素直な気持ち、素直じゃない言葉



byドミ



(4)これもひとつの事件



蘭、和葉、園子の3人が吹渡山荘に宿泊して2日目の朝。

「う〜ん、今日は絶好のスキー日和ね!」

蘭が窓から外を眺めて言った。

「ちゃんと日焼け止めしとかないと真っ黒になりそう・・・」
「サングラスも必要やな」

晴れた日のスキーでは、雪の照り返しで思いの他紫外線を浴びるのだ。

その日は、雪は充分に降り積もり、気温は低く、けれど天候が崩れる心配はない・・・とスキーをするにはまずまずの条件が揃っていた。

「昨日のチョコはどうかしら?」

スキーに出かける前に、昨日型に入れて冷蔵庫で冷やし固めたチョコレートの具合を確かめる。
3人共にチョコ作りは初めてではないし、特に問題もなく綺麗に仕上がっていた。

「今夜、腕によりをかけて『飾り』を入れなきゃね」

蘭が言い、園子と和葉が頷いた。
その真剣な目つき・・・それぞれに思うところがあるらしい。



「・・・そろそろ出かけるようですよ」

吹渡山荘を双眼鏡で見張っていた真が、室内の新一と平次に声を掛けた。
2人は真剣な顔で頷き合った。
3人とも、いつでも出かけられるように準備万端整えている。



  ☆☆☆



「ねえ、君達、女の子達だけでスキーに来てるの?」
「せっかくだから一緒に滑らないか?もし良ければ教えてあげるよ」

綺麗で可愛い女の子が3人も揃っているのだ。
スキー場のリフト乗り場で、早速男達が群がる。

「あの、私、結婚してるので・・・」

蘭がそう言って、わざわざ手袋を外して結婚指輪を見せる。

「え〜?その若さで人妻!?でも、旦那はここに居ないんだろ?」
「そうそう、取って喰おうって訳じゃないんだから、かたい事言わずに俺達と楽しも
うぜ」

そう言って蘭の手を取ろうとした男が、蘭が手を振り払うより早く凄まじい打撃を後頭部に受けて倒れた。
男達はざわめき、周囲を見回す。

「な、何?どこからサッカーボールが!?」
「サッカーボール?何馬鹿な事言ってんだ」
「そっちに飛んで行っただろ、確かそこに・・・あれ?」

男の1人が指差した先には、何も見当たらなかった。
確かに何かがすごい勢いで飛んで来て、蘭に粉かけていた男を昏倒させたのだ。
数人がサッカーボールの姿を見ていたが、見回してもどこにもサッカーボールも該当しそうな他の何かも見当たらなかった。


気の毒な事に、そこに昏倒している男には誰も見向きもしないままに、今度は別の男が和葉の肩に手をまわそうとした。

「君、ポニーテールが可愛いね。俺の好みのタイプ」

次の瞬間、今度はその男が昏倒する。

「な、何だ何だ!?」
「今度は竹刀か!?」

今回凄まじい勢いで飛んで来たのは紛れもなく竹刀で、しかも今度はさっきのサッカーボールのように消えてしまわなかったので、その場に居た全員に幻でも何でもなく本当に竹刀が飛んで来たのだとわかる。


園子の腕を掴もうとしていた男は、流石に青くなっていたが、体が固まって動けなかった。
そして――。
次の瞬間、その男は派手な音をたててぶっ飛んで行った。
その男を吹き飛ばしたのは、何故か木の板である。

「板?何故板が!?」
「うわ・・・これ分厚くて重そうなやつだな・・・」



3人もの男が昏倒している。
それ以降、蘭・和葉・園子の一行に粉かけようという男は流石に居なかった。
可愛い女の子3人組と、男達の昏倒の因果関係を悟らざるを得なかったのだ。


蘭達3人は黙ってリフト券を購入するとそそくさとその場を離れて行った。
3人共に顔を赤くして俯いている。

倒れている男達は気の毒で、罪悪感を感じないでもないが、まあ3人が良く知る者達の仕業なのは間違いないし、気絶してるだけで大した怪我もしていないだろう。
周囲にスキー場の係員もいるし、そのままほったらかしにされる事はない筈だ。

それより早くこの場を離れないと、蘭達自身がスキー場の係員から色々詮索されかねないし、もしかしたら被害者も増えるかも知れない。
それに、愛しい相手の犯罪行為をこれ以上増やしたくなかった。




「服部・・・京極さん・・・」

新一が咎めるような視線を平次と真に向けた。

「何や工藤、お前が最初にやったんやで。文句言われる筋合いはない筈や」
「工藤君、大丈夫です。素人相手に大怪我させないよう、ちゃんと手加減してますから」

平次と真の言葉に苦笑しながら新一は言った。

「そうじゃなくて・・・証拠を残すのは拙いんじゃねえかと」
「俺らは工藤のように消える魔球いう便利なもん持ってへんからなあ」
「証拠など・・・あれは空手の板割りに使う板ですが、あれには指紋など付いてない筈ですし」
「あ、けど流石にあの竹刀はのうなったら困るんや、どさくさ紛れに回収するで」

女性陣をストーカーのように付回す3人の男性は、内2人が正義の味方(!?)の学生探偵であるとはとても考えられないような物騒な会話をしながら、証拠品(?)を回収しつつ、リフト乗り場に向かった。
3人ともサングラスで顔を隠しているが、それが逆に妙に目立ち、周囲から浮きまくっていた。
男性陣3人は顔を隠しているとは言えかなり格好良い集団と言えたが、近付く女性が1人も居なかったのは、気配に鈍な者でさえ思わずびびる程のやばい気配を3人が漂わせていたからである。



かなり距離を置いて女性陣を追っている筈の男性陣だったが、言うまでもなくもうとっくに女性陣には気付かれていた。

「ねえ、いっそこっちから声かけて気付いている事アピールした方が良くない?」

蘭が園子と和葉に声を掛けたが、2人は首を横に振ったのだった。

「園子?和葉ちゃん?」
「ごめん、蘭。何だか私・・・うまく言えないけど、真さんの真意がわかんなくて・・・今はまだ顔を合わせたくない・・・」
「ごめんな、蘭ちゃん。平次はいつもアタシの事ほたってる癖して、何で今回わざわざ来てるんか、アタシわかれへんねん。だからアタシも今平次に会いとうない」

3人とも、男性陣が自分達をナンパから守る為にあのような事を仕出かしたのはわかっていた。
けれど、園子と和葉はいまだにそれぞれの事情から素直になる事は出来なかったのだ。



「私って駄目ね。蘭みたいに可愛く一途に相手を信じるなんて出来ないよ。蘭は強いね・・・」

リフトを降りた園子がポツリとそう言った。

「園子だって私に負けず劣らず一途だし、強いと思うよ。真さんが外国に行っても、ずっと辛抱強く待ち続けてるじゃない」

蘭が言った言葉に園子は首を振る。

「でも私、今、真さんの事を信じ切れないのよ。別に、浮気とか心変わりとか、そんな事疑ってるんじゃないの。でも真さん、私のどこを好きになったんだろう?私の事、自分の理想像に当てはめて勘違いしてるんじゃないかって、最近思うのよ」
「園子・・・」

蘭は、園子が今感じている不安が何か、わかっていた。
真が園子に口うるさく服装の事などを言うのは、真が園子自身を見て尊重するのではなく、自分が「こうあるべき」と思っている女性像を押し付けてきているのではないか、そう園子は感じているのであろう。

園子は真の事が好きだったから、できる限り真の好みに合わせようと(電話では)嘘も吐くし、会う時にはいつもと違った格好をしてみたりもする。
けれど、自分の好みで自分らしい格好をするのが、何故真から責められないといけないのだろう?
真は本当に園子の事を、園子という人間を丸ごと、愛してくれているのだろうか?


園子が今感じている不安はそういう事であろうと蘭は思う。
けれど一方、真が園子に口煩く言うのは、決してそういう意味ではないだろうと、蘭は思っている。
けれど、園子の悩みを解決するには、蘭がどうこう言っても駄目なのだ。
真自身の口から、きちんと説明されない限り、園子は安心できないだろう。
そして、その為には、園子自身が真に自分の悩みを説明する必要がある。

早い話、2人には「お互い本音での話し合いが必要」だというのが、蘭と――そして新一の考えであった。



「園子ちゃんはそない言うけど、京極はんは園子ちゃんにはっきりと好きや言うてくれたんやろ?アタシには・・・信じるんもなにも・・・確かな事は何もあらへんのや」

和葉は俯いて暗い顔で言う。

「アタシは・・・平次から告って貰う言うんは過ぎた望みやってわかってるで?けど、去年のバレンタインの手作りチョコに・・・何で返事してくれへんかったん?いくら鈍い平次かて、それが何意味しとんのか、わからんかった筈ないやろうに」
「和葉ちゃん・・・」

和葉の搾り出すような言葉に、蘭と園子は顔を見合わせた。
蘭は(そしておそらく園子も)、平次がきっと和葉の事を憎からず思っているに違いないとの確信がある。
けれど、切っ掛けがなかったのならともかくも、昨年のバレンタインデーでの手作りチョコで何故平次と和葉の仲が進展しなかったのか、確かに疑問ではある。

「元々バレンタインデーはそういう日じゃないって言っても・・・やっぱり女の子にとっては、自分の気持ちを伝える勇気を振り絞れる日だよね。服部くん、照れるにしてももう少し和葉ちゃんの気持ち汲んでくれても良かったのにね」

蘭がようやくそう言うと、和葉がかぶりを振った。

「返事をようせえへん言うんが、多分平次の答なんやろとアタシは思ってる。けど、あんまりやって思わへん?振るんなら振るで、はっきりそう言うてくれたらええやん!それとも、アタシには返事するんも嫌なん?そないにアタシの事嫌いやのん?」

俯く和葉に、蘭は内心それは違うだろうと思っていたが、下手な言葉を掛けるのは憚られた。
和葉がこの1年、本当に辛い思いを抱えてきたのがわかったからだった。



和葉が涙ぐみ、蘭と園子がしんみりしていると、下のリフト乗り場での騒ぎを知らない男達が寄って来た。

「ヘイ彼女、何で泣いてるの?彼氏に振られちゃったの?」
「こんな可愛い子を振るような男忘れて、僕達と・・・グエッ!!」
「何でスキー場にサッカーボールが・・・」
「何でスキー場に竹刀が・・・」
「何でスキー場に板が・・・」

野次馬の間で囁きが交わされたが、誰も本気で原因追求しようとはしない。


そして、女性陣に近付いて来た男達の憐れな顛末は、語るまでもないであろう。



「もう・・・ゆっくり悩んだり話したりする事もできそうにないわね」
「一応、愛は感じるんだけど、何だかね〜」
「愛を感じるだけでもええやん!もう、何考えとんの、振った女でも守ろうとするやなんて、余計なお世話や、アホ!」

蘭達3人は、迂闊にしんみりしている暇もない事を悟り、長居は無用とばかりにさっさと滑り降りる事に決めた。
3人ともスキーではそこそこの腕前がある。
あっという間に3人の姿は遥か下界へと消えて行った。

少し遅れて怪しい男性3人組が、先の3人を追うように下界へと消えて行く。



その日、スキー場ではいくつもの怪現象が起きた。
リフト乗り場や売店など、普段は誰も怪我もしないような所で、若い男性が何人も昏倒していたのである。

彼らは打ち身位で大した怪我もしていなかったが、原因に付いては一様に口をつぐんでいた。
全員、かなり恐ろしい思いをしたらしかった。

その現象は迷宮入り・・・というより、本腰を入れて調査しようとした者もいなかった。
東西の学生名探偵が犯罪に手を染めた事を知る者は、当人達とその恋人・友人以外に、誰もいなかったのである。



(5)に続く



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(4)の後書き


男性陣3人が、どんどんおかしな方へ行っちゃってるような気がする・・・。
今回の男性陣が犯罪行為をしたと言っても、コナンくんはもっと色々酷い事を山のようにやってますよね。
麻酔針使ってる時点で罪はもっと重い事でしょう。
ただ、戸籍が存在しないどう見たって7歳位の幼児に罪が問えるのかという問題がありますが。

今回の3人は、コナンくんに比べれば罪は軽いかも知れないが、18歳未満じゃないからねえ・・・。
しかも「犯人を捕まえる為」「事件解決の為」という大義名分がないですし。
でもこういう「彼女が絡むと我を忘れる」新一くん達というのは、書いててとっても楽しいです。

この後果たして、園子ちゃんの悩みは解決するのか、和葉ちゃんの思いは通じるのか?
そして、桜が散ったのにまだバレンタインのお話を書き終わらないドミの明日はどっちだ!?(もうやけくそ)

次回はおそらく最終回です。



(3)「女心は永遠の謎」に戻る。  (5)「手作りチョコのメッセージ」に続く。