Stay with me〜異聞・竹取物語〜



byドミ



(3)皇太子の憂鬱



蘭が温泉地で新一と出会ってから、およそ十年の歳月が流れました。

ところ変わり、ここは都。
時の帝(みかど)が居られる宮殿です。
帝の一人息子である皇太子が、父帝に謁見して居りました。

「どうだ息子よ。そろそろ妃を娶る気はないのか?」
「・・・考えては居りますが、具体的にはまだ・・・」
「出来るだけ早くして欲しいものだね。君が結婚したら、位を譲るつもりだから」
「ち、父上、それはっ・・・!」
「正直言って、帝なんていう役目は疲れる。息子と会うのでも一々手順を踏まねばならん。その点、上皇と言うのは気楽な身分だ、早いとこ楽になりたくてなあ、はっはっは」
「・・・で、父上。その面倒な役目を息子に押し付けようと?」
「おや、押し付けるなどと、心外な。順番だよ、順番。私の息子は君一人だから、他に譲り渡す者は居ないだろう?君も早く身を固めて、一刻でも早く、譲り渡せる相手を作るように励む事だね」
「父上。言っても詮無い事ですが、何で一人しか子供を作らなかったのですか?」

皇太子は、無駄だとわかっていながらも、溜息を吐いて父・帝に文句を言いました。

「作らなかったんじゃない、出来なかったのだよ。それに、私は昔も今も中宮(正式なお妃の事=皇后)以外の女性を娶る気は全く無いしね。それとも何かね、君は私に中宮以外の妻を娶って欲しかったと?最愛の息子にそんな事を言われたと知ったら、あれは嘆くだろうね」
「べ、別に、そんな事を考えていた訳ではありませんが・・・」

この時代、帝の妻は、何も皇后一人だけに限っている訳ではありませんでした。
むしろ、幾人もの妃を娶るのが、当たり前でした。

けれど、今上帝(*今上=現在の、という意味)は、皇后ただ一人を寵愛し、他の妃を迎えようとはなさらなかったのです。

家臣たちは、跡継ぎが一人とは心細い、他にお妃を娶って子供を作るようにと進言したのですが、柔和そうに見える帝は、この件に付いては、頑として首を縦に振りませんでした。

「跡継ぎは一人で良い。それに、万一の時は心配しなくても、帝位を継ぎたいものはいくらでも居る」

確かに、今上帝に子供は一人しか居なくても、皇位継承権を持つ者はたくさん居ます。
帝がそこまで言われるのなら重臣達も引かざるを得ません。

正直な所、有力な貴族たちは皆、わが娘を入内(じゅだい=帝の後宮に入る事)させたくてうずうずしていたのですが、お互い、ライバルの娘が入内しないのならそれでも良しとして、諦めたのでした。

皇后は、元々の身分は決して低くないものの、両親はすでに他界しており兄弟も居らず、「姻戚が勢力を振るう」事はないのが、他の貴族達にとってのせめてもの慰めだったのです。

「まあ、君にまで私の真似をしろとは言わない。とにかく側室でも何でも良いから、早く迎えて身を固めてくれたまえ」

そう帝に言われて、皇太子は更に溜息を吐きました。

「帝など・・・他になりたい者はたくさん居るのだから、父上のただ一人の息子だからと言って俺などに譲り渡さなくても・・・」
「はっはっは、君はそんなに帝になるのが嫌なのかね?」
「・・・まあ、最高権力者とは名ばかりで、色々七面倒臭い事ばっかりですし」
「大丈夫、君なら重臣達の良い様にはされず、渡り合って自分の好きなようにやって行けるよ」
「父上。そんな事で太鼓判を押されても・・・」
「やってみると帝というのも結構面白いものだよ、案外君には向いていると思うのだけどね」
「父上。さっき言ってた事と矛盾してませんか?」
「そうでもないと思うがね。それに君は本当は、帝になること自体が嫌なのではないだろう?」
「父上には敵いませんね・・・」

更に深い溜息を吐いた皇太子を、父親である帝はからかう様な目で見詰めていました。
けれどその瞳の奥に、息子に対する深い愛情が含まれている事は、まだ若い皇太子には理解する事が出来なかったのです。

「父上。お願いがございます」

皇太子は顔を上げ、真面目な表情と声で帝に向かって言いました。

「ほう、何だろう?言ってみなさい」
「暫らくの間、お忍びで行きたい所があるのです。我侭を申しますが、それだけは聞き届けて頂きたい」
「ほほう。そして帰って来たら、身を固めて私の後を継いでくれるのかね?」
「そうなれるよう、全力を尽します」
「確約しない所がずるいね君は。・・・わかった。君の思う通りにしなさい。もし何か必要があった時は、私が重臣たちの説得にあたっても良い」
「ありがとうございます」

皇太子は父・帝の元を退出しました。
尊敬し、愛してもいる父親ですが、話をする時はいつも緊張し、グッタリと疲れてしまいます。

「敵わねーんだよな、あの人には。そんな筈ねえのに、何もかも見透かされてる気がしちまう。けど、これだけは譲れねえんだ」

皇太子はそう独りごちました。

「最近噂になっている『なよ竹のかぐや姫』。数多の男達を袖にしているという女性。どうしても彼女に会って確かめなければ。色んな意味で、もう時間がねえしな」

皇太子は、今度は皇后の住まう奥の宮へと足を運びました。
正式に皇后に会う為には、息子と言えども面倒な手続きを経なければなりません。
しかし彼はいつも面倒がって、お付の女官たちが出入りする裏口から、こっそりと入り込むのが常でした。

「んもう、新ちゃんったら。ま〜た変なとこから入り込んだでしょ?」

皇太子の顔を見るなり、皇后はそう言いました。
帝がただ一人だけと思い定めてご執心なだけあって、皇后はとても綺麗で可愛らしい女性です。
普段は猫を被っていますが、最愛の夫と息子だけには、楚々たる風情も何もかも台無しになる、キャピキャピした口調で話をするのです。

突然、正規のルート以外から侵入して来た皇太子ですが、女官たちはこんな事には慣れっこですので、皆心得顔で退出し、皇后とその息子である皇太子を二人きりにしてくれました。

「自分の母親に会うのに、七面倒臭い手順を一々踏むのがわずらわしくてね。それにどうせ父上も、同じようにして出入りしてるんだろうが」
「ふふふ、あの人が息子に会うのには同じ手を使わないからって、妬かないのよ、新ちゃん」
「・・・誰が妬くかよ、バーロ」
「ん〜、なあに?何か言った、新ちゃん?」
「い、いや、何も。時に母さん、その呼び名、何とかならねえのかよ?」
「あらな〜に、新ちゃんったら、私に今更『皇子殿』とか『太子様』とか呼べって言うの?名前を呼び捨てに出来るのは母親の特権でしょ。それに、公の場ではちゃんと『太子様』って呼んであげてるでしょ?」
「いや、問題はそこじゃなくて・・・いい歳して、ちゃん付けで呼ばれるのがどうも・・・」
「何よ〜、新ちゃんったら、固い事言わなくったって良いじゃな〜い」

皇太子は、この人には父親と別の意味で敵わないと思い、溜息を吐きました。

「ところで母さん、頼みがあんだけど」
「はいはい、な〜に?」
「母さんは確か、深窓のご令嬢に似つかわしくない、変装術という特技を持ってたよな?」
「ご令嬢に似つかわしくないは余計よ。で、新ちゃん、その変装を教えて欲しいの?」
「ああ、ちょっとな。長期に渡ってお忍びで行きたい所があるもんで」
「長期に渡ってねえ。・・・なら、あんまり凝った変装は無理よ。でも、新ちゃんのその姿を知ってる人って限られてるでしょ?今迄みたいに、身分を隠すだけじゃ駄目なの?」
「いずれ相手に、俺の本当の姿と身分を晒さないといけないかも知れねーんだよ。だから」
「あらあら、何だか意味深な話ね。で、な〜に?私にも訳を教えてはくれないの?」
「ちょっとまだ、今の時点では母さんにも言えねえ。でも、見通し立ったら、母さんに一番に報告すっからよ。それじゃ駄目か?」
「わかったわ、それで手を打ちましょう。新ちゃん、頑張ってね」


数日後、皇太子はひっそりと宮殿を後にしました。
皇太子の守役である高木は、いつもの事ながら皇太子が供も連れずにお忍びで出て行ってしまった事に、胃が痛くなる思いをしながら頭を抱えていました。


(4)に続く


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<後書き>


蘭ちゃんが幼い頃に出会った「新一」とは、帝のひとり息子・皇太子でした。

本来の竹取物語では、「帝」なのに、そうしなかった訳は。優有が健在なら、優作さんが帝であろうって事と、「帝位に就いているのにお妃がいない」なんて有り得ないだろうという事情から・・・です。
竹取物語では、ハッキリ書かれていませんが、帝には当然、既に幾人ものお妃がいた筈です。それが、当たり前でしたから。

ですが、新一君に「蘭ちゃん以外のお妃」?
たとえ、パラレルでも、有り得ねえ。

ってな事で、新一君は皇太子になりました。


(2)「出会い」に戻る。  (4)「求婚者達」に続く。