仮想空間の戦い



byドミ(原案協力:東海帝皇)



(3)仮想空間での犯罪



園子に連れられて仮想空間を訪れてから、1ヵ月後。

私はインターフェイスなどを買い込んで、しょっちゅう仮想空間に出入りするようになっていた。
クラスメート達も入り浸って居る子が大半だったし、あの世界には、何かしら麻薬のように、人を惹き付ける所があるようだ。

現実では、一緒に遊びに繰り出すのもなかなか大変だけど、コクーン内では気軽に出掛けられる。
風雨にあう事もないし、移動時間もゼロで済むのだから。


「蘭、今度の無差別格闘技大会、出るの?」

クラスメートの一人・七川絢(あや)が声を掛けて来た。
尤も、絢も、現実とは違う姿形をしているので、知らなければ彼女だとは気付かないだろう。
この空間での絢は、昔流行ったアニメの、可愛いモンスターキャラを模している。

「うん。現実の空手とは、全然違うと思うけどね」

私は帝丹高校女子空手部の主将で、腕前にはそれなりに自信がある。
この仮想空間で行われる武道の試合とは、いわば3Dテレビゲームのようなもので、現実の格闘技とは全く違うものだが、何か参考になるような気がしたのだ。

目出度く京極さんと連絡が取れた園子の話によると、京極さんも同じ事を考えて昨年の大会に出たらしい。

京極さんは、シェリーさんが言った通り、空手修行の為、香港に居た。
パソコンは現地で調達したものの、インターフェイスなどの道具がなかなか揃えられず、現実界での園子の連絡先を知らない為それを伝えることも出来ず、相当焦っていたそうだ。

最近の園子は、仮想空間には良く出入りしているようだが、付き合いが悪い。
おそらく京極さんとラブラブの時間を過ごしているのだろうから、私はそっとしておく事にした。


そして――。
この大会でとんでもない犯罪が行われ、現実を忘れ仮想世界に出入りして遊ぶ人たちが震撼する事態になろうとは、その時の私には予想もつかなかった。


   ☆☆☆


仮想空間での格闘技大会が始まった。
試合で相手に殴られたり蹴られたりすると、派手に吹っ飛んでいくが、痛みも何も無いので、参加する方も見物する方も安心していられる。

次は私の番。
そう思って私は、試合場の袖に待機した。
別に客席にいたって、仮想空間だから瞬時に移動が出来るのだけれど、そこは気分の問題だ。

目の前の試合では、山のような大男とたおやかな女性が戦っていた。
この世界では、本来の姿の人は殆ど居ないし、性別さえもあてにならない。

それに、ここでは見かけの体格差などあまり意味はない。
実際、この試合では女性の方が試合を有利に進めているようだった。

業を煮やしたらしい男が大きな熊手のような物を取り出して切り付けた。
女性の体が無残に裂け、血が噴き上がった。
血の生臭い臭いさえ漂ってくる。
その残酷な過剰演出に、観客達は皆、眉を顰めた。

その女性の目を見て、私はハッとなった。
この世界では有り得ない筈の、驚愕と苦痛に歪んだ表情・・・私は思わず飛び出して駆け寄っていた。

「い、痛い・・・。た・・・す・・・けて・・・」

その女性はうつろな目で、微かな声で訴えて来た。
私は駆け寄ったものの、何をしたらいいか解らずに、ただその女性の手を握って励ますしかなかった。

現実世界なら、絶命していてもおかしくない傷と出血である。
でも、この仮想空間では、元々こんな事有り得ないし、救急車だって存在しないのだ!

事態に気付いた会場から、悲鳴が上がる。
競技場はパニックになった。
主催者達も、どう対応して良いか分からずに右往左往している。

いきなり客席から飛び降りて来て駆け寄ってきた者が居た。
小学校一年生位の男の子の姿をしている。

「接続、切れねーのか!?」

その男の子が大怪我をした女性に尋ねる。

「だ・・・め・・・やって・・・みた・・・けど・・・かえ・・・れ・・・ない・・・」

その女性が弱々しく呟く。

その気になれば、いつでも仮想空間から現実空間に戻れる筈なのに、それすらも出来ない様子だった。
私はゾッとする。
安全な遊びをしていた筈なのに、思いも掛けない苦痛を与えられたその女性の苦しさを思うと、居たたまれなくなる。

男の子が、何かの操作をした。
すると突然、大怪我をして血を流していた女性の姿が、かき消されたように消えた。

「ふう。これで開放された筈だ。後はこの体験がトラウマとして残らなければ良いんだけどな」

男の子が、誰に言うとも無く呟く。
多分本当の姿ではないのだろうが、良く見ると可愛い顔をしていて、黒縁の大きい眼鏡の奥の目には理知的な光が宿っている。

「良かった・・・。あれ以上に苦しまずに済んで。でも、この世界では苦痛はリアルに感じない筈なのに、何であんな事になったの?」

私は安堵の溜息を吐きながら、その男の子に尋ねた。
その子が、私の方を見る。
その眼差しの深い色に、私は一瞬で囚われていた。

「今、コクーン内で、こんな事件がいくつも起きてる。本来この世界では感じない筈の苦痛をリアルに感じさせ、しかもこの世界から退去させない・・・そういったプログラムを作って流布してる奴が居るんだ。さっきの熊手男はただ単にそのプログラムを『買った』だけの小者だな。アドレスを追って捕まえる事は可能だが、トカゲの尻尾切りにもならねえだろう」
「あ、あなたは一体・・・?」
「江戸川コナン。探偵さ。このヤマをずっと追い続けてるんだ」

彼は、そう名乗った。

「それにしても・・・ありがとう、助かったわ。私ではどうしてあげることも出来なかったから」
「さっきの人、友達なの?君の・・・」
「ううん。試合トーナメントの順番が次だったから、袖で待っていただけ。あ、私は毛利蘭って言うの。知らない人だけど、あんなに苦しそうにしてるのに、ほっとけないじゃない」
「・・・こういう事件が今急増している。『安全で快適』な遊び場だった仮想空間が、今、変質させられようとしているんだ。
けど、現実に体が傷付いたりする訳じゃないから目立たないし、まだ殆ど問題にされてない。警察も今の時点で取り締まれないしね。
でも、君も見た通り、被害者は逃げる事も出来ず、精神に多大な苦痛を与えられる。後々まで恐怖感に晒されて精神を病む人が増え続ければ、大きな問題になってくるだろう」

私は、何も知らずここで遊びまわっているクラスメート達や、現実では遠く離れた所に居てこの空間でのみデートが出来る園子たちの事を考えた。
この空間が安全な場所でなくなるというのは、社会的にはまだ問題にされないのかも知れないが、行き所をなくす若者達にとっては手痛い事だと思った。

「ねえ、江戸川さん」
「何?」
「私に、何か手助け出来る事はない?」

江戸川コナンと名乗ったその男の子は、驚いたように私の方を見た。

「それは・・・協力者が居た方が色々ありがてえと思うけどさ。いきなりどうして俺なんかを信用する訳?たった今会ったばかりなのによ」
「だってあなたはあの人を助けてくれたじゃない。あの人の苦しみ、私ではどうしてあげる事も出来なかったんだもの」
「あんた、お人好しだよな。俺がただ好意だけで助けたとは、限らないだろう?」

何でこの人は、わざわざ、こんな偽悪的な事を言うのだろう?
私は少しばかり悲しくなった。
あの人の仮想空間への接続を素早く切り離し、苦痛を長引かせないように迅速に処理した彼の行動には、思いやりと優しさの心が絶対にあった筈だって思うのに。

その時私は、初対面のこの人に、何となく孤独の影を見て惹き付けられてしまったのだ。
本当の名前も本当の姿も何もわからない、子供の姿をしたこの人に。

「これからもこんな事が起こるのなら・・・私の友人達だって巻き込まれるかも知れない。だから、私・・・」
「OK、わかった。あなたに俺のパートナーになって貰おう」
「そっちこそ、私をあっさり信用して良いの?」
「俺は・・・相手がここで何をやっているのか、わかるだけの技術力があるし、万一あなたが裏切ったとしてもそれに対して何とでも手を打てる。あなたを信用する事でのデメリットは殆どないさ」

流石に彼の方は、無条件で私を信用している訳ではないらしい。
当然と言えば当然なんだけど、そう思うと何故だか私の胸はすごく痛んだ。

「あなたもいつ何時恐ろしい目に遭うかわかんねえし、目の前で他の人が苦しむのをほっとけないだろう?まず、あんな時に退避出来るプログラムを教えてやるよ。ちょっとややこしいけど・・・協力するって言うからには、最低これ位は覚えてくれよな」
「ええ、わかったわ、江戸川さん」
「何かその呼ばれ方って妙な気分になる。この姿を取っている時は、出来ればもうちょっとくだけた呼び方して欲しいな」
「じゃあ・・・えっと・・・コナンくん?」
「ああ、それでいい。俺の方もあなたの事・・・毛利蘭って本名だろ?ありふれた姓だけど、やっぱまずいな。名前の方で呼ぶのが無難だな、姿に合わせて、『蘭姉ちゃん』とでも呼ぶか?」
「あのね・・・」

彼が見かけ通りの子供でない事はとっくにわかっている私としては、少し呆れて脱力してしまった。
けれど彼は、全く悪びれなかった。

「それじゃ蘭姉ちゃん、これからも宜しく」

勢いと成り行きで、ここにコンビが結成された。その時の私には、彼との出会いが私の人生そのものを変えてしまうなど、想像も付いていなかったのだ。




(4)に続く


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<後書き>


新一君・・・もとい、コナン君と蘭ちゃんとの出会いです。

私の趣向として、パラレルであっても、「新一君と別存在で、蘭ちゃんに惚れている」コナン君は、有り得ませんので。
まあ、このコナン君は、正体あれだろうと思って貰って、間違いないです。

この世界に「アポトキシン」は存在しません。彼が子供の姿を取っているのは、仮想空間でのバーチャルボディがそうである、というだけの事です。


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