Stay with me〜異聞・竹取物語〜



byドミ



(2)出会い



それは蘭がまだ振り分け髪の童女で、「かぐや姫」と呼ばれるようになる前の事でした。

竹取の小五郎一家は、既に大金持ちになっていましたが、小五郎はそのまま、竹取の仕事を続けていました。
英理も、機織や縫い物などの仕事をそのまま続けています。
「仕事をしないと人間駄目になる」という事を、きちんとわかっている夫婦なのです。

けれど、時には骨休みをしたい事もあります。
竹取の小五郎一家は、ささやかな贅沢として、秋の取入れが終った後の時期、冬になる前に、近くの温泉地まで保養に出掛けておりました。
近くとは言っても、馬さえ珍しいその時代、行くだけでも一日がかりの所です。
 

「ふ〜、食った食った。酒もうめえし」
「あなた。飲むのは程ほどにしてよ。でも、来て良かったわね」
「ああ。温泉は良い。生き返るぜ」

温泉地の宿で、小五郎・英理・蘭はくつろいでおりました。

ここは、古来湯が豊富に湧き出ている地で、都からも比較的近く、皇族や貴族達も保養に訪れる所でした。
豪族達の為の豪華な宿から、庶民の為の掘っ立て小屋のような雨露がようやくしのげる位の宿まで、揃っているのです。

小五郎達は元々庶民ですが、竹の根元から出た砂金で大金持ちになっていましたから、家族三人でゆったり寛げる良い宿を取っておりました。
おまけにここは、山にも海にも近い為、新鮮で美味しい食べ物が豊富です。
小五郎達はのんびりと、日頃の疲れを洗い流しておりました。

蘭も、初めての遠出で、見るもの聞くもの全てが珍しく、楽しそうに過ごしておりました。
けれど夜、時折憂い顔で月を見上げている事があり、小五郎・英理夫妻は密かに胸を痛めておりました。

実は、この温泉まで保養に来たのは、最近月を見上げては溜息を吐く蘭を心配した為もあったのです。

蘭は、温泉に来た事を、たいそう喜んでおりましたが、夜、月を見上げて溜息を吐くのは変わりません。
むしろ、更に酷くなったように小五郎と英理には思えました。


今夜も、美しい月が昇っています。
蘭は湯につかりながらそれを見上げていました。

「なんでだろう?月を見ると悲しくなる、寂しくなる」

自分のいるべき場所はここではない。
どこか別の場所、月が大きく輝く世界に、帰らなければならない。

蘭は、物心付いた時から、その想いに囚われ続けていました。
生まれ故郷から離れたのは今回の温泉逗留が初めてだというのに、「ここではないどこか」へ、強い望郷の念が湧き上がって仕方がなかったのです。


ある、満月の夜の事でした。

小五郎と英理が入浴している間に、蘭は月に誘われるように宿をさ迷い出ました。
後の世のように仲居さんや番頭さんが居る訳ではありませんから、誰にも見咎められる事無く外へと出て行ったのです。

蘭は、明るい夜道を月の方角に向かってどこまでも歩いて行きました。
どれだけ歩いても、月はちっとも近くなりません。
それでも蘭が一生懸命に歩いていると、突然、足元の地面が消失しました。

「きゃああああああっ!」

そこは崖になっていて、蘭は気付かずに落ちてしまったのでした。
崖から突き出して生えている木の枝に、咄嗟に掴まる事が出来たのは、奇跡としか言いようがありません。

しかし蘭は、その枝に掴まり続けるのが精一杯で、自分の体を引き上げたり登ったりする余裕はありませんでした。
このままでは、崖下に落ちてしまうのも時間の問題です。

「助けて・・・お父様・・・お母様・・・」

蘭は、思わず助けを呼んでいました。
と、その時。

「大丈夫か!?」

蘭の頭上から、突然、子供の声が聞こえました。
蘭が顔を上げると、満月の光を受けて下を覗き込んでいる男の子の顔がはっきりと見えました。

「待ってろ!すぐに助けてやっから、もう少し頑張れ!」

そう言って男の子の顔は引っ込みました。

程なく、男の子が綱を伝いながら崖を降りて来て、蘭の所にたどり着くと、蘭の体にしっかりと綱を結わえ付けました。

「よしよし、もう、手を離しても大丈夫だから」

男の子はそう言って、片手で蘭の腰を抱きかかえました。
蘭の手は痺れて、もう既に限界です。
蘭は枝を離して男の子にしがみ付きました。

それから男の子は、綱を伝って少しずつ登って行きました。
蘭と二人分の体重を支えながらですから、下りるよりも数倍の時間がかかります。
二人とも綱で支えられているので、落ちる心配はありませんでしたが、男の子は蘭と一緒に崖の上に上がるまでに、かなりの力を使ったに違いありませんでした。

崖の上に無事登りつき、男の子は暫らく綱を外すのも忘れて荒い息をしていました。
蘭は恐怖感がまだ抜けず、暫らく男の子にしがみ付いていました。

「あの・・・ありがとう・・・」

暫らく経って、蘭はか細い声で、男の子にお礼を言いました。

「いや・・・良かったな、オメーが咄嗟に枝を掴んだから助かったんだぜ。あそこは、地元の者以外は、足元に崖がある事に気付きにくくて、事故が多いんだ。とにかく助かって良かったな」

そう言って微笑む男の子の顔を、蘭は改めてマジマジと見ました。
すごく綺麗な顔立ちをしていて、その眼差しの色は深く、蘭は思わずときめいてしまいます。

「本当にありがとう。あなたが居なかったらわたし・・・。あの・・・わたし、助けてもらったお礼、何も出来ないけど・・・」
「お礼なんか・・・別にイイよ。その為に助けた訳じゃない」
「で、でも!」

蘭が、言い募ると。
男の子が優しく微笑んで、蘭を見つめました。
蘭はまた、ドキドキします。

「いや・・・そうだな、オメー、すっげー可愛いし。それじゃあ、大きくなったら、オレのお嫁さんになってくれる?」
「え?ええっ??」

男の子が悪戯っぽい顔でそう言い、蘭は真っ赤になりました。

「お前、名前は?」
「あ、あの。蘭って言うの」
「へえ、蘭か。綺麗な名だね。お父さんの名は?」
「竹取の小五郎よ」
「竹取の小五郎・・・覚えておくよ。オレは・・・名前はたくさんあるけど、父上と母上が俺を呼ぶ時の名は、新一って言うんだ」
「新一・・・」
「そう。忘れないで、オレの事、オレの名前。今日のお礼を本当にしてくれるつもりなら、他の男には絶対に嫁がないで、待っていて」

蘭は真っ赤になって頷きました。
「新一」と名乗った男の子は、「約束」と言って、そっと蘭の頬に口付けました。

「蘭、温泉宿から来たんだろ?宿はどこ?」

 新一に言われ、蘭は今更ながら、自分が遠くまで歩いて来て、すっかり迷子になってしまった事に気付きました。

「う・・・ヒック、わ、わかんない・・・ずっと歩いて来て・・・」

蘭は、助けてくれた新一の前で泣いてしまうと、困らせてしまうと思いながらも、出始めた涙を止める事は出来ませんでした。
 
「泣かないで。オレが連れて帰ってあげるから」

新一は蘭の頭を撫でながら言いました。
蘭はヒックヒックと泣きながら、コクンと頷きました。



「ねえ、重くない?」
「大丈夫だよ、任しときなって」

歩き疲れていた蘭は、新一に背負われているのでした。
新一の方こそ、蘭を助けるのにかなり疲れただろうにと思うと、蘭は申し訳なさで一杯でした。

新一は、蘭が月の方に向かって歩いて来たと聞きますと、蘭を背負ったまま、殆ど迷う事無く、歩を進めて行きます。
道々、蘭が居た宿の様子や周囲の事を聞き出して、ある程度の目星を付けているようでした。

新一の衣装は、崖を登ったりしたので汚れていますが、良く見ると絹に色鮮やかな彩色と刺繍を施したもので、蘭にさえわかる位の上等なものでした。
身分の高い子供に間違いありませんが、供も連れずに一人で夜こんな所を歩いているのは、とても奇妙な事でした。

やがて、周囲の景色が、蘭にも見覚えのあるものに変わりました。

「ら〜ん、どこだあ」
「ら〜〜〜ん!!」

必死で蘭を探しているらしい小五郎と英理の声が、かすかに聞こえてきます。

「お父様、お母様!」

蘭も、大きな声で両親を呼びました。

「それじゃあ、蘭、ここで。約束、忘れるなよ」

そう言って新一は、蘭を背中から下ろしました。
蘭にまだ、身分の事など何もわかっていない、幼い頃の約束でした。


(3)に続く


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ま、パターンですからね。
新一君の正体というか、身分は、およそ見当がつくだろうと思います。

今更ですが。
サブタイトルで書いている通り、このお話は、「竹取物語」の新蘭版です。
この同人誌を発行した年の「蘭ちゃんオンリー」が「9月」だったので、中秋の名月と引っかけて勢いがついた、って事情も、ありました。

お話の流れは、竹取物語を使わせて頂いてます。
ですが、キャラの性格は出来るだけ「名探偵コナン」そのままにと、頑張ったので、色々と違っている部分も大きいです。
並べて読んでみるのも、面白いかもしれない・・・と思います。


(1)「子授け神社」に戻る。  (3)「皇太子の憂鬱」に続く。