Stay with me〜異聞・竹取物語〜



byドミ



(5)五つの宝物



沢木の皇子が抱えて来たのは、真っ黒に煤けた鉢でした。
錦の袋に入れ、造花の枝を付けて、それを小五郎に手渡しました。

「海を越え山を越え、血の涙を流すような果てしない旅の末にやっと見つける事が出来ました」

江戸川湖南が、その鉢を磨いてみましたが、汚れは落ちたものの、まったく光る様子はありません。

「本物の御仏の御石の鉢は、暗闇の中でも光るのです。その鉢には蛍ほどの光も宿っていませんね。おおかた天竺ではなく、そこらの山奥の寺で変な物を拾って来たのではないですか?」

湖南はこの言葉を、かぐや姫の言葉として小五郎から沢木の皇子に伝えさせました。

本来「本物」に拘るインテリであった沢木の皇子ですが、遠い天竺(インド)まで渡ってたった一つしかないという「仏の御石の鉢」を見つけ出すなど端から無理と思い、ずるをしたのです。
しかし、それをしっかりと見抜かれてしまったのでした。

「あなたの光り輝く美しさの前では、御仏の光すらも失われてしまったのでしょう」

沢木の皇子はそう書いた文を寄越しましたが、蘭は勿論、小五郎達も相手にしようとはしませんでした。
恥をかいた沢木の皇子は諦めて、ガックリと打ち萎れながら都へと帰って行きました。


それから間もなくの事。
役所には「湯治に出かけてきます」と届け出、竹取の館には「蓬莱の珠の枝を取ってきます」と告げ、暫らく姿をくらましていた風戸の皇子が、旅装束のまま竹取の館に現れました。

皇子が出港した姿を何人もが目撃しており、遠い蓬莱山まで行って帰って来たと聞くと信憑性があります。

「こ、これは・・・!」

小五郎と英理は息を呑みました。
黄金の茎に白銀の根、そして虹色に光る白玉の実・・・まさしく「蓬莱の玉の枝」に間違いありません。

「条件を満たして下さったからには、こちらも従うしかあるまい。それに、これを取って来た下さったという事は、色々噂も聞くが、少なくとも蘭に対しての皇子の真心を信じても良いんじゃねーか?」

小五郎が玉の枝を手にしてそう言います。
風戸の皇子が大いなる苦難の末に、これを持ち帰ったと思ったのです。

「あなた・・・でも・・・」

英理が泣きそうな顔をしている蘭の胸中を思いやって、夫に不安げな声を掛けました。
小五郎とて、蘭の泣き顔を見て平気な訳はありません。

風戸の皇子は、当然の事のように今夜はかぐや姫と過ごす心算で、もう縁側に上がり込んでいます。
そこへ、一人の老人が現れました。
都で高名な学者だという江戸川湖南でした。

「風戸の皇子様。蓬莱においでになったとか。船出したという噂はお聞きしましたが、どのようにしてたどり着かれたのですかな?」
「な、何だお前は!?」

風戸の皇子が、竹取の館の使用人でもなさそうな、突然現れた不審な男に胡散臭げな目を向けて言いました。

「私は江戸川湖南と申す者。都では少しは名の知れた学者だったのですがねえ」
「お前の事など、知らんぞ!」

風戸の皇子のその言葉に、物陰から覗いていた小五郎と英理は、江戸川湖南とはやはり法螺吹きだったのかとちょっとガックリしていました。

「オメーは俺の事知ってる筈だよ、よ〜くな。これでも見覚えねえか?」

そう言って湖南が、顔に付いていた「眼鏡」というけったいな飾りを取り除きました。(小五郎達からは死角になって、眼鏡を取った湖南の顔は見る事が出来ません)
風戸の皇子の顔が驚愕の表情を浮かべます。

「お、お前・・・いや、あなた様は・・・!」
「ほう。オレの顔、覚えていたか」
「な、何故ここに!?」
「オメーが詮索する事じゃねえ。かぐや姫と竹取の里にはこれ以上手を出すな」
「・・・あなた様の命令だとて、それは聞けませぬな。第一、私は苦労をして約束の品を持ち帰ったのだ、口出しされる謂れはない!」
「確かに、オメーが本当に約束を果たしたんだったらな」

湖南がそう言ったとほぼ同時に、屋敷の表が騒がしくなりました。
数人の男達がやって来て、庭に入り、一人の男が文挟みに手紙をつけて差し出しました。

「宮中工芸課の技官・千葉と申します!皇子様のご注文の玉の枝を製作するに当たり、我々職人は寝食を忘れて仕事に当たりました。それにも関わらず、まだお給金を頂いておりません」

竹取の小五郎と妻の英理は、ビックリして対応していました。

「皇子様・・・これは一体どういう訳で?」

風戸の皇子は、青くなって立ち尽くしていました。
完璧主義の彼は、この計画には万に一つも落ち度はあるまいと思っていたのですが、思い掛けない成り行きで計画が暴露されてしまったのです。
再び眼鏡を掛けた江戸川湖南が、風戸の皇子だけに聞こえる声で言いました。

「オメーが鍛冶の司から選りすぐりの職人を何人も連れ出していた事、ネタは上がってんだぜ?」

風戸の皇子は顔色を変え、そのまま竹取の屋敷を飛び出して出奔しました。
どこへ行ったものか、その後、皇子の行方は杳として知れません。
後になって人々は、「本当に蓬莱山に向かったのだ」と噂し合いましたが、真相は今に至るまで闇の中です。


さて、竹取の小五郎・英理夫妻と、かぐや姫こと蘭は、風戸の皇子の法螺(ほら)に呆れると共に、ホッと胸を撫で下ろしておりました。
皇子が、優しく穏やかな様で居て、自分の意に沿わぬ者へは冷酷な仕打ちをするという事を、よく耳にしていたのです。

風戸の皇子に逃げられた宮中技官達には、竹取の小五郎が代わって報酬を支払いました。後になって、お上からも報酬が払われたとの事です。




森谷の右大臣が持って来るように言われたのは、「火鼠の皮衣」です。
彼は莫大な財産を使い、懇意にしている、唐渡りの品を扱う商人・籏本にそれを探させました。

籏本はいつも唐渡りの品を買ってくれるお得意様である右大臣の為に、唐にまで渡ってそれを捜し歩き、唐の商人から、貴重な幻獣の毛皮を持っているという話を聞きつけ、買い付けてきました。
右大臣はたいそう喜び、最初に?本に渡した金額よりも更に上乗せして莫大なお金を渡し、それを買い受けたのでした。

森谷の右大臣は、意気揚々としてそれを持ち、竹取の館に駆け付けました。

「これはなんとまあ見事な・・・」
「本当に・・・」

小五郎と英理は、状況も忘れて「火鼠の皮衣」に見入りました。
それは今まで見た事がない鮮やかな紺青の毛皮で、毛の先は金色に光っているのです。
青と金のコントラストが見事な、光り輝く、それは美しい毛皮でした。

「約束通り、火鼠の皮衣は手に入れたぞ。これで姫は私のものだな」

小五郎よりも年嵩の大臣は、きちんと手入れして端がピンと立っているチョビ髭を撫でながら、そう言いました。
小五郎と英理はハッとして顔を見合わせます。

几帳の陰で蘭が蒼褪めていました。
湖南が安心させるように蘭の肩を軽く叩き、几帳の陰から出て行きました。

「な、何だ、貴様は!?」
「ほう、確かに美しい物ですな」

右大臣の誰何には答えず、湖南はそう言って、さっと素早い動きでその毛皮を取り上げると、有無を言わさず火種が保存してある火桶の上にそれを置きました。
すると、毛皮にあっという間に火が移り、煙を出して燃え上がり、青黒い小さな塊になってしまいました。

「ななな、何をするっ!?あれが一体幾らだったと思ってるんだ、貴重な火鼠の皮衣をっ!」
「・・・火鼠というのは、炎の中に生きると言われている幻獣で、その毛皮が火に損ねられる事など、ある筈がないのですよ、右大臣様。どうやらあなたは商人に偽物をつかまされたようですね」

湖南が冷たく言った言葉に、森谷の右大臣は最初青くなり、次いで赤くなり、再び青くなったかと思うと、物も言わずに竹取の館を飛び出しました。
大恥を掻いた彼は、二度と竹取の館に近付く事はありませんでした。

「湖南先生!流石に都で高名な学者だっただけはある!」
「本当に!素晴らしいわ!」

小五郎と英理は、最初に感じた胡散臭さも忘れて、手放しで喜び湖南を褒め称えました。

几帳の陰で一部始終を見聞きしていた蘭は、そっと安堵の溜息を吐きました。
森谷の右大臣は気の毒ではありましたが、金に物を言わせるやり方も気に食わなかったし、何よりもあの男に触れられると想像しただけでゾッとしたのです。



大納言・西条大河は、今で言う国防大臣に近く、独自の軍団を持つ軍閥貴族でした。

彼は、部下達を集めて命令しました。
竜の首の玉を取って帰るように、それが出来ない内は帰る事はかなわぬ、しかし取って来た者にはどんな褒美も思いのままだと言い渡し、食料や軍資金を渡して出動させました。

最初、部下達は、はっきり言って竜の首の玉を取るというのは、到底可能とは思われないような危険で無謀な事だと言って、大納言を諫めようとしました。

「お前達は、ワシの家来として公認された者たちだぞ!(注・軍人は本来全て朝廷に帰属するものだが、おそらく軍団の長である大納言は私的に軍を動かす権利を持っていたものと思われる)家来と言うものは、命を捨てても主君の為に働くのが当然だろうが!竜と言うのはこの日の本に居るもの、唐や天竺まで行く必要もないのだ、出来もしない無理難題を押し付けている訳ではないのだぞ!お前達はワシの命令に逆らおうと言うのか!?」

それがどんなに理不尽でも、大納言の命令に部下達は逆らえる筈もありません。
彼らは渋々、屋敷を後にしました。
竜の首の玉を取るまでは戻って来るなと言い渡されていますから、彼らは端から諦めて、それぞれに軍資金を着服してとんずらしました。

大納言は、もう、かぐや姫が自分の妻と決まったような気持ちになって、正妻や他の妻達を追い出しました。
光り輝く姫が住むには、並みの屋敷では見苦しいと言って、大豪邸を建てました。
壁にまで漆を塗り、蒔絵を施しました。
屋根は、五色の糸で葺きました。
部屋の中には、綾織物に絵を描いたものを張り渡しました。

しかし、待てど暮らせど、部下達は一人として帰って来ません。
とうとう痺れを切らした大納言は。

「ええい、あいつらに任せておけるか、竜など、この俺の剣の腕でぶった切ってくれる!」
と言って、自ら船に乗って出陣しました。

西条大納言が竜を求めて船出して、暫らく海上を漂っておりますと、空に黒雲が湧き上がってきました。

「大納言様、嵐が来ます。船をどこかに着けてやり過ごさないと」

そう、船長が言いました。

「何!?嵐とな。今迄竜に出会う事はなかったが、嵐の中でこそ竜に会えるかも知れん!」
「だ、大納言様・・・?無茶を仰らないで下さい!」
「貴様、逆らうと俺の刀の錆にしてくれるぞ」
「ひええ、わかりました」

船長は、大納言の刀の錆になるよりは、嵐で殺される方がマシだと思い、震えながら床に這いつくばって神仏への祈りを捧げました。


空が真っ暗になり、強い風雨が吹き付け、山のような波が押し寄せる中、船はおもちゃのように振り回されました。
西条大納言は恐怖と船酔いで真っ青になりながらも「竜はまだ出ないのか!」と叫びました。

その時です!

空の果てから、大きな光り輝く円盤が飛来してきました。
神仙のおわす崑崙(こんろん)からの飛行船としか、考えられませんでした。
船員達も、大納言の部下達も、それこそ顔色を変えて船板に這いつくばります。

「大納言様、このままでは我らは皆死んでしまいます!竜に逆らおうなど、神仏を恐れぬ仕打ちに、崑崙におわす西王母がお怒りになっているのです!ただちにこんな恐ろしい企ては止めて、引き返しましょう!」

船長がそう叫んだ時、光り輝く円盤は船のすぐ上を通り過ぎて行きました。
その大きさ、神々しさには目が潰れそうです。
さしもの大納言も、すっかり怖気付いてしまいました。

「わ、わかった。俺はあの麗しげな盗人に騙されて、危うく命を落とす所だった。もう二度とあんな極悪人には関わらない!もう竜王様に逆らおうなどという不遜な心は起こしません!後生です、命だけはお助け下さい!」

大納言達は知る事はありませんが、円盤に乗っていたのは、崑崙におわす神仙達ではなく、この世界とは別の次元に住む、別世界の人達だったのです。

「哀。次元の綻びを通ったようだ」

円盤の中で、目付きの鋭い長身の男が、赤味がかった茶髪の少女に声を掛けました。
哀と呼ばれたのは、まだ幼い、けれど素晴らしく綺麗な少女です。

「そうね、お互いにほんの少し姿が垣間見える綻びね。・・・でも、本当にこの次元を訪れる事が出来るのは、私達には数瞬先でも、この世界に於いてはもう数ヶ月後の事よ」
「彼女がこちらの次元に迷い込んでから、こちらでは数百年が過ぎている。常識で考えるなら、もうすでに生きてはいまい」
「そうかも知れない。でも、私にはSOSを無視するなんて出来ない。せめて、こちらの世界でどう過ごしたのか、知りたい・・・」

少女は目を伏せて言いました。
口の中で小さく「お姉さま・・・」と呟きます。
目付きの鋭い男は、その少女を痛ましそうに見やると、何も言わずに操作盤のレバーを動かしました。

さて、命からがら逃げ帰った大納言は、二度と竹取の屋敷に近寄る事はありませんでした。
せっかく建てた大豪邸も、屋根を葺いた五色の糸は鳶や烏が巣作りの材料に啄ばんで持って行ってしまっており、漆塗りも剥げて、散々な有様でした。

大納言は、逆恨みで、かぐや姫の悪口を散々言い立てましたが、世間からは物笑いの種になっただけでした。

大納言から離縁された奥方は、この顛末に大笑いして溜飲を下げました。
離縁の際に、たっぷりと金品は受け取っておりましたし、今更未練などありません。

財産も部下の信頼も家族も失った大納言の行く末は、惨めなものでした。
そして彼は、軍隊を預かる立場すらも、朝廷から取り上げられてしまいました。



残る一人、中納言・富沢太一の顛末は――。

「燕は卵を産み落とす時、どうやって出すものか、子安貝を腹に抱えていると言う事です。しかしあれは幻の宝物で、燕の腹を裂いてもそんなものはありませんし、産み落とした後人間がちょっとでも見てしまうと消えてしまうのです。滅多に手に入る物ではありません」

物知りの年寄りの家来の言葉に、中納言は眉を寄せました。

「だが、それを手に入れないと、かぐや姫をわが妻にする事は出来ないし」
「大炊寮(おおいづかさ)の炊飯棟に、たくさんの燕が巣を作っていると言う事です。そこでなら子安貝も手に入るかも知れません」
「それは良い事を教えてくれた。ではさっそく」

中納言は喜んで、家来を大勢大炊寮に派遣し、高い足場を組んで家来達皆に上から覗き込むように燕の巣の見張りをさせました。
燕が子安貝を産み落としたら、すぐにでもそれを取る積りです。

しかし、燕達は大勢の人間に怯えてしまい、巣に近寄るどころではありません。
中納言からは「子安貝は取ったか?」と毎日矢のような催促です。

大炊寮の下っ端役人・山村が言いました。

「これではいけませぬな。燕を驚かせては、とても卵を産むどころではありませんぞ。燕は子を産む時、尾を差し上げて七度回ると言います。ここはひとつ、いつでもすぐに上がれるように、綱を付けて籠に一人乗って待機しておくのです。下から見張っておいて、燕が尾を上げて回り始めたら籠に乗った人を引き上げ、子安貝を取るようになさっては?」
「おお、それは良い考えだ。では早速」

下っ端役人・山村の進言を受けて、早速足場が撤去され、大きな籠に家来の一人が乗って待機し、燕が尾を上げて回り始めるとすぐに綱を引いて籠を引き上げ、燕の巣の中を探らせるようにしました。
けれど何回やっても、上手く子安貝を探り当てる事は出来ませんでした。

とうとう、富沢の中納言は痺れを切らし、

「ええい、探し方が悪いんだろう、俺が行く!」
と言い出しました。
そして、自ら籠に乗って、待機しました。

「燕が尾を上げて回り始めたぞ、今だ!」

中納言が叫び、家来が急いで綱を引き上げました。
中納言が燕の巣を探りますと、手に何か平たい物が触りました。

「やった!取ったぞ!それ、すぐに降ろせ!」

中納言が叫び、家来が慌てて綱を引き、勢い余って綱が切れてしまいました。
中納言は落ちて腰をしたたかに打ち、気を失ってしまいました。

家来の一人が慌てて水を飲ませると、中納言は意識を取り戻しました。
中納言は、手を開いてしっかりと握りしめていた物を見ました。
しかしそれは子安貝などではなく、燕の糞が乾燥して固まったものでした。

中納言はガッカリしました。
腰の痛みも酷く、当分、立って歩く事も出来そうにありません。

かぐや姫を手に入れられなかった事も無念ですが、この顛末を世間に知られたら物笑いの種になるだろうと思うと、恥ずかしくてなりませんでした。

流石に、かぐや姫からは、心の篭った見舞いの文が届きました。
それが、せめてもの慰めと言えるでしょう。

余談ですが、中納言の末の弟・富沢雄三は、真面目で誠実な人柄で、左大臣鈴木史郎の長女である綾子の婿として、迎えられています。



(6)に続く


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<後書き>

この第5話に関しては、古典「竹取物語」を、殆どそのまま踏襲しています。
違っているのは、「江戸川湖南」が関わっている事と、「龍の首の玉」を取りに行こうとした時に、見てしまったものが、「別世界の人達が乗る空飛ぶ円盤であった」事、ですね。

円盤は、この先、ドミの描く「新蘭版竹取物語」で、重要な役割を担う事になります。
目つきの鋭い彼の口調などは、同人誌版と変えてあります。元々、円盤の主の従者的な役割を考えていたのですが、少し変更しました。

(4)「求婚者達」に戻る。  (6)「果たされた約束」に続く。