素直な気持ち、素直じゃない言葉



byドミ



(3)女心は永遠の謎



「何やあいつら、スキー旅行やなかったんか?今日はペンションから出て来いへんやん」

吹渡山荘を遠巻きにして見ていた3人の男の内1人、服部平次が腹立たしそうに呟いた。

平次に取って、今回はイライラさせられる事ばかりである。
女達の事で、新一と真は何かを知っているらしいのに、それを平次に隠しているのが気に入らない。

そして・・・今迄だったらいつでも平次とつるみたがっていた和葉が、今回女だけの旅行というやつにさっさと参加してしまったのが、何と言っても気に入らない。

平次自身は結構和葉をほっぽりだしてあちこちへと出かけていたのだが、和葉が最初から平次に何の断りも入れず誘いもかけずに、(たとえ女同士とは言え)他のメンバーと出かけたのは、生まれて初めてと言って良い位の事態だったのだ。


とは言え、そんな事を新一や真に言っても、理解はされず冷たく返されるのが落ちである。

「はあ?オメーに和葉ちゃんに文句言ったり縛ったりするどんな大義名分があるってんだ?」

新一からは、はっきりとそう言われた。

「そう言うお前はどないやねん!姉ちゃんがお前をほたって他のやつらと旅行行くんは嫌やあらへんのか!?せやからあいつらの後つけたん違うんかい!」

平次がそう新一に言うと、新一はあっさりと返して来た。

「今回俺が蘭達を遠くから見守ってるのは、蘭が園子達と旅行するのが嫌だからじゃねえ、心配だからだよ。まあ同行するメンバーによっては嫌だって言うかも知れねえが、俺はそう言う権利がある。何しろ俺は蘭の『夫』だからな。京極さんだって、少なくともはっきりと園子の彼氏なんだから、『只の幼馴染』よりはずっと権利があると思うぜ」

そう言われれば、平次としては返す言葉がない。

平次とて解っている。
和葉と平次は、今はまだ只の幼馴染に過ぎない、和葉が誰と旅行に行こうと誰と付き合おうと、文句を言える筋合いはないのだ。
けれど今迄、和葉が平次を追って来る事はあっても、和葉がこうやって平次から平気で離れる事は1度としてなかった。

「生まれてから19年以上の付き合いやけど、あいつが何考えとんのか、いまだにようわからんわ。俺がどこかに行く時は、どこへ行くんやとか誰と一緒なんやとか、うるそう言うてくるくせして、今回のあいつの態度は何なんや!」



「ったく、服部のやつ・・・気持ちはわかんねえ事ねえが、あそこまで気になってんなら、はっきりさせれば良いのによ」

夜、ペンションの一室で、平次が入浴している間に新一がそう毒づいた。

「・・・遠山さんの気持ちに自信がないからではありませんか?だから、自分の気持ちを告げられないのでは?」

新一の呟きを聞いた真が、そう言ったのに、新一は苦笑しながら更に返した。

「あいつは、和葉ちゃんが自分の事憎からず思ってるって、気付いてる筈なんですよ。なのに自分から何も言おうとしない。意識してじゃないでしょうが、女の方から言わせようとするなんて、ずるいと思いますね。・・・まあ俺も、あいつの事言えた義理じゃねえんだが」
「工藤君、君は自分の方から毛利さん・・・あ、いや、蘭さんに気持ちを告げたのですか?」
「一応、そうです。けど俺は・・・偶然ながら、蘭の気持ちを聞いてしまった事があったのですよ。だから俺もずるいんです。服部達を見ていてイライラするのは、俺達と状況が似ているからでしょうね。付き合いが長い分、改まって自分の気持ちを告げにくいんですよ。今迄積み重ねてきたものまで壊してしまうかも知れませんからね」
「そうですか。幼馴染と言うのも大変なのですね。けれど私から見れば、幼馴染とは何とも羨ましくてなりません。幼い頃から園子さんと共にありたかったとどんなに望んでもそれは叶えられないのですから」

真がしみじみとした調子で言って、新一は黙ってしまった。



新一の記憶には、思い出せる限り必ず蘭が居る。

大抵の人は成長したら幼い頃とは別の世界に入って行き、男女問わず、幼馴染と言うものはただ懐かしい思い出の中の存在に過ぎなくなる、らしい。
けれど、新一に取って蘭という存在は、自分から切り離す事の出来ないものであり、これから先も生涯そうであろうと確信している。
それは蘭が新一の幼馴染だからではなく――おそらく蘭とはどういう出会い方をしても新一に取ってそんな存在になっただろうと思って居る。
その蘭と、幼い頃からの記憶を共有しているというのは、ある意味とても幸運かも知れないとは思う。
けれど幼馴染の壁を抜けるのは大変でもあった。


平次に取っての和葉は、新一に取っての蘭と同じ存在だと新一は思っている。
だからこそ、幼馴染の壁をなかなか抜けきれない2人に苛つきもし、面倒を見る気になるのであった。


一方真は、どう引っ繰り返っても今から園子と幼馴染になれる訳ではない。
幼馴染の大変さを聞いて頭ではわかっても、羨ましさの方が先に立つようである。

真からしてみれば、お互いが大切でたまらないのに「只の幼馴染」と言い張って意地を張り合う2人が、どうしても理解できないのであろう。


新一が平次と真を同時に誘ったのは、ひとつには真と過ごさせる事で平次にハッパをかけたい気持ちもあったのである。



  ☆☆☆



3人共に慌しく入浴を済ませ、吹渡山荘の灯を遠目に見ながら缶ビールを開けた。
(真以外の2人は未成年であるが誰もそんな細かい事を言わなかった)

「なあ服部。少しは女心わかってやれよ、でねえと和葉ちゃん可哀相だろうが」

新一がそう言うと、まだ酔う程にアルコールが回っている訳でもなかろうに、平次が管を巻いてきた。

「ああああ、俺は何でも完璧なお前と違うて女心がわからへんのや」
「バーロ。俺にだって女心なんてわかんねえよ。いつまで経っても男は女心解る様にはなんねえし、女は男心が解る様にならねえんだ。解るようになるって思う方が間違いだ。だから、俺が解れって言ってんのは、ちゃんと口に出して言ったり訊いたりしろって事だよ。今の俺とお前に違いがあるとすれば、そこら辺の事を理解してるかどうかだ」

新一のその言葉に、平次だけではなく真も目を丸くする。

「そう言えば、昔父さんが言ってた事があったなあ」

新一が缶ビールを抱えたままちょっと遠い目をした。
そして幼い頃の事を語りだす。









あれは、新一がまだ小学校低学年の頃だった。

リビングでは蘭が泣いており、有希子からは詰られて、新一は少々お冠で優作の居る書斎へと逃げ込んで来たのだった。

『新一。また蘭ちゃんを泣かせたそうだね』

優作が面白そうに言った。

『俺だって、泣かせてえわけじゃねえんだけどさ。けどあいつ、訳も言わずにいきなり泣き出すんだぜ、こっちは何が何だかわかんねえっての』

新一は憮然とした表情で言った。
こういった時でも有希子と違い、優作は頭ごなしに怒ったりせずきちんと話をしてくれるので、新一は自然と自分の疑問を父親にぶつける事が多くなっていた。

『母さんからは女の子の気持ちをわかってない、って怒られるしさ。わかる訳ねえじゃん、言ってくれねえと』
『そうだよ新一、女の気持ちはわからないものと思いなさい。お母さんを見て、蘭ちゃんを見て、どんな事を言ったりしたりすれば相手が喜ぶか、相手が嫌がるか、少しずつ学んで行くのだね。ただし、理解しようなどとは思わない事だよ。まず不可能だから』

優作の言葉に新一は驚いて顔を上げた。
優作は何でも知っていると新一は思っていたから、女の気持ちを理解するのは不可能だと言い切られた事は、すごく意外だったのだ。

『父さんでも、女の人の気持ちわかんねえの?』
『ああ。小説を書いたりしていると、女性の気持ちがよく書けてるなどと言われる事もあるが、私は男だから、基本的に女性の気持ちはわからない。ただ、どういう時女性が怒るか悲しむか、こちらがどんな態度を取ればそれが回避できるか、それは学習できる。女性は、はっきりと言葉に出していない気持ちを機微を汲み取って欲しいと相手に望む。男性にはそれが不可能だと知らずにね。有希子も女だから、新一の気持ちより蘭くんの気持ちの方が理解できるのだよ、愛情の点は別にして』

新一は優作の言葉に真剣に耳を傾け、頷いていた。
優作は幼い新一相手でも、(新一は年の割に多くの知識を持っているが、それでも解らない程の)難しい言い回しを使うし、今の新一にはまだ理解出来ないと思われる事でも真剣に話してくれる。
新一はそれら1つ1つを心に刻み込んでいた。
そうして得た知識は後に大きな財産になるのである。

『君にひとつ教えてあげよう。女性が泣いている時、怒った時、理屈や理論で相手を宥めようとしても火に油を注ぐようなものだ。女性相手には感情を宥めようとする方がうまく行く。蘭くんが泣いたら、泣かれるのは自分に取って辛い、だから泣くなと言ってごらん?泣いた原因を探り出して分析してそれは間違いだって冷静に理屈を言うより、ずっと効果があるよ』

新一がコナンだった時、誤解から泣いている蘭に、「オメーに泣かれると困るんだよ」と(新一の言葉として)言った事があった。
その時は、優作から聞いた事を思い出して計算して言った訳ではなかったが、その言葉は確かに蘭の心を宥めるのに効果があったようだった。









「で、和葉相手に結局どないせえ言うんや?」

新一の昔話を聞いた後に平次が言った。

「和葉ちゃん相手に、自分の偽りない気持ちを告げる。それしかねえだろ」
「俺が知りたいんは、今回の和葉の行動の意味や!和葉がもう俺と一緒にいとうないんか、誰か好きな相手でも出来たんちゃうか、それが知りたいんや!」

平次が新一の胸倉を掴まんばかりに迫って言った。

「熱くなるな、服部。訳あって今は話せねえが、和葉ちゃんの今回の動機はそんなんじゃねえ。遅くとも数日中には明らかになるから、それまで待て。今は・・・女同士でしか話せない事とやれない事があるって思えば間違いじゃねえよ」

平次はまだ納得出来ないようだったが、取り合えず自分を落ち着かせようと考えた様子で大きく息を吐き新一の向かい側の椅子に腰掛けた。
そしてぬるくなった缶ビールを一息にあおった。



やがてほぼ同じ時刻に、それぞれの携帯に彼女(あるいは幼馴染)からの連絡が入った。
それぞれこそこそと、他のメンバーの声が入らないよう場所を移動しながら通話をする。

『もしもし、新一?ちゃんと御飯食べた?火の始末には気をつけてね。明日は3人でスキー場に行くの、雪の状態も良いし、天候にも恵まれるみたいよ。うんうん、わかった、気をつけるからね』

『あ、真さん?明日はスキーに行くわ。ええ?スキー場でそんな格好する訳ないじゃな〜い。うんうん、天気も良いみたいだし、蘭達も一緒だから大丈夫よ。上級者コースには近寄らないって』

『あ、平次?明日は蘭ちゃん園子ちゃんとスキーやで。は?今日?今日はあんまり天気も良くなかったし、疲れたからペンションで休んどったで。何でそんな事訊くん?意味がないんやったら訊かんでええやん、アホ!ほな、切るで』


男性陣がストーカーよろしく周囲をうろついている事は、彼女達にはとうにばれてしまっているのだが、それに全く気付いていない新一達であった。



(4)に続く



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(3)の後書き


あああ、終わらな〜い終わらな〜い(涙)。
とうとう企画は終了したのに、まだバレンタインの話が終わらない、しくしく。
この話、最低5話は行きます。
でも、何て事ない話の筈なのにねえ。

原作を読んでて、「平次くんって和葉ちゃんがいつでも追って来るから安心し切っているとこあるよなあ」といつも思います。蘭ちゃんの「新一がだあい好き」という言葉を聞いた後でさえ安心し切っていない新一くんとは大違い(爆)。
うん、蘭ちゃんは和葉ちゃんが平次くんを追っかけてる程、新一くんを(見た目では)追っかけてなかったんじゃないかなあ。そうしなくても(コナン前は)新一くんの方からいつも側に居たのだろうし。
新蘭と平和、「彼氏が高校生探偵の幼馴染カップル未満」って事で共通点も多いけどそれぞれの性格が異なっている。だから面白いんですけどね。
基本的に、新蘭より平和の方がくっつくのが遅そうだと思います。(コナンくんが元の姿に戻る前に、大阪カップルに何らかのきっかけがあれば別でしょうが)

今回の優作さんの語り、最近はまっている心理学理論をちょっと使わせて貰ってます。
いやホント、新ちゃんは蘭ちゃんファンから随分お叱りを受けてるけど、マジで男性に女心が解らないのは当たり前なんですよ。新一くんが特別鈍な訳ではありません。
だから「新一くんには蘭ちゃんは勿体ない」なんて言っても、新一くん以上に蘭ちゃんに相応しい男なんて居ませんって。(ここら辺、ちょっと色々と私的に腹立つ事が・・・ごめんなさい)

で、事件を期待した方(居るのか?)には申し訳ありませんが、この話では事件らしい事件はありません。多分ね。



(2)「吹渡山荘へ」に戻る。  (4)「これもひとつの事件」に続く。