ?」
「なんかなー、もう危険はねーんだけどさ、今更話してどうするよとも思うし。子供と思って油断されてるから知ってしまった事とか、まあ、色々まずい事もあるしよ」
「それにしても、人間がちぢむやなんて、ほんま普通では信じられん話やで」
「正体知ってる阿笠博士や服部たちの存在は、ありがたかったよ。子供の姿では、動くのが限られちまうからな」


  ☆☆☆


午後もたっぷり遊園地で遊ぶ筈だった、和葉、蘭、園子、真の4人がホテルに帰ってきたのは、まだ2時前のことである。

「園子ちゃん、ごめんな」

和葉が申し訳なさそうに言う。
明らかにつまらなそうにしている蘭と和葉を気遣って、園子がもうホテルに戻る事を提案したのだった。

「いいっていいって。今日はまた海で泳ごうよ。遊園地はまた行けるし。和葉ちゃんや蘭にとっては、あの推理オタク達が居ないと、遊園地も楽しめないんでしょ」

園子が言うと、蘭が抗議の声をあげる。

「園子、新一は推理オタクじゃないよ、探偵は仕事なんだから」
「平次かてそうや!」
「ボランティアは仕事とは言わないわよ!」

蘭と和葉の言葉に、園子は呆れたように返す。

フロントに鍵を受け取りに行くと――、

「お連れ様が先ほどお戻りになっていらっしゃいます」

真はフロントでそう告げられた。

「新一、事件解決できたんだ」
「平次、帰って来たんやな」

蘭と和葉の顔が、花開いたようになる。

「でも部屋に居ないって事は、レストランで食事かしらね」

蘭の言葉に、

「じゃああたしらもちょお一息入れてお茶せえへん?」

と和葉が返す。

そして、4人はレストランへと向かった。


  ☆☆☆


平次と新一の2人は、昼食のピークを過ぎて閑散としているレストランの中で、すぐに見つかった。
向こうからは、植え込みが邪魔して、こちらに気づいていないようだった。
声を掛けようと近付く4人の耳に、2人の会話が聞こえてくる―――。

「・・・コナンの時にさんざん使ったやつだけどな・・・」
「・・・俺はコナンとしてあいつの傍に居るから良いけどさ、あいつにとっては、『工藤新一』は居なかった訳だから」
「文化祭のとき、コナンに変装した灰原と、工藤新一である俺自身が同時に現れたことで、蘭の疑惑は解消した筈だと思ってたんだけどさ、やっぱりずっとコナンが新一だと疑ってたみてーだな」
「それにしても、人間がちぢむやなんて、ほんま普通では信じられん話やで」
「正体知ってる阿笠博士や服部たちの存在は、ありがたかったよ。子供の姿では、動くのが限られちまうからな」


思いもかけない話の内容に、しばし固まっていた4人だったが、沈黙を破ったのは和葉だった。

「なんやてーーっ!?」

ギョッとしてこちらを向いた東西の名探偵は、迂闊にも自分たちの話が4人に聞かれてしまった事を、瞬時に悟り、あせる。

「お、おめーら。午後は遊園地で遊びまくるんじゃなかったのかよ?」

和葉と園子がずいと新一の前に立って睨み付けた。

「何やねん、コナンくんが、あの眼鏡のおチビはんが工藤くんやなんて、どういうことやねん!」

和葉がまくし立てる。

「ちょっと、どういう事か説明してくれる?」

園子が半目で睨みながら言う。
蘭は茫然とし、真はと言えば、黙ってじっと立っていて、何を考えているのか、その表情からは読み取れなかった。


  ☆☆☆


新一の長い長い話――薬を飲まされコナンになってしまった事、それからの苦労の数々、組織との対決や、元の姿に戻り帰って来るまでの話が終わり、暫くの沈黙があった。
テーブルの上には、何回目かのお代わりの飲み物が並び、日はだいぶ傾いていた。

和葉が口を開く。

「SFじゃあらへんし、なんや、とても信じられへん話やな」

新一が、ふて腐れた様に乾いた笑いをもらして言った。

「こんな話、俺だって信じられねーよ。自分のことじゃなかったらよ」
「嘘やとは言うてへんやん!そう考えると辻褄の合う事も多いし」

園子もぼんやりした様子で言う。

「あやつ、妙にませこけたガキだと思ってたら、新一くんだったからか・・・」
「それにしても、子供の演技、堂に入っとったで。探偵やめて、俳優にでもなったらええんちゃう?」
「母親が女優とは言え、すっかり騙されてたわね・・・」
「まあ、正体ばらさないよう、必死だったからな」

新一が嘆息混じりに言った。

「ところでやな」

と和葉が言う。

「平次にはばれてもうてたんやろ。蘭ちゃんは、知っとったん?」

蘭が初めて口を開いた。

「うん、薄々感付いてたよ。だって、姿形が変わっても、新一の事、私が判らない筈ないじゃない」

その言葉に、新一を始めとして、全員が真っ赤になる。
蘭は寂しそうに言葉を続けた。

「でも、新一がそんなに危険な目に遭ってたのは、ぜんぜん知らなかったな。なのに私ったら、帰って来いの一点張りで・・・随分、酷い事してたんだね。それに新一、私には何も話してくれなかったし」
「あーっ、だからそれは、蘭を危険な目に遭わせたくなかったからで!おめーが気に病む事は何もねーんだっ!」

慌てたように新一が言い、園子がお腹を抱えて笑い出す。

「あっははは、ほんと、間違いなくコナンくんは新一くんだわ。あの子の蘭を見つめる目、もうほんと、新一くんと全く一緒で、他はアウトオブ眼中だったものね」
「せやな。もうほんまに、恋する目えやったな。そう考えたら、同一人物やって納得いくわ」

和葉も相槌を打つ。
新一は赤くなってそっぽを向いた。
それまで黙っていた真が口を挟む。

「なる程。私の格闘家としての勘は、当たっていた訳ですね」

園子が素っ頓狂な声をあげる。

「えーっ、真さん、気付いてたの?」
「ええ。時折コナンくんから子供とは思えない気が発せられるのを感じていました。それと同じものが、工藤くんからも感じられましたからね。どうしてここまでそっくりなのだろうと思っていましたよ」

新一が頭を抱え込む。

「マジかよ・・・」

平次が言った。

「それで京極はん、昨夜おかしな事言っとったんやな」

その後も新一がコナンだった時の数々のエピソードで妙に話が盛り上がり、結局そのレストランで夕御飯を食べて、一旦皆で部屋に引き上げたのは、7時前であった。


  ☆☆☆


旅行が始まって、ずっと集団行動?をしていた6人だったが、その夜は、何となく何時の間にか、カップルに分かれて過ごしていた。


ホテルのプライベートビーチを歩いている2人は、新一と蘭。
夕日は沈んだが、まだ空は明るく、泳ぐ人もまだ結構多い。
蘭はちょっと拗ねたように新一の前をすたすた早足で歩き、新一の顔を見ようとしない。

「蘭。らーん」
「知らないっ」

蘭はいきなり後ろから抱きすくめられ、怒って振り返ると、不意打ちのように唇を奪われた。

「んもう!こんな事で誤魔化そうったって、そうはいかないんだから!」
「誤魔化そうなんて思ってねーよ。俺が蘭にキスしたかっただけ」

さらっと言われ、蘭は赤くなって膨れる。

「何で、話してくれなかったのよ・・・」
「・・・おめーを危険な目に遭わせたくなかったって、言ったろ?」
「私が言ってるのは、新一が帰ってきた後の事よ!もう組織が潰れて、危険は無くなってたんじゃない!こっちは、まだ何か話せない訳があるのかと思って、待ってたのに!」
「蘭。江戸川コナンって、おめーの何だ?」

突然、新一から思いがけない質問をされて、蘭は戸惑う。

「え?何って・・・」
「俺とは別の、弟みたいな大切な存在だったろ?違うか」
「新一・・・」
「その、なんだ。おめーの中の江戸川コナンの存在をさ、壊したくなかったんだよ」

蘭はそっと新一から体を離し、背を向けて歩き始める。

「蘭?」

数歩行ったところで蘭は振り返り、新一を見つめて微笑んだ。

「うん。コナンくんはね、大切な家族だったよ。嬉しかったよ、新一が居ない寂しさを慰めてくれて、いつも傍に居てくれて・・・、時には私を守ってくれて・・・」
「・・・・・・」
「でもね、新一だって思ったら、新一がずっと傍に居て、守ってくれたんだって思ったら、コナンくんには悪いんだけど、もっと嬉しかったの」

蘭は再び新一の所まで歩いて来ると、体を預けた。
新一がしっかり蘭を抱きとめる。
蘭は、自分の胸を押さえて言った。

「新一。大丈夫、コナンくんはここにいる。新一と同一人物だって判っても、壊れないで、ちゃんとここに居るから・・・」

2人はそのまま暫く抱き合っていた。


  ☆☆☆


ホテルの喫茶店で向かい合って座っている2人は、園子と真。

「真さんって、本当に凄いのね。普通だったら、あのガキんちょと新一くんが同一人物なんて、絶対に思わないわよ」

園子は興奮してしゃべっているが、真は、どこか心ここにあらずといった風だった。

「真さん、どうしたの?気分でも悪いの?」

園子が、さっきから口を開こうとしない真を気にして、声を掛けた。
真は目を瞑り、ふうと大きく息を吐き出すと、目を開き真っ直ぐ園子を見て言った。

「園子さん。工藤新一くんって、あなたにとってどんな存在なんですか」
「はあ?新一くん?」
「ええ、そうです。子供のころからのお知り合いなんでしょう?」
「そうねー、小学校の何年生だったかなあ、蘭や新一くんと同じクラスになったの。まあ、考えてみれば、そう思った事なかったけど、新一くんや蘭とは、幼馴染と言っても良い間柄よねえ」

もっと小さい頃から当然のように一緒にいた新一と蘭には「幼馴染」という形容がぴったりだと思っていたが、園子だって2人とは、子供の頃からの馴染みに違いない。

「工藤くんの事を、その・・・意識したりした事は、なかったのですか?」

園子は眉を跳ね上げる。

「あのね、真さん。まさかと思うけど、私を疑ってるんじゃないでしょうね?」

真は慌てて言う。

「決して、園子さんの気持ちを疑っている訳ではありません!ただ、私と出会う前のあなたを、彼が知っていると思うと、その、我ながら心が狭いと思うのですが、うらやましいというのか・・・」

うなだれてしまう真を見て、園子は暫く目をぱちぱちさせていたが、やがて微笑む。

「真さんだって、今まで可愛い子との出会いは、1度や2度じゃなかったでしょう?」
「そんな事はありません!私の今までの人生の中で、可愛いと思った人は、たった一人です!」

真の言葉に赤くなりながら、園子は考える。
いつも、良い男との巡り会いを夢見て、たくさんの男性にほのかに心ときめかせてきた。
けれど、なぜか新一には初めからそんな感情を持ったことは1度も無かった。
客観的に見るならば、彼も「良い男」には違いない。
幼馴染で、ある意味気の置けない間柄で、夢を描けない間柄だったから?
そうではない、と思う。
最初に会った時から、すでに新一は蘭のものだった。
ごく自然にそうだったため、最初から園子の目には新一は「男の子」ではなく、形は違えど、お互いに蘭を大切に思う、同志のような存在だった。

「真さんがどう思ってるか知らないけど、私は、今まで1度だって、新一くんにそういった気持ちを持った事はないわ。ま、大切な、友達、っていったところかな?蘭ほどじゃないけどね」
「申し訳ありません、園子さん。私のつまらない焼き餅で、くだらない事を聞いてしまいました」
「ううん、いいの。焼き餅やいてくれるって事は、それだけ私を大切に思ってくれてるからだって、わたし、自惚れてていいのよね?」
「園子さん・・・」

真が、テーブルの上で、そっと園子の手を握った。

「真さん、私が恋した人は、今までに、たった1人だけよ」

心ときめいた事は何度もある。
けれど、本当に好きになった人は、ただひとり――。

「真さん、確かに私たち、知り合ってそんなに経ってないから、お互い知らない事が多いと思うの。だからね、私に教えてくれる?真さんの事、子供の頃の事とか、未来の夢とか、色々な事」
「勿論です、園子さん。園子さんも、私に色々教えて頂けますか?そして、過去に戻る事は出来ませんが、これからの思い出は、2人で作っていきたいのです」
「ええ、勿論よ、真さん」

2人は手を握り合い、いつまでも見詰め合っていた。


  ☆☆☆


そして中庭をそぞろ歩いている2人は、平次と和葉。

ただしこの2人は、他2組のカップルと違って、恋人未満であった。

「あーっ、また蚊に刺されてもうた!」
「じゃかあしわい、ほんま色気の無いやっちゃ」
「色気て、何やねん!今更何あほらしい事言うてるん」
「ボケ!人がせっかく決心固めたいうのに、和葉が台無しにしてまうんやないけ!」
「決心て、何やのん」
「そ、それはやな・・・」

平次は何か言おうとするが、結局言葉が出てこない。
和葉はつい、と上を向き、中天にかかろうとする月を見上げた。

「なんや薄ぼんやりしとるお月さんやなあ・・・。あっつうても、くっきりはっきりしとるお日さんの方が、なんぼかましやねん」

和葉の言葉が、昨夜平次が考えた事そのままだったので、平次は驚く。
見慣れている筈なのに、月を見上げる和葉の横顔があまりにも綺麗で、どぎまぎしてしまう。

「か、和葉・・・」

平次の声に、和葉は振り向き、「ん?」と言う顔をする。
平次は口の中がカラカラに渇き、何度も何か言いかけては、結局黙り込む。
和葉は再び月を見上げた。

「工藤くんって、結局、ずううっと、蘭ちゃんの事守っとったんやな・・・」
「ああ?突然、何言うんや」
「あたしは、工藤くん、半年もの間何しとったんやと、それがずっと引っ掛かってん。けど、ようやく納得できたわ。あないな姿になってまでも、蘭ちゃんの側離れへんかったんや・・・。工藤くんって、すごい人やな」

そう言う和葉の横顔が、すごく寂しそうに見える。

「・・・和葉。自分、姉ちゃんの事、うらやましい思うんか?」
「そうやな。うらやましいな。工藤くんにあないに愛されとんやなあ思うて」

平次は思わず和葉の両肩を掴む。

「平次、痛いねん!」

平次は低い声で言う。

「和葉、判っとんのか。工藤は、姉ちゃんの男なんやで」
「はあ?何当たり前の事言うてるん?」
「工藤は姉ちゃん一筋や、和葉に勝ち目はあらへんで」
「平次、一体何の話しとんの」
「せやから工藤だけは止めとけや」

突然和葉の顔が真っ赤になる。
いきなり平次は和葉に頬を張り飛ばされた。

「な、なに・・・」

すんねん、と続けようとした言葉は、平次の口の中で止まる。
和葉が怒りに身を震わせ、涙が盛り上がった目で平次を睨みつけていた。

「平次のアホっ、ドアホっ!!いくらなんでも、勘違いにも程があるでっ!」

さんざん「蘭ちゃんがうらやましい」発言をしていた自覚はあるが、それでどこをどう取ったら、こんな勘違いが出来るのか。
和葉は情けなく、悔しくて仕方が無かった。
平次に背を向け、駆け出してい
残された平次は、和葉にはたかれた頬を抑えて、呆然と見送っていた。


  ☆☆☆


時刻はもう8時に近く、ホテルの喫茶店もそろそろ閉まろうとしていた。

「そろそろ出ましょうか、園子さん」

真の言葉に園子が頷き、喫茶店を出てロビーまで来ると、息を切らせた平次と出会った。

「和葉、こっちに来いへんかったか?」

園子と真は顔を見合わせて、首を横に振る。
丁度タイミングよく、新一と蘭も散歩から戻ってきた。

「和葉ちゃん?部屋に戻ってないかしら」

と蘭は言った。
けれど、キーはまだフロントに置いたままだった。
少なくとも、まだ部屋には戻っていない。

「おい、一体何があった?」

新一が尋ねる。
平次の頬にはくっきりと和葉の手形が残されており、おそらく喧嘩になったのであろうとは思われるが。
取りあえず、女たちの部屋に5人で入って話をする。かなり窮屈である。
蘭がテーブルの上を見て息を呑む。

「和葉ちゃん、携帯置いてってるんだ」
「中庭の散歩だけのはずやったさかいな」

平次が眉を寄せながら言った。
嫌な予感に、首の後ろがちりちりする。

「まあ子供じゃないんですし、迷子になるような事はないかと思いますが」

真の冷静な言葉に、平次が掴みかかる。

「人事や思うて、何ぬかすねん!」
「服部!おめーが怒れる立場かよ!」

新一の低く冷たい声がして、平次は真に掴みかかった手を放した。
皆に問われて、しぶしぶ平次は、先程のやり取りを話す。
本当は、新一には聞かれたくない内容だったのだが。

新一は呆れて脱力していた。

「おめーといい、京極さんといい、どうして見当違いの焼き餅やくんだよっ。和葉ちゃんが俺に気があるなんて、どこをどう取ったらそう思えるんだ?」

園子が口を開いた。

「和葉ちゃんがずっとうらやましいと言ってたのは、蘭と新一くんの絆でしょ。そんな事も判らないなんて、名探偵も形無しよね。それとも探偵って、事件で頭使いすぎて、恋愛方面には鈍いもんなのかしらね」

園子の言葉は痛烈で、けれど間違ってないだけに、平次の胸に突き刺さる。
蘭も口を挟んできた。

「和葉ちゃんが優しくして欲しい、大事にして欲しい相手は、新一じゃないのに、それも判らなかったの?」

女性陣の声は、和葉への同情で、自然と険しいものになっている。

「それにしても、和葉ちゃん、ホテルの敷地内をうろうろしてるだけなら良いが、外に出たんだとしたら、早く探して連れ戻した方がよくないか?」

新一が言う。
平次は、横溝刑事が言っていた「たちの悪い連中」の話を思い出し、顔色を変えた。

「せやかて、どっちに向かったかも見当つかへん。探すにしても、どないしたらええんや」

突然、蘭がはっとしたように言う。

「服部くん、和葉ちゃん、バッグ持ってた?あの小さいショルダーのやつ」

突然の質問の意味が判らず、平次は戸惑いながらも、和葉の格好を思い出して答える。

「持っとったで。ずっと肩から下げとった」
「新一、和葉ちゃん、発信機のシール持ってる!」

蘭の言葉に新一ははっとする。
胸ポケットから、黒縁の眼鏡を取り出してかける。
コナンだった時に、非力な自分を助けてくれたアイテムのひとつ。
視力が悪いわけでもないコナンの正体を隠すと同時に、追跡機などの機能が付いた、隣人阿笠博士の発明品。
今回新一は、何かで蘭たちとはぐれた時にすぐに追いかけられるように、蘭に発信機のシールを渡し、自分は追跡用のメガネを持って来ていた。

眼鏡の縁を操作すると、アンテナが伸びる。
そしてレンズに、光点が映る。

「ホテルからは、大分離れているみてーだな。服部、行くぞ!」

新一はそう言って、平次に眼鏡を渡す。
探偵として様々な事をこなしている平次は、すぐに追跡機の使い方を飲み込み、操作しながら走り出す。
蘭と真も腰を上げる。

「園子は、悪いけど留守番してて!」

蘭の言葉に園子はしっかり頷く。
自分が行っても足手纏いになるだけだからだ。

「わたしはここで待ってるから。みんな、気をつけて。和葉ちゃん連れて、無事に戻って来るのよ!」


  ☆☆☆


和葉は、怒りと悲しみにまかせてホテルを飛び出し、暫く夜道を1人歩いていた。

「何で判ってくれへんの。あたしは、工藤くんやのうて、工藤くんと蘭ちゃんのラブラブに憧れとんのに!」

ちっとも自分の気持ちを判ってくれない思い人。
でも、逆に判ってくれたとしたら、どうなるのだろう。

「あたしの気持ち、平次には迷惑かも知れへん・・・」

ただ、口に出す勇気が無いだけの事じゃない。
もし自分の気持ちが知られてしまったら、今までの関係さえ根底から崩れてしまうかも知れない。
だからこそ、言えないまま今まできてしまったのだ。

『工藤だけは止めとけや』

見当違いの事を考えて、それでも自分の事を心配してくれたらしい平次の言葉を思い出し、苦笑いが漏れる。

「帰ろ。あんまり帰らへんと、心配かけてしまうで」

踵を返して歩き始めた和葉だったが、周囲に数人の気配が近付いたのに気付いた。





(4)につづく

+++++++++++++++++++++++

あああ、東西の名探偵をうっかり者にしてしまいましたあ!
いえ、あの2人は、人の殺気や悪意には敏感でも、邪気のない相手の気配には鈍感なんですよ、きっと(汗)
そーしーてー、いくらなんでも、平次がここまで勘違いするかー?と思いますが、こうなってしまいました、御免なさい。
原作を見ていると、どうも平次は和葉の気持ちに気付いているような印象を受けるんですが、気のせいでしょうか。
で、次回は「夏の陽射し」最終回です。



(2)に戻る。  (4)に続く。