仮想空間の戦い



byドミ(原案協力:東海帝皇)



(8)仮想空間にて、通じ合う心



「最近、あのガキんちょ、見ないわね」

園子が言った。

「園子だって、今は子供の姿じゃない」

私は園子にそう返しながら、胸が痛むのを感じていた。

現実世界で新一と別れて以来、十日間が過ぎている。
それ以来、「コクーン」でコナンくんを見掛ける事はなかった。


「嘘吐き・・・!またコクーンで会おうぜって言った癖に・・・!」

そう毒づきながら、私は必死で、泣き出しそうな自分を抑えていた。

彼にとってあれが一晩きりの事だったにしても。
まさか、私ともう会いたくないから来ないなんて、そんな事はないだろうと思う。
元々彼には、一連の事件を解決するという目的があるのだし。

でも、そう思いながらも、こう長い事彼が姿を見せないと、私の心の中に少しずつ、どす黒い想念が渦巻いて行く。
そんな事ある筈ないと解っていながらも、私の体を奪うという目的を達してしまった彼は、もう私の前に姿を現さないつもりなんじゃないかと、とんでもない事を考えてしまう。

「園子。シェリーの館のアドレス教えて!」
「・・・なあに蘭。コナンくんの居場所でも訊く気?でも、あそこ、すごく命中率高いって評判は良いけど、占い料金高いよ」

そう言いながらも園子がアドレスを教えてくれる。
私は園子へのお礼もそこそこに、シェリーの館のアドレスを入力して、そこへと移動した。

「魔女シェリーの館へようこそ」

見覚えのある中庭に着き、宙から気だるげなアルトの声が降って来た。

「あ、あのあの・・・!予約はしていないんですけど、占って欲しいんです!あ、私、毛利蘭って言います!」

ややあって、再び空から声が降って来る。

「毛利蘭さん。一度付き添いでおいで頂きましたね。アドレスと認証番号を確認いたしました。どうぞ、Bの扉からお入り下さい」

私は、たくさんある扉から、「Bと」大きく書いてある扉を選び、迷わず進んで行った。

「ようこそ毛利さん。どうぞこちらへ」

切れ長の瞳をした赤味がかった茶髪の綺麗な子が、私を出迎えた。
私が以前と違った姿をしているのに、戸惑う風もない。
そんな事には慣れっこなのだろう。
あるいは、大勢のお客さんが見えるから、以前訪れた時の姿など覚えていないのかも知れない。

それにしても、この声はどこかで聞いた事があるような・・・そう思って私は首を傾げた。

「相談の内容を伺いましょう」

そう、シェリーさんが言った。

「あの・・・人を探しているんです。以前は毎日のように『コクーン』に現れていたのに、ここ十日ほど姿を見せないんです。ここでの名前は江戸川コナン、でも、現実での名前は工藤新一って言います」

シェリーさんの占いは、本当は占いではなく、情報網を駆使しての調査だという事は、気付いていた。
だから、情報は多いほど良い筈だ。

シェリーさんはじっと私を見詰めた。
ポーカーフェイスで、表情は全く読み取れない。
この仮想空間では、その気になればポーカーフェイスは簡単なのだ、何しろそう設定すれば良い事だから。

「・・・成る程ね。彼、今とても忙しいみたいよ。日本人の多くがネットに繋ぐ時間帯に来る事が出来ない位にね。近い内に日本に移住するつもりらしいから、その準備もあるようだし」
「え・・・?」
「気付いてなかった?ロスとここでは時差があるのよ。彼は今迄あなた達に合わせた時間帯に『コクーン』に出入りしてたけど、それって結構、大変な事だったと思うわ」
「シェリーさん?あなたは、一体・・・?」
「私のここでの名前はシェリー。もうひとつの名前は灰原哀。どっちも、現実空間での本名ではないけどね」

私は息を呑んだ。
私達のバーチャルボディを作ったり、様々な情報を提供したり、仮想空間内で使うアイテムを作ったり・・・ジャパンイレギュラーズの活動を陰で支えてくれるハッカー達の筆頭、灰原哀さんとは、このシェリーの館の主でもあったのだった。

「噂をしていれば・・・どうやら彼が、久し振りにアクセスして来たみたいよ」

「蘭!」

コナンくんがいきなりその部屋に現れたので、私は息が止まるかと思う程に驚いた。

「江戸川くん・・・いくらあなたはセキュリティに引っ掛からないよう設定してあるとは言っても、いきなりこの部屋に現れるなんて無作法な真似しないでよ」

シェリーさんが溜息を吐きながら言った。

「わりぃ。蘭の居場所を追ったらここに着いちまって・・・ところで蘭、なんでここに?」
「あ、それはね・・・」
「シェリーさん!お願い、言わないで!」

シェリーさんの話を私は慌てて遮った。
シェリーさんが肩を竦める。

「あ、そうそう、蘭さん。今回の依頼は、支払い無しで良いわ。仲間だし、それに今回私は『占い』をしてないからね」


館から飛び出した後、私は仮想空間の町並みを闇雲に走って行った。

「お、おい、蘭!?待てよ、どうしたんだ?」

コナンくんが追いかけて来る。
私はひたすら走っていた。
しかし現実と違いここでは、どれだけ走っても息が切れない代わりに、スピードなんて全く意味がないのだ。

「追っかけて来ないでよ、馬鹿〜っ!」

私は振り返って怒鳴った。
胸の内を様々な想念が渦巻き、何が何だかわからなかった。
ただ、彼から逃げ出したかったのだ。


「キャ〜〜〜〜〜ッ!!」

突然悲鳴が聞こえた。
例の事件がまた起こったのだろうか?

「蘭、行くぞ!」

コナンくんの顔付きと声が瞬時に変わる。
私は頷いて、彼と共にその場所に駆けつけた。

今迄何回、こういった場面に遭遇しただろう。
けれど、何度見ても、「慣れる」という事はない。
正当な理由は何もなく、ただ欲望だけで人が痛めつけられ、苦しめられている現場。
やり切れない。

今回は、女性が陵辱されている場面に出くわしてしまった。
待避させたけれど・・・いくら現実の体は無事とは言え、あの恐怖と嫌悪が拭われるまでには、相当苦しまなければならないだろう。

私は、つい先日、現実世界で新一に抱かれた時の事を思い出した。

初めての体験に対する怖れもあったし、痛くもあったけれど、でも、とても幸せだった。
それは相手が他でもない、誰よりも愛しい新一だったから。
それに、彼は強引に迫ってきたけれど、決して乱暴な事はせずとても大切に優しく私を扱ってくれたし、私がもしも心底嫌がったのならきっと止めてくれただろうと思う。

もしも、他の男と・・・なんて、想像するだけでもおぞましい。
増してや、それが無理矢理力尽くでだったのなら・・・。

この仮想空間の中でも、現実世界でも、そんな犯罪がなくなってくれる事を私は祈った。

「蘭」

物思いに耽っている最中にコナンくんに声を掛けられ、私は飛び上がった。
逃げようとする所を、彼に腕を掴まれる。

「何で逃げるんだ!?」

何でって訊かれても、答えられないよ!
だって、私にも解っていないんだもん!
あんなに会いたかったのに、いざコナンくんを目の前にすると、どうして良いのか分かんないよ!

「蘭。会いたかった・・・」

小さな彼に、小さな私が抱き締められる。
現実世界のように、お互いの熱さや服の上からでもわかる彼の引き締まった筋肉の感触などが伝わるわけではなく、ただ「何かが触れた」位にしか感じ取れない。

「嘘よ!」

こんな事が言いたいんじゃないのに、私は思わず叫んでいた。

「だって・・・あれ以来私の事、ほったらかしだったじゃない!新一に取って、私なんて一晩の慰み物に過ぎないんでしょ!」

あああ!言っちゃいけないって思うのに、止まらない!

「違う!」
「どう違うのよ!?」
「愛してる」

私の思考力は、暫し止まっていた。
頭の中が真っ白になっている。

コナンくんの唇が私の唇に触れた。
現実世界の口付けのように、お互いの唇の柔らかさ・熱さを感じ取れるわけではないけれど、コナンくんの気持ちが伝わって来るような気がして、私はようやく安心出来た。

「蘭。愛してる。オメーを誰よりも愛してる・・・」
「新一・・・」


それから私達は、仮想空間の中での彼の家に行った。

リビングのソファーに座り、彼が淹れてくれたコーヒーを飲む。
それは現実世界で彼が淹れてくれたものと、同じ味がした。

「ごめん。何の連絡もせずに十日間もほったらかしで、オメーを不安にさせちまって。俺さ・・・この前オメーに会って、その・・・自分でも止められなくて、あんな事して・・・そしたら尚更気持ちが溢れ出して、もう離れていたくない、現実でも傍に居たい、って思ったんだよ・・・」
「ねえ、新一。私の事、好きだって思ってくれてたの?」
「ああ」
「いつから?」
「多分・・・最初に会った時から」
「え・・・?」

「あのさ、蘭。俺、高校生探偵として脚光浴びて、有名になって・・・それ自体は良いんだけどさ、色々と疲れてたんだよ」

新一は、世界的な推理作家と、引退したけれど世界的な美人女優との間に生まれた。
それがどういう事なのか、私には想像もつかない。

とにかく新一には幼い頃から、醜い欲望や裏を持った人間が近付いて来ようとしていた。
だから彼は、人間関係には妙に醒めた所があった。

長じて彼は、探偵として頭角を現し始めた。
彼に近付こうとする人間は、更に増えた。
人間・工藤新一でなく、著名な高校生探偵・工藤新一しか見ていない人達が、彼を褒め称え、親しくなろうと躍起になっていた。

「まあ別に、それが嫌だって言うのでもなくて・・・そんなもんだと思ってたからさ。でも、少しばかり疲れてたのかな。たまには、俺の高校生探偵としての顔を知らないやつと、付き合いたいって気持ちもあったと思う。灰原に協力を頼まれたのは、そんな矢先だった」

現実世界での新一の友人に、阿笠さんという方が居るそうだ。
年はうんと離れているけれど、幼い頃からの新一を知るお隣さんで、数少ない、気の置けない間柄なのだそうだ。

その阿笠さんが、亡くなった知人の娘さんを引き取った。
それが、灰原さんだった。

「灰原の亡くなったお父さんは、ある研究をしていて・・・そのプログラムがいつの間にか盗まれたばかりか、犯罪に悪用されているのを知って、失意の内に・・・悪い事は重なるもんだな、事故死してしまったそうだ。だから灰原は、そのプログラムを取り戻そうとしている。協力を頼まれた俺は、姿と名前を変えて仮想空間に入り込んだ。
服部は、現実世界で協力し合った事もある探偵仲間で、面白がって仮想空間での協力も約束してくれた。
蘭に初めて会ったとき・・・見も知らぬ苦しんでいる人に、何かしてあげられないかと必死だったろ?そして、俺の事何も知らねえのに、自分に出来る事を何かしたいと協力を申し出てくれた。
初めてだったよ、そんな人に出会ったのは。その時から俺はきっと、蘭を愛し始めたんだと思う。けど・・・ごめん、生身で初めて会ったとき、気持ちが溢れ過ぎて止めらんなくて・・・欲望のままに蘭にあんな事を・・・。でも、決していい加減な気持ちだった訳じゃねえんだ。
これまで十日間、日本に戻ろうと思って色々準備してた。もう少ししたら日本に帰るから、それまで待っててくれるか?」

私はただ、彼の胸の中でうんうんと頷くしかなかった。

「泣くなよ・・・」
「ばっ・・・!泣いてなんか・・・!」

どうして彼には解ってしまうのだろう。
現実空間の私は涙を流しているけれど、この仮想空間でそれが見える訳ではないのに。

「オメーに泣かれると、困るんだ」

そう言って彼は、私の頬を拭う動作をした。
現実に流した涙が本当に拭われるわけではないけど、彼の気持ちが嬉しかった。

「新一、あの時、『思い出が欲しい』って言ったよね・・・」
「ああ、覚えてるよ」
「だから私・・・これきりなんだって・・・一晩だけの関係なんだって・・・すごく悲しかったんだよ・・・」
「そっか・・・言われてみれば、そういう風に聞こえるよな。ごめんな、あれはそういう意味じゃなくて・・・次に会う時までの支えが欲しい、って意味だったんだよ」

私達はソファーに座って抱き締めあい、何度も口付けをかわしていた。
仮想空間ではリアルな感触はなくても、そこは気持ちだ。

私達二人、中身は高校生同志だけど、見た目は七歳位の子供同士だから、傍から見たら、かなりアブノーマルな光景だろう。

「そう言えば新一って、年いくつなの?」
「17。蘭達とは同級だよ」
「やっぱり。そうじゃないかと思ってたけど」
「あ。もし出来てたら言ってくれよな、あと半年もすれば、籍入れられるようになるから」
「ば、馬鹿っ!」
「俺は真剣に言ってんだぜ。可能性はあるだろ?」

 私は・・・仮にもプロポーズらしい事言うなら、もうちょっと別の言い方して欲しかったんだけど・・・それを彼に望むのは無理な相談なのだろうか?

「おい、くど・・・こ、コナン、居るか〜?」

突然飛び込んできた服部くんと和葉ちゃんが、私達の抱き合ってる姿を見て、石のように固まった。
私は慌ててコナンくんから離れようとしたけれど、彼の方は私をしっかりと抱きかかえている。

「平次くん、何か用かな?」

コナンくんが冷たい目付きと声で言う。
平次くんが慌てた様に答える。

「あ、べ、別に邪魔するつもりやなかったんや・・・って、それどころやあらへん!さっき強制送還した奴から、情報を入手したで!例のプログラム配布しとる大元が判るかも知れへんのや!」
「なにっ・・・!?」


それから急に慌しくなった。
園子や京極さんも呼び寄せ、灰原さんたちにも連絡を入れる。

そして、お互いの情報交換をして作戦を練った。



それから数日後。

私達は、例のプログラムを配布していた元締めのアジトを、包囲していた。
仮想空間内のアジトとは言え、簡単に近寄れないセキュリティが幾重にも守っている。

コナンくんの話では、そこも一種のホームページのようなものだけど、そこを通じて親玉のパソコンのハードウェアまで破壊出来ると言う事だった。
灰原さんたちの能力を持ってすれば、セキュリティ突破は難しい事ではないようだ。
私達ジャパンイレギュラーズ実働隊六人は、身に着ける物に擬された様々なプログラムを抱えて、それぞれの位置に就いた。






(9)に続く


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<後書き>


ちょっとの間、蘭ちゃんは切ない思いをしましたが。
無事、2人は恋人同士になりました。

ですが、時を同じくして、戦いも終盤へと向かいます。

実は、このお話で一番苦労したのは、戦いのケリをどういう風に着けるか、だったんですよねー。
この第8話までのお話は、結構サクサク書けたんですが、1番苦しかったのは、第9話と第10話です。

これを書いた当時、遠距離恋愛中だった今の旦那(東海帝皇会長)に、「ひーん、書けないよう」と、泣きついて。
夜な夜な、ヴォイスチャットで相談していました。


(7)「現実世界にて、思い出の日」に戻る。  (9)「最終決戦」に続く。