Side-S



By ドミ



第2話 新一の正体に蘭の涙



オレが恐れていた最悪の事態が、起こっちまった。
屋田誠人さんが、河内さんを刺したのだ。
彼が銃を持っていなければ、オレが乗り込んで阻止したものを。

ただ、これで一つ、ハッキリした事がある。
誠人さんが銃を持っているのは、誰かを撃つ為ではなく、目的を果たせなかった時に自害する為だ。
ここはやはり、迂闊な動きは出来ない。

駆けつけた服部が、オレの顔をした誠人さんを連れて行って、車のトランクに隠す。
服部としては、「工藤新一が人を刺すなどあり得ない」と思っての事だろう。
その信頼が、痛し痒しってとこか。
先入観を持つなと言うは易いが、あの状況で服部にそれを言うのも酷だ。

河内さんは、オレが呼んだ救急車で病院へ運ばれた。
助かって欲しいと切に願う。
オレは探偵で、起こってしまった事件に関しては、謎解きにわくわくし、犯人を追い詰める事にスリルを感じるのは事実だけれど。
それ以前に、一人の人間として、出来る事なら、事件は事前に阻止したい、誰も殺させたくはないと、願ってる。

切れ切れに聞こえる会話や、村人達の噂から、「あの」工藤新一は、記憶を失っているという事を知る。
まあ、記憶喪失を装うのが、確かに一番無難だろうな。
裸で湖に入ったのも、記憶喪失を装ったのも、全ては、オレの連れを誤魔化す為の工作。
そうじゃなければ、必ずボロが出るからな。

ホンモノのオレを、小屋に閉じ込めている間に、犯罪を犯して、オレを殺人犯に仕立て上げるのが、彼の目的。
ただ一つ、彼の誤算があった。
それは、オレが元の姿ではなく子供だった為に、あの小窓から脱出出来たって事だ。


それにしても、蘭の様子がずっと変だ。
蘭がオレの事を想ってくれているのは、コナンとして傍にいる間に、何度も知る事になった。
だがそれにしては今回、蘭の反応がおかしくないか?
オレの顔をした誠人さんの、傍に行こうともしない。

こうなってみると、自惚れなどではなく、蘭はいつもごく自然に、オレに寄り添ってくれてたんだと、分かる。

もしかして蘭は、彼がオレではない事に、どこかで気付いてくれているのだろうか?
そこまで自惚れるなと自分を戒めつつも、期待が抑えられない。


ともかくもオレは、どうにか誠人さんの拳銃を取り上げ、事件解決を図る為の方法を探そう。

再び、あの小屋に戻ろうと、森の木々を渡って行く。


って、おい!
蘭のヤツ、何で森に入って来んだよ?

新一の姿で蘭に早く会いてえのは山々だが、今は拙い!

オレは、急いで森の奥へと向かった。
すると。

「きゃああああ」

蘭!
蘭の悲鳴だ!

オレはすぐさま、悲鳴が上がった方へと向かった。
そしてそこで、傷だらけで横たわり意識を失っている蘭を見つけた。

幸い、かすり傷ばかりなのでホッとしたが。
涙を流して倒れている蘭の姿に、オレの胸は締め付けられる。

お前、一体、何の為に?

昔、この村で聞いた、死羅神様の伝説を思い出す。

「森で死羅神様に会ったら、虜にされて魂を奪われる。祟りを解く為には、陽のある内に死羅神様に会って呼び止めろ」

まさか、蘭。

オレが、死羅神様の祟りで記憶を失ってしまったと思い、祟りを解いて貰おうと、森に入ったってのか?
そして、今の「死羅神様」の姿をしたオレを見つけて追いかけようとしてた?

お前ってヤツは、全く。
お化けの類は死ぬほど怖がってるってのによ。
しかも、筋金入りの方向音痴だってのによ。
よくもまあ、オレなんかの為に、怖さを振り切ってたった一人、森の中まで入って、死羅神様を追いかけようなんて。


オレは、蘭を抱き上げた。
ここ暫く子供目線で見ていたから、忘れかけていたけれど。
蘭はやっぱり女の子で、オレの腕にすっぽり収まり、男であるオレよりずっと華奢で軽い。
両腕に蘭の重みを感じながら、こういう事が容易く出来る工藤新一の姿である事を、しみじみと幸せに思う。

コナンの姿でも、それなりのメリットはある。
あの小窓から脱出出来たのを含め小回りは効くし、大人を油断させる事も可能だ。
けれどやっぱり、蘭を守る事が出来る、元の体が一番良いと思う。
遠からず切れるだろう解毒剤の作用で一時的に戻るのではなく、本当に元の姿を取り戻そうと、改めて心に誓う。


とりあえず蘭を小屋に運んで、救急箱を取り出し、傷の手当てをする。

と。
・・・・・・。
傷は、足の付け根近くにもあって・・・。

形が良い太腿の滑々な白い肌が、オレの目を射る。
そ、そりゃまあ、水着姿の時とかに、見た事はある、見た事はあるけど・・・。
そして、どうしても、目に入ってしまう・・・純白の・・・下着が。

・・・やべ。鼻血出そう。

おい!
今は何も考えるな、蘭は怪我をして気を失ってるんだ、煩悩を振り捨てて傷の手当てに専念しろ、工藤新一!


とりあえず、傷の手当てを全て終え、ホッと一息ついた。
傷口はしっかり綺麗にして消毒はしたが、後で、膿んだりしなけりゃ良いんだけどな。


オレは、おそらく蘭を探しているだろう服部達が、ここを見つけてくれるように、狼煙を炊いた。

そして、蘭の元に戻り、いまだ意識が戻らない蘭の寝顔を見詰める。


・・・。
・・・・・・。

や、やべっ!
いつの間にか、蘭のふっくらと柔らかそうな唇に、吸い寄せられるように顔を近付けちまってる!

オレ、このままここにいたら、蘭が眠ってるのをイイ事に、蘭の意思を無視して唇を奪っちまいそうだ!


このままここに留まって、駆け付けた服部達にオレの姿を晒し、状況を説明する方が良いかもと思っていたが。
今、蘭の傍にいるのは、やばいし。
先回りしてやって置きてえ事もあるんで、後ろ髪引かれる思いだが、ここを離れる事にする。


服部ならきっと、この小屋の様子を見て、全容をほぼ把握してくれるだろうと思う。
そして、あの工藤新一が偽者である事も。



1年前の事件の真相を知っている城山巡査を見かけ、わりぃが、腕時計型麻酔銃を使って、眠って貰った(これは、防水性で壊れずに済んでいた)。
彼なら、話せば分かってくれるだろうけれど、今は、色々と説明している時間がない。


案の定、服部は、全てを理解してくれたようだ。
1年前の惨劇の現場であり、今日、河内さんが刺された現場でもあるあの家に、オレの顔をした彼を連れて、皆を集めてくれた。

服部が、厳しい表情で、オレの顔をした誠人さんに詰めより、彼が泣き出す。

頃合いと見て、オレは、窓を開けて室内に入った。


蘭が、涙ぐみながら振り返り、オレの傍に寄ってくる。
こういう場合だけど、死羅神様の扮装中であるにも関わらず、蘭がオレだと分かってくれて来てくれたのが、すげー嬉しい。

オレが蘭を背後に回すと、蘭はしっかりオレの背中に張り付いてくれた。


蘭が怖い時、心細い時、しがみ付く相手は、おっちゃんか女友達かオレで。
無意識になんだろうけど、おっちゃんとオレ以外の男には、絶対にひっつかない。(新出先生という例外はあるが、あの時蘭は、「お父さんと間違えて」と言ってたし、まあそれが本当なんだろう)

だけど、オレがコナンになって蘭の気持ちを知る前は。
蘭はオレの事を男と思ってなくて、幼馴染み故の気安さと安心から、そうしてるんだろうと思ってた。
でも、そうじゃなかったんだな。
今になって分かるなんて、迂闊にもほどがあるぜ。
ってか、蘭もオレを想ってくれてるなんて、そんな自信、なかったんだよな。


待ってろ、蘭。
この事件を解決したら、その後は。
工藤新一の姿で、工藤新一の声で、オメーに伝えてえ事が、あるんだ。



オレが「風邪薬」を飲んで元の姿に戻ってから、もう少しで、「丸一日」が経とうとしていた。



続く





第1話「殺人犯、工藤新一」に戻る。  第3話「本当に聞きたいコト」に続く。