Stay with me〜異聞・竹取物語〜



byドミ



(6)果たされた約束



都にて。

久し振りにお帰りになった皇太子が、帝に謁見しておりました。

「おお、お帰り。首尾はどうかね?」
「まずまずですね。父上。オレは、妻にしたい女性が居るのです」
「ほう。それは良かった、これで安心して皇位を君に譲れるよ。十七にもなって通いどころひとつ作らないとは、体がどこかおかしいのではないかと心配していたのだが、大丈夫なようだね」
「茶化さないで下さい!父上だって通いどころなど・・・!あ、いや。ただ問題があって・・・彼女には、皇后になれるだけの身分がないのです」
「ほほお。だからと言って側室などにはしたくない、と」
「はい。オレが妻と呼ぶのは、ただ一人だけだと決めていますから」
「わかった。その点は私が何とか協力しよう」
「ありがとうございます」


   ☆☆☆


なよ竹のかぐや姫への求婚者である五人の公達が次々と退けられ、屋敷には平和が戻りました。
けれど今度は流石に、姫に求婚しようという者は、全く居なくなってしまいました。

「自立した女がもてはやされる、うんと未来の時代と違って、今時、誰とも結婚しねえってのもな・・・」
「そうですね。私達も、いつまでも蘭を守って行く事は出来ませんし。順番から言えば親が先に逝ってしまうものですからね」
「例の砂金があるから、暮らしには困らねえだろうが、今度はそれを狙う不埒な輩が出ねえとも限らねえし」

小五郎と英理はそんな会話を交わしていました。
美しい娘をもった事は、色々な意味で頭が痛い事でした。
今度もまた、江戸川湖南に知恵を借りようかと、思っていたのですが。

「何!?湖南先生は都に帰られたと!?」

久し振りに遊びに来た阿笠老人から、江戸川湖南が居なくなったと聞かされて、小五郎は呆然となりました。

「気が合う友達が居なくなって、ワシも残念じゃよ。えらく慌しい旅立ちじゃった。あんたたちも、せめて挨拶くらいはしたかっただろうがのう」
「姫の縁談の件で、是非とも相談に乗って頂きたかったんだが・・・」
「おお、そうか。今度は妻問い(求婚の事)してくる相手が居なくなってしまったんじゃな。やれやれ、美し過ぎる娘を持つのも、難儀じゃのう」


「お母様。私、尼になります」

蘭の言葉に、英理は慌てふためきました。

「ええ!?そ、そんな!!考え直しなさい、蘭!!」
「だってこうなったら、わたしを妻にしようなんて言う奇特な方はもう現れないでしょ?それに・・・」

蘭の脳裏に、幼い新一の姿が浮かびました。

『もう、夢を追うのは止めよう。湖南先生も居なくなってしまった今、お父様とお母様以外に、わたしの本当の姿を知って愛して下さる方など居ない。あの方は永遠に、わたしの心の中だけに・・・』


けれど。
それから間もなく、都から竹取の里に使いが来て、里は上を下への大騒動になりました。

何と、皇太子殿下が、この竹取の里においでになり、なよ竹のかぐや姫と会いたいと言うのです。
皇太子といえば次期帝、ナンバー2の地位に居られる至上の存在です。
逆らえる筈もありません。

「皇子(みこ)様は、一体どういうおつもりなんだ!」
「会いたい、と仰るからには、そういうおつもりなのでしょうね」
「英理、何冷静に言ってんだっ!今迄の公達とは、訳が違うんだぞ!」
「そう、訳が違う・・・だから、逆らう事など出来ないわ・・・」
「英理!」
「あなた。今回、会わせない訳には行かないでしょう。でも、蘭自身がもしも嫌だと思うのなら、その時は・・・私は何としても蘭を守ります」
「英理・・・」

小五郎は、英理の瞳に浮かぶ母としての決意の深さに、胸を打たれました。
そして大きく頷きます。

「そうだな。たとえ至上のお方が相手であっても、蘭を不幸な目に遭わせる事だけは、絶対にさせねえ!」


一方、蘭は思い掛けない成り行きに真っ青になりながらも、必死で考えを巡らせていました。

『湖南先生のお話が本当なら、皇太子様は、嫌だと思う相手に、無体な事はなさらない筈。女性は選り取りみどりのお方だもの、わたしが誠心誠意お話したら、きっとこんな鄙女(ひなめ=田舎の女、といった意味)の事など、笑って忘れてくださるわ。ああ、でも・・・恥をかかされたとお怒りになったら、どうしよう・・・』


そしていよいよ、皇太子がおいでになる日が来ました。

綺麗に掃除された竹取の屋敷の奥座敷に、皇太子は通されます。
小五郎と英理は失礼がないようにとご馳走を並べ、歌を歌い踊りを舞う芸人達を雇って待っていました。

現れた皇太子の貴公子ぶりに、小五郎と英理は息を呑みます。
まだ蘭と同じ十七歳という若さなのに、その眼光は、大人をも威圧する程の鋭さを秘めていました。

「あ!そ、そちらは・・・!」

皇太子は、通された部屋を通り過ぎ、迷う事無く、真っ直ぐに蘭の私室へと向かいます。

「人払いを。姫と二人になりたい」

皇太子はそう言い、小五郎と英理は狼狽しました。

「姫が嫌がる様な無体な事はしない。オレの矜持にかけて約束する」

そうまで言われれば、逆らう事など、出来よう筈もありません。
夫婦はその場を離れましたが、小五郎は不敬罪を覚悟で、いつでも駆け付けられる近くの部屋で待機しました。

蘭は、あまりの事に、気を失いそうになっていました。
宴席に侍る覚悟はしていたのですが、こうしていきなり私室に押しかけられるとは思いもよらなかったのです。
慌てて扇で顔を隠しました。

「お、お許し下さいまし!」
「かぐや姫・・・?」
「あなた様は、どのような女人もお望みのままのやんごとなきお方。私のような下賎の者に興味を示さずとも・・・!」
「確かにオレの立場だと女は選り取りみどりだと思われてっけど、案外そうでもねえんだよ」
「・・・・・・」
「立場上、身分の高い貴族の娘を何人も娶らされるのが通例で、気に入った女人を好きに自分の妻に出来ると言うものでもない。けどオレは、父上と同じく、愛する女性ただ一人だけを妻としたいんだ」

そう言って近付いて来ようとする皇太子の気配に、蘭は思わず顔を隠しながら後退ります。

「逃げないで・・・蘭」

 突然皇太子が呼んだ名に、蘭は息が止まるかと思う程に驚きました。
今の蘭は、「かぐや姫」と呼ばれる事が多く、本来の「蘭」という呼び名を知っている者は、ごく限られている筈なのです。

まさかという思いに、蘭の胸は早鐘を打ち始めました。

「オレにも、幼い頃からただ一人と心に決めた人が居る。その女性以外を我が妻と呼ぶ気はない」
「太子様・・・?」
「幼い頃オレは、父上と母上だけがオレを呼ぶ名を、両親以外に呼ぶ事のない名前を、一人の少女に教えた。オレは、ずっとその子の事だけを考えていた。もしかしたらオレとの約束を忘れて他の男のものになっていないか、それだけが気がかりだった」

そう言いながら皇太子が近付いて来ます。
そして、顔を隠した蘭の袂にそっと手を掛けました。

「蘭。顔を見せて・・・」
「あ・・・」

扇が顔の前から除かれ、蘭はおずおずと皇太子の顔を見上げました。
端正な貴公子の顔が蘭を覗き込んでいます。

「蘭。予想以上に美しい娘になったね。オレとの約束を信じて待っていてくれて、ありがとう」
「新一・・・様・・・?」
「そうだよ、蘭」

皇太子――新一の顔は、幼い頃の面影を残しながらも、男っぽく成長していました。
声も、深みのある甘い大人の男性の声に変わっています。

新一の顔が近付いてきて、蘭は目を閉じました。
蘭の唇に、温かく柔らかいものが重ねられました。
初めての口付けの甘さに、蘭はうっとりと酔いました。

「愛しているよ、蘭」

耳元で囁かれ、更に深く口付けられます。
果たされた幼い頃の約束に、蘭は一筋涙を流しました。

「やべえ・・・」
「え・・・?」
「蘭。オレは、このままオメーを押し倒して契りを結びてえ衝動に駆られちまってる」
「し、新一様。そのような・・・」

蘭が真っ赤になり、身を強張らせました。
新一は、愛しそうに蘭を見詰め、蘭の額にこつんと自分の額を当てて目を覗き込みます。

「いきなり今日、そんな事はしねえよ。これまで待ったんだから、蘭が入内するまで位、頑張って待つさ。それまでは、これだけで我慢するよ」

そう言って新一は、再び蘭に口付けました。

蘭は、「入内(じゅだい=天皇や皇太子などに仕える女性として宮中に迎え入れられる事)」という言葉に顔を曇らせます。
新一は「蘭だけ」と言ってくれたけれど、立場上少なくとも、きちんとした身分の、いずれ皇后となるべきお妃様を、迎えなければなりません。

『でも、わたしの事を忘れず、たとえ側室の一人としてでも迎えて下さるというだけで、ありがたい事だと思わなければ・・・』



「こんなに長い時間、二人きりで何してるんだ!?」

小五郎が隠れた場所でヤキモキして言いました。
今にも飛び出そうとするのを、英理が引き止めます。

「もし何か無体な事をなさるのなら、蘭が悲鳴を上げる筈よ。でも、もしかしたら・・・」
「もしかしたら、何だ!?」
「い、いえ、何でも・・・」

英理は皇太子の貴公子ぶりに、蘭がもしかして「その気」になったのかも知れないと思いましたが、それは言わず、別の事を口にします。

「あのお方、何故か、初めてお会いしたような気がしないのです」
「何?オメーもか?実は俺も、先刻から、それが引っ掛かってんだよなあ」

その時、月が昇りました。
いつの間にか暗くなっていた周囲を明るく照らし出します。

「今夜は十五夜か。それにしても恐ろしい程に綺麗な月だな」

小五郎が誰に言うともなく呟きました。
小五郎も英理も、何故かふいに正体不明の不安が心をよぎりました。

「蘭。オレたちが初めて出会った時に見たような、素晴らしい月だよ」

新一が、腕の中の蘭に声を掛けました。

ふいに、蘭が新一の腕の中から抜け出しました。

「蘭!?」

蘭の体から「かぐや姫」の異名の通り、光が放たれています。
新一を見る眼差しは今迄と違い、冷たいものでした。

「私に、それ以上触れてはならぬ」
「蘭、何を言って・・・」
「お前にはこの体を助けてもらった恩がある。けれど、いずれ私は月世界へと帰る身。お前のものになる訳にはいかない」

縁側まで行って月を背に立つ蘭は、声色も口調も変わっていました。
たった今まで、腕に抱き締めていた愛しい娘。
しかし、今そこにいるのは、蘭であって蘭でないと、新一は確信しました。

「オメー、誰だ?蘭ではないな?」

新一が低い声で言いました。

「これは異な事を。この体は、お前が執心している蘭という娘のもの」
「蘭を乗っ取ろうとしてんのか!?」
「乗っ取るのではない、これは本来私の体、私の器。私が元の世界に帰る為に用意されたものだ。お前などが触れて良い体ではないのだ」
「冗談じゃねえ!蘭を返せ!」

新一が手を伸ばすと、ふっと蘭の体が崩れ落ちました。
新一はしっかりと蘭を抱きとめました。

「あ・・・?新一様?」

目を開けた蘭の様子はいつも通りで、新一は胸を撫で下ろします。

「わたし、一体?」
「覚えてねえのか?」

蘭が不安そうに頷きました。
新一は、蘭の中に潜む何者かといずれ対峙しなければならないだろうと思いました。
けれど今は、不安そうな目をした蘭を安心させる為に、何も言わず優しく抱き締めたのでした。

新一は、蘭を伴って小五郎たちの所に戻りました。
話を聞いて、小五郎は苦虫を噛み潰したような顔になります。

「経緯はわかりました。皇太子殿下が、心底蘭の事を思って下さって妻にと望んでおられ、蘭もそう望むのなら、私には何も言う権利はありません。しかしですな・・・蘭が他の身分の高い女性達に混じって寵を競わねばならないと思うと、親としては不憫でなりません」

小五郎が言うのに、新一は力強く答えました。

「いや。オレは、蘭以外の女性を妻と呼ぶ気はない。蘭は唯一の皇太子妃、いずれ皇后になります」
「しかし、蘭には身分が・・・」
「左大臣・鈴木史郎が、オレと縁を結びたがっていてね。しかし二人の娘は、長女は富沢雄三を婿に迎え、次女は俺の元に入内させようと画策していたらしいが、頭の中将・京極真に夜這いを掛けられて寝取られてしまった。もう彼には駒がない」

さてここで、京極真の名誉の為に補足しておきますと、彼は元々鈴木家の次女・園子とは密かに思い合う仲だったのです。
皇太子への入内の準備が進められていると聞いて、居ても立ってもいられず、史郎の目を盗んで園子の寝室に忍び込みました。
勿論、園子の方でも喜んでそれを受け入れ、二人は結ばれたのでした。

英理が、ハッとした様に言います。

「もしや、蘭をその左大臣様の養女として?」
「ああ。けれど、心配する事は何もない。形の上だけで、あなた方が蘭の親である事に変わりはねえんだから」
「蘭はそれで良いの?」

英理が蘭に尋ねます。

「わたしに、皇后などという大それたお役目が務まるとは、思えないけれど・・・それでもわたしは、新一様のお傍に居たい。新一様をお慕いしているんです」

娘の目が愛に溢れ、その表情に力強さが加わった事に英理は気付き、頷きました。

「蘭がそこまで決意しているのなら、私から言う事は何もないわ。皇太子様、蘭の事、くれぐれもお頼みします」


それからは、慌しい日々が過ぎて行きました。
蘭の入内は来年の春と決まり、その為に様々な準備が進められて行きます。
嫁入り道具も、金に糸目を付けずに準備されました。

蘭が養女になる事に決まった鈴木家からの使いが、頻繁に竹取の里を訪れました。

新一もしばしば通って来ましたが、蘭の方でも、準備の為に輿に乗って、何回か上京しました。

「あなたが蘭ね。何人もの男を袖にした『かぐや姫』って言うからさ、鼻持ちならないような高ビーかと思ってたけど、可愛い人でホッとしたわ。私は園子、姉妹になるんだから呼び捨てしてね」

鈴木家の次女は、蘭に気さくに声を掛けて来ました。

「し、姉妹など、恐れ多いです。わたしには新・・・皇太子様に入内出来るような身分はないから、形だけ左大臣様のご威光をお借りするだけで」
「良いのよぉ、そんな風に気に病まなくたって。だって、わたしが真さんを婿にしたもんだからさ、お父さんガックリしちゃって。どの道、皇太子様はわたしなんか眼中になかったから、入内は無理だったんだけどね。蘭が養女になってくれたお陰で、お父さんは皇太子様と縁続きになれて喜んでるし、わたしも肩の荷が下りたんだから」

蘭は、鈴木園子の気さくな人柄にホッとしていました。
会う度に二人は仲良くなり、大の親友になりました。

帝と皇后に謁見する時は、畏れ多いと身が震えたものでしたが、二人は言葉少なで、あっさり謁見が終わりました。
蘭が息を吐いていますと、新一に連れられ正規のルート以外から皇后の私室に連れ込まれ、そこには帝も同席していました。
公の場と違い、二人共ニコニコしています。

「あなたが新ちゃんの心を奪ったという天晴れな子ね。や〜ん、想像以上に可愛い娘さんじゃないの。私、こんな感じの皇女(ひめみこ)を産みたかったわ〜。せめて一刻も早く孫を宜しくね。ねえ、まだ気配はないの?」

蘭が目を点にしていますと、真っ赤になった新一が横から怒鳴ります。

「母さん!気配があるわけねえだろ、まだ手出ししてねえんだからよ!」
「あらあら、それは残念ねえ。新ちゃんがそんなにこらえ性がある子だとは思わなかったわ。それともどっか悪いの?」
「あのなあ・・・入内の時に腹ボテだったら、物笑いの種だろうが!」
「いやいや、祝い事が重なって良いかも知れないよ、はっはっは」

帝までがそういう下世話な事を言い、蘭はますます点目になり、汗が浮かびました。
帝も皇后も、からかいながらも蘭に優しく、蘭はすっかり緊張がほぐれていました。



(7)に続く


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<後書き>

古典「竹取物語」では、このくだりで、かぐや姫の元に帝が訪れる事になっています。
物語にそこら辺がハッキリ描かれている訳ではなく、子供の頃読んだ時には分かりませんでしたが、当然の事ながら、帝にはお妃が既に何人もいる訳です。

しかし、新一君が蘭ちゃん以外の女性をかえりみる筈ないですから、この新蘭版竹取物語では、通いどころすらない、独身です。


そして、それ以外の部分でも。
ここからは、大筋で竹取物語を踏襲しながら、オリジナルの設定と展開になっていきます。


何となく、「帝とかぐや姫の悲恋物語」風に捉えられている「竹取物語」ですが。
本来は、誰もが言い寄る美女が、(帝も含めて)金と権力をちらつかせるお偉いさん達の求婚をはねのけ、袖にしたというお話で。
貴族豪族の横暴を苦々しく思う庶民達の胸がすくような、そういう物語であったらしい、です。


まあ、こちらのお話は、新一君と蘭ちゃんの、ラブロマンスですけどね。

次回は、古典通りに。
かぐや姫こと蘭ちゃんが、月に連れ去られそうになり、新一君、さあ一体どうする!?って展開に。


(5)「五つの宝物」に戻る。  (7)「もう一人の蘭」に続く。