シャッフルロマンス・リベンジ
〜2年B組クラスメートたちの陰謀〜



byドミ



(前編)



「はあ?おめーら、受験生だろ?そんな暇あんのか?」

帝丹高校学園祭が近付いてきたある日。
教室に、「高校生名探偵」の素っ頓狂な声が響いた。

秋も深まってきたこの時期、学園祭の主力は1、2年生で、受験を控えた3年生はせいぜい当日参加する位のものだ。(それだって理由をつけてサボる者も多い)

ところが、ここにとんでもない企画が持ち上がった。

昨年の2年B組有志による、「シャッフルロマンス」の再演である。

「大丈夫よ、新一くん。台本は出来てるんだし、大道具・小道具・衣装に至るまで、去年作ったのがちゃんと保管されてて、細かい修理と調整をするだけでいいし。受験に差し障る程の手間はかからないわ」

そう言ったのは、昨年台本を担当した鈴木園子である。

「・・・でも練習しなきゃなんねーだろ」

新一の言葉に、昨年のクラスメートたちが、口々に、にこやかに言う。

「大丈夫、俺達端役だから、台詞も少ないし、とちっても大した事ねーし」
「そうそう。練習は勉強の息抜き程度に適当にやるよ」
「この劇は何と言っても、『工藤夫妻』にかかってるんだからな」
「なっ!」

新一は反論しようとしたが、皆には内証であるものの、本当に蘭と「工藤夫妻」になってしまっていたため、何も言う事ができなかった。

この劇の主役の2人、ヒロインのハート姫は昨年に引き続き蘭で、ヒーローのスペイド王子は、新一が担当する事になった。(昨年新一は、いきなり舞台に飛び入りに近いかっこうで、スペイド王子の仮の姿、「黒衣の騎士」に扮した。今年は最初から、新一がスペイド王子をやる事に全員一致で決まったのだ)

「去年張り切って準備したのによ、殺人事件があったせいであの劇、途中までしか出来なかったじゃん」
「そうそう、勿体ねーよな。工藤は受験勉強なんか必要ねーだろ?毛利は大変かも知んないけど、去年練習してんだから、まあ何とかなるんじゃねーの?」
「それにラブシーンなんか、地でいきゃ良いんだから、練習なんか必要ねーだろ」

新一も蘭も、何も言えずに赤くなっている。
園子がとどめの一言をいった。

「新一くん、なんなら舞台の上で、本物のキスシーンをやったって構わないんだからね」







昨年の2年B組。

昨年は新一がコナンになってしまって半年程は学校に来なかったから、時間的な関わりから言ったら新一にとっては短い付き合いのクラスメート達である。

けれど、昨年の2年B組は、新一と蘭にとって特別なものとなった。
新一が蘭と同じクラスになった事は過去に何回でもあったけれど、クラスぐるみでこんなに2人を温かく見守って貰ったのは、初めてのことであった。
からかいながらも2人を応援してくれ、新一のファンからの蘭への嫌がらせにもクラスを挙げて守ってくれた。

新一が居なかった間は、皆で蘭を慰め、励まし、蘭に近付こうとする虫達(笑)を追っ払ってくれた。
そして、新一が帰ってきて蘭と無事恋人同士となった時は、クラスを挙げて祝福してくれた。

個人的に特に親しくしていたのは、昔からの馴染みの園子位であったが、クラス全体の連帯感という意味においては、すごいものがあったと思う。


3年生に進級する時は、進路別にクラス再編成が行われ、みんなバラバラになってしまったが、かつての2年B組の連帯感が失われる事はなかった。
受験で大変な時期に、敢えて「シャッフルロマンスの再演」を行うのは、昨年事件のために途中で中断されてしまったという無念さも確かにあるが、高校を卒業して本当にバラバラになってしまう前に、昨年の2年B組の仲間で何かしたいという気持ちも、皆の中にあったのだ。

新一と蘭にもそれは判ったから、結局賛同し、真面目に取り組む事にした。



  ☆☆☆



「オー、シャッフルロマンスですかー。去年は途中で終わってー、残念でしたねー。今年もやるのですかー、頑張って下さいねー」

放課後の教室で劇の練習中、突然声が掛かった。
皆受験生で忙しいため、それぞれ独自に練習する事になっており、今日は数少ない貴重な、皆が揃っての練習の日である。
そこへ、通りすがりに教室を覗いた教師が、声をかけて来たのだ。

独特のイントネーション、金髪碧眼のナイスバディの、米国人女性の英語教師。
去年この帝丹高校に赴任してきた、ジョディ・サンテミリオンである。

「ジョディ先生!」

授業は真面目で厳しいが、無類のゲーマーで、ユーモアセンス抜群のジョディは、生徒たちから結構慕われていた。

「面白そうですねー、私もぜひ参加したいでーす」

新一は胡散臭そうにジョディを見遣る。

『この人・・・むっちゃくちゃ怪しいのは間違いねーと思ってたんだが・・・黒の組織との関わりはどうやら無かった様だし・・・組織崩壊してもここに居るしな・・・結局何者なんだ?まあ少なくとも俺たちの敵という訳では無さそうだけど』

考え込む新一をよそに、園子が弾んだ声で言う。

「せんせー、ほんとですかあ?実は去年魔王の役をやってた子が、足挫いちゃって・・・私が代役やろうかと思ってたんですけど、もし良かったら、先生、やってみます?」
「マオウ?って何ですかー?」
「白鳥の湖のロットバルトのような役ですよ、せんせ」
「オー、ロットバルト!お姫様苦しめる、敵役(かたきやく)ですねー。面白そうです、是非やらせてくださーい!」

ジョディは、園子から台本を受け取ると、ぱらぱらとめくって目を走らせた後、閉じた台本をパンと叩いて一言言った。

「オッケーイ!」


『台本を流し読みできて、敵役なんて難しい単語も難なく使いこなすほど日本語に堪能なやつが、何で喋る時にはわざとらしく変なイントネーションのまま話すんだよ・・・大体、魔王という言葉も本当に知らなかったのか?』

新一の内心の呟き・・・けれど他の生徒たちは、何の違和感も抱いていないようだった。



  ☆☆☆



「ん、もう新一!真面目にやってよね!」

蘭の苛ついた声が工藤邸のリビングに響く。
新一と蘭は主役であるため、家に帰ってもリビングで劇の練習をしていた。
新一は、探偵の時は気障ったらしい台詞を平然と言うくせに、台本の読み合わせでは、どうしても棒読みになったり、照れて赤くなったりして、進まない。
おまけに、動きを合わせようとしたら、今度はつい本気でいちゃつき始めてしまう為、尚更はかどらない。
ついに蘭の怒り爆発である。

「新一、長いことコナンくんやれてたんだから、演技力はある筈でしょ!?やれない筈ないんだから、しっかりしてよね!」

コナンの時は、完璧に子供を演じて、周囲の人達を騙しとおした。
おまけに、蝶ネクタイ型変声機で様々な人の口調を完璧に真似していた(大阪弁を除いて――実は今でも、小五郎や園子を眠らせて代わりに推理をしていた件だけは、蘭に内証にしている)のだから、新一に演技力がない筈は無いのである。
ただ、新一がその能力を、芸能方面で使うつもりは全く無かっただけで。

「そりゃ、演技できねー事はねーと思うけどよ、台詞がくさくて恥ずかしくて、今いちのらねーんだよな」
「いっつも、もっとくさくて恥ずかしい台詞だって、平気で言ってのけるくせに。・・・真面目にやってくれなきゃ、相手役替わってもらうからね!」
「げっ!それだけはヤだ!」

蘭の脅しはてきめんで、新一の態度はすっかり改まる。
新一が密かに(?)警戒し、ライバル心を燃やしていた、帝丹高校の校医であった新出智明は、青森に行ってしまったが、それ以外の男でも、誰であろうと蘭の相手役など絶対にさせられない。

『なんか・・・人気絶頂の女優だった母さんを引退させた父さんの気持ち、とっても良く判るかも・・・』



それにしても、受験勉強など必要ない新一はともかくとして、蘭にとっては、勉強、家事(新一も分担はしているが事件で不在の事も多いため、必然的に蘭の方の負担が重くなる)、そして劇の練習と、多忙な日々が続く。








  ☆☆☆




さて、帝丹高校学園祭が近付いてきたある日の事。

各地で様々な思惑が入り乱れていた・・・。







大阪・寝屋川市の改方学園にて――



「ほお、今年もあの劇やるんか。そら、見に行ったらなあかんなあ」

面白そうに呟くのは、色黒ハンサムな西の名探偵・服部平次。

「けど平次、今年は受験生やんか。東京の学園祭見に行っとる暇無いんとちゃう?」

平次にそう言ったのは、平次の幼馴染兼恋人の、遠山和葉。
髪をポニーテールにした、大きな瞳のなかなかにキュートな少女である。

「せやなあ。なら俺1人で行ってくるわ」
「ちょ、ちょお待ち。何で平次1人で行くん?平次かて受験生やろ?」
「俺は和葉と違うて余裕やからな。けど和葉は厳しいんやろ?夏休みも旅行や結婚式やって、ろくに勉強でけへんかったようやし。せやから俺1人で行って来るわ」
「もお平次、何でそないに行きたいねん?」
「そりゃあ工藤の晴れ姿を拝まなあかんからな。工藤が居る所、絶対事件が起こるに決まっとるし、楽しみや」
「平次が行くんやったら、あたしも行く!」
「無理せん方がええんとちゃうか?」
「無理なんかしてへん!絶対行く!」
「ならええけど・・・成績落ちても知らへんで」
『平次にとってあたしはほんまに1番なんやろか。何や知らん、工藤くんに負けとるような気がするんは気の所為やろか。なんや自信のうなってきたで・・・』

和葉が溜め息を吐くのを、平次は訳が判らず不思議そうな目で見ていた。



  ☆☆☆



警視庁捜査1課にて――



「さ、さ、さ、佐藤さん、今度の日曜日・・・」

昼の休憩時間、高木ワタル刑事が佐藤美和子警部補に声を掛けようとしたが、ふと殺気のこもった複数の視線を感じて、口をつぐむ。

『危ない危ない、こんな所で声を掛けたら・・・次の日曜日が美和子さんと俺とが丁度非番だっていうのは、疾うにチェックを入れられてるだろうし、何とか裏をかかないと・・・』
「なあに高木君、どうしたの?」
「い、いえ、何でもないっす」
「そうだ高木君、今度の日曜日、非番だったわよね。私行きたい所あるんだけどなあ」

佐藤警部補があっけらかんと言い、先刻より更に強い殺気を感じて、高木刑事は顔を引きつらせる。

この次の日曜日、2人のデートに邪魔が入る事は必至だった。



  ☆☆☆



東京都・江古田高校の屋上にて――



「不景気な顔をしているわね。一体どうしたの、黒羽くん?」
「紅子か・・・いや、何でもねーよ・・・」

女子生徒と男子生徒が会話を交わしていたが、2人は別に恋人同士とか、そんな雰囲気ではなさそうだった。

先に声をかけてきた女子生徒は、ここの3年生、小泉紅子。
さらさらのストレートロングヘアでナイスバディの、美しい少女で、とても高校生とは思えない妖艶な色香を漂わせている。

返事をした男子生徒の方は、同じくここの3年生で、黒羽快斗という。
かなりハンサムと言えるのだが、悪戯っぽく輝く瞳が、「悪ガキ」というイメージを与える。
亡き父の後を継ぐべく、マジシャンの修行中だが、既にかなりの腕前を持っている。

紅子がフェンスに身を凭せ掛け、空を見上げながら言った。

「怪盗キッドが鳴りを潜めてから、何だかつまらなそうね、黒羽くん」

快斗は、関心無さそうに目を細めて答える。

「だからぁ、キッドは俺とは関係ねーって言ってるだろ?」
「そうね・・・そういう事にしときましょうか。ところで、高校生探偵の工藤新一が居る帝丹高校で、来週学園祭が行われるらしいわよ」
「それがどうかしたのか?」
「別に。何だか面白そうな騒動が起こると魔神ルシュファーのお告げがあった・・・それだけの事よ」



快斗が去った後、1人空を見上げる紅子の元に、ある男子生徒が近付いて来る。

「紅子さん、空に何かありますか?」
「白馬くん・・・別に空は空よ。何にもありはしないわ」

見上げる先には、どこまでも青く深い秋の空が広がっている。
紅子に近付き声を掛けて来たのは、現役の高校生探偵として工藤新一に次ぐ名声を誇り、現警視総監の息子でもある白馬探。
長身で、貴族風の優雅な雰囲気をたたえた青年である。

「そうですか。僕には、空の中に将来の夢と希望が見えますが」
「気障なのね」
「恐れ入ります」
「ところで白馬くん」
「はい何でしょう」
「初登場の私たちだけど、出番ってこれだけなの?」
「黒羽くんを出すのならついでに僕たちも・・・という単なる作者のサービス精神らしいですからね、出番はこれで終わりでしょう」
「このシリーズでは、あくまで、まじ快の登場人物はゲスト扱いらしいものね」
「そういう事です」



2人はフェンスに凭れ掛かり、暫く黙って空を見上げていた。



  ☆☆☆



「歩美、今度、帝丹高校で学園祭があるだろ?去年見に行きそこなった蘭姉ちゃんの劇、見に行かね―か?」

小学校2年生の割に縦も横も大きいおにぎり顔の少年、小嶋元太が、一緒に下校中の少女に声をかける。

「蘭お姉さんかあ・・・しばらく会ってないよね・・・」

呟いた少女は、吉田歩美。
まっすぐでサラサラな黒髪を襟元で切り揃え、カチューシャがトレードマークの、可愛い少女。
現在でも素晴らしく可愛いが、将来はさぞかし美人になるだろうと思わせる。
しかしその大きな黒曜石の瞳は、最近ずっと翳りを帯びていて、元太少年はその事に胸を痛めていた。

「帝丹高校ですか。蘭さんの恋人の高校生名探偵・工藤新一さんも居られるんですよね」

元太や歩美と共に下校中の、小学校2年生としては平均的な体格で顔にそばかすのある少年、円谷光彦が呟く。
理知的な瞳の少年だが、彼の表情もどことなく冴えない。

「そう、今年は蘭姉ちゃんがお姫様で、その名探偵が王子様だってよ。去年は見られなかったしよ、みんなで見に行こうぜ」
「元太くん、すごーい。良くそんな情報を仕入れたね。元太くんじゃないみたい」

歩美が感心したように言うと、光彦も感嘆の声を上げる。

「ほんと、いつもの元太くんからは考えられませんね」

元太はどっちかと言えば、考えたり情報を集めたりするのが苦手で、行動派なのである。
その元太が、知性派の光彦や女の子独自の情報網を持つ歩美が知らない情報をもたらしたので、二人は素直に感心していた。

「悪かったな」

当然の事ながら、元太にとっては2人の言葉はちっとも褒め言葉に聞こえず、ちょっと拗ねたようにジト目で2人を見ていた。



  ☆☆☆



毛利家の居間。

「あなた、今年、蘭が劇の主役のお姫様をやるんですって。受験生なのに、大丈夫かしら」

英理が、食卓に着いて御飯をよそおいながら言う。
小五郎は、英理の個性的な味付けの料理を、文句も言わず黙々と平らげながら言葉を返す。

「ああ、去年やったのと同じらしいな。去年は事件で結局中断されたし・・・あの時、あのくそ生意気なガキがいつの間にか舞台に立ってたんだよな・・・」
「あ、そうか、去年あなた見に行ってたのね。あなただけ、ずるいわ!私今年は時間あるし、私だって見に行きたいわ!」
「・・・ずるいって・・・そういう問題なのかよ」



  ☆☆☆



ロスの工藤邸。



「優作、優作、今年は新ちゃんと蘭ちゃんで、劇の主役をやるんですってよ!」

有希子が息せき切って、優作が執筆中の書斎に駆け込んでくる。

「有希子・・・まさか、見に行きたいなんて言うんじゃないだろうね?」
「あら・・・見に行きたいわよ。悪い?」
「去年、新一が撃たれた時でさえ帰国しなかったと言うのに、今年は劇を見るために帰国かね?」
「だってだって去年は、新ちゃんの怪我が治った後にやっと阿笠博士が連絡してきたんじゃない!おまけに劇の事は教えてくれなかったし!」
「私は原稿の締め切りが・・・」
「あら、別にいいわよ。1人で行って来るから。これでも、エスコートしてくれる相手なんて、すぐに見つかるんですからね」
「・・・・・・」

優作の表情は変わらず、冷静にタイピングを続けているように見える。
有希子は不満そうに唇を尖らせたが、ふと優作が小説執筆中のパソコンモニター画面を見て、笑顔になる。
そこに打ち出される文字は文章になっておらず、でたらめに並んでいた。













帝丹高校学園祭当日。



土日にかけて行われるこの行事は、来客に対しての制限もなく、毎年、高校生だけでなく様々な年齢層の客で賑わう。
それにしても今年のお客さんはバラエティに富んでいた。
高校生だけでも、様々な制服が入り乱れている。地元だけでなく、遠方からも来ているようである。
地元の中学生や小学生の姿も結構ある。
年配の客は例年それ程いないのだが、今年は妙に目に付く。
OBと思しき人々の他にも、熟年男女や、目付きの悪い年配の男性の集団まで、何の為に高校の学園祭に来たのかと首を傾げたくなるような面々までいた。



  ☆☆☆



「ちょっとそこの人、ここは高校よ!いくら未成年じゃないからって、そんな所で煙草は止めて頂戴!」

実行委員の腕章を付けた女生徒が鋭く叫ぶ。
その隣の、同じ腕章を付けた別の女生徒が溜息混じりに言う。

「まあ、そんな人がいるの、いやあねえ・・・って、どこに居るの、その人?」
「どこにって、ほらそこに・・・あ、あら?」
「気のせいじゃないの?」
「そんな事無いわよ!帽子をかぶった、格好良いんだけど何だか鋭くて怖い目の男の人が、体育館の方を見ながら、そこで煙草をふかしてたんだから!」

けれど、もうどこにもその男の姿も気配も残っていなかった。



  ☆☆☆



「シャッフルロマンス」が上演される体育館は、噂が噂を呼び、大入り超満員となっていた。
昨年殺人事件が起こったという曰く付きでもあるし、今年は最初から、「あの」工藤新一がヒーロー役をやるという事で、宣伝効果は抜群だったのだ。

昨年も大勢の来客のために暑かった会場だが、今年はそれをはるかに上回る。
演劇部が用意した冷たい飲み物(勿論昨年の事があるので、しっかりと保健所及び警察からのチェックが入っている)が飛ぶように売れていた。



「ちょっと何よこれ?去年より、お客さんずっと多いじゃない!」

蘭は客席を見て慌てる。

「まあ、新一くんのネームバリューがあるからね・・・。新一くん、ルックスも良いから、ミーハーファンが集まってるみたい。蘭、恨まれるわねえ」

園子がからかい口調で言った。そして表情を改めて新一に言う。

「新一くん、今日は頼んだわよ」
「任せとけって。と言う程自信はねーけど、練習はしたから、それで勘弁してくれ」
「演技の事なんか心配してないわ。事件を呼ばないでねって頼んでるのよ」
「そう言われても、あれは俺の意思とは関係ねーしよ・・・」

新一は舞台袖の幕の隙間から客席を覗き、ゲッと仰け反る。

確かにお客さんが多い。
しかし新一を仰け反らせたのは、そんな事ではなかった。



  ☆☆☆



「今年もあの格好ええ工藤君と、可憐な蘭ちゃんが見られるんやね」
「・・・まあ姉ちゃんが可憐なのは間違いないやろけどな」
「工藤くん、今年は事件を呼び寄さんとええけどな。今年も途中で終わってもうたら、蘭ちゃんが可哀相や」
「工藤にそれは無理な相談やで。さあ何時事件が起こるんか、楽しみにしとこ」
「平次も悪趣味やなあ」

客席の左端に大阪から来た服部平次と遠山和葉が座っていた。

「あいつら、今年もかよ・・・受験生だろうが」

新一は憮然としたように呟く。



  ☆☆☆



「あの2人、高校生ながら夫婦になってるのよね。夫婦2人で劇の主演なんて、素敵じゃない。ね、そう思わない?」
「は、はあ、確かにそうっすね、ははは・・・」
「どうしたのワタル君、上の空で。デートがここじゃ不満だった?」
「い、いえ、そんな事ないっす、美和子さん!」
「なら何で先刻からそわそわしてるの?」
「いえ、たくさんの視線が痛くて・・・」
「視線?警察に恨みを持つものかしら?今日は非番で私服で来ているから、そんな事はない筈だけど」
「み、美和子さん、きっと俺の気の所為っすよ」

客席の右前方に、警視庁捜査1課の高木ワタル刑事と佐藤美和子警部補。

そして、客席のあちこちに散らばる、強面で目付きの鋭い、たくさんの屈強で強面の男たち――その周辺に座るお客達は、怯えて身を縮こませている。



新一は溜め息をつく。

『あいつら何やってんだか・・・。税金で給料貰ってる癖に、ちゃんと仕事しろよ・・・』

新一には判っていた。
高木刑事と佐藤警部補は真面目だから、非番でここに来ているのだろうが、その他大勢の男達(捜査1課を中心とした私服警官たち)は、勤務中に、この2人を見張りに来ているのである。



警察内でも、美人で颯爽とした佐藤警部補は人気が高い。
ファンの警官達は、佐藤警部補が高木刑事と恋人同士になってもそれを認めようとしなかった。
デートなどしようものなら、必ず嗅ぎつけて見張り、妨害してくる。
その事は新一も知っていた。

おそらく、警視庁で警官たちに細かな指示を与えているのは、白鳥警視(キャリアなので昇進が早い)だろうと考えられる。
真面目で人の良い目暮警部の目を誤魔化し、大方何か重要な件の捜査の振りをして、こんな大掛かりな見張り方をしているのであろう。

『まあこんな風だから、警察も俺に頼らねーといけなくなるんだよな・・・』

自分の出番がないのは困るが、決して警察にこんな風になって欲しい訳ではない。
ちゃんと真面目に仕事はして欲しいものだと思う。

新一は、警察の将来を憂えて、再び溜め息を吐いた。



  ☆☆☆



「快斗、面白そうだね。あのロミ・ジュリを凌ぐ超ラブロマンスだって、どんな話なんだろう」

目の大きな可愛らしい少女が、両手を顔の目で握り合わせ、目を輝かせて言った。
江古田高校の制服を着たその少女は、黒羽快斗の同級生で幼馴染でもあり、名を中森青子という。
蘭に面差しが良く似ているが、無邪気で体形もメリハリに乏しく、蘭より子供っぽい印象を与える。
ちなみに、父親は警視庁捜査2課の怪盗キッド特捜班に所属する中森銀三警部である。

隣に座る快斗(またこの少年も、なぜだか新一に良く似ているのである)は、青子の様子を横目で見ながら、ぶっきらぼうに言う。

「あんな宣伝文句に乗せられてんじゃねーよ。どうせ大げさに煽ってるに決まってんだからよ」
「何よー、ば快斗!人がせっかく楽しみにしてるのに!」
「大体おめー、ラブロマンスを見るようなタマかよ。仮面ヤイバーでも見てる方が似合ってるぜ」
「連れて来たのは快斗じゃない!ふんだ、いいもん。・・・工藤くんの王子様、格好良いだろうなあ、楽しみvv」

それまでは半分嬉しそうに青子をからかっていた快斗の顔が、見る見る不機嫌そうな表情になる。

さて、新一と蘭に良く似た、黒羽快斗と中森青子の2人・・・このカップルは、舞台のすぐまん前に陣取っていた。

舞台袖から見ていた新一は溜息を吐く。

「あいつらまで来てんのかよ・・・勘弁してくれ」



  ☆☆☆



「良かったですね、劇があるのが日曜日で」
「うん、去年はコナンくんだけしか見に来られなかったもんね。蘭お姉さんのお姫さま、うふふ、楽しみ」
「コナンと灰原、アメリカに居んだよな。元気にしてっかな」
「最近、メールも来ませんよね・・・」
「うっっ、今年はコナンくんと一緒に来たかったよ・・・」
「歩美、泣くなよ!・・・おい光彦、おめーが変な事言うからだぞ!」
「元はと言えば元太くんが余計な事言い出したからじゃないですか!」
「うっうっうっ、やめてよ2人とも、ヒック、けんかしないで」

客席の真ん中に陣取っているのは、今年小学校2年生になっている少年探偵団の3人。

『あいつら・・・元気そうだけど、少し寂しそうだな。コナンと灰原は、ちょっとの間しか一緒に居なかったけど、あいつらの中ではまだ存在は消えてねーんだろうな・・・』

新一の胸が微かに痛む。



  ☆☆☆



「ふふふ、新ちゃんと蘭ちゃんのラブロマンスかあ、楽しみだわvv」
「有希子、蘭くんのお姫さまはともかく、新一くんの王子さまはどうかと思うぞ」
「あらそんな事ないわよ、優作と私の息子ですもの、ルックスは良いし、演技力だってきっとある筈だわ」
「演技力ねえ・・・。あるかも知れないが、それを芸能方面に発揮できるのかねえ」

客席の右後方にいるのは、今はロスに居るとばかり思っていた工藤優作・有希子夫妻。

『あいつら・・・帰国してるなんて聞いてねえぞ・・・!わざわざホテルかなんかを取って、俺達に内緒にしてたんだな』

新一は呆れるのと腹立たしいので、頭痛がしてきた。



  ☆☆☆



「あんの野郎、蘭に変な事したら、ただじゃおかねえ!」
「あなた・・・。もう夫婦になっている2人に、何野暮な事言ってるの」
「いくら夫婦になっててもだなあ、公衆の面前で・・・」
「これは劇なんだから、余計な事言わないの。あなた!駄目よ、何してるの!ここは高校だから禁煙よ!」

客席のやや左寄り前方に座っているのは、毛利小五郎・英理夫妻。

『おっちゃん、あのシーン見たら黙っていそうもねーよな』

新一は苦笑いする。





  ☆☆☆



そして劇が始まった。

「ああ・・・全知全能の神ゼウスよ!!!どうして貴方は私にこんな仕打ちをなさるのです!?」

蘭の良く通る高く綺麗な声が響く。

「それとも、望みもしないこの呪われた婚姻に身を委ねよと申されるのですか!?」

可憐なお姫さま姿の蘭が切なげに震える声で言うと、演技と判っていても、客席で涙ぐむ女生徒たちも居た。

園子が舞台袖で弾んだ声で言う。

「よし、去年より演技に磨きがかかってるわね、その調子よ、蘭」

出番を待って舞台袖に待機している新一も、ボーッと蘭の姿に見とれていた。
その様子を横目で見た園子は、少し苦笑する。



劇は進行し、新一の出番が近付いた。
暗闇にスポットライトが当たり、カラスの羽が舞う中、仮面を被った黒衣の騎士姿の新一が音も無く舞台の上に降り立ち、姫を襲った賊の1人を切り捨てる。

演技とはいえ、この軽い身のこなしは、他の者には真似できない。
仮面を被った姿であっても、その格好良さに客席から黄色い声が上がる。

「やっぱ流石ねえ、悔しいけど、こういう時絵になる男はそうそう居ないわよね」

舞台袖で園子が感心したように呟く。

園子の傍に居る他のスタッフの女生徒達も、顔を赤らめ、無言でコクコクと肯く。







黒衣の騎士が、ハート姫一行を襲った賊を蹴散らし、姫の前に立った。

「あ、貴方はもしやスペイド・・・」

尋ねるハート姫に、黒衣の騎士は答えない。
ハート姫は、黒衣の騎士に囁く。

「ああ・・・幼き日のあの約束をまだお忘れでなければ・・・どうか私の唇に・・・その証を・・・」

黒衣の騎士はハート姫を抱きしめる。



そして、客席からはっきり見える角度で、黒衣の騎士はハート姫に口付けをした。



客席から女生徒たちの悲鳴が上がる。

新一のファン、蘭のファン、双方ともに度肝を抜かれていた。

勿論、彼らが恋人同士である事は、ほぼ公認で、学校中で周知の事実ではあったが、それぞれにたくさんのファンが付いており、横恋慕するものは後を絶たなかった。

しかし、こういう風に公衆の面前で見せつけられると、横恋慕する気力も失おうというものである。



まさにそれこそが新一の狙いでもあったのだ。

「おめーら、妙な気を起こすんじゃねーぞ」

と言う新一の牽制は、しっかりと全員に伝わった。



蘭は、長い口付けで息があがる。
目を潤ませ、頬が上気し、唇が赤くなった色っぽい顔を誰にも見せたくなくて、新一はしっかり蘭を抱きかかえてしまう。

悲鳴の中、ラブシーンはなかなか終わらなかった。

「たははは、やるんじゃないかと思ってたけど、やっぱりやってくれたわね、あの男」

舞台袖では、園子が呆れて座り込んでいた。
他の旧2年B組メンバーは、ボーっと見惚れているか、赤くなって視線を彷徨わせているかだった。





「あ、あんの野郎〜〜、人の娘に何て事をしやがる!」

立ち上がりかけた小五郎の裾を、英理が掴んで引っ張る。

「あなた、止めなさいよ、みっとも無い。あの2人はもう夫婦なんだから、キスくらいで目くじら立てないの!」



「新ちゃん、やるわね〜、流石は優作と私の子供だわ」

有希子が満足そうに言い、優作は苦笑する。



少年探偵団は顔を真っ赤にしながらも、しっかりとこのキスシーンを見ていた。
歩美の胸に何故だか痛みが走り、歩美は自分でそれを不思議に思う。



「そろそろこのあたりで・・・」

平次がきょろきょろと周囲を見回し、和葉が訝しむ。

「平次、何しとんの?」
「いや、そろそろ事件が起きる頃や思うてな」

和葉は舞台の2人でなく、平次の事を呆れたような目で見た。





青子は頬を赤らめ目をきらきらと輝かせて舞台に見入っている。
快斗は、手に顎を乗せて呆れたように半目になっていた。



佐藤美和子警部補は、「まあ、素敵」と呟きながら笑顔で舞台に見入っている。
高木刑事は、顔を真っ赤にしていた。

会場のあちこちに散らばる強面の警官達も、彼らが頼る高校生探偵の演じるラブシーンに、思わず本来の目的(佐藤警部補と高木刑事の見張り)を忘れ、顔を赤らめ、唾を飲み込んでいた。







「でも新一くん、最後まで自分の思い通りになると思ったら、大間違いだからね」

謎の言葉を呟いて園子はにやっと笑う。







(後編)に続く



+++++++++++++++++++++++



突然のオールスターキャストで、予定より長くなってしまいました。
チラッと出て来た謎の煙草男の正体は?(今の時点ではノーコメントとさせて頂きます)
新一くんは、いつの間に快斗くん・青子ちゃんとお知り合いになったのか?(そのうち書きます・・・多分、きっと)
まじ快の面々はなぜ出てきたのか?(別に大した理由はありません)
旧2年B組の陰謀とは?(大した事じゃありません)
ジョディ先生は何かたくらんでいるのか?(多分、大した事考えてないでしょう)

そして、後編で何が起こるのか!?(だから大した事は・・・)



という事で、続きます。



「ずっと一緒に(4)」に戻る。  「シャッフルロマンス・リベンジ(後編)」に続く。