ずっと一緒に



byドミ



(4)



日本ではまだ残暑が厳しい八月の終わり。

しかしここでは、乾燥したさわやかな――少し寒いくらいの強い風が吹いている。

高原の澄んだ大気。
どこまでも青い空。
頂上に雪を頂いた山々。

斜面が多く、起伏のある草原が続き、ところどころ針葉樹がそびえ、絵本に出てくるような建物が点在する、スイスの高原。



小さな教会で、お互いの限られた親族と僅かな友人達だけが参列して、新一と蘭との結婚式が行われる。

友人達は、平次と和葉、園子と真、そして――。

「志保さん、来てくれたの?」

蘭はある人物の姿を認めて駆け寄った。

今日の志保は、志保の淡い色の髪や目に良く合う、ラベンダー色の上品なスーツを着ていた。志保のスタイルの良さを引き立て、柔かく女性らしい印象を与える、良いデザインの服である。元々年齢以上に大人びて見える彼女だが、今日は化粧もしており、いつにも増して大人びて美しい。

志保は笑って言う。

「ニューヨークからここまでは、反って日本からより近い位だわ」

先にアメリカに渡ったばかりの、阿笠博士・阿笠志保親子(笑)が、今日の結婚式に駆けつけて来てくれたのだった。

阿笠博士が、感極まったように言う。

「蘭くん、とても綺麗じゃぞ。新一くんは幸せ者じゃのう」

元々蘭は綺麗な少女である。
大きな黒曜石の瞳、桜色の唇、白い透き通った肌。
蘭のプロポーションは元々素晴らしく、細身だが、出るべき所は大きく形良く張り出しているし、空手をやっているためか、姿勢も良い。

今日着ている純白のウェディングドレスは、裾が広がっていない一見シンプルなデザインだったが、蘭の清楚な美しさとスタイルの良さを強調していて、とても良く似合っていた。

さらさらの長い髪は、今日はアップにしてあるが、うなじのラインがはっきり見える今の姿は普段とはまた違った色っぽさをかもし出している。髪には真珠のティアラがはめられ、純白のベールがゆったりと裾を引いている姿は、絵本の中のお姫さまの様に優雅である。名前と同じ、白と紫の小さな胡蝶蘭が髪飾りにあしらわれているのも、良いアクセントになっていた。

ドレスアップして、薄化粧をして、輝くような幸福そうな微笑を浮かべた蘭は、今まで志保や博士が見た中で、1番美しく見えた。

「蘭さん、本当にすごく綺麗よ。工藤くんには勿体無い位。幸せになってね」

志保が心からの笑顔でそう言って祝福してくれ、蘭は嬉しくて泣きそうになった。

「ほらほら、そんな顔しないの。全くもう、あなたに泣かれたりしたら、私が工藤くんに怒られてしまうわ」

新一がこちらに向かって歩いて来た。

新一は元々スーツ系の服が良く似合う。
ハンサムな父親と、元女優で誰もが認める美人の母親の双方に似た、端整な顔立ち。
すらりと細身だが、弱々しい印象はなく、強靭なしなやかさを感じさせる。
しかも、身のこなしは隙がなく、何処となく優雅でさえある。

その新一が黒のタキシードに身を包んだ姿は、なかなか様になっており、ウェディングドレス姿の蘭と並ぶと、本当に絵のような光景になる。

新一は志保と阿笠博士に声を掛けた。

「宮野、博士、今日は来てくれてありがとう」
「工藤くん、私の事『宮野』って呼ぶのはいい加減止めてくれない?今の私は、『阿笠志保』なんだから」
「・・・つってもよ、博士が居るから『阿笠』とは呼びにくいしな」
「私を絶対『志保』って呼ばなかったのは、蘭さんのためでしょう?」

蘭がえっと驚いた顔をする。
新一は苦笑して言った。

「それは否定しねーけどよ、それだけじゃなくって、今更簡単に呼び名は変えらんねーぜ。大体、ついつい『灰原』と呼びそうになるのを抑えるだけでも、大変だったんだからな」

志保も苦笑して言う。

「ま、仕方ないわね。・・・工藤くん、幸せに。蘭さんを泣かせちゃ駄目よ」

阿笠博士も新一に声を掛ける。

「新一くん、やっと蘭くんを手に入れたんじゃから、大切にするんじゃぞ」

博士にとって新一と蘭の2人は、半分子供みたいなものである。
志保ほどではないが、大切な存在であった。
世間から見れば、18歳で高校生の2人は、結婚にはまだ若すぎると言えるだろう。
しかし、2人が幼い頃から見守ってきた博士にしてみれば、ようやくここまで来たかと思えて、感無量だった。



  ☆☆☆



「蘭ちゃん、綺麗やあ」
「蘭、とっても素敵よ」

和葉と園子が蘭に声を掛ける。

「ありがとう、和葉ちゃん、園子」

和葉は、鮮やかなオレンジ色のワンピースを着ている。胸元が下品にならない程度に大胆にカットされており、短めのフレアーの裾からのぞく足のラインが美しい。襟元のたっぷり布を使ったフリルが可愛らしく、同時に、いつもと違って髪を降ろしている姿は、仄かに「女の色香」を漂わせている。

園子が着ているのは、短めのタイトスカートでボレロ付きの、黄色のワンピース。一見シンプルなようだが、さりげなく手編みレースの縁取りや細かな飾り付けが施されている、手のかかった仕立てのものである。園子の元気な明るさに良く合っており、それでいて、女性らしい優雅な雰囲気も醸し出している。

志保、園子、和葉の3人は、元々それぞれに美人ではあるが、ドレスアップして友の結婚を心から喜ぶ姿は、本当に花のようであった。

今の和葉と園子には、蘭に対してうらやましいなどと言う気持ちは微塵もない。
ただ友の新しい旅立ちを祝福し、幸せを願うばかりである。

「これから大変な事も多いと思うけどな、頑張りや」
「我慢ばっかりしないで、ちゃんと新一くんに言いたい事言うのよ」
「ありがとう。私、とっても幸せだよ。こうやって新一のお嫁さんになれる事もだけど、こんなに素晴らしい友達に恵まれて、私達を応援してくれて、祝福して貰えて、私、本当に幸せよ」

蘭の目に涙が浮かんでいる。
園子が呆れたように言う。

「もう本当に、泣き虫は相変わらずね。この晴れの席で、どれだけ涙流せば気が済むのかしらね」

和葉もちょっと苦笑して言う。

「まあ園子ちゃん、嬉し涙なんやし、うるさい事は言わんとこ。でも蘭ちゃん、気い付けんと、化粧崩れてまうで」



  ☆☆☆



「工藤、高校生にして人生の墓場に足突っ込むとは、物好きなやっちゃなあ」

平次が新一に声を掛ける。

元々ハンサムな平次なので、スーツ姿は結構様になっているのだが、普段かたい格好とは無縁なだけに、「衣装に着られている」という印象になってしまっている。

「バーロ。蘭がずっと傍に居てくれるのが、墓場なわけねーだろ。口惜しかったら、おめーも早く遠山刑事部長に頭下げに行くんだな」
「・・・工藤、自分変わったなあ。なんや随分素直になってもうてからに、からかい甲斐がないで」
「ああ、素直になんねーとな。意地とか照れとかで逃しちまうもんがあるなら、そっちの方が勿体ねーからよ」
「さよか。ま、姉ちゃんに逃げられんよう、頑張りや」
「・・・逃がしゃしねーよ。・・・服部、おめーも頑張れよ」

何を言っても動じず、余裕の笑みで返してくる新一に、平次は苦笑する。

この友人には、高校生にして結婚する大変さより、蘭を傍に置く幸福の方が、ずっと大きいらしい。

平次はちょっとだけ新一がうらやましかった。
自分も心の底から和葉を愛していると思っているが、新一の蘭へ向けられる狂おしいほど一途な想いには正直負けると思う。
そこまでに1人の女を深く深く愛する事のできる友を、ほんのちょっとだけうらやましいと思ったのだ。



  ☆☆☆



「京極さん、今日は来て頂いてありがとうございます」

新一が声を掛けると、真はちょっと照れたような微笑を浮かべた。

真は普段こういった服は着なれていないはずだが、長身なだけに、妙にスーツ姿がはまっている。

「園子さんの大切な友人の晴れの日ですからね。私にとっても大切ですよ。おめでとう、どうかお幸せに」
「ありがとうございます。そう言って頂いて、嬉しいですよ」
「園子さんは、毛利さんの事を心の底から大切に思っている。だから、絶対に毛利さんを幸せにしてくださいね。毛利さんが幸せだと、園子さんも嬉しいでしょうから」

思考が園子中心に廻っている真の言葉に、新一は苦笑する。

「肝に銘じますよ。・・・ところで京極さん、蘭はもう、『毛利さん』ではありませんよ」
「そうでしたね。でも、呼び方を変えるのは、なかなか難しいものですよ。工藤くんがどうしても『園子』と呼んでしまうのと一緒でね」

そう言った真の顔には、以前のような嫉妬心は欠片も浮かんでいなかったが、新一はちょっとだけ冷や汗を流した。



  ☆☆☆



英理が2人に声を掛ける。最近、英理はようやく毛利家に戻ってきていた。

「蘭、とても綺麗よ。・・・これから色々大変だと思うけど、幸せになるのよ。私達にできる援助はするから、1人で色々抱え込み過ぎたりしないようにね」
「お母さん・・・本当にありがとう」
「新一くん、蘭の事お願いね。妙なところで私に似て、意地っ張りだから、判ってあげてね」
「お義母さん・・・未熟な俺ですが、今後も宜しくお願いします」

英理の隣にいる小五郎は、ちょっと顔を上に向けて目を背けている。
どうやら涙を堪えているらしい。

「蘭、嫌になったらいつでも戻ってきて良いんだぞ」

小五郎のお決まりの台詞に、蘭は苦笑した。

「ありがとう、お父さん。でも駄目だよ、そんな事言ったら、私努力せずにすぐ逃げ出す癖がついちゃうかも」
「バーロ。時には逃げたって良いんだよ。・・・新一、蘭を粗末にしやがったら、承知しねーぞ」
「大事なお嬢さんを頂くのですから、一生大切にします」

新一の神妙な言葉に、小五郎は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「言うだけなら、誰でもできる。・・・その言葉、忘れるんじゃねーぞ」
「はい」



  ☆☆☆



有希子が、蘭に抱きつかんばかりになって言った。

「蘭ちゃん、綺麗よ〜。嬉しいわ、ずっと蘭ちゃんがうちの娘になってくれるの夢見てたんだから。新ちゃんの事、よろしくね。新ちゃんが何か酷い事したら、すぐ私に言って頂戴ね」
「おばさま・・・お義母さま、ありがとうございます。こちらこそ、至らない私ですが、宜しくお願いします」
「きゃああああ、いや〜ん蘭ちゃん、『お義母さま』だって、『お義母さま』だって、嬉しいわ〜〜vv。新一、蘭ちゃんの事、大事にするのよ」
「わーってるよ。・・・母さん、言っとくけど、蘭は母さんの義理の娘であるより先に、俺の妻なんだからな」
「やあね、新ちゃんったら妬いちゃって、怖い顔。わかってますよーだ」

優作が苦笑しながら声を掛けてくる。

「まあ、未熟なうちの息子が色々と苦労をかけると思うが、蘭くん、どうか見捨てないでやってくれたまえ」
「お義父さま・・・そんな、私の方こそ・・・」
「新一、お前には判っているだろう?蘭くんがどんなにお前には過ぎた娘さんか。大切にしないとばちが当たるぞ」
「ああ、わーってる。でもいつか必ずそれに見合うだけの男になってやるからな!」
「・・・その意気だ、お手並拝見させて貰うよ」



  ☆☆☆



スイス高原の抜けるような青空の下、教会の鐘が鳴り響く中で、新一と蘭は永遠の愛を誓い合った。
輝くような笑顔の2人を、参列者の誰もが微笑ましい思いで見守る。

若い2人には、まだまだこの先、長い未来が待っている。
けれど、何があっても、どんな事があっても、繋いだこの手は決して離さず、ずっと一緒に歩いて行く。

それは2人にとって「誓い」ではなく、「確信」だった。





Fin.



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最終回はあっさりとしてしまいましたが、「ずっと一緒に」完結です。

それにしても「夏の陽射し」で夏休みが始まり、「月の光と日の光」そしてこの「ずっと一緒に」で夏休みの締めくくり。高校3年生だと言うのに、なんというハードスケジュールの夏休みなんだろう(爆)

新一くんのタキシードが黒なのは、個人的な趣味。彼には白より黒の方が似合うと思うし、白は某怪盗の色(某怪盗、名前は黒なのに、衣装は白スーツですよね)なので。

若い女性陣の服装については詳しく、平次くんと真さんはおざなり、熟年組に至っては描写もしていないというのは、別に愛の差ではありません(苦笑)作者の想像力の限界とご承知ください。

親族について書かないのは、はっきり判らないから。両親がまだ30代なので、祖父母達もまだまだ壮年でお元気な事と思われるけれど(もしかすると、曽祖父母だってご健在かも)、原作にまだ出て来ていませんからね。



次は、高校生活最後の学園祭のお話になる予定です。その前に、「帰還」に続くお話の方を先にお届けするかもです。



(3)に戻る。  「シャッフルロマンス・リベンジ(前編)」に続く。