仮想空間の戦い



byドミ(原案協力:東海帝皇)



(4)戦いの始まり



言うまでもない事だけど、「仮想空間コクーン」は、本来ネットワークだから、全世界に繋がっている。

ただ、言葉の問題などがあるから、どうしても同じ国の人同士が集まり易い傾向にあって。
日本人が多いエリア、アメリカ人が多いエリア、韓国人が多いエリア、中国人が多いエリアなどに、自然に分かれている。
けれど勿論、他のエリアにだって、瞬時に移動は可能なのだ。

仮想空間と言いながら、その広がりはどれだけあるのか判らない。
酔狂にも、刻々と変化するその空間の地図を作成している人も、居るって事だ。

私・毛利蘭が、コナンくんとコンビを組むようになって、一月が過ぎた。
お互いのプライベートは殆ど話す事はないけど、彼が、現実世界では、アメリカのロサンゼルスに在住中である事は、教えて貰った。

英語がペラペラで、仮想空間内でも、英語圏の人が集まる場所にも、良く出入りしているらしい。


「あんた・・・邪魔すんなよ・・・」
「冗談じゃないわ!あんたこそ何でこんな事するのよ!こんな事して何が面白いの!?」

私はいつものように犯罪現場を見つけ、襲われていた人を逃がした。
普通、犯人も同時に逃げている事が多いけど、その日の犯人は逃げ出さず、私に対峙したのだった。

「面白いさ。人が血を流して苦痛にのた打ち回りひいひい泣くのは最高に面白い。けど、現実世界でそれやると犯罪だろ?だからここで遊んでたのに、邪魔をするのか?」

私には、その男の感覚は、全く解らなかった。
世の中には、他人の苦痛を喜ぶ人も居るのだという事実に、私は吐き気がしそうだった。

「あんた、責任取ってくれる?」

その男が近付いてくる。
私は何故だか動けなかった。

いきなりその男の体が光を発したかと思うと、かき消えた。

「蘭!何やってんだ!こんな時は待避する様にと言っただろうが!」

後ろからコナンくんが怒鳴る。
私はその声を聞いて妙に安心出来た。

「ご、ごめんなさい」
「しかし、これじゃキリねえな。毎日のように退治しても、奴等は末端のただの消費者に過ぎねーんだからな。元を断たなければ、雨後の筍の如く、湧いて出てくるだけだ」

コナンくんが、忌々しそうに言った。

私は頷く。
毎日のようにこうして犯罪現場を押さえては、まず、被害に遭おうとする人を待避させ。
次いで犯人を強制退去させて、二度と仮想空間内に入り込めないよう、素早くアクセス制限をかける。
尤も、私は待避させるのが精一杯で、強制退去とアクセス制限のような難しいプログラムを瞬時に行えるのは、コナン君だけだ。

けれど、本当にきりがなく、こういった事件は、一向に減る事がなかった。

「蘭姉ちゃん、疲れたろ?今日あれで三件目だったし。ちょっと休憩して行くか?」

そう言ってコナンくんが指さしたのは、オープンカフェだった。
仮想空間でどんなに歩き回った所で、現実に歩いた訳ではないから疲れを覚える筈はない。
なのに、そこは気分なのか、仮想空間内でもあちこち飛び回ると、疲れたように感じるから不思議だ。

のんびりとテラスに座って、私は紅茶を、コナンくんはコーヒーを飲んだ。
仮想空間であっても、店毎の味というのがちゃんとあり、ここは女性に人気の、コーヒーも紅茶も美味しい店だ。

「ねえコナンくん」
「ん、何?」
「この世界でお茶しても、現実に水分や有効成分を取り入れる訳じゃないんでしょ?なのに何故リフレッシュ出来るのかなあ?」
「ああ、それは・・・。たとえ幻であっても香を嗅ぎ液体が喉元を通る感覚を覚える事で、脳のα波が出て、リラックス効果があるんだ。自己暗示もあるけど、きちんと効果が上がるようなプログラムがされてるんだよ。まあ勿論、本当に飲食する訳じゃねえから、そればかりだと餓死してしまうけど」
「餓死って・・・大袈裟な」
「いや、それが大袈裟でもねえんだ。この仮想空間に嵌り過ぎて、本当に餓死しかけた人が続出した時期があって・・・以来仮想空間は、連続して十時間以上居ると強制退去させられるようになっている。尤もそれにも抜け道のプログラムはあるんだけどよ」

確かにこの世界は、麻薬のように嵌ったら抜けられないような所がある。
私だってそうだ、最初は興味なかったのに、ここに来始めたらどっぷり浸かってしまってる。

「そうなのよねえ、現実に帰るのが嫌になるのよねえ。お父さんが馬鹿にするのも無理ないのかな・・・」

私は溜息を吐いた。

「お父さんって言うと・・・探偵の?」
「え?コナンくん、知ってるの?」
「そりゃあまあ、探偵同士だからな。お父さんの方は、仮想空間の俺の事は知らねーだろうと思うけどよ」

そう言えばコナンくんは最初から、探偵だって言ってた。
現実世界でも、何らかの活動を行っているのだろうか。

「お父さんにね、今仮想空間で起こっている犯罪の話をしたの。そしたら、現実逃避してそんなとこで遊びまわる今時の若者が悪いって言われちゃって」

『ったく、外にも出ずにわざわざ仮想現実とやらに出かけるやつの気が知れねえぜ。蘭、オメーもそんなとこで遊んでねえで、もうちょっと現実を見詰めたらどうだ?』
『お父さんったら、酷い!だってあそこは、皆が安心して安全に過ごせる筈だった共通の遊び場なのよ!なのに・・・お父さんはあそこで傷つけられて絶望的な目をしてたあの人達を見てないから、そんな事を言えるんだわ!』
『・・・蘭、そう怒るなって。遊んでいるやつが悪いと言ったのは言い過ぎだった、謝るよ。確かに、安全を確保された所で遊ぶ権利はあるからな。だがなあ、そんなところに入り浸りすぎて現実を見ないやつが増えてるのは、やっぱりどうかと思うぞ』

「大人は、現実を見ろと言うよな。けど、現実の辛さから逃げ込める場所ってのは、子供にとって必要なんだけどな」

コナンくんの言葉は意外なもので、私は目を見張った。

「語り聞かせの御伽話、小説、漫画、アニメ、ゲーム・・・時代につれて形が変わって行って、今の時代それが仮想空間になってるってだけの事だ。要は現実とのバランスだよ」

妙に含蓄のある言葉に、コナンくんって現実ではどれ位の年齢なんだろうと、私は考えてしまった。



   ☆☆☆



お茶した後、私はコナンくんと別れて仮想空間の町をぶらついた。

私はここで、普段は友達と一緒に、あるいは一人で、気ままに過ごしている。
そして事件が起これば駆けつけて、コナンくんと協力して、被害者を助け犯人を撃退している。

事件は、日本人が多く出入りする、このJPエリアでも多発しており、その全てを解決出来る訳ではない。
しかもコナンくんの言うように、撃退しても撃退しても、事件は増え続けているのだった。

「平次、アタシもう疲れたわ。あそこで茶ぁ飲んでいかへん?」
「ドアホ!協力する言うたんは和葉の方やんけ。捜査の邪魔するんやったら帰らんかい!」
「そないな事言うても、今日はもう三件も事件に遭遇したんや。少しは休んでもバチは当たらへんと思うで」
「事件の時も結局足ばかり引っ張っとったやないか!」

突然、関西弁で怒鳴り合う子供の声が聞こえて来た。
見ると、見掛けは七歳位の男の子と女の子だった。

男の子は色黒で眉が太く、女の子は、ポニーテールを大きなリボンで結わえている。
どちらもとても可愛い子だった。
でもこの世界では、見かけの姿は当てにならない。
この二人も、おそらく、見た目通りの子供ではないのだと思う。

ただ私は、その二人が「事件」と言っていたのが、何だか気になった。

男の子の方は何だかんだと文句を言っていたが、結局二人連れ立って、オープンカフェへ入って行った。
私はそれきり、その二人の事は忘れてしまった。
後に再会する事になるとは、夢にも思って居なかったのだ。



  ☆☆☆



仮想空間では有り得ない筈の、苦痛を相手に与える暴力事件。

しかし事はそれだけでは済まなかった。
女である私に取っては、恐ろしく身の毛もよだつような事件が、少しずつ起こり始めていたのである。

コナンくんは、それを予測していたらしい。
けれど、私の気持ちを慮(おもんばか)って、実際にその事件が増えるまでは、私に何も言わなかった。


「え?性犯罪?」

コナンくんの思い掛けない言葉に、私は暫し固まった。

最近、単純な暴力事件だけでなく、女性が仮想空間内で陵辱されるという事件が、起こり始めたというのである。

それこそ、有り得ない。
何故なら、インターフェイスとグローブだけを身に付けた状態で、仮想空間に出入りしている私達は、人と触れ合った時も現実のようなリアルな皮膚感覚を覚えるわけではない。
ただ「あ、触ったな」と感じるだけなのだ。

「そうは言っても、本来感じる筈のない痛みや苦痛を感じさせるプログラムが、既に存在しているんだぜ。その・・・えっと、『行為』に伴う感覚も、全てリアルに再現する事が出来る筈だ」

私は吐き気を覚えた。
リアルな感覚で陵辱されたなら、その痛み・恐怖・嫌悪感・屈辱はどれ程のものだろう。
いくら現実の体に起こる事ではないと言っても、その精神的ショックは計り知れないだろうと思う。

そしてそれは、私の身近で、意外な所で起こったのだった。





(5)に続く





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