Stay with me〜異聞・竹取物語〜



byドミ



(4)求婚者達



蘭は、長じてからは、あまり表に出なくなりました。

けれども、「なよ竹のかぐや姫」の噂話を聞きつけた男たちが、年頃になった噂の美姫・蘭に求愛をするようになりました。
文を寄越すだけならまだしもで、屋敷の周りをうろつき、垣根の間から覗き、壁に穴を開けようとしたり、果ては思い掛けない所から侵入しようとしたり・・・殆どストーカーと化してしまっています。

小五郎達は事態を憂えて、砂金で得た財宝で姫を守る為の仕掛けを施した程でした。

「見た事もない女性相手に、どうして愛を囁く気になれるのかしら?」

蘭はうんざりした様に呟きます。

「まあまあ蘭。この時代の求愛というのはそうしたものなのよ。直に会える相手というのは、数少ないのですからね」

英理がとりなす様に言いました。
交通手段が未発達のこの時代、実際に会える相手というのは、限られています。
噂話で恋をしたり、遠くの者と紹介話だけで縁談を取り纏めたりするのは、狭い範囲・近い血縁の者同士で婚姻を繰り返さないための、いわば、生活の知恵だったのです。

「でも、お父様とお母様とは、筒井筒の仲、顔馴染みだったのでしょう?」

英理と小五郎は幼い頃からの馴染みで、実は、遠縁とは言え(結婚に差し支える程ではありませんが)血が繋がった間柄でした。
里長は、他の土地の者との縁談をそれぞれに持って来ました。
しかし二人はお互い、他の人とはどうしても考える気になれず、年頃になると自然に結ばれ、夫婦になったのです。

「私も、どうせなら気持ちの通じ合った方と結ばれたいわ」

そう言った蘭の眼裏に、ふいに温泉地で出会った新一の顔が浮かび、蘭は首を横に振りました。

『今にして思えば、身なりも良かったし、身分が高そうな方だったわ。それにどこのどなたかも分からないと言うのに・・・』

あの後も、蘭は月を見る度に「帰りたい」という衝動に駆られていましたが。
それ以上に、新一が「大きくなったら俺のお嫁さんになってくれる?」と言ってくれた事が大きく心を占めていたのです。


とは言え、流石に、多くの求婚者がストーカーまがいになっているこの事態は、頭が痛いものでした。
蘭は誰一人として、返事の文も寄越しませんでしたが、英理としてもそれを咎める気にもなりません。

「お母様。私は、どなたとも結婚してはいけない気がするのです」
「またそのような戯言を。結婚しないのは、神に身を捧げる巫女か仏の道を究める尼さん位よ。求婚の文からでも、その人となりが窺い知れるわ。良さそうな方と暫らく文を交わしてみても良いのではなくって?」

 英理からは軽くあしらわれてしまいましたが、蘭は本当に何故だか自分は結婚してはいけないのだという気がしてならなかったのです。

それに、どちらにしろ、新一以外の人の所に嫁ぐ気は、全くありませんでした。
たとえ、おそらく身分の高い彼が、蘭の事などすっかり忘れてしまっていたとしても。

いや、覚えていたとしても、今頃は、何人もの妻を娶っているかも、しれません。
もしも、新一が本当に蘭を迎えてくれたとしても、一体、何人目の妻になる事か。
それでも蘭は、新一の事を忘れる事が出来ず、他の誰かの妻になる事は、考えられませんでした。


竹取の屋敷に仕掛けが施され、蘭の姿を見る事は出来なかったし、蘭が返事も寄越さないものだから。
流石に、求婚騒ぎも少しずつ下火になり、文の数も減って行きました。
しかしその中でも熱心な公達が五人、諦めずに残っておりました。

「姫があんまり強情を張るというのなら、こちらにも考えがある」

五人は突然結束して、姫が五人の内誰かを婿に選ばないのなら、竹取の小五郎を牢にぶち込むというとんでもない脅しを掛けて来たのでした。

「くそっ・・・権力を笠に着やがって!」
「あなた・・・」
「蘭はあんな連中には絶対にやらんぞ!」
「それは、私だって嫌よ。確かにあの方達は身分が高いけど、蘭が数多の奥方の一人に過ぎず、身分が無いから正妻になれないのは、はっきりしてるものね。でもこのままだと力押しされそうで・・・」

小五郎と英理は、蘭には何も告げなかったのですが、蘭はこの事を知ってしまい、心を痛めておりました。

「ああ・・・!お父様を牢屋に入れるなんて、そんな・・・!でも、私は・・・!新一・・・」

そんなある日、近所に住む物知り老人・阿笠が小五郎たちの住む屋敷に立ち寄って茶飲み話をしていました。

「ほう・・・そりゃあ難儀な。美しい娘さんがいると言うのは、良い事ばかりではないのう」
「蘭をどこぞの気位ばかり高い貴族の妾などにして苦労させたくねえ。しかし相手は権力を笠に着て、どんな無理難題を吹っ掛けて来るか・・・」
「ふむう。大変じゃのう」

阿笠老人も、首をひねっておりましたが、突然、ポンと膝を叩きました。

「おお、そうじゃ!実は、先頃から、村はずれの小屋で、都では名の知れた学者だったらしい江戸川湖南(こなん)という人が、隠遁生活を送っておってな。物は試しに、良い知恵がないか相談してみてはどうじゃ?」
「学者、ねえ・・・」
「ワシもこの前会って話をしてみたが、ワシなんぞ太刀打ち出来ん知恵者でな、高名な学者だったというのは嘘では無さそうじゃよ。話している内にすっかり意気投合してしまってのう。もしその気があるのなら、ワシから頼んでみるぞい」

小五郎は、高名な学者がこんな田舎で隠遁生活をするという話に胡散臭いものを感じましたが、藁にも縋る思いで相談してみる事にしました。

阿笠老人から話を聞いた江戸川湖南は、自分の方から、竹取の館に出向いて来ました。
彼は、物凄いお年寄りのようで、顔も手も皺だらけでした。
顔には、波璃(はり=ガラス)で出来た、両目を隠す飾りを着けています。
蓬莱渡りの「眼鏡」という物だとの事でした。

「近頃年の所為で目が弱くなりましてのう。これを掛けると良く見えますのじゃ」

湖南は、そう言いました。
けったいな物ですが、波璃が高価な珍しいものであるのは確かな事で、それを顔に飾る事が出来るというのは、相当な財力を持っているのは間違いありません。
都で高名な学者だったのは本当かも知れない、と小五郎は思いました。

「ほほお。身分の高い公達に、娘さんを嫁に寄越せと無理難題を強いられている、という事ですな。普通の親御さんだったら玉の輿に乗る事を喜ぶ所だと思いますが」

湖南の言葉に、小五郎は吐き捨てるように答えました。

「冗談じゃねえ!俺の娘をステータスか何かと勘違いしている、身分だけ高くて権力を笠に着るようなやつに、渡したりしてたまっかよ!」
「成る程。あなたは真の知恵者のようだ。娘さんの本当の幸せを願っておられるのですな」
「御託は良い!とにかく奴らを何とか出来るのか出来ねえのか!それだけを教えてくれ!」

小五郎は何故かしら、その老人に対し、得体の知れない不愉快な印象を抱いてしまっていたのですが、それが何なのかはよく判りませんでした。

「そうですな。書物を紐解いて何とか方法を考えてみましょう」

勿体ぶった様に言って、湖南はひとまず帰って行きました。

「ねえあなた。あの学者って、何だかおかしくない?」

英理の言葉に、小五郎はうろんそうな目を向けて言いました。

「そりゃあ俺だって胡散臭いって思ってっけどよ」
「いえ、私が気になっているのは・・・本当はあの人、若いんじゃないかって事なのよ」
「何?どういう意味だ?」
「何となく、動きが時々すばやかったり、声に張りがあるように感じたり・・・それだけなんだけど」
「わざわざ年寄りの振りしてこんなとこに来る酔狂な奴がいると言うのか?」
「それは・・・」
「英理の気のせいだよ」

小五郎自身が、江戸川湖南に何となく不信感を抱いていたのですが、それを押し隠して言いました。
英理も、そんな酔狂な人が居るのかと問われれば、答えようがありません。
自分に言い聞かせるように呟きます。

「・・・そうね・・・きっと私の考え過ぎね」


次の日に、湖南は再び竹取の館にやって来ました。
その手にはいくつもの巻物が抱えられています。
紙も貴重であるその時代、それだけの書物を持っているだけでも、凡人では無さそうです。
小五郎も英理も、湖南が高名な学者であったというのは嘘では無さそうだという気になりました。

「沢木の皇子、風戸の皇子、右大臣・森谷帝二、大納言・西条大河、中納言・富沢太一・・・いやはや、そうそうたるメンバーですなあ。皆様プレイボーイで鳴らし、財力と権力をお持ちの方達ばかりだ」

江戸川湖南は、やんごとなき方達相手に、尊称も付けませんでしたが、苦々しく思っている小五郎たちは、それを咎めようとも思いませんでした。
湖南が口の中で小さく呟きます。

「こいつら、ろくに仕事もせずこんなとこでうつつを抜かしやがって。美人と聞けば食指を動かし、正妻の他にいくつも通い所を持ってる輩ばかりだ。大方、若く美しいと評判のかぐや姫を手に入れて自慢したいという腹だな。ったく、そんな事させてたまっかよ!」
「湖南先生、何か仰いましたか?」

小五郎が訝しげに湖南に声を掛けました。

「い、いや、何も。まあ五人とも、ご自身はさして能力もない癖に、プライドは高く金と権力を持っている方達ですからな。そのプライドをくすぐりながら、後には引けなくなるように無理難題を吹っ掛けてやれば良いのです」

そして湖南は小五郎に、あるアイディアを伝授しました。
小五郎はその方法を聞いて、驚きながらも「いけるかも知れない」と思い始めました。

湖南が塩湯を飲んで一息吐いていると、声が掛けられました。

「あ、あの・・・湖南先生?」

振り向くと、大きな黒曜石の瞳、桜色の唇、白い透き通った肌、サラサラの絹糸のような黒髪をした美しい女人が立って居ました。
噂の美姫・なよ竹のかぐや姫に間違いありません。
湖南は一瞬ボーっと見惚れ、思わず手にしていた湯飲みを取り落としてしまいました。

「先生、大丈夫ですか!?」

かぐや姫が慌てて駆け寄ってきました。
手にした布でしきりと湖南の袴を拭きます。
湯飲みは竹製でしたので怪我はしませんが、塩湯が湖南の袴をしっかりと濡らしてしまったのです。

「い、いや、少し冷めていたから大丈夫ですよ。それにすぐに乾きます、あなたがお手を汚す事はない」

湖南は慌ててかぐや姫が手にしていた布を取り上げ、自分で袴を拭きました。

「無防備なやつ・・・って、俺が年寄りだと思って安心しているからか。だとしても、男の袴を拭いたりすんじゃねえよ、やべえだろうが」

湖南が口の中で呟いた言葉は、かぐや姫――蘭の耳には届きませんでした。
蘭は湖南の隣にすとんと腰掛けました。

「ひ、姫?私の様な者の隣などに・・・私は仮にも一応男ですし」
「男と言っても、先生はお年を召した偉い学者様でしょ?そんな風に仰らないで。あ・・・それとも、私の方があまりに無礼な事してしまってますか?」
「そ、そんな事は・・・」

うろたえる湖南を他所に、蘭はそのまま座り込んで嬉しそうに喋り始めた。

「変なの、湖南先生とは何だか初めて会った気がしないわ。こうやって傍に居ると安心出来るって言うか・・・」
「あなたがかぐや姫だね。噂に違わず美しい。この年寄りにも目の保養ですな。けれど噂と違って、男を手玉にとって振り回す高慢ちきな娘ではないようだね」
「その様な事・・・皆私を見た事もないのに。本当に私を知って愛して下さっている訳ではないわ」
「まあ、現在の恋愛とは、そうしたものですからな」
「でも、たとえ姿を見なくても、文のやり取りなどして相手の人となりを知って、気持ちが高まって行くものでしょう?ただ一方的に慕っているなどと言われても、信じる事なんか出来ません」
「姫は、どなたかに心を奪われた事はないのかな?」
「ふふふ。あのね・・・お父様達には内緒よ。私が子供の頃崖から落ちそうになったのを助けてくれた人が居てね・・・彼の方は忘れてしまっているかも知れないけれど、私はずっとその方をお慕いしているの」
「その人の名はわからないのかね?」
「あのね・・・新一って言うの。そうだ、湖南先生だったらご存じないかな、身分の高い公達にそのような方が・・・ど、どうなさったの?」

湖南は上を向いて両拳を握り締めていました。
後世ならば、「ガッツポーズ」と呼ばれる格好です。

「あ、い、いや、つい、その・・・姫の純情に感動してしまったまでで・・・新一、ですか。身分の高い方は、ごく近い身内の間だけで呼ばれる名前を、そうそう公にしないものでしてな」
「そう・・・先生にもわからないのね・・・」
「あ、そうガッカリするものではない、その人がその名を教えたという事は、あなたへの真心の表れだと解釈して良いと思うよ」
「でも、子供の頃の事だし・・・あれから十年も経っているのですもの」
「あなたが忘れていないように、彼の方も忘れていないかも知れない。信じる事だ」
「ええ。ふふ、不思議ね。先生にそう言われると、何だか元気が出て来たわ。あの方も、きっと私の事覚えてくれているって気になっちゃう」
「そう、その意気だ。さて、その思い人の為にも、五人の公達を何とか撃退しなければな」
「でも・・・湖南先生やお父様達に何かお咎めがあるような事になったりしたら・・・」
「大丈夫、任せなさい。ちゃんとそうならない様にして上げるよ。それに、あの五人がもし無体な事を言い出した時は、お上に訴えるという手もある。私はそのう・・・皇太子の教師を勤めた事もあるからね、いざとなったら私から申し上げても良い。姫が心配する事は何もないよ。帝も皇太子も、曲がった事が嫌いな性質だから、もしもの時はきっと助けてくれるからね」
「ありがとう。何だか、先生にそう言われたら大丈夫だって気がして来たわ。私も、あんな人達の言いなりになるのは嫌。頑張るから」


   ☆☆☆


数日後。
竹取の小五郎の屋敷に、5人の公達が押し掛けておりました。

「今日こそ、返事を聞かせて貰えるのだろうな?」
「身分も低い竹取の里の鄙女(ひなめ=田舎者の女、といった意味)を、妻として貰い受けようと言うのだ、有り難く思って欲しいものだな」
「我々の内、誰の元へ来る事にしたのだ?」

5人の公達が、居丈高に言いました。
小五郎がひとつ咳払いをして、江戸川湖南との打ち合わせ通りに話し始めました。

「五人の尊き御方々よ。あなた様方はそれぞれに身分も高く、その真心もいずれ劣り優るとも決めかねます。つ、つきましては・・・え〜と」
『私の願いを叶えてくれる方を・・・よ、あなた』

小五郎が手元の小さな紙(後世で言うカンニングペーパー)を見ながら必死で言うのに、英理が助け舟を出します。

「そうだった・・・コホン、姫はこう申しております。私の願いを叶えて下さる方が、最も愛情深いと存じますので、その方に嫁ぎたいと思います、と」

5人の公達は顔を見合わせました。
沢木の皇子が代表して言います。

「成る程、姫が言われるのも尤もだ。それなら恨みっこ無しで最上の方法だと言えるな」

他の公達も頷きました。
小五郎が厳かに言います。

「では、申し上げます。沢木の皇子には、仏の御石の鉢という物を取って来て頂きます。風戸の皇子には、はるか東の蓬莱という山に生えていると言う玉の木を一枝。森谷の右大臣には、火鼠の皮衣を。西条の大納言には、竜の首に光る珠を。富沢の中納言には、燕の子安貝を、それぞれ取って来て頂きます」

5人の貴人達は黙り込みました。
いずれも、この日本では見たという人が居ないような、幻のような宝物です。

このような難題を出される位なら、きっぱり振られた方が余程マシだと思いましたが、「小五郎を牢屋に入れる」と脅した手前、そんな泣き言を言う訳には行きません。

そして5人共に、今更「出来ない」と言うのはプライドが許しませんでした。

「わかった。きっとその宝物を手に入れて来るから、婚姻の支度をして待っておくように」

5人それぞれに言い置いて、竹取の屋敷から去って行きました。

「大丈夫かしら?誰かがそれを取って来るのに成功したりしたら・・・」

かぐや姫こと蘭が、心細げに言いました。
縁側で塩湯を飲んでいた湖南老人が、事もなげに答えます。

「心配なさるな。5つとも、まず絶対に見つける事は出来ません。見つける事が出来たとしたらそれは紛い物に相違ありませんな」
「・・・そうですか。でも、だとしたら、そんな難題を吹っ掛けるのは、それも何だか可哀想な気が・・・」
「姫は、言う事を聞かなければお父上を牢屋に入れようなどと考える輩の手に落ちても構わないのですか?」
「そ、それは、絶対嫌だけど」
「姫は優しいね。けれど、彼らは自分達の意地とプライドで条件をのんだのだから、気にする事はないのだよ」


それから三ヶ月の間、里には静かな日々が戻りました。
蘭は、時々訪れる阿笠老人や江戸川湖南に書物を貰ったり語り合ったりして、穏やかな満ち足りた日々を過ごしました。

その静けさが破られる日が来ました。
沢木の皇子が「仏の御石の鉢」を抱えて竹取の館を訪れたのです。



(5)に続く





(3)「皇太子の憂鬱」に戻る。  (5)「五つの宝物」に続く。