ずっと一緒に


byドミ



(2)



結局小五郎から、蘭と新一が2人で一緒に暮らす事についてのお許しはついに得られなかった。

帰る新一を、蘭が階段の下まで見送る。

「新一・・・」

蘭の目には、涙が盛り上がっていた。

「バーロ。んな顔すんなって」

新一は蘭の額に自分の額をこつんと当てて蘭の瞳を覗きこんだ。

「悲しいんじゃないの。お父さんが頑固なのは今に始まった事じゃないし。新一も私と同じように思っていてくれたんだって思ったら・・・、それが嬉しかったの」

蘭は涙を浮かべながらも幸せそうに微笑む。

「蘭。必ずおっちゃんを説得して、おめーと一緒に暮らす。だから、後ちょっとだけ、待ってろ」
「うん」
「まあ本当は、俺の方が待ちきれねーんだけどよ」

新一はちょっと苦笑した。

「一筋縄じゃいかねーのは、最初っからわかってたからさ。でも、あきらめねーから」
「うん、新一。私も頑張るから・・・」

そして恋人たちは別れを告げる。

寂しいが、不思議と心満たされた別れだった。



  ☆☆☆



帰り道、新一は小五郎の言っていた事を考えていた。

「おっちゃん、『同棲は駄目だ』と言ったけど、『一緒に暮らすのは絶対駄目だ』とは言わなかったよな。でもそれって、・・・俺の考えが正しければ・・・でもそう都合良く解釈してかまわねーのか?おっちゃんの事だ、正解見つけたところで、それはそれで難癖つけそうだしな・・・」

小五郎は、回りくどい人間ではないし、普段は「何を考えているのか判らない」なんていう事はない。

しかし、蘭が絡む事になると、新一にとっては小五郎の考えも今ひとつ読みにくい。(と言うか、小五郎自信でさえきちんとは判っていないのかも知れない)

「えい、ままよ、下手にうだうだ考えるより、行動あるのみだ!」

普段の新一だったら言いそうにない台詞を口にして、新一は我が家の玄関へと入って行った。



  ☆☆☆



その僅か後のロサンゼルス。

工藤優作と有希子夫妻が住む屋敷に、電話の音が鳴り響く。

「Hello.・・・あ、なんだ新ちゃん?珍しいわねえ、新ちゃんの方から電話かけて来るなんて。え、優作?今丁度1段落してコーヒー飲んでるけど?・・・何よ、私には話せない事なの?・・・もう、わかったわよ、後でちゃんと教えてね」

電話を受けた有希子は、やや不機嫌そうにして、夫の優作に電話機を渡す。

「新一、君が私に用とは、珍しい事もあったもんだな。ん?ふむふむ・・・そうか・・・。多分、君の推理は外れていないだろう。でもあの人相手に、蘭くんが絡んだ事で、下手に理詰めで話を持って行くんじゃないよ。当たっている筈の推理でさえも、外れにされてしまう可能性があるからね」
「え?優作、新ちゃんの話、蘭ちゃんの事なの?何なの何なの?」
「・・・え?いや今、有希子が騒いでるけど、いつもの事だ。私は反対するつもりはないし、有希子も喜ぶと思うよ。君達がまだ半人前だからなどと野暮を言うつもりもない。人間なんて一生『これで一人前』なんていう事はないと私は思っているしね。君がお礼を言うなんて気持悪いな。・・・と、そこで怒るところが、まだまだ修行が足りないね。まあ、私も有希子も、成り行きは高見の見物とさせてもらうから、せいぜい頑張ってくれたまえ。・・・ふむふむ・・・で、少しでも早い方がいいな。けれど、書類の往復となると、どうしても時間がかかってしまう。よしわかった、日売出版社が欲しがっていた小説を餌に、編集者にお使いをして貰おう・・・」

結構長い事話しこんだ挙句に、有希子に受話器を回さず電話を切ってしまった優作に、有希子は不満そうな顔を向けた。

「何よ、私も新ちゃんともう少しお話したかったのに」

優作が電話の内容を有希子に語ると、有希子はますます頬を膨らませた。

「ひっど〜い!!新ちゃんったら、そんなおいしい事を優作だけに話して、私に話してくれないなんて!!優作も優作よ、代わってくれずに切るなんて、ひっど〜い!!」
「まあまあ有希子、新一も女親に話をするのは照れ臭いんだよ。話が決まったなら、新一くんにいくらでも文句を言いなさい。とりあえず、すぐにも日売出版社に電話を入れよう。・・・今日が8月8日、夏休み中に間に合わせるには、ぎりぎりというところかな?」







日本、東京、日売出版社。



推理小説関係を担当している編集部で、荒尾編集長は部下の1人有馬を呼び出し、ある指令を与えていた。

「は?編集長、ロスの工藤優作先生の所まで、ご子息から預かった重要書類を届けて、また持って帰ってご子息に手渡すのですか?」
「有馬君。それが、工藤先生が今回新作を特別に、日米同時刊行としてくださる条件なのだ」
「原稿はいただいて来なくて良いのですか?」
「工藤先生は、原稿はいつもメールだよ。ご子息の手に書類が無事渡った事を確認したら、メールでここに送ってくださる約束なのだ」
「はあ・・・原稿はメールなのに、その重要書類は手渡しなのですね。早い話がお使いですか?」
「・・・仕方が無いだろう。それが今回の絶対条件なのだから。工藤先生は、まず英語で書いた原稿を、自分で日本語の原稿に書き直して送って来られる。今までは日本よりアメリカでの出版が1ヶ月ほど先行していたのが通例だった。それが今回に限り、そのお使いを条件に、日米同時刊行を約束してくださったのだ。って事で、有馬君、君は今から米花市の工藤邸に行って、そのまますぐにロスへ飛べ!!帰ってきてご子息に書類を渡し終わるまでは、ゆっくりする暇はないからな!」

そして可哀相な有馬編集員は、工藤新一の所に行ってある書類を受け取ると、すぐさま会社の方で手配したチケットでロスに飛び、とんぼ返りで帰国する事になる。

せっかく海外に行っても、土産を買う暇もなく帰って来なければならなかったその男は、件の重要書類が何なのかとても気になったが、賢明にも「封を開けてみる」などという愚かな事はしなかった。

どんなに上手に封を開けたところで、探偵の目は誤魔化せなかっただろうから、結果的に有馬編集員は命拾いをしたのである。







東京都・妃法律事務所。

「で、新一君、今日は何の御用なのかしら?」

妃英理は、先ほど慌しくアポイントを取ってきた来訪者にちょっと冷たい口調でそう言ったが、眼鏡の奥の目は、柔らかな微笑を湛えていた。

「蘭と一緒に暮らしたくて、お許しを頂きに上がりました」

新一は真直ぐ英理の目を見て言った。

「私はあの子の母親だけど、今あの子と一緒に住んでいるのは小五郎よ。まずあの人に許可を得るのが筋なんじゃなくって?」
「いえそれが・・・昨日おじさんに話をしたところ、『同棲は絶対に駄目だ』と言われました」
「『同棲は駄目』?何だか、意味深な言い回しねえ・・・」
「おばさんもそう思われますか?」
「ふふっ、成る程。・・・新一君、ロスのご両親へは?」
「もう連絡しています。協力は約束してくれました」

お互い肝心な単語は出さない短い言葉のやり取り。
けれど、新一と英理はそれだけでお互い何を言いたいか判り合える。
新一は個人的に英理がいまだ少し苦手であるが、事件解決の場面では協力する事も少なくないためか、平次との時のように、「目と目で語り合える」事も多くなっている。

『ふふ、こういった事は、蘭が知ったら妬かれそうよね。こういったツーカーの感覚って、男女の感情とは別物なんだけれど。・・・そうか、あの子の不安の原因ってそれだったのね』

英理なりに、少し前に蘭が捕らえられていた不安の原因を理解する。もうそんな思いをさせない為には、やはり蘭が新一と一緒に暮らす方が良いと、英理は思った。

「そうね、あの2人の協力が必要だものね。でも、『あれ』は、パソコンやネットがこれだけ発達した今でも、手書き書類に署名捺印が原則。どんなに急いでも、ロスだったら、かなり時間がかかるわね・・・」
「先ほど、日売出版社の編集者が俺の所に書類を取りに来たから、多分3〜4日内には俺の手元に届く筈です」
「成る程、さすが優作さん、考えたわね。・・・小五郎の謎かけの答えは、多分あなたの想像どおりだと思うわ。でも、私が先だと、あの人は絶対につむじを曲げるわよ?」
「ええ、ですから今日はお話だけ。おばさんに了解を得たくて」
「私が反対するかも知れないとは思わなかったの?」
「そうかも知れませんが、ともかく動かなければ話にならないと思いまして」
「考えるより先に行動?あなたらしくないわね」
「そうでもありませんよ。ここしばらく、ずっと考えていた事なんです。本当だったら社会人になってから・・・少なくとも、高校を卒業してからのつもりでした。でも、あいつも俺も、もう限界なんです。だから・・・」
「そうね。人の感情は、理詰めでは推し量れない。あなたも蘭も、そしてあの人もね・・・。私もこの年になってようやく、感情を大切にするのは悪い事でもないと気付いてきたわ。それは、我儘を押し通すというのとは、違う事なのよ」
「・・・はい。俺、蘭をもう2度とあんな風に不安にさせたくない。俺が蘭と一緒に居たいという気持ちも正直大きいですが、蘭にとっても、俺と一緒に暮らす方が、きっと安心できると思うんです」
「ええ。だから私は『もう数年待て』なんて野暮な事は言わないわ。それにどうせ、慎重になろうがどうしようが、うまくいく時はいくし、いかない時はいかないのよ」
「おばさん・・・」
「ふふ、でも新一君、苦労するわよ。あなたはまだ高校生で、しかも有名人だしね。いざとなったら、私たち親は間違いなくあなたたちを守るために動くけれども、それでも大変だと思うわ」
「はい・・・」
「でもね、新一君さえ揺ぎ無くしっかりしてくれるのなら、あの子は大丈夫よ。女はね、愛を信じられるなら、大抵の事には耐えられるし、強くなれるものなの」
「はい。蘭を2度と不安がらせないよう、守っていきます」

そうきっぱりと言い切った新一に、英理は笑顔を見せた。

「あの人を説得するのには、必要なら私も協力するわ。尤も、私が下手に口出ししたら、あの人かえって意固地になるかも知れないけれどね」







日売出版社の可哀相な有馬編集員は、ヘロヘロになりながら、工藤新一の元へある書類を届けた。

ただ飛行機に乗っているだけと言っても、長時間のフライト、しかもとんぼ返りの往復は、結構きついものがある。両足はパンパンに腫れあがり、靴を履く事さえままならないのだ。

「確かに受け取りました、ありがとうございます」

新一はそう言って、有馬の苦労に報いるために、目の前で国際電話を掛けた。

「あ、父さん?例の書類、今確かに受け取ったから、後は宜しく」

有馬は、お茶の一杯も振舞われる事なく、早々に退散させられたが、任務の遂行ができたのだから、まずは良かったという事にしておこう。







再びロスの工藤邸。

「優作、お疲れさま」

有希子が優作にコーヒーを渡す。

「やれやれ、今回は本当に疲れたよ。自分で書いた小説だから、英語と日本語双方で書くのは簡単だと皆思っているようだが」
「英語と日本語では、発想そのものから違ってくるものね」
「私が英語で書く時は、頭が英語仕様になっている。それを日本語で新たに書くのは、ほとんど自分で翻訳するようなものだ。今回、3日間でそれをやらされたのだから、はっきり言って疲れたよ。だからと言って、他の人に翻訳などさせられないし」
「ふふふ、優作は人当たりは良さそうだけど、自分の作品に関しては、絶対頑固で譲るという事がないものね」
「おや、私が人に絶対譲れないものは、それだけではないのだけれどね、奥さん?」

そう言って、優作は有希子を抱き寄せた。

穏やかな優しい目で見詰められ、有希子は頬を染める。

結婚後20年近い歳月が流れ、2人の気持ちは恋人時代・新婚時代の激流のように激しいものから、熟年夫婦の海のように穏やかなものに変化はしたが、お互いを想い合い、求め合う気持ちはいささかも衰える事がなかった。

優作の優しい口付けをうっとりと受け止めながら、有希子は、新一と蘭がいつの日か遠い将来、自分たちと同じ境地に至る日が来るだろう事を考えていた。







小五郎に「同棲は絶対に駄目だ」と言われて5日後、工藤邸。



新一と蘭は居間で受験勉強をしていた。

1段落しているところで、新一が話を切り出す。

「蘭、今夜またおじさんのところに行くから」
「新一・・・」
「今日の話は、蘭もきっと驚くと思うけれど、途中絶対に口を挟まねーで欲しい」
「え?」
「できれば、大声も上げず、できる限り平静な顔をして貰えると助かる」
「・・・なによ、ならどんな話か、私に教えてくれればいいじゃない」
「確かにそうなんだけどよ、まあ何と言うか、おじさんに先に言った方が良いかなと思って」
「よく判らないけど、お父さんに先に言った方が良い話なのね?」
「いや、普通は本人に先に言うもんだと思うけどさ」
「?何なのよそれ。訳わかんないわよ」
「どうせ今夜話すんだから、すぐにわかるさ」
「・・・まあいいけど。でも、なるべく平常心保つよう努力はするけど、期待しないでよね。私は新一みたいにポーカーフェイスは出来ないんだからね」



  ☆☆☆



そしてその夜、新一は再び毛利探偵事務所を訪れていた。

「・・・この前の話なら、またしても無駄だからな」

小五郎が仏頂面で言う。

「この前の話と同じではありません」

新一が言った言葉に、小五郎は眉を上げる。
新一はある書類を取り出すと、テーブルの上に広げて見せた。
蘭が息を呑み、小五郎は眉を寄せてその書類をじっと見詰めた。





(3)につづく



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(2)は、1回書き上げてあったものを、全て没にして書き直しました。
その為もあって、今回は謎かけのような言葉のやり取りばかりになって、すみません。

でもさすがに、この話がこの先どうなるか、気付いた方居られるんじゃないかな?


(1)に戻る。  (3)に続く。