夏の陽射し


byドミ


(4)


数人の男が周囲を取り囲んでいる。
その男たちの顔は、卑しい笑いに満ちていて、何を考えているのかは一目瞭然だ。

和葉は冷静に状況を見極める。
平次に注意されていたというのに、我を忘れ、1人でのこのこ夜道を歩いていた自分自身の迂闊さに、腹が立ってくる。

既に取り囲まれており、逃げられる状況ではなかった。
合気道をしておりかなりの腕を持つ和葉だが、この人数相手だと戦うのは難しいかも知れない。
しかも、相手は喧嘩慣れして、ある程度腕が立ちそうだ。
けれど、ここで諦める訳にはいかない。
自分にもしも何かあったら、自分の大切な人たちまで傷つくことになる。

『平次!』

心の中で、愛しい人を呼ぶ。

『あたし、何考えとったんやろ。平次があたしの事どういう風に思っているかなんて、関係あれへん。あたしが、あたしが平次のことを好きなんや。何でそんな大事なこと忘れとったんやろ』

妙に冷静になった頭でそんな事を考える。

『蘭ちゃんがうらやましい思うてた。工藤くんにあないに愛されとって。でも、蘭ちゃんの方かて、工藤くんを精一杯愛しとった。あたしが、我儘ばっかりで、何もせんかったあたしが、蘭ちゃんに敵う訳ないんや』

近付いてきた男達に身構える。
愛しい人のためにも、大切な友人たちのためにも、そして勿論自分自身のためにも、今ここで和葉がこんな男たちの手に落ちるわけにはいかない。
絶対、いいようにさせはしない!


  ☆☆☆


夜道を平次は走っていく。
追跡用眼鏡を頼りに、和葉が居る筈の場所に向かって、迷う事なく進んでいく。
普段の和葉なら、1人で危険な場所に飛び出していくなどという暴挙はしない。
そうさせてしまったのは、自分自身。
和葉の気持ちが判っていなかったから、と言うのは、ただの言い訳に過ぎない。
自分自身の気持ちを、まず最初に言わなかったから。
大切なことを、最初に言わなかったから。

『照れるのもいい加減にしねーと、後悔するぞ』

そう言った友の言葉が頭の中で木霊する。

「後悔するような事には、絶対させへんで!」

平次の首の後ろのちりちりする感覚は、さっきより強まっており、和葉が今危険な状態にいるであろう事は、ほぼ確信となっていた。
和葉の居場所をあらわす光点が、レンズの中心に近付いてきた。
このあたりに居る筈。
平次は立ち止まって見回すが、暗闇の中、それらしい気配を感じ取れない。
大声で呼ぶ。

「和葉ああああああああっ、どこにおるんやああああああああっ」


  ☆☆☆


何人かは倒した。
けれど、とうとう?まってしまう。
2人掛りで後ろから押さえつけられ、正面から別の男が近付いてくる。
和葉は、怯む事なくその男を睨みつけた。
男は、下卑た笑いを浮かべる。

「いいねえ、その目。踏み躙りたくて、ゾクゾクするよ」

近付いてくる男。

まだだ。
まだ、諦めはしない。

『まだ、歯が残ってんで。もし何かしようとしたら、あんたの舌でも何でも噛み切ってやるまでや』

・・・そのとき、風にのって、微かに、声が聞こえた。

「和葉ああああああああっ、どこにおるんやああああああああっ」

一瞬、空耳かと思った。愛しい人の声。

けれど、もう一度その声が聞こえたとき、和葉はあらん限りの声で叫んだ。

「平次いいいいいいいいっ!」

やがて、自分の方に向かって、駆けて来る人影が目に映る。

来てくれた。
平次が、自分を探して、心配して来てくれた。
もう、それだけで良いと、和葉は思った。
後ろから和葉を押さえつけていた男たちが和葉を離して戦いに向かい、和葉はそのまま崩れ落ちるように地面に座り込む。
和葉は、少し離れたところで乱闘が繰り広げられているのを、ぼんやりと見ていた。
平次に続いて駆けつけた新一、真、蘭たちによって、数が勝っているはずの数人の男どもは、かなりぼこぼこにされつつあった。
(空手の達人が2人と、身が軽く喧嘩慣れした1人。しかも、友人が乱暴されようとした事で、怒りに燃えていて、殆ど手加減しなかった。警察が駆けつけたときには、どっちが加害者か判らない様な状態であったが、横溝刑事の配慮もあり、本来なら過剰防衛気味なところを、一行には全くお咎めがなかった)

平次は男どもには構わず、真直ぐ和葉の元に走ってきた。
そして、優しく力強い腕が、和葉を抱きかかえた。

「和葉、和葉っ」

愛しい人の声が和葉を呼ぶ。

「平次、・・・来てくれたんやね。あたし、もう、このまま死んでもうても構へんわ・・・」
「どアホ!何ゆうてんねん!自分に何か遭ってみい、俺は絶対許さへんで!」
「平次・・・」
「和葉は俺のいっちゃん大事な女や、たとえ和葉自身にかて、傷つけられるような事は絶対許さへん!」
「平次・・・それ、どういう意味なん?」
「判らへんか?和葉のことが、いっちゃん好きや言うてるんや!」
「平次、平次、平次!!」

和葉は平次に縋りついて泣きじゃくった。
平次は、和葉を優しく抱きしめる。

「和葉、もう大丈夫や、もう何も心配あらへん」

大丈夫、大丈夫や、と、あやすように繰り返す。


  ☆☆☆


横溝刑事の配慮で、事情聴取も殆どなく、一行はホテルに引き上げてきた。
時刻は10時前。
しかし、色々な事があったため、かなり時間が経ったように思えてしまう。
和葉は、蘭と園子によって風呂に入れられている。
追跡用眼鏡のおかげで間に合って、和葉はまだ何もされていなかった。
平次は、そのことに安堵の溜め息をつきつつ、自分自身とあの男たちへの怒りで、腸が煮えくり返って仕方がなかった。

男性3人の部屋がノックされ、蘭と園子が入ってきた。
2人は何故か荷物を抱えている。

「和葉ちゃん、今部屋で休んでるよ。服部くん、会ってあげてね」

蘭がそう言って、平次に鍵を渡す。

「今は下手に会うより、休ませた方がええんやないか?」

蘭が強い調子で反論する。

「服部くん、何言ってるの。和葉ちゃん、まだ何もされてなかったと言っても、すごく傷ついてるんだよ?今の和葉ちゃんを慰められるのは、服部くんしかいないんだよ」

新一が口を挟む。

「服部。おめー、今夜は和葉ちゃんについててやれ」
「っちょっ。何ゆうてんねん!そんな事できるわけあれへんやろ!」
「和葉ちゃんを本当に安心させるためには、その方が良いと、私も思うよ」

蘭の言葉に、平次は(黒くて判りにくいが)赤くなったり青くなったりする。

「男の人には判らないと思うけど、こんな時、女の子を慰められるのは、大好きな人のぬくもりだけだもん」

蘭と園子が、何故荷物を持って出てきたのか、平次は理解した。
今度こそ、平次は真っ赤になる。
平次がなかなか部屋を出ていけずに固まっていると、新一が声を掛けた。

「あ、そうそう、一応、明日の朝10時にロビーで集合な。ま、多分おめーらには無理だと思うけどよ」

そう言って、何かを平次に投げてよこす。

「何やこれ?」

見ると、ビニールで包まれたゴム製品がいくつか。

「ちょっ、工藤、何やこれ!」
「見てわかんねーか。エチケット。こういう事は最初からきちんとしとかないとな」
「・・・アホ、見れば判るわ、で、何なんやこの数は!」
「バーロ。1回で済むなんて甘いこと思うなよ。せいぜい、優しくしてやるんだな」

2人のやり取りを聞きながら、他の3人も真っ赤になっていた。


  ☆☆☆


平次は深呼吸して部屋に入った。
暗い室内を、フットランプと、窓からの月明かりだけが照らし出している。
和葉の寝顔を見て、一気に頭に血が上り、鼻血が出そうになった。

『告白していきなり、はなんぼなんでもまずいやろ。よう考えたら、まだチュウもしてへんのに』

かと言って、ただ一晩付き添うだけなんて、はっきり言ってからきし自信はない。

『こんな時女の子を慰められるのは、大好きな人のぬくもりだけだもん』

と言い切った蘭の言葉。

『一回で済むなんて甘い事思うなよ』

と言ってゴム製品を投げてよこした新一の言葉。

「あいつら、薄々そうやないかとは思うとったけど、もうできとったんやな・・・」

和葉が寝ている隣のベッドに腰掛けて、寝顔を見る。
その顔に苦痛の色がないことに、ほっとする。

「ん・・・平次・・・」

和葉の唇から漏れ出た寝言に、平次の理性は危うく焼ききれそうになった。
父親同士が親友という事もあり、ほぼ生まれたときからの付き合いだと言うのに、いまだにドキドキさせられる不可思議な存在。
見慣れたはずのその顔を、飽かず見詰める。

ふと、和葉の目が開いた。

体を起こして、暫くボーっとした顔をしている。
その目が平次の存在を認めると、花開くような笑顔になった。

思わず平次は和葉を抱き寄せていた。

「へ、平次?」

言葉では答えず、平次は和葉の唇に、自分のそれを重ね合わせる。
最初はついばむように軽く、そして再び、今度は深く――、
何度もお互いの唇を求め合う。

「和葉」

平次は和葉の頭を胸に抱きかかえながら、口を開いた。

「ん?平次、なんやのん?」
「よう考えたらな、今更言うかも知れへんけど、自分の気持ち、まだ聞いてへんで」

和葉が顔を上げると、困ったような目をした平次と視線が合った。

「今更何言うてるん?こんな事までしといて、あたしの気持ち、判らん筈ないやろ」
「せやから、今更言うかも知れへんけど、言うたやないか。和葉の口から、ちゃんと聞かせて欲しいねん」
「アホ!・・・・好きに決まっとるやろ!・・・もう2度と言わへんで!」

和葉は顔を赤くして怒鳴るように言った。
照れているのか、安心したせいか、いつもの憎まれ口が戻って来ている。
そのことに、平次は妙に安心してしまう。

再び和葉を強く抱きしめ、唇を重ねる。

『こいつがおらんと、俺はなんも出来へん。こいつがお日さんのようにいつも俺を照らしてくれるから、俺はいつも安心して好き勝手出来るんや』

窓から差し込む月の光を見て、平次は昨日考えた事の答をみつける。

『こいつは、俺にとって、夏の陽射しみたいなもんやな。強烈に照らし出して、うるそうて敵わんけど、絶対に離れられへん・・・』

平次はそっと和葉をベッドに横たえると、その上に覆い被さってきた。
首筋に落とされる平次の唇の感触に、和葉は体を強張らせる。

「へ、平次?」

平次は一旦体を起こすと、和葉の目を覗き込みながら言った。

「・・・和葉。今夜今から・・・俺の、服部平次の女に・・・ならへんか?」

和葉は暫く目を丸くして平次を見詰めた。

そして頬を染め、小さく頷くと、平次の首に自分の細い腕を廻して抱きついた。
その後の事は、2人だけの秘密・・・。







次の日の朝10時。
当然の事ながら、平次と和葉はホテルのロビーに姿を現すことはなかった。





Fin.



(おまけの新蘭篇・真園篇につづく)


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ちょっとあっさり過ぎたような気もしますが、何とか、ほぼ予定通りに終わりました。
最後は無理やりタイトルにこじつけましたが、これについてはきっと異論も多いでしょうね・・・。
私なりの平次・和葉観として、笑って許して頂けたら幸いです。
作者としては、平次と和葉の、鎖の欠片が入ったお守りを全く使えなかったのだけが心残りです。

そして今読み返してみると、この展開は私・ドミのもうひとつのシリーズ・パラレル新蘭とかなりだぶってるわ・・・。そっちにも追跡用眼鏡が出てくるし・・・。
私の発想力の限界という事で、ご容赦ください。

そして、ああ、表だっていうのに、新一くんったら、何という下品な事を!(言わせたのは私だってばよ(爆))
そして、この晩残された4人のエピソードが、おまけであります。



(3)に戻る。  (おまけの新蘭・真園編)に続く。