仮想空間の戦い



byドミ(原案協力:東海帝皇)



(7)現実世界にて、思い出の日



戦いは続く。

毎日のように、現場を押さえて、被害者を待避させ犯人を強制送還しているのに。
事件は、いっかな減らない。

しかし、少しずつだが、この一連の事件の核心に近付いていっているという手応えは、出て来ていた。
問題のプログラムを配布している謎の人物に付いて、情報が少しずつ入り始めたのだ。


ある日、カフェで休憩中にコナンくんが言った。

「蘭。俺、今回の事件に付いて、日本の警察に話をしに行こうと思ってんだ。まだ動いてはくれねーと思うけど、情報は入れとかねえとな」
「そう。でもコナンくんって、アメリカに居るんでしょ。来日するの?」
「ああ。ちょいスケジュールが厳しいけど、時間取って。で、蘭に頼みがあんだけど。警視庁までの道案内をして欲しいんだ」
「じゃあ、空港まで迎えに行くわ。いつ?」

方向音痴の私に頼まなくても、コナンくんだったら一人で警視庁に行けるだろうにと、訝しく思いながら、私は答えた。
アメリカ暮らしが長いから、日本の地理に不案内なのかしら?

「良いのか?じゃあ、一週間後、××日の十時に、TR成田エクスプレスの改札口で、待っててくれねーか?」

待ち合わせ場所に、そんな所を指定するところを見ると、日本の地理に不案内とも思えない。
私は、首を傾げながらも承諾した。

私達はお互いの携帯の番号を教え合い、細かな打ち合わせをした。
私は忘れないように、しっかりメモを取っていた(仮想空間内でメモした情報は、自分のPCに保存して置けるのだ)。

実の所、生身のコナンくんに会えるかと思うと、正直私は、ドキドキしていたのだった。
何かが起こるような予感がして、私は期待と同時に、言い知れぬ不安をも覚えていた。



約束の日。
成田エクスプレスの改札口に、私はキョロキョロ見回しながら立っていた。
向こうは私の姿を知ってるけど、私はコナンくんの現実世界での姿を知らない。
日頃の言動から、多分私と同じ年頃だろうと、想像しているだけだ。

ふと、視線を感じてそちらを見ると、真っ直ぐにこちらへと向かってくる青年の姿が目に映った。

身長は170p代半ばといった所だろうか。
身長160pの私より、目線は少し上の方になる。

細身でしなやかな身のこなし、端正な顔立ち、深い色の瞳。
仮想空間のコナンくんが育って大人になったら、きっとこうなるだろうと思わせる青年の姿が、そこにあった。
私の心臓がドキリと大きく音を立てる。

「コナン、くん・・・?」
「初めまして、蘭」

彼は耳に心地良い深めのテノールで挨拶して来た。
最初は見下ろしていた相手に、今は見下ろされていると思うと、何だか変な感じだった。

ああ、そう言えば、本当に現実で出会うのは初めてなんだなあと思うと、すごく不思議な気分だった。
彼とは、毎日のように会い、会話し、一緒に戦って来たと言うのに。

現実空間で初めて見る、その眼差しに囚われる。
私は暫らくボーっとなって見惚れていたが、そんな自分に気付いて、慌てて目を逸らした。

私達は、成田エクスプレスのホームでベンチに座り、次の列車を待った。
ホームの端っこの方だし、さっきの列車に皆乗ってしまっていて、周囲には殆ど人影が見当たらない。

同じ年頃の青年と並んで座っているのが何だか息苦しくなって、私は慌てて立ち上がろうとした。

「何か飲み物買って来るね」

けれど、立とうとした私の腕をコナンくんが引っ張り、私は立った椅子に再びすとんと座り込んだ。

「!!」

一瞬、何が起こったのか分からなかった。
私は、彼の腕の中に強い力で抱き締められ、彼の唇が私のそれに重ねられていたのだった。

いきなりの、キス。
私は思考力が停止していた。
驚き、戸惑い、混乱していた。
でも・・・嫌、なのではなかった。

私の体は震えていた、と思う。
暫らくたって、彼の唇が離れて行ったとき、私は何が言いたいのか整理が付かず、口から出たのは、
「どうして・・・?」
という疑問だった。

「どうしてって?」
「だって、お互いに、まだ何も、知らないのに・・・」
「でも、蘭は俺にとって大切な人だから・・・」

そして彼は、再び私の唇を奪った。
私はそれを受け止めながら、もどかしい思いがしてならなかった。

聞きたい事も言いたい事も、もっと別の事なのに・・・けれど私も自分の中で整理が付いておらず、何が言いたいのか、何が訊きたいのか、わからなかったのだ。

列車の中で彼は、何事もなかったかのように、ホームズの話ばかりしていた。
私も読んだ事位はあるが、彼のホームズフリーク振りは頭が痛い位だった。

私は先程の口付けを思い出しながら、「どうしてこの人は何事もなかったかの様に話せるのだろう?」と悲しく思っていた。

それとも、彼にとっては、どうという事はなかったのかも知れない。
仮想空間の中では、子供の姿だったという事もあって、そんな風には感じなかったけれど、女の人とさっきみたいな事をするのって、彼にとっては、日常の事なのかも知れない。

私には、特別だったのに。
ファーストキス・・・だったのに・・・。



コナンくんを警視庁に案内したものの、彼が一体どうやって話を切り出すつもりなのか、私は心配だった。

私は、父が元刑事で今は探偵をやっている為に、刑事さんたちにも知り合いが何人か居る。
だけど・・・刑事さんたちは、果たして、只の高校生位の青年が言う事に、耳を傾けてくれるのだろうか。

しかし、私の心配は全くの杞憂だった。

「おお。工藤くんじゃないか!久し振りだな、いつ日本へ?」

彼に親しげに声を掛けたのは、昔、父の上司だった目暮警部である。
目暮警部の態度は、父などより彼の方に、余程信頼を置いている風だった。


「何で、私に道案内を頼んだんだろう?」

彼には道案内など不要だったのは、明らかだった。

彼は刑事さんたちと、かなり長いこと話し込んでいるようだった。
私はその間、警視庁前の喫茶店で、何するでもなく時間を潰した。

ちなみに私が居た喫茶店は一昔前のネットカフェに似ており、インターフェイスなどを借りて仮想空間に入る事も可能だが、セキュリティの問題もある為止めておいた。

彼が警視庁を出て来たのは、かれこれ二時間以上も経ってからだった。

「あの・・・話、どうだった?」

何となく今の彼に「コナンくん」と呼ぶのも憚られて、私は適当に言葉を濁しながら声を掛ける。

「ああ。やはりかなり問題にはされている事らしく、話は真剣に聞いてくれたよ。ただ現時点では取り締まりは困難だ。若い刑事さんで『何かあったら協力するよ』と言ってくれた人も、居たけどね」

彼はあれから私と並んで歩くだけで、私に触れて来ようとしない。
まあ、人目があるから当たり前なんだけれど。
私は別に、そういう事されるのを待っている訳じゃないけれど・・・何だか不安になってしまう。

そして彼が「食事をしよう」と私を連れて来たのは、米花センタービルの展望レストラン「アルセーヌ」だった。
彼はこんな場所まで知っている、って事は、本当に道案内なんて、必要なかったんだって思う。

「大丈夫?ここ、高そうよ」

私は外に出る為に、ワンピースを着て来たし、彼の方はスーツ姿なので、格好はおかしくないと思う。

けど、ここは料理も美味しく展望も良く、人気が高くて、その分、お値段も良いレストラン。
流石に大人の人が多く、私達位の年代の人は、殆ど見当たらない。

「心配すんなよ、親父のカードを持って来てるし」
「道楽息子ね・・・」

私は呆れて言った。
今迄にも彼が金持ちの息子なんだろうと思える言動は多かったけど、やっぱりそうらしい。

「今回は特別だよ。いつもの事じゃねーって」

そう言って彼は笑った。
コナンくんがそのまま大人になったような顔・・・彼のバーチャルボディは、おそらく彼の子供の頃の姿をシミュレートして、それに眼鏡を掛けて作ったものだろう。
けれど、私と同世代の青年の顔になっていて、声も年相応の深みのあるテノールになっているためか、ドキドキしてしまう。

料理もデザートも美味しかった。
食後のコーヒーを飲んで、私達は立ち上がる。

「ねえ、これからどうするの?」
「長い事ほったらかしだけど、日本の家があるから、そこに泊まるよ。明日は帰らないといけねえけど」
「そう・・・」
「蘭の家からすぐ近くだよ。米花町二丁目だから」
「ええっ!?」

私は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
米花町二丁目と言ったら、四丁目の私の家からは本当に近く、歩いて数分位の所だ。

何故、彼が私の住所を知ってるのかとか、そんなに近くだったのに、何で今まで、彼の存在に気付かなかったのかとか、色々考えてしまった。
尤も彼は、外国暮らしが長いようだし、今の時代、学校がフレックス登校になっているから、尚更会う機会もなくて当たり前とも言えるけど。

私は彼と肩を並べて歩き、一緒に彼の家の前まで行った。
 米花町二丁目にある彼の家は、古びたすごく大きな洋館だった。

表札には「工藤」とある。
そして、この洋館には見覚えがあった。

「あら?この家って・・・」
「ああ、仮想空間の俺の家は、これをモデルにして作ってんだ」

そう言いながら彼は門を開け、当然の様に私を招き入れた。
私の心の奥底で警鐘が鳴ったが、私は頭を振ってそれを追い出すと、彼の後ろについて中に入った。

建物の外側はお化け屋敷のような風情だったが、中は綺麗に保たれている。

「人が長い事居なかった割には、荒れてないわね」
「常に中のメンテがされるように、ホームコンピューターを設定してるからな。定期的に業者のメンテも入るし」

彼自身や彼の家族が、いつ帰って来てもすぐに生活出来るよう、常に整えられているようだった。
彼はキッチンに行って、コーヒーを淹れ始めた。
私はリビングのソファーに座って待つ。

程なく、淹れたてのコーヒーの良い香りが漂って来た。
彼がコーヒーを二つトレーに乗せて運んで来る。
香りが良いので大丈夫だろうと思ったが、私は思わず尋ねていた。

「ねえ・・・それって、大丈夫なの?」
「ああ、長期保存の未開封だったやつだから。水も、長期不在の後でも、いつでも新鮮で安全な水がすぐに出るようにしてあるし」

彼は私の向かい合わせに座り、二人でコーヒーを飲んだ。

会話が途切れる。
何だか落ち着かない気分で、私はそわそわした。

「あの・・・もう遅いし、私そろそろ帰るね」

私がそう言って立ち上がると、彼も立ち上がった。
彼は私の腕を掴み、引き寄せると、強い力で抱き締めて唇を重ねて来た。

激しく甘い口付けに、私は思考力がなくなり、全身の力が抜けて立っていられなくなる。
彼は口付けたまま、力が抜けた私の腰を支えると、抱え上げて私をソファーに横たえた。

彼はそのまま覆い被さって来て、私を抱き締め、口付けを繰り返した。

彼の唇が私の首筋に落とされた時、私は思わず声を上げて、力の入らない手で彼を引き剥がそうとした。

「だ、駄目っ!」

彼が上半身を上げて、私を見下ろす。
深い色の瞳が微かに揺らいでいる。
私は、彼の眼差しに吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

「蘭。嫌か?」

そう問われて、私は困惑した。
だって・・・はっきり言ってしまえば、私は「嫌」なのではなかったのだもの。
未知の体験への怖れと、これはいけない事だという罪悪感が、私に「駄目」だと言わせたのだもの。

「だって・・・いきなりこんな・・・」

私はやっとの思いで、それだけを言った。
彼は、私に触れるか触れないかまで、顔を近付けて言った。

「蘭。俺は明日、アメリカに帰っちまうから・・・だから・・・思い出が、欲しい」

彼の「思い出」という言葉が、胸を突いた。
もう会えない・・・そう思うと、私の心を悲しみが占め、私は一切の抵抗を止めた。

抵抗を止めた私の体を、彼は横抱きに抱え上げ、そのまま階段を上って、おそらく彼の寝室であろう部屋へと入って行った。




今にして思えば、私は、もしかしたらこうなるかも知れないって、予期していたのだと思う。

その日私はお父さんに、園子と遊びに行く、多分そのまま園子の家に泊まると言って、出掛けて来たのだった。
そんな事はよくある事だったので、お父さんは何も不審に思う様子もなく、「迷惑掛けんじゃねえぞ」とだけ言って、私を送り出した。

私は多分、仮想空間で初めて彼と会った時から、心を奪われてしまっていたのだ。
だから、彼が私に道案内を頼んで来た時、現実の彼に会えると思うとドキドキして、嬉しくてたまらなかった。
そして生身同士で出会った時には、溢れ出した気持ちはもう止める事が出来なかった。

ただ、それは私の一方的な思い。
彼の方が、一体どういうつもりで私に会おうとしたのかが、私には分からず、不安だった。

だから、いきなり彼に口付けられた時は、ビックリしたけれど・・・嬉しかったのだ。


でも彼は、アメリカにいる人。
この先いつ会えるのか、分からない。
アメリカに帰ってしまえば、彼には向こうでの生活がある。
私は彼にとって、ただ一夜きりの恋人。
その事実が私を打ちのめした。

それでも、たった一夜きりでも、私は彼に愛して欲しかった。
それでも構わないと思う位に、私は彼に心奪われていたのだ。

私は、異性に対して自分がこれ程の情熱を持つ事が出来るなんて、想像した事もなかった。
彼に、これ程までに心奪われている事にも、気付いていなかったのだ。



   ☆☆☆



朝の光の中で目覚めた時、私は彼の腕の中に居た。

お互いに、一糸も纏っていない。
私達は何回も愛し合った後に、そのまま眠りに就いてしまったのだ。

明るい光の中お互い裸というのが、妙に気恥ずかしく、私は彼の腕を抜け出して服を取ろうとしたが、その前に彼が目を覚ました。

「お早う、蘭」

彼は優しく言って微笑み、口付けて来た。
私は彼の胸に頭を預けながら、昨日からずっと訊きたくて訊けなかった事を口にした。

「ねえ・・・あなたの名前・・・教えてくれる?」

彼は驚いたような目をした。
多分、自分がまだ名前を教えてないって事にさえ、気付いていなかったのだろう。

「新一、だよ。工藤新一」
「しんいち・・・」

私は初めて彼の・・・新一の名を呼んだ。
愛しい人の名前を、抱かれた後にやっと知るなんて、自分でも何だか呆れてしまう話だ。

「工藤新一って名前・・・何だか聞いた事がある・・・」
「ああ。探偵やってるから・・・マスコミにもちょっと顔出したことあるし」

そう言った新一の顔が、何だか面白く無さそうに見えたのは、気のせいだろうか。

私はやっと思い出した。
工藤新一は「アメリカで活躍中の日本人高校生探偵」として、日本のマスメディアにもよく登場する、超有名人だったのだ。
私などには手の届く筈がない相手。
ひと晩きりの恋人になれただけでも、幸せな事だと・・・私は自分に言い聞かせた。


彼がのしかかって来て、私達は、朝の光の中で再び愛し合った。


その後、私達は成田に向かった。
今日の便で新一は、ロスに帰ってしまうのだ。


ゲートをくぐってしまえば、その先は外国。
私は泣くまいと歯を食い縛ったが、どうしたって泣きそうな顔をしていたのだろう。

彼は人目も憚らずに、私を力強く抱き締め、口付けてくれた。

「蘭。俺はアメリカに帰るけど・・・また、『コクーン』で会おうぜ」

頷いた私の目から、堪えようもなく涙が零れ落ちた。




(8)に続く


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<後書き>


やっと、リアル新一君が出て来たと思ったら。

蘭ちゃんの自覚とも言えない自覚から、いきなりの急展開です。
ネットだけでの出会いから、リアルで会ってみるってのは、良くも悪くも、事態を大きく動かしますなあ。

初めてリアルで出会ったのに、いきなりチュウの上に、その日の内に押し倒す。
裏じゃないのに、裏じゃない筈なのに・・・何か、私が書くパラレルの典型的パターンで、あいすみません。
というか、この話がきっかけで、そういうパターンが出来てしまったのかもしれない。
うううう。


蘭ちゃん視点で書いていますので、あれですが。
ヤツの言葉が足りないのは、いっぱいいっぱいだからですよ。

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