月の光と日の光
byドミ
番外編・時を超えて
「蘭さん、ちょっとお茶を飲みに来ない?」
志保が工藤邸を覗き、掃除中の蘭に声を掛けた。
今日新一が事件に駆り出されて留守だったため、蘭は1人で掃除をしているところだった。
あの件以来、時々志保は蘭をお茶に誘う。
最近は蘭も心得ていて、手作りのお菓子などを持参して阿笠邸に向かうようになった。
☆☆☆
「私ね、アメリカに行くの」
志保がさらりと言った言葉に、蘭は驚く。
「誰かさんに、ここから離れて遠くに行ってくれって言われちゃったしね」
思わず蘭は飲みかけの紅茶でむせてしまった。
「し、志保さん、何で?もうそんな必要ないのに、そんな事・・・」
蘭は元はと言えば自分が原因を作ってしまったと思い、泣きそうになる。
志保はくすっと笑った。
良く見る皮肉気な笑いでなく、柔らかな微笑。
「まったくもう、冗談に決まってるでしょう?蘭さんは本当に素直なんだから。まあ、そういう所があなたの良い所なんだけどね」
「じゃあ、アメリカに行くって言うのは・・・」
「それは本当。以前から誘われていたの。あっちで研究しないかってね。宮野志保を必要としてくれているのは、今の日本には博士くらいしか居ない。博士が一緒に行くって言ってくれたから、思いきってあちらに行くことにしたの。博士も、あちらで思う存分、発明の腕を振るいたいらしいわ」
「そんな・・・。志保さん、必要とされていないなんて・・・」
ふふふ、と志保は笑う。
その顔は、辛そうには見えず、晴れやかであるが、蘭は志保が無理しているのではないかと気掛かりだった。
「蘭さん、私あの時怒ったけれどね、実はちょっと感動もしてたのよ。いつも優しくて、人に言いたいことも言わないようなあなたが、欲しい物を欲しいと言って、自分の感情を、嫉妬心を剥き出しにしてくるなんてね。ああ、やっぱり敵わないなあって思ったわ・・・」
志保は遠くを見るような目をした。
蘭は、胸が痛んだ。
『志保さん、やっぱり、新一のこと・・・』
志保は柔らかな微笑を浮かべて蘭の方を振り向いた。
その瞳は、諦めともどこか違う、不思議な色を湛えている。
「灰原哀にはね、居場所があったの。蘭さん、あなたにだけ話すわね。私今ね、ちょっとだけ夢見ている事があるの。時を超えて、彼が灰原哀を追いかけて来てくれないかなあって」
「時を超えて・・・?」
蘭は直感的に、志保の言う「彼」が新一の事ではないと感じながら、鸚鵡返しのように言葉を返した。
志保は言葉を続ける。
「私、自分でも変だと思うのよ?だって蘭さん、例えて言うならば、蘭さんが、中身が工藤くんでない、本物の見た目どおりの子供である江戸川くんを相手にするようなものだもの」
蘭は考えてみる。
江戸川コナンが文字通りのただの子供だったら、絶対にそういった気持ちにはならないだろうと蘭には断言できる。
新一が居るからっていうのは抜きにしても(その前提で考えるのは非常に困難ではあるが)、数年後ならともかく、今の時点で小学校1年生相手にその気にはなれないだろう。
志保がちょっと苦笑しながら言葉を続ける。
「わたしが今考えているのは、そういった事よ・・・」
蘭は思い出す。
真剣な瞳で、自分に相談を持ち掛けてきた、ある子供の事を。
『2人の女性を同時に好きになってしまうなんて、僕っていけない男なんでしょうか?』
幼くても恋は本物。
幼い彼の真剣な問いかけを微笑ましい思いで聞いた。
ただ、彼は・・・。
蘭はつい口にしてしまう。
「志保さん、でも哀ちゃんがずっと傍に居なかったら、もしかしたらあの子、歩美ちゃんと・・・」
志保は苦笑した。
「あら、蘭さん、気付いてたの?でも、その時はそれで諦めもつくわ。歩美ちゃんにも、誰かさんの事は早く忘れて、別の人と幸せを見つけて欲しいしね・・・」
吉田歩美の恋する相手は、もうこの世には居ない、江戸川コナンという偽りの存在。
歩美の初恋が成就する事はない。
蘭は複雑な思いで押し黙った。
この先、どういった形になっていくかは判らないけれど、できる事ならば、みんなみんな何らかの形で幸せになって欲しい。
蘭は心の底からそう思った。
7歳の時の幼い恋が、いつか時を超えて結ばれる――そんな夢を見てもいいのかも知れない。
Fin.
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このシリーズ、おまけ篇とか番外編とかがつくことが多いです。
「Birthday Present」の時は、意図して「おまけ」をつけました。
「夏の陽射し」の時は、メインが一応「平和」だったため、「新蘭」と「真園」をおまけ篇にしました。
今回は、本当は本編に入れたかった内容なのですが、流れとしてどうしても入れられなかったために、番外編に持ってきました。「光哀」ではなく、「光志」になるのでしょうか。
次回は・・・不安がなくなった蘭ちゃんが、果たして「はあすっきりしたわ、じゃね新一、私、家に戻るわね」とあっさり帰れるのか、新一くんが果たして「おう、おっちゃんにもう心配掛けんなよ、じゃあな」とあっさり蘭ちゃんを帰せるのか。というお話(????)です。
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